2006/8/17

靖国神社と戦死者の追悼について  時事問題

靖国神社について他で議論したら少し、思考が整理されたので、まとめてみます。

まずあの戦争をどうとらえるのかということですが、過去の戦争について考えるのは、今の視点からではなく当時の視点で考えてみることが必要かもしれません。
僕らはあの戦争が負けて悲惨な結果に終わったことをすでに知っていますが、リアルタイムにそこで生きていた人はそうではなかったし、そこにはある側面では「正義」の論理があったのかもしれません。
つまり、当時、「靖国で会おう」と誓いあって戦場で散っていった多くの兵士たちがいたことは事実です。
当時、どのような教育が行われていたかを考えると、当時は小学校から「大東亜戦争」は欧米列強からアジアを植民地解放するための「聖戦」であると教え込まれ、皇国史観をたたきこまれました。学校でそう教えられて、まわりの大人たちにもそう教えられつづけた。たしかに子供のときからそんな風な環境で育てばその影響ははかりしれないものがあったと思います。
だから、特攻隊だって自ら望んで志願した人だっているのです。決してイヤだったのに特攻隊になったとは限りません。 小泉首相が感傷的に特攻隊の手記に感動されているのはそうした面に年代的に感じるものがあるのかもしれません。
戦争をはじめた支配者層やそれを後押しした知識人層には別の思惑があったのかもしれません。アジアを侵略して利益を得ようという。しかし、実際に戦場へいった兵士の中にはこれが「聖戦」である、すなわち欧米からアジアを解放する正しい戦争を自分達はしているのだと信じていた人達もいっぱいいたのではないでしょうか?
「聖戦」であると信じたからこそ、戦局が不利になっていき、もしかしたら負けるかもしれないと思っても、自分達は正しいことをしているんだ、正しいことをして死ぬのだからと思って特攻隊になれたのではなかったのでしょうか?
だけれども、それはひとりよがりの正義だったのではないか?
そのような「聖戦」を信じて戦場へいったのに、そこではアジアの人達に自分達は望まれていず、自分の信条と現実とのギャップに葛藤はなかったのだろうか?
(注1・よく右寄りの人が例として出す通州事件はまさにこうしたギャップを象徴するものだったのではないかと考えます。当時の人達は、通州事件に接して、中国人はひどいとのみ考えるのではなく、どうしてこのようなギャップがうまれたのかをもっと深めて考える必要があったのかもしれません。)

ここが微妙な問題なのですが、「大東亜戦争」(注2・なお、戦後、「太平洋戦争」という言い方をしたのは、どういう戦争であったのかを曖昧にするものでよくなかったのではないかと思います。「太平洋戦争」という言い方をするからアジアで戦争をしたことを忘れ、アメリカとだけ戦争したようなイメージがつくられてしまったのではないでしょうか?この点は戦後教育の錯誤であったように思います。)は欧米列強からアジアを植民地解放するという側面ではある種の正しさも持っていたのかもしれないとは思うのです。(戦争をはじめた支配者層の思惑はそうしたことではなくて侵略して利益を得ることにあったのだとしても。)しかし、それはアジアの人達に望まれるものだったわけではなくて、ひとりよがりの正義だったのではないかと思うのです。

過去の戦争の話から現在の状況につなげて考えてみます。
戦前と今とでは国際情勢が同じではありませんから、今後、戦前がそのまま再現されるわけではないとは思います。しかし、今の国際情勢に合わせてこうした構造のものが繰り返されるということはあるかもしれません。
現在は欧米がアジアを植民地にしているわけでもないから「欧米から植民地解放のため」という論理はそのままは適合できないのですが、今後、日本がまた戦争を行うとしたならば、当時のような「アジアを植民地解放するため」という論理ではないかもしれませんが、しかし別の「正義」の論理が持ち上がって来るかもしれません。たとえば北朝鮮の人達を金正日政権から解放するためとか、台湾を独立させるためとか。そこには一定の「正義」はあるのかもしれないけれども、それを戦争をすることで達成させることが本当に「正義」なのだろうか?
それはひとりよがりの「正義」ではないのだろうか?という点は気をつけないといけないかと思います。(注3・僕は金正日政権を打倒することや台湾独立が「正義」ではないと言っているのではなく、戦争によってそれを成し遂げることが本当の「正義」なのだろうか?という意味合いで言っています。)
たとえば今のイラク戦争は、フセインから圧政されていた人達からするとそうした状況から解放してくれるものだったという側面もあるのかもしれません。アメリカの戦争をはじめた支配者層は石油のためにはじめたのだったとしても、そこで持ち出された「正義」の論理にも一定の「正義」はあるのかもしれない。しかし、それがイラクの人達が望んだことだったのだろうか?それはアメリカのひとりよがりの正義ではないのだろうか?

で、現在の靖国神社なのですが、「靖国で会おう」と誓いあって戦場で散っていった多くの兵士たちがいたことは事実であり、だから靖国神社は彼らを祀り続けなければいけないということにまでは反対は出来ないかもしれないと思います。一宗教法人として靖国神社が存続しつづける分には認めるべきなのではないか?
でも、戦後、靖国神社が、一宗教法人という形になったのにもかかわらず、一宗教法人の枠組みをこえるような存在としてあること、A級戦犯を合祀したことなどとは別の問題なのかもしれません。
A級戦犯を合祀したことは間違いだったのではないかと思います。

中国はA級戦犯を合祀しているから靖国神社は問題なのだとA級戦犯に絞って問題にしていますが、これは中国の史観にたてば筋が通っているように思います。つまり、それはマルクス主義の史観で、支配者層と民衆を区分けした発想ではないでしょうか。(注4・韓国が反対するのはちょっと事情が違うのかもしれません。実際、韓国はA級戦犯を分祀すればいいわけではないと言っているようですが、それは僕には行き過ぎた批判のようにも思えます。靖国神社が一宗教法人なのに一宗教法人の枠組みをこえたような存在としてある点は批判されるのは分かりますが、一宗教法人として存在する分にはどのような施設であってもそれはほかの宗教団体と同じく自由なのではないでしょうか?)

そして、一宗教法人にしたことですが、だからこそ、小泉首相も言われるように「心の問題」として参拝する、しないは自由なのだけれども、それなら祀るかどうかもそもそも本人や遺族の意思を確認して行うべきなのではないでしょうか?
戦前は国家神道ですので、軍人として死んでいった人はみな、祀るのは当然で、たとえば韓国や台湾の人達も日本の兵隊の一員だったのだから分祀できないということになるわけですが、戦後は一宗教法人なのですから、一宗教法人がその神社を信仰する人を祀るのは当然ですが、望まない人を勝手に祀るというのは一宗教法人をこえてしまっていることにならないでしょうか?それは個人の「心の問題」を、信仰の自由を無視してはいないのでしょうか?
たとえばA級戦犯でも、東条英機氏のように遺族が祀られることを望んでいる人を祀ったのはまだしも、広田弘毅氏のように遺族が望んでいない人まで祀ったのは個人の内面の信仰の自由に対する配慮が欠けているのではないでしょうか?
このように、望まない人も祀るということを戦後も続けているのは一宗教法人としての枠組みをこえてしまっているのではないでしょうか?

それではどのように戦争で死んだ人間を追悼するのがいいのかという問題ですが、僕は靖国神社を国営化するというのはもちろんですが、別の新しい国立追悼施設をつくるのにも反対です。新しい国立追悼施設は軍人だけでなく民間人も一緒に祀る平和的な施設としてつくられるのかもしれませんが、当初は平和的なものとしてつくられたとしても、今後、戦争になればその場が変質して、戦死した軍人を讃える場になりかねないように思います。そして、戦争で死んだ人間を追悼することを国が国民に強制するようになりかねません。(たとえば法律で国民がそこに行くことが義務づけられるようになるとか。)
だから僕の結論は国家で追悼する場はなくてもいいということです。毎年の式典はあってもいいし、過去の戦争に対する反省と謝罪を国が行うことはいいとは思いますが、戦争で犠牲になった人達を追悼するのは個人個人でするのが基本でいいのではないでしょうか。民間でひとりひとりがあの戦争はなんだったのかを考え、戦争について語り合うことのほうが大切なような気がします。それこそこうしたインターネットの場を有効活用していけばいいのではないかと思います。
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