2006/8/2

日本遺族会、A級戦犯分祀の検討会設置へ  ニュース

(ニュース)
<靖国神社>A級戦犯の分祀検討へ 日本遺族会
 日本遺族会(会長、古賀誠・自民党元幹事長)は2日、靖国神社に祭られているA級戦犯の分祀(ぶんし)の是非について、検討会を設置する方針を固めた。同日午後の正副会長会議で古賀氏が提案し、副会長らも応じる見通しだ。靖国神社は「分祀はできない」としているが、最大の支援組織である遺族会で分祀の検討が始まれば、対応を迫られることは必至だ。ただ、遺族会は自民党の主要支持団体でもあることから、分祀問題が総裁選の争点とされることを警戒し、設置時期や検討の開始は、総裁選後になる可能性もある。
 古賀氏は今年5月、9月の党総裁選に向けた丹羽・古賀派の政策提言に「分祀の検討」を盛り込むよう個人的見解として提案した。結局、政策提言には盛り込まれなかったが、古賀氏はその後も、会合などで分祀論を積極的に展開している。7月19日には、訪問先の中国でも共産党幹部との会談で考えを説明し、中国側は「注目している。一つのよい方向だ」と評価していた。
 遺族会ではこれまで分祀への反対が強く、2月にまとめた活動方針でも「靖国神社自身の問題であり、神社が応じるとは考えられない」として、分祀問題には一切かかわらない立場だった。
 古賀氏は5月末、遺族会の役員会でも分祀検討の必要性を提起したが、その時は突然だったこともあり、幹部たちから戸惑いと反発の声が多かったという。しかし、その後、昭和天皇がA級戦犯合祀に「不快感」を示していた元側近のメモが発見されたことで、会内にも動揺が広がり、幹部の間で「BC級戦犯の分祀にまで及ばないのであれば、A級戦犯の分祀については話し合うことも必要ではないか」との意見が増えているという。
 3人の副会長は当初、いずれも分祀に消極的だったが、こうした会内の空気の変化を踏まえて「遺族会としての総意を確認するため、話し合ってみる必要はある」として、古賀氏が提唱する検討会の設置には同意する方向になった。
(毎日新聞 8月2日15時50分更新)
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2006/8/2

イランの支援がなくてもヒズボラは生き残る  イスラエルとパレスチナ、中東

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200607311253501

「日刊ベリタ」2006年07月31日掲載
レバノン情勢
イランの支援がなくてもヒズボラは生き残る アンワール・リジビ

 【openDemocracy特約】大まかに訳すと「繰り返しはロバを教える」というレバノンの古いことわざがある。その教訓は、ロバのような頭の固い動物でも何度でも繰り返し教えれば、学習するということである。レバノンでこの2週間に起きていることは、現在の破壊的な暴力の衝突での主人公たちは誰もその古い農民のことわざに注意を払っていないことを示している。ヒズボラはイスラエル兵の殺害と拉致で無謀さを示したかもしれないが、イスラエルの反応の残忍さは信念を無力化する。 
 
 ヒズボラとイスラエルの間の紛争のこれまでの歴史は、過去20年間ぶつかり合って、決定的にイスラエルに不利であったが、双方ともしぶしぶ、非公式に現状を受け入れていたということだ。イスラエルが2000年、20年間占領していたレバノン南部から撤退し、ガザとヨルダン川西岸でのパレスチナ武装勢力からの脅威が増大していた。 
 
 そうした中で、北部国境がこう着状態であることはイスラエルにとって、多分、不本意ながら他よりましであったということを意味した。レバノン南部でヒズボラがまったく自由に活動できる状況も、「神の党」にとってもそんなに悪い選択ではなかった。 
 
 紛争が続いているシェバア農地をめぐる時折起こる小競り合いは別にして、ヒズボラは全般的にイスラエル北部にロケットを打ち込むことをせずに非公式の停戦を守っていた。イスラエルは、国連決議1559(ヒズボラの武装解除に関連したもの)の実行を何度も求めていたが、北部国境に神経質に目を光らしていることで満足していた。 
 
東のパワー 
 
 力学が突然変わった。双方の紛争に巻き込まれた罪のない市民には、破滅的な結果をもたらした。ヒズボラは非常に賢い人々によって運営された、非常にうまく組織された団体である。7月12日の越境攻撃を実行するという決定が、十分検討されずに、またそれが何をもたらすかはっきりした自覚なしに取られたということはなさそうだ。 
 
 多分、ヒズボラは、イスラエルは(多分、エジプトとヨルダンの仲介で)取引をし、イスラエル兵と交換にレバノン人とパレスチナ人の囚人を釈放するであろうという単純に想定して、いちかばちかやってみた。もしそうであったなら、その賭けは、現状ではひどいしっぺ返しを受けたようだ。 
 
 西側の反応、特に米国は予想通りであった。この悲劇的な出来事に対して、ヒズボラ自身を非難するだけでなく、ヒズボラを支持、支援しているとして、非難のほこさきはシリアとイランに向けられた。 
 
 シリア・イランの関係はまったく無視することはできない。両国ともヒズボラと友好的な関係を持っているし、両国は地域に既得権益を有している。シリアは、国民の抗議で2005年春にレバノンから不名誉な撤退をしたことからの後遺症をいまだに受けている。だが、ヒズボラにそのような行動を承認することはなさそうである。イラクでの情勢に対して、米国から厳しい圧力を受けていることをよく知っているからだ。イランとの関係はもっとより複雑で、詳しく見てみる必要がある。 
 
 ケンブリッジで学者をしていたサイード・アリ・アッバスはイランとヒズボラの関係に深い見識を持っている。彼は現在、ロンドンとイランのコムの両方に暮らし、コムではイスラム法を学んでいる。コムに滞在することでアッバスは、シーア派の学者と知り合った。彼らの一部はイラン政権の非公式の政策顧問として活動している。彼はまたコムでは、ヒズボラの多くの指導者と会っている。 
 
 アッバスの見方はヒズボラのイランとの関係の性質を明らかにし、西側の政策決定者の考えにある材料を与えるかもしれない。彼の見方によると、西側はイランに対しヒズボラへの支持を止めろと要求しているが、それは単純化しすぎている。「ヒズボラはイラン政府から命令をうけることはない、マル。関係はずっと深く、宗教的、文化的、精神的意味合いは数世紀さかのぼる」 
 
 ヒズボラを動かす哲学の基本的な原則は、ベラヤティ・ファギ(イスラム法学者による統治)というシーア派の教義の信念である。これは、世俗的、精神的な出来事でシーア派を率いることができる唯一の者は、この世で12代目のシーア派のイマームを代表する人であるということを意味する。 
 
 現在、世界のシーア派の人々の相当数と特に、ヒズボラにとって、その人はイランの精神指導者、ハメネイ師である。彼は単にラーバー(ペルシャ語で「指導者」ないし「道を示す人」)として知られる。ハメネイは公式な役職は持たないが、イランにおける宗教・政治権威の究極の源であり、当然、彼を法学者として信じるすべてのシーア派が従わなくてはならない人物である。 
 
 アッバスによると、彼を信じる人にとって、法学者の言葉は選挙で選ばれた政府が通した法律より影響強力がある。 
 
 「ヒズボラは、レバノンであろうと、イランであろうと、国家の権威を認めることを拒否する。なぜなら、国家は、12代目のイマーム(シーア派神学での最高法学者)を代表していない人々によって運営されているからである。それゆえ、イラン政権の交代があっても、現在のイラン政権がヒズボラへの支持を止めることはなさそうだが、仮にあっても、ヒズボラは国家を飛び越えて、彼らが現在の法学者と見なす者から指導を求めるであろう」 
 
 資金援助については、アッバスは同様に率直である。「仮にイランが国家としてヒズボラへの物質的支援をやめても、ヒズボラが組織として崩壊することを意味しない。ヒズボラは、その資金の大部分をフムスというシーア派の徴税制度から得ている。これは主流イスラムのザカートとはまったく異なる、独特な税金形態である。 
 
 フムス税制度によると、シーア派の成人は誰でも収入の一定の割合を、シーア派の宗教指導者に払う義務がある。フムス制度を通じて集められた金のほとんどは、シーア派のふたつの主要な権力の座にいるアヤトラのところに集まる。イラクのナジャフとイランのコムである。 
 
 実際の総額は明らかにされたことはないが、毎年数億ドルの範囲にあると思われる。一旦クムスが集められると、使い道を決めるのはシーア派指導者で、価値ある大義と見なしたものに使われる。フムス制度を通じて、収入が得られる限り、ヒズボラは生き残り、成長するというのがアッバスの見方である。 
 
 イランをレバノンにおける「テロリスト」組織を支援する国家として見るのは単純すぎる見方で、ヒズボラとイランの関係の根本には、ずっと根深いものがある。このため、ヒズボラへの支援をやめさせるためにイラン政権に圧力を掛けることで何が達成できるのか見極めるのは困難である。イランがこの悲劇的な出来事で、はっきりした役割を演じているが、イランが好きな時に焚きつけたり、やめさせたりできるかのように言うのはまったく誤りである。 
 
*アンワール・リジビ 翻訳家、通訳、ライター。1991年、イラク南部でのシーア派の蜂起の際、医薬品や資金を密かに援助する団体の役員を務めた。 
 
本稿は独立オンライン雑誌www.opendemocracy.netにクリエイティブ・コモンのライセンスのもとで発表された。 
 
原文 
http://www.opendemocracy.net/conflict-middle_east_politics/iran_hizbollah_3772.jsp 
(翻訳 鳥居英晴)
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2006/8/2

須藤久監督が拉致問題の映画製作  映画

須藤久監督が拉致問題の映画をつくるそう。
http://members2.jcom.home.ne.jp/kouzanji/

須藤監督の履歴は上のリンク先で参照。

>大島渚監督に“映画監督になりたければ最低「東大」ぐらいは出てからにしてもらいたい”と言われ、断固映画監督となる。以後、“大島渚の天敵”と言われる。
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