2007/5/19

中国残留孤児支援策 拡充へ議論開始  ニュース

*以下の記事は、与党がここに来て、中国残留孤児支援策拡充、カネミ油症被害者救済、原爆症認定拡大、C型肝炎被害者救済などに取り組みはじめた背景を分析しています。

(ニュース)
クローズアップ2007:中国残留孤児支援策、政治決着へ議論開始
 
 ◇「国家補償を」埋まらぬ溝

 日本に永住帰国した中国残留孤児の約2200人が国に賠償を求めた訴訟の「政治決着」に向け、厚生労働省が設置した有識者会議が17日、始まった。参院選もにらんだ安倍晋三首相肝いりの会議で、政府は既に支援案をまとめているが、金銭的にも理念的にも孤児側の要求との隔たりは大きい。根底には、支援の趣旨が「社会保障」か「戦争被害の国家補償」かという問題があり、初会合でも議論の中心になった。

 ◆厚労省、拒否

 ◇「戦争、全国民が被害」

 「社会保険も生活保護も原則を大きく崩さない形での手当が考えられないか」(山崎泰彦・神奈川県立保健福祉大教授)

 「社会保障に加えて国家の賠償の要素を入れるべきだ。彼らをしっかり受け入れ、定着してもらう政策的な配慮を」(堀田力・さわやか福祉財団理事長)

 この日の会議(座長・貝塚啓明京都産業大客員教授)では孤児への支援拡充が必要だとする意見が相次いだが、その枠組みを巡っては委員の見解が割れた。

 現段階での政府支援案の柱は(1)国庫負担で基礎年金を満額支給(2)生活保護に代わる給付金制度創設。これで生活保護を受けていない孤児は月4万4000円、受給している孤児も月2万2000円の収入増になる。

 厚労省援護企画課は、支援の基本的視点を「孤児の特別な事情に配慮したうえで、社会保障制度との整合性も図る」と説明する。中国暮らしで年金に加入できなかった「特別な事情」があるから、年金保険料は国が肩代わりする。給付金も従来の生活保護費を額としては超えておらず、一般家庭への施策との均衡は保てる、という理屈だ。

 戦後、政府は「戦争による損害は国民が等しく受忍しなければならない」という「戦争被害受忍論」の立場を取り、司法も追認してきた。厚労省幹部は「日本国内でつらい思いをした人も大勢おり、中国に残された人だけ手厚く援助してはバランスを欠く」と指摘する。いったん国家補償を認めれば、原爆や空襲の被害者らへの対応で再考を迫られる懸念もある。

 有識者会議の提言は来月中にまとめられ、厚労省は支援策を来年度予算の概算要求に盛り込む意向で、孤児側の訴訟取り下げに期待する。だが孤児側は国の正式謝罪や協議の場の設置も求めており、全面解決には金銭以外の課題も残されている。【清水健二】

 ◆孤児側、反発

 ◇「支援策、自尊心奪う」

 裁判の原告になっている孤児や弁護団は、政府支援案に「衣を替えた生活保護」と猛反発している。訴え取り下げに応じる考えは一切ない。

 「支援策を聞いて(東京地裁の全面敗訴判決に続き)また地獄に落ちた感じ」。16日、会見した原告団代表の池田澄江さん(62)の口調は厳しかった。都内で13日にあった会議では「ハンストしてでも絶対撤回させる」「4年間(訴訟を)頑張ってきたかいがない」などと批判が相次いだという。

 孤児側が最も強く求めるのは老後の生活保障だ。1人世帯の場合、北朝鮮の拉致被害者向けと同じ月額17万円を要望するが、政府案は約10万円。この落差に加え、生活保護と同じ「収入認定」の仕組みに反発が強い。

 収入認定に多くの孤児は「行政に生活を監視されている」と苦痛を訴える。外出すれば「どこに行ったのか」、子供が訪ねてくれば「いくらもらったか」。自治体職員にただされる度、自尊心は傷つく。中国では自立できていたのに、日本語が壁となり今は保護に頼らざるを得ないからだ。

 日中両国で孤児や家族計約200人に聞き取りをした浅野慎一・神戸大大学院教授(社会学)は「孤児の現状は戦後の国の無策が原因なのだから、最低限度の生活保護ではなく普通の暮らしができる給付水準が当然」と話す。【高倉友彰】

 ◆与党

 ◇参院選にらみ拡充要求

 安倍首相は今年1月、東京地裁判決後、新たな生活支援制度の策定を柳沢伯夫厚労相に指示した。政府の支援案に対し与党内からも「額が不十分だ」(公明党首脳)などの声が出ている。孤児らが「頼みの綱」とする与党プロジェクトチーム(座長・野田毅元自治相)は今後、厚労省に支援策の拡充を働きかけるとみられる。

 与党は、官僚の慎重論を押し切って「弱者救済」の姿勢を示すことが、7月の参院選でのアピールにつながると踏んでいる。カネミ油症患者の救済法案とりまとめや原爆症認定、C型肝炎患者の救済拡大を目指す動きも同一線上にある。とりわけ、支持率回復を意識した安倍首相が自ら指示した中国残留孤児救済案の策定は、与党と官邸の思惑が合致した結果の産物だ。

 ただ、自民党内には有権者に「ばらまきだ」と受け止められることへの警戒感もある。党幹部の一人は「人道面と財政事情をはかりにかけた目いっぱいの数字。上乗せは厳しい」との見通しを示す。政府・与党が孤児側の要望を全面的に受け入れる可能性は低く、今後は特別給付金の増額を中心とした攻防が激しくなりそうだ。【坂口裕彦】
(2007年5月18日 毎日新聞 東京朝刊)
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2007/5/19

カネミ油症 抜本救済目指し超党派議連結成へ  公害・薬害・環境・医療問題

(ニュース)
カネミ油症事件 超党派議連結成へ 被害者の抜本救済目指す
 カネミ油症事件で、自民、公明、民主各党のプロジェクトチーム(PT)の実務者らは十七日、被害者の抜本救済を目指す議員連盟を結成する方向で合意した。過去の訴訟をめぐり、自公が特例法案提出を決めた仮払金返還免除の実現に加え、油症の主原因であるダイオキシン類による健康被害の治療態勢拡充などに超党派で取り組む必要があると判断した。

 特例法案については民主党も前向きな姿勢で、与党側は来週中にも自公民三党による共同提案を目指したい考え。これと並行した議連結成により与野党が共同してカネミ油症問題に取り組む態勢が固まることになる。

 会長は公明党副代表の坂口力元厚労相を軸に調整、社民、共産両党にも参加を呼び掛ける方向。中心議員の一人は「仮払金免除法案だけで救済策が終わりではないということを示す意味がある」と話している。

 与党PTは仮払金について一定の年収基準で返還を免除する特例法案を決定。生存認定患者約千三百人全員を対象に一人二十万円の一時金を支給する救済策も決めている。

 議連では、これらに加え、油症の有効な治療法確立に向けた新たな研究班の設置などを国に強く要望。未認定患者の救済問題なども協議される見通しだ。
(西日本新聞 2007年5月18日)
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2007/5/19

森永ヒ素ミルク 疫学調査で現在も続く後遺症の実態が判明  公害・薬害・環境・医療問題

*森永ヒ素ミルク事件。発生から半世紀もたつのに現在まで続く後遺症の実態には驚きだ。

(ニュース)
<森永ヒ素ミルク>36歳まで死亡率2倍 疫学調査公表へ
 1955年に発生した「森永ヒ素ミルク中毒事件」で、乳児だった被害者が36歳になるころまで一般集団よりも2倍前後という高い死亡率が続いていたことが、恒久救済機関「ひかり協会」(本部・大阪市)委託の疫学調査で明らかになった。37歳以後は、全体として一般と差異はなくなったが、就労していない男性の死亡率がなお高い実態も判明した。協会は、これら疫学調査に関する2論文を初公表する。
 被害者は、協会が「ヒ素ミルクを飲んだ」と認定した患者を含めて、07年3月時点で1万3426人。このうち、事件直後の乳児130人ら計996人が死亡している。
 疫学調査を担当したのは、大阪府立成人病センターや厚生労働省などで構成する「大阪疫学研究会」。同センターの田中英夫調査課長らは、協会の救済事業を受けていて追跡が可能な5064人を対象に調査。被害者がほぼ27歳になった82年から、49歳になった04年までに死亡した211人の死亡率や死因などを一般集団と比較した。
 その結果、調査時期をほぼ5年ごとに4分割した分析で、第1期(27〜31歳)が2.1倍、第2期(32〜36歳)が1.8倍と明らかに有意だったのに比べ、37歳以降の第3〜4期は1.2〜1.1倍とほとんど差がなくなった。死因別では、神経・感覚器や循環器系疾患などが前半の死亡率を押し上げていた。
 一方、就労実態を加味した分類では、調査開始時点で「非就労」と回答した男性(352人)の死亡率は全期間で3.3倍にのぼった。第1期の5.0倍から次第に低下したものの、第4期になっても2.3倍という高さだった。後遺症を残した被害者の中で成人になっても就業できず、後遺症が誘因となって病死した人がいると推論されるという。【三野雅弘、藤田文亮】
(5月17日15時21分配信 毎日新聞)

クローズアップ2007:森永ヒ素ミルク、終わらぬ不安 障害者依然、高リスク
 森永ヒ素ミルク中毒事件の被害者を追跡調査した疫学調査の内容が明らかになった。同事件は、いったん「全員治癒」と診断されながら、69年になって深刻な後遺症が分かるという特異な経過をたどった。今回の調査結果のうち死亡率の一般化傾向は、被害者にとってある程度不安感をぬぐい去ってくれる半面、障害者など、今後、一層の支援が必要な対象者も浮き彫りにした。データは、半世紀以上前に起きた食品公害事件が今
なお終わっていないことを示している。【三野雅弘、藤田文亮】

 疫学調査による論文は二つ。大阪府立成人病センター元調査部長、藤本伊三郎氏らによる「藤本論文」(88年)は、60〜82年に確認された死亡者155人を分析。一方、同センター調査課長、田中英夫氏らが担当した「田中論文」(07年)は、82〜04年の死亡者211人を調査している。

 両者は、死亡実態や死因を調べるという点では共通するが、性格は異なる。疫学調査は82年度に始まったが、その時点より過去の死亡者を死亡診断書で分析したのが「藤本論文」で、生存被害者を追跡調査してその後の死亡例を生活実態聞き取りも加えて分析したのが「田中論文」だ。

 ■田中論文

 対象は、ひかり協会と常時連絡が取れる5064人。事件当初に症状が確認された被害者のほか、その後協会がヒ素ミルクを飲用したと認めた認定被害者も含まれる。

 調査期間は82年4月〜04年12月。被害者の年齢は青年・中年期。その間に死亡した211人の死亡率は、大阪府内の一般死亡率と比べて1・3倍(男性1・2倍、女性1・5倍)だった。

 障害の有無の分類はしていないが、「就労者」と「非就労者」に分けて分析した。期間別では、非就労の男性は▽82〜86年5・0倍▽87〜91年5・2倍▽92〜96年3・9倍▽97〜04年2・3倍――と低下しつつも高死亡率が続いていた。一方で、健常者が多いと推測される就労者はいずれの期間も0・6〜1・3倍で、一般と差がなかった。死因では、「神経系および感覚器の疾患」が5・4倍と突出。てんかんの発作による窒息や、脳性マヒに起因するものがあった。

 ■藤本論文

 事件後、82年3月までに588人の死亡が確認されたが、長期影響を調べるため、60年以後の死亡者を分析した。

 全国比の死亡率は、男性では「はしか」が5・2倍、脳や神経系のがんが11・1倍と高かった。女性では脳出血の9・1倍が目立った。藤本氏らは「ヒ素の急性中毒の後遺症として、抵抗力減弱などの全身的な健康障害が生じ、はしかなどに罹患(りかん)しやすく、重症化しやすい」などと推定する。

 ◇疫学調査「将来のモデルに」

 両調査について、被害者の親でもある細川一眞・ひかり協会常任理事は「これまで被害者には『将来どんな健康被害が出てくるか分からない』としか言えなかったが、健常者には『自信を持って生活や仕事をしてください』と言えるようになったことは大きい」と話す。一方で「障害者のリスクは依然高く、発がんについては年齢的にこれからがピークで未知数。データに合わせた検討と対策を考えていかなければならない」と強調
した。

 カネミ油症被害者の治療や調査に取り組み続ける前日本疫学会理事長の吉村健清・福岡県保健環境研究所長は「毒物の影響は人体汚染の場合、本当のところは分からない。私たち医師には患者さんしか“先生”はいない」と疫学調査の重要性を強調。今回の調査については「カネミ油症でも水俣病でも、定期的な検診などに応じる人の比率は残念ながら少ないが、被害者自身が協力員として携わっていることが追跡調査を可能にしている。将来に向けたモデルにもなり得る」と評価した。

 ■解説

 ◇被害者「発がん年齢」今後の影響は未知数

 森永ヒ素ミルク中毒事件は、生後間もない乳児が主食のミルクを通じて集中的にヒ素を飲んでしまったという、他に例を見ない事件だ。それだけに、被害者を生涯にわたり追跡する疫学調査は、大変貴重なデータと言える。

 調査の実現には多くのハードルがあった。いったん「全員治癒」と診断されたため、深刻な後遺症が世に知られるには、故丸山博・阪大教授らによる69年の「14年目の訪問」を待たなければならず、その間、被害者らは放置された。74年にひかり協会が設立され、「被害者が生存する限り救済を続ける」という恒久救済の理念の下、やっと被害者の追跡調査が可能になった。加えて、協会による被害者の生活・健康調査が、一般集団との比較や分析に大いに役立った。

 今回判明した死亡率は、時間的経過を追うごとに一般集団に近づいており、被害者への安心情報でもある。一方で、被害者は今、発がん年齢と言われる50代を迎えた。今後、被害者にとってヒ素による影響が出るかどうかは分からない。疫学調査の重要性が増してくるのはこれからだ。【三野雅弘】
(2007年5月17日 毎日新聞 大阪朝刊)
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