2006/8/23

キム・ギドク監督が引退宣言!?  映画

*本来、才能がある監督の引退宣言を悲しむべきところなのだろうが、むしろ、この監督、やっぱり凄いな・・と思った。

(ニュース)
「韓国映画界の異端児」キム・ギドク監督が引退宣言!?
キム・ギドク監督「自分の映画はゴミのようなもの・・・」

 韓国映画界の異端児といわれてきたキム・ギドク(46)監督が、これまでの自身の映画を「ゴミ」と評価し、「韓国映画界から身を引く考え」と宣言した。キム監督は21日午前、聯合ニュースに「キム・ギドクの謝罪文」という題でEメールを送った。この中で、今月17日に出演したMBC100分討論での発言に対し「当てこすりのような行きすぎた表現で、視聴者に不快感を与えた言動について深くお詫びしたい。特に『グエムル−漢江の怪物−』のファンに深く謝罪すると同時に、同映画の制作陣、ポン・ジュノ監督にはこのような発言をしてしまい、映画界の先輩としてまったく面目ない」と謝罪を表明した。
 キム監督は、テレビ討論で「韓国映画と観客のレベルが最頂点に一致した映画が『グエムル−漢江の怪物−』だ」と発言したことに対し、「(インターネットに掲載された)4000件のコメントのうち、大部分が否定的なものだった。自身の劣等感に過敏に反応した人が多かったようだ」とネチズンを直接的に非難した。また「一時的な感情ではなく、過去9年間真剣に悩み、今後は韓国で映画を公開しないと決心した」と宣言した。
 また「以前、俳優のアン・ソンギさんに自分の映画『サマリア』に出て欲しいと出演依頼をしたことがあったが、『いったい父親が娘をどうやって殺せるのか』と断られたことがあった。その時はただ残念に思っただけだったが、今考えてみると自分の映画観と思考に深刻な意識障害的な面があることを悟った」とし、「全員が隠したがる恥部をわざわざ誇張して表現した自分の映画を情けなく思う。美味しかった料理を、その後排泄物として出す際に、それを避けようとする人々の心情をまったく理解しないで映画を作ってきた。自分が本当に恥ずかしい」と語った。
 「今回の事態を通して、自分自身が韓国で生きていくにはあまりに深刻な意識障害を持った人間であることがわかった」とし、「自分こそ韓国社会で奇形的に生まれ劣等感を糧に育ってきた怪物のようなもの」と自虐的に表現した。このほかこれまでの自分の作品がすべてゴミのようなものと話し、試写会を終えた新作映画『時間』についてもこれを公開したくないと語った。
 キム監督は最後に「だいぶ時間はかかったが、ようやく韓国の観客たちの本音を知ることができたので、静かに韓国映画界から身を引くことができる」と引退を宣言した。
 この日午前10時にキム監督からEメールを受け取った聯合ニュースの記者は「監督の今回の発言が火に油を注ぐかもしれないと思い、『グエムル−漢江の怪物−』への謝罪部分だけを記事にした。しかしキム監督がその後、2回もメールを送ってきて『自分の映画に対する自評と映画界から離れるということは必ず明示して欲しい』と訴えた。現在、キム監督の電話は、着信拒否設定にされており、連絡がつかない状態」と話した。
 キム・ギドク監督は、自身が手がけた映画『サマリア』『うつせみ』で、2004年にそれぞれベルリン映画祭とヴェネチア映画祭の監督賞を受賞するなど、ヨーロッパ映画界から絶賛されたが、韓国ではよい評価を得られなかった。キム監督の今回の宣言が、情熱的な監督の自己反省によるものなのか、それとも多様な価値観を受け入れない韓国映画文化に対する反発なのかは、まだはっきりわかっておらず、今回の騒動はしばらく続くだろう。
(朝鮮日報 2006/08/22 11:29)
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/22/20060822000031.html
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2006/8/23

帰還権と「イスラエル=パレスチナ」問題  イスラエルとパレスチナ、中東

他所でした議論を整理してみる。

「イスラエル=パレスチナ」問題解決で難しいネックになっていることのひとつは、パレスチナ人のイスラエル国内への帰還権の問題である。
パレスチナ人側から見れば、自分達がもともと住んでいた土地に帰りたいというのは当然の主張であるわけだが、現実的にイスラエルのユダヤ人の人達がそこに住んでいることを考えると容易ではないのは言うまでもない。現にイスラエル政府は、現在、パレスチナ人の帰還権の主張については一切、認めない方針である。

しかし、本来は基本的な人権の観点から言えば、帰還権の主張は決して不当な主張であるとは言えないと思う。
端的に言ってしまうならば、結局、パレスチナ人だってユダヤ人だって同じ、人間じゃないかと思うのである。そこに先祖が住んでいたということでユダヤ人がイスラエルに住むことを主張するのであれば、パレスチナ人も同じようにそこに住む権利を有するというのが本来の平等の考え方ではないだろうか?
こうした観点から言えば(現実的な実現性の困難さはとりあえず棚上げして言うのだけど)、同じ土地にユダヤ人もパレスチナ人もともに住む、一つの国で両者が共生する『アラブ・ユダヤ国家』というのが本来は理想的な形のものなのではないか?ということになる。

このように基本的な人権の観点から世界中のユダヤ人に認めているようにパレスチナ人にも帰還権を認めるべきではないかということを考えていくと、一つの国家の中で両者が共生する「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」を築くという方向性もあるのではないか?というのが見えて来るわけだけれども、しかしこれにはパレスチナの民族自決権との兼ね合いをどのように考えるのかという問題があるのではないかと思う。
つまり、一国の「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」で行こうということであるならば、独立した「パレスチナ国家」をつくることは放棄する、パレスチナの民族自決権を放棄するということになるのだろうか?
それとも、ある領土の範囲でパレスチナ国家を築き、なおかつ現在のイスラエル国へのパレスチナ人の帰還権も認めさせて、現在のイスラエル国の方は「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」にしていくということだろうか?
後者の場合だとすると、現状ではパレスチナ国家を決められた範囲で独立させて2国で平和共存しようという試みさえ、無視して侵攻と蹂躙を続けているイスラエルに、独立したパレスチナ国家の成立と帰還権の両方を認めさせるというのは至難のことであり、軍事的な力関係から考えてもよりいっそう現実的に無理なことであるように思える。
そうすると、パレスチナは帰還権と民族自決権のどちらをとるか?ということを選択しないといけないことになるのではないだろうか?

現在、アッバス議長は、帰還権ではなく、民族自決権の方を、とにかく独立したパレスチナ国家を築くことの方を選択してすすめようとしているようである。
しかし、それさえも、イスラエルはたびたび侵攻して蹂躙している状況である。
結局、イスラエルがやっていることは 小さめな範囲の領土で我慢しろとパレスチナ人に迫り、そのために武力で侵攻して脅しをかけているようなやり方だと言えると思う。こうしたイスラエルの要求はあまりにも不当なものであり、パレスチナ独立国家を築く場合、最低限、もっとパレスチナの領土は認められるべきであり、イスラエルは占領地から撤退する必要があるのではないかと思う。
そして、国際社会の力で、独立したパレスチナ国家を築いたならば、とにかくその領土の範囲にはイスラエルは侵攻を今後、繰り返さないと不可侵条約を結ばせることが必要だろう。そして、もしイスラエルが再度、パレスチナの領土に侵攻を繰り返すのであれば、国連はなんらかの制裁(もちろん、武力の制裁ではなく経済制裁など。武力でイスラエルに制裁するなら戦争を終わらせることにはならなくて本末転倒である。)をイスラエルに行うことを約束させることが必要かもしれない。(それをどうやって実現するのかは棚上げにして言っているのだけれども・・。)

またパレスチナ人が帰還権を放棄する場合、無条件で放棄しろということではなく、それは本来は当然の権利なのに放棄するのだから、帰還権を放棄したことに見合うだけの金銭面などの代償をイスラエルは行うべきであると考える。金銭的な補償や、パレスチナ人の生活環境の改善やインフラ整備に対してイスラエルは協力するべきではないだろうか。それがパレスチナ人が帰還権を放棄したことに対する代価である。「パレスチナ独立国家」は、この補償を基盤にして、世界の協力のもとに産業を起こし、独立国家として発展していけたならばと思うのである。

こうしたイスラエルとパレスチナの和平協定の案としては、具体的なものとしてはたとえば2003年の「ジュネーブ合意」というものがある。これは当時のパレスチナ自治政府指導部とイスラエルの左派系国会議員との間でつくられた試案で正式のものではない。

(「ジュネーブ合意」については以下の記事を参照。)
<パレスチナ>帰還権放棄を言及 神殿の丘領有と引き替えに
 【エルサレム樋口直樹】アラファト・パレスチナ自治政府議長側近のラボ前国務相は13日、イスラエルの左派系国会議員との間で、将来のパレスチナ国家がエルサレム旧市街の「神殿の丘」を領有する代わりに、パレスチナ難民の帰還権を放棄することなどを盛り込んだ和平案に合意したことを明らかにした。イスラエル放送が伝えた。パレスチナ指導部が帰還権放棄に言及したのは画期的で、今後の和平交渉にも影響を与えそうだ。
 和平案はラボ氏らパレスチナ指導部とイスラエルの野党・労働党を含む左派系国会議員らが、約2年半に及ぶ交渉で練り上げた。スイス外務省の仲介で実現したことから「ジュネーブ合意」と呼ばれる。95年11月に暗殺されたラビン・イスラエル首相を悼み、来月初めにスイスで署名される見通し。ただシャロン・イスラエル政権は和平案づくりに関与しておらず、法的拘束力はない。
 主な内容は(1)周辺アラブ諸国などに離散しているパレスチナ難民はイスラエル領への帰還権を放棄し、原則として将来のパレスチナ国家に移り住むか現住国にとどまる(2)エルサレムは分割し、東エルサレムをパレスチナ国家の一部とする(3)イスラム教の聖地である「神殿の丘」はパレスチナ領とする。ただしこれに隣接するユダヤ教の聖地「嘆きの壁」はユダヤ人支配下に置く――など。(2003年10月13日)
(*この記事は僕のパソコンに保存してあったものだけど、新聞名が書いていなかったのでどの新聞に載ったものかは不明。)

ジュネーブ合意についてはネットで検索すると以下のような関連記事もあった。
http://www.onweb.to/palestine/siryo/regardinggeneva.html

http://www.idcj.or.jp/1DS/11ee_josei031216_2.htm

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-11-10/07_01.html

すぐ上の「赤旗」の記事によると、帰還権については次の通りのもの。

>パレスチナ難民 難民の帰還を求めた国連総会決議一九四などを解決の基本におく。パレスチナ難民は失った財産の補償をうける権利を有する。難民は永住先を、将来のパレスチナ国家、イスラエル、現在居住する国などから選択する。ただし、イスラエル領土への帰還者数は限定される(ベイリン氏は、難民の帰還権を保障したものではないと言明)。

さて、このような「パレスチナ独立国家」案では、結局、イスラエルはこれまでのように軍事力で侵攻してパレスチナ側に小さい領土で認めさせようとする方針を変えないのではないだろうか? 占領地から撤退もしないのではないだろうか? 現にイスラエルはそうしているわけで、そのようなことが続くのではないだろうか? そうした懐疑心も生まれてくるのではないかと思う。
それなら、いっそのこと、独立国家案を転換させなければ現状は変えられないのではないか?という考えも出て来るものと思われる。
つまり、パレスチナは「パレスチナ独立国家」という形での民族自決権よりも帰還権の方を優先させ、独立したパレスチナ国家を築くことは放棄し、一国の「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」を築くことを主張する方向を選択するということである。

こうした「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」については、左派イスラエル人、ミシェル・ワルシャウスキー『イスラエル=パレスチナ 民族共生国家への挑戦』(柘植書房)という著書に詳しいらしい。(僕は未読。)
また映画では、エリア・スイレマン監督の『D.I.』という、イスラエル人とパレスチナ人の共生をコメディタッチで描いているユニークな作品がある。

しかし、現実的に長年、戦争を続けているユダヤ人とパレスチナ人とが隣人としてひとつの国家に共生して住むというのは困難なことであることは言うまでもない。
現にイスラエル政府はパレスチナ人の帰還権は認めない方針なのであるが、これにはたとえばその「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」が民主主義国であるならば、パレスチナ人の方がユダヤ人よりも数が多くなれば選挙でパレスチナ人の首相と政権がうまれるかもしれないわけで、それはユダヤ人としては認めるわけにはいかないということもあるのだろう。

また以下のような疑問点もある。 一国で行こうということで、領土の分割を定めないとすると、現在、イスラエルのユダヤ人が占領している土地も認めるということになるのではないかと思う。つまり、占領地からユダヤ人が撤退しなくてもいいということになるのではないだろうか? そこでユダヤ人とパレスチナ人が隣人として共生して住もうということになるわけであるから。そうするとユダヤ人の占領地からの撤退を求めている西岸などのパレスチナ人にとってはその要求を放棄することになるのだろうか?
(2国共存をめざしているはずの現在でもユダヤ人は占領地から撤退しようとしていないではないか?と言われるとそれはその通りではあるわけだけれども。)

補足しておくと、イスラエルがレバノンやシリアの領土を占領している問題は、このような「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」とはわけて考えるべきであるのかもしれない。上で僕が提起した、占領地から撤退しなくてもよくなるのではないかというのは「イスラエル=パレスチナ」の領土の内での話である。

このように「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」の実現というのもかなり困難なものであるように思えるのだけれども、アッバス議長がすすめようとしている「パレスチナ独立国家」を築くことが暗礁に乗り上げている現在、「イスラエル=パレスチナ民族共生国家」の方向も再考してみる必要があるのかもしれないと思う。


*補足
後からチョムスキーのインタビューを読んだら、チョムスキーは現時点では「一国家案」には否定的なようだった。

チョムスキーは「イスラエル=パレスチナ」一国家案には否定的
http://blue.ap.teacup.com/documentary/828.html
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