2007/7/31

ベルイマンとアントニオーニが同じ日に亡くなる  映画

*同じ日に死去というのはちょっとびっくり。同じ日に死ぬなんて、この2人、何か、因縁があったのか? 合掌。


映画監督、演出家ベルイマン死去
7月30日19時23分配信 産経新聞

 「第七の封印」「処女の泉」などの名画で知られるスウェーデンの巨匠で、1991(平成3)年に第3回高松宮殿下記念世界文化賞(演劇・映像部門)を受賞した映画監督のイングマール・ベルイマン氏が30日、スウェーデン南部の自宅で死去した。89歳だった。20世紀映画の三大巨匠の一人として故黒澤明監督、イタリアの故フェデリコ・フェリーニ監督(ともに世界文化賞受賞者)と並び称された。
 1918年、スウェーデンの大学都市ウプサラに生まれた。父親は厳格なプロテスタント教会の牧師。ストックホルム高校(現大学)時代は学生演劇に熱中、脚本家見習いとして映画会社に就職し、以後、演劇と映画の二本柱で活動。40年間にわたり50本以上の映画を監督した。
 若い娘の奔放な性を描いた出世作「不良少女モニカ」(1952年)。ペストが流行した中世を舞台に死生観を強く打ち出し、主人公の騎士が死神とチェスを指す名場面でも知られる「第七の封印」(56年)、老教授の老いと孤独、生と死に切り込んでベルリン映画祭グランプリを受賞した「野いちご」(57年)、“神の沈黙”3部作として名高い「鏡の中にある如く」「冬の光」「沈黙」、さらに「ペルソナ」「叫びとささやき」「ある結婚の風景」「秋のソナタ」などを撮り、自伝的作品「ファニーとアレクサンデル」(82年)を撮り終えて後、「映画でやるべきことは、すべてやり遂げた」として映画監督を引退した。
 その一方、演劇界でもスウェーデン王立劇場の総監督を務めるなど世界的な舞台演出家として活躍。日本でも、87年の同劇場来日公演でのストリンドベリ作「令嬢ジュリー」、90年には能の様式を取り入れた三島由紀夫作「サド侯爵夫人」が上演された。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070730-00000921-san-ent

<訃報>ベルイマンさん死去 スウェーデンの世界的映画監督
7月30日20時36分配信 毎日新聞

 「野いちご」「ファニーとアレクサンデル」などで知られる、スウェーデンの世界的映画監督、イングマール・ベルイマンさんが30日、同国・ファロの自宅で死去した。89歳。娘のエバ・ベルイマンさんが地元TT通信に語った。「静かに息を引きとった」という。
 ベルイマンさんは牧師の家に生まれ、演劇の演出から映画界に入った。1946年に監督デビューし、55年「夏の夜は三たび微笑む」がカンヌ国際映画祭で「詩的ユーモア賞」を受賞して世界的知名度を得た。以後、人間の愛と憎しみを描いた「第七の封印」(56年)、「野いちご」(57年)、「処女の泉」(59年)や、神の沈黙”三部作の「鏡の中にある如(ごと)く」(61年)、「冬の光」(62年)、「沈黙」(63年)など、宗教と人間をテーマとした形而上的な作風の秀作を発表。「野いちご」でベルリン国際映画祭金熊賞、「鏡の中にある如く」で米アカデミー外国語映画賞などを受賞している。
 82年、「ファニーとアレクサンデル」を最後に劇場用映画から引退を宣言。その後もテレビや演劇で活躍したが、03年に「サラバンド」で映画復帰、これが遺作となった。
 私生活では5度結婚し8人の子供がおり、多くは監督や女優など、映画やテレビなどで活躍している。【ロンドン町田幸彦、勝田友巳】
 ▽映画評論家、品田雄吉さんの話 宗教的な厳格さを感じさせる一方で官能性もあり、そのせめぎあいが魅力だった。深い思索を素晴らしい映像で描き、難解なようでいて生の人間も感じさせた。多作の上に演劇でも活躍するなど、旺盛な生命力は類を見なかった。後継者がいないのが残念だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070730-00000121-mai-soci

I・ベルイマン監督死去=スウェーデン映画の巨匠
7月30日21時1分配信 時事通信

 【ロンドン30日時事】ストックホルムからの報道によると、スウェーデン映画界が生んだ世界的巨匠イングマール・ベルイマン監督が30日、ファロ島の自宅で死去した。89歳だった。
 1918年、スウェーデンのウプサラ生まれ。46年に「危機」で監督デビュー。その後、「夏の夜は三たび微笑む」(55年)、「第七の封印」(56年)など立て続けにヒット作を生み出し、「ファニーとアレクサンデル」(82年)ではアカデミー賞外国語映画賞など4部門を受賞した。
 60年近い監督生活の中で50以上の作品を手掛けた。愛や孤独、生と死などをテーマに人間の複雑な心理を克明に描き、「20世紀で最も影響力のある映画監督の一人」と評された。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070730-00000194-jij-int

20世紀を代表する巨匠、ベルイマン監督逝く
7月30日21時32分配信 読売新聞

 【ロンドン=本間圭一】スウェーデンからの報道によると、名作「野いちご」や「処女の泉」などで知られた映画監督、イングマル・ベルイマン氏が30日、同国南部フォラ島の自宅で死去した。

 89歳だった。死因は不明。細密な演出で、人間の孤独とそこからの救済を描いて40本以上の作品を残し、20世紀を代表する映画界の巨匠と呼ばれた。

 1918年7月、同国南部ウプサラ生まれ。ストックホルム大学を卒業後、映画製作を本格化させ、「危機」(46年)で監督デビューし、「夏の夜は三たび微笑む」(55年)で頭角を現した。代表作に、中世の騎士の旅を描いた「第七の封印」(56年)、悪夢におびえる医師を主人公にした「野いちご」(57年)、キリスト教を信奉する少女の悲劇を表現した「処女の泉」(60年)などがある。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070730-00000314-yom-soci

<訃報>伊映画の巨匠、アントニオーニ監督が死去 94歳
7月31日20時44分配信 毎日新聞

 【ローマ海保真人】イタリアの世界的映画監督で、生存する「最後の巨匠」とも呼ばれたミケランジェロ・アントニオーニさんが30日夜、ローマの自宅で死去した。94歳。関係者が31日、発表した。死因は不明。
 伊北部フェラーラ出身で、ボローニャ大卒。映画批評から映画界入りし、名匠ロベルト・ロッセリーニ監督やマルセル・カルネ監督に師事し、第二次大戦後の1950年に「愛と殺意」で監督デビュー、俳優アラン・ドロン主演作品「太陽はひとりぼっち」(62年)などで世界に名をはせた。
 愛の不毛を描いた「情事」(60年)でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞、61年の「夜」はベルリン国際映画祭金熊賞、64年の「赤い砂漠」はベネチア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞、66年の「欲望」はカンヌ国際映画祭最高賞のパルム・ドールを受賞。現代人の孤独と絶望感を描くのを特徴とし、60〜70年代を代表する監督となった。
 「ある女の存在証明」(82年)の後、85年に脳卒中で倒れた。だが、95年に「愛のめぐりあい」を共同監督で完成させ復活。95年度の米アカデミー賞名誉賞を受賞した。04年の共同監督作品「愛の神、エロス」が遺作となった。ローマ市は敬意を表し1日、同市役所に遺体を安置し一般公開する。葬儀は2日、フェラーラで営まれる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070731-00000086-mai-soci

「欲望」「情事」伊映画の巨匠、アントニオーニ監督が死去
7月31日21時53分配信 読売新聞

 【ローマ=松浦一樹】「太陽はひとりぼっち」(1962年)などの名作で知られるイタリア映画界の巨匠、ミケランジェロ・アントニオーニ監督が30日、ローマ市内で死去した。94歳。

 イタリア北部フェラーラ出身。ロベルト・ロッセリーニ監督に師事し、1950年、自ら監督デビュー。現代人の孤独を描いた作品が多く、カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した「欲望」(66年)、同審査員賞を受賞した「情事」(60年)などが代表作。近年では、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督との共作「愛のめぐりあい」(95年)で知られる。95年には、米アカデミー賞名誉賞も受賞した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070731-00000511-yom-soci
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2007/7/30

参議院選挙 小選挙区制を知り抜き農村票を取り込んだ小沢の戦略勝ち  時事問題

 参議院選挙の結果が出た。この結果は端的に言って、「小選挙区制を知り抜き農村票を取り込んだ小沢の戦略勝ち」ではないかと思う。

 少なくとも、9条ネットがそれほど票を獲得しなかったことからも分かるように、改憲を進める安倍政権について護憲の立場から国民がノーをつきつけた・・わけではないように思う。
 というか、憲法改憲については今度の選挙では大きな争点にならなかった。9条ネットというのは、今度の選挙でそれが大きな争点になると見込んでつくられた団体だったのだろうが、とにかく年金問題という、より国民にとって大きな関心事の争点が浮上してきて、それが争点になったので、憲法改憲問題はどこかにいってしまい、9条ネットのようなものが注目を集める情勢ではなかったのだろう。
 しかし、年金問題が多くの国民の関心を集めたのは、それだけ格差社会というのか、給料の格差があることが露骨な社会になっていて、そのことを肌身に感じていて暮らしが厳しくなっているという実感が国民の間には広がっていて、そこに年金もちゃんと貰えないかもしれない・・という問題が浮上し、さらに住民税や消費税もあがるなどといった生活をより厳しくするような話ばかり。これではさすがに何とか、してほしいと思う人が多かったということなのではないか?
 そういう国民の思いが民主党支持になったのではないかと思う。つまり、改憲を進めるイデオロギーの部分に国民が反発して安倍不支持が広がった・・というよりも、安倍自身は大金持ちで庶民の生活の困窮に通じていないところがあり、そうした庶民との感覚のずれが安倍不人気に結びついているのではないかと思う。

 さらに、民主党、小沢は戦略として年金問題に加えて、「子ども手当」、農業の「戸別所得補償制度の創設」ということをマニフェストとして掲げ、庶民と感覚がずれた安倍自民党政権に対して、「庶民派」の姿勢を見せ、そこが多くの人達にアピールしたのではないかと思う。
 特に、「戸別所得補償制度の創設」という農業政策が地方の農村の支持を集めたようだ。
 もともと小選挙区制というのは、都市部の一票と地方の一票との間に大きな格差があり、地方の一票は東京の一票の何倍もの価値があるというものなのである。これは農村部に支持基盤を持つ自民党が自らの政党にとって有利になるように考えて、そういう選挙制度をつくったわけである。
 しかし、農産物の輸入自由化を進めてしまったため、日本の農村は壊滅状態になってしまった。農業に関しては、海外と自由競争することはそもそも無理な話なのである。何故かというと、国土の広さの違いがあり、つまり、たとえばアメリカの大農業家が所有している農地と日本の農家の農地は面積の規模が根本的に違うのだ。アメリカの大農業家と自由競争したら日本の細々と経営しているような農家はかなうわけがなく、皆、潰れていくしかないわけである。そこがたとえば自動車のような産業とは違うのだ。自動車は日本のメーカーの技術力によって、世界でも信頼を得て、産業として世界の企業と競争して勝つことが出来る。しかし、農業の場合は所有している農地の規模が根本的に違うので、自動車のような形にはいかないのである。だから、農業に関しては、愛国的な保護政策をしなければ、とてもじゃないが、太刀打ちできるわけがないのである。
 だが、自民党は農産物の輸入自由化を解禁してしまったので、とにかく小規模な農家はもうどうしようもないので切り捨てていくしかない、大規模な農家のみを奨励して、大規模な農家をより大きくしていき、海外の農家にも対抗できるような力を持つようにしていこう・・という方向にいったのだろう。こうして多くの農家が切り捨てられていき、自民党のかつての強固な選挙基盤であった農村部の支持層が崩れていってしまったわけである。
 そこに、小沢は着目し、小規模農家の切り捨てに反対し、農家を保護する「戸別所得補償制度の創設」という政策を打ち出したわけである。これは自民党側が批判するように、ある意味ではバラまきであり、いわば自民党の旧田中派のような、農村部にお金をバラまくことで選挙の票を獲得するという保守的な金権政治であると言えるのだけれども、しかし、農業に関してはそのような保護政策でなければ壊滅してしまうという深刻な実情があるのだから、旧田中派のような(小沢自身がもともと田中派であるが)、お金をバラまく保守的な金権政治のやり方のものだからいけないとは一概に言えないのである。
 たとえば僕は小泉氏が進めた郵政民営化については、保守的な金権政治を変えていくものという意味で支持するところがあるのだけれども、農業に関してはやはり保護政策の必要性を認めないわけにはいかないように思う。
 小選挙区制が農村部の一票が大きな力を持つことを知り抜いた小沢の戦略勝ちというのはそういうことではないかと思うのである。

 なお、今の政治情勢は、自民党の旧田中派と、岸ー福田派との対立、抗争という文脈で見ることも出来るのかもしれない。
 小泉、安倍は旧福田派の流れをくむもので、そこが金権政治を進めた旧田中派と違う点である。
 またイデオロギー的にはもともと日中国交回復をしたのが田中派であり、台湾を支持して日中国交正常化に反対した、靖国派と言われるのが岸ー福田派である。
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2007/7/30

新事実???グアムの慰安婦  ニュース

*米下院で慰安婦決議案が論議されているタイミングで以下のようなニュースが流れたが・・

(ニュース)
日本軍将校がグアムで慰安婦動員に介入、米民間団体
7月26日17時34分配信 YONHAP NEWS

【ワシントン25日聯合】第2次世界大戦当時、日本軍が米軍領のグアムでも慰安婦の強制動員に介入していたことが米海軍文書から確認されたと、米国内の慰安婦関連民間団体が25日に明らかにした。
 ワシントン地域挺身隊問題対策委員会は同日、報道資料を通じ、日本軍がグアムを占領していた期間に発生した事件について1945年7月28日から8月28日まで実施された裁判内容を記録した米海軍の報告書の中で、日本軍が現地女性の慰安婦強制動員に介入していた事実が記されていると明らかにした。この文書は現在、米国立公文書記録管理局に保管されているという。

 報告書によると、日本軍がグアムを占領していた1942年2月ごろ、当時グアムに居住していた日本人会長と日本軍将校が、17歳の少女と家族を脅して少女を強制的に連行した。少女は性的暴行を受け、6か月その地域にとどまっていたという。また、民間人である日本人会長は、この少女をはじめ2人の女性を慰安婦として動員した疑いと反逆の疑いなどで有罪とされ死刑を宣告されたが、その後懲役15年に軽減された。

 委員会は、報告書によると日本軍将校は売春を目的に少女を違法に連行することに加担していたと指摘。慰安婦強制動員に日本軍が直接介入したことを証明する文書はないとする日本の安倍晋三首相の主張が事実ではないことが確認されたと主張している。

 一方グアム議会は、慰安婦決議案を進めている米下院に対し、この事件についても日本政府は公式に謝罪すべきだと訴えている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070726-00000038-yonh-kr&kz=kr


*うーん、、これはさすがにタイミングを見て出してきたネタという感じがする・・。このネタ自体はこれまで何度も出てきたもので、新事実というほどではないと思うんだけど・・。
下記の記事とたいして内容が変らないように思うのだが・・


グアムでも従軍慰安婦 国連人権委で近く報告−−朝鮮人連行調査団が確認
(1996.4.3 毎日新聞東京本紙夕刊) 
 米国領・グアムで地元女性が従軍慰安婦として売春を強制されていた事実を朝鮮人強制連行真相調査団(日本側団長・鈴木二郎都立大名誉教授)が確認し、当地で行われ ている国連人権委員会で非政府組織(NGO)として近く報告する。これまで朝鮮、 オランダなどの慰安婦が大きな問題になっていたが、米国領内での慰安婦問題が国際 社会で取り上げられるのは初めて。調査団は昨年から米国領内に存在したとされる慰安婦の実態調査を行っていたが、米国立公文書館のマイクロフィルムや日本政府の法 務省に残されていた裁判資料から、日本軍にグアム島が占領された3カ月後1942 年2月、グアムの日本人会幹部が地元女性2人を強制的に慰安婦にし性的虐待を強いていたとする裁判資料を発見した。
法務省の資料では「現地の女性を慰安婦として日本軍にあっせんしていた」と記述されており、この日本人会幹部は、戦後、グアム戦 争裁判で売春強制罪などに問われ15年間の強制労働の判決を受けていた。資料は同 委員会のクマラスワミ特別報告官(スリランカ)も入手、「旧日本軍の行為は人道に対する罪であり、元従軍慰安婦に対する国家補償と加害者の処罰が必要だ」として2 月に公表した特別報告書の基礎にもなっている。 同調査団は「グアムのケースは戦 争犯罪として法的に処罰されており、従軍慰安婦問題の法的責任を日本政府が明確にしないのはおかしい」としている。
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2007/7/28

記録映画『ひめゆり』『終わりよければすべてよし』のお知らせ  映画

ふと気づけば、知人の映画が続々、上映中なので、ご紹介。

●柴田昌平監督の記録映画『ひめゆり』が7月13日までポレポレ東中野で上映。
以降も全国各地で上映。
詳しくは下記をご参照ください。
記録映画「ひめゆり」HP
http://www.himeyuri.info/

●それから、西尾清カメラマンの『終わりよければすべてよし』(羽田澄子監督)も岩波ホールで上映中です。(7月27日に岩波ホールでの上映終了しました。)
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2007/7/26

沖縄、辺野古 平良夏芽氏が殺されかける  ニュース

*以前に、反対派がこういうボンベを外す行為をしたと報道されて、事実無根と抗議した件がありましたが、こういうことをしているのは向こうのほうだったんですね・・。
でも、暴力行為をしているのは向こうのほうなのに、こういう事件が表に出ることで、何か、反対派は暴力的なことをしている集団なんだみたいなイメージをつくりあげて流布させようとしているのですかね。そういう扇動には乗らないようにしたいものです。

(ニュース)
2007年7月22日(日)沖縄タイムス 朝刊 23面
反対派・業者もみ合い/辺野古調査
 【名護】米軍普天間飛行場移設予定地の名護市キャンプ・シュワブ沿岸海域で二十一日、那覇防衛施設局の環境調査を委託されている業者の作業員ダイバーと、移設に反対する平和市民連絡会の平良夏芽共同代表が海中でもみ合いになるトラブルがあった。

 平良代表は「海中でタンクのバルブを閉められた」と主張。「命にかかわる一線を越えた行動で、弁護士と相談し、刑事告訴も検討している」と話している。二十三日にも那覇防衛施設局を訪れ、現場の状況を撮影したビデオを見せ、抗議するという。

 平良代表によると、二十一日正午すぎ、辺野古漁港沖約一キロの海底三、四メートルで、委託業者の作業ダイバー三人が、調査器の土台を海底に固定しようとした。

 平良代表が作業を阻止しようと、土台にしがみつくとダイバーが羽交い締めにしたという。急に息ができなくなり、浮上したところ、バルブは完全に閉まっていたという。

 ヘリ基地反対協の安次富浩代表委員は「国家の暴力が、市民活動に及んできた。憤りを感じる」と語った。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707221300_04.html

2007年7月25日(水)沖縄タイムス 朝刊 28面
「バルブ閉めは故意」/市民連絡会、施設局に抗議
 米軍普天間飛行場移設予定地の名護市キャンプ・シュワブ沿岸の海中で、那覇防衛施設局の委託ダイバーと平和市民連絡会のメンバーがもみ合いになった問題で、同会とヘリ基地反対協は二十四日、施設局に「作業員が空気ボンベのバルブを閉めた。故意の危険行為だ」と抗議し謝罪を求めた。

 約四十人が施設局に詰め掛け、申し入れの場の設定を求めもみ合いになるなど、一時混乱した。施設局が二十七日に申し入れを受けることや現場への職員配置、その間の作業中断について検討を表明し、事態は収拾した。

 これに先立ち、沖縄平和運動センターのメンバー約二十人が米軍装甲車の県立沖縄高等養護学校への侵入などに抗議した。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707251300_06.html
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2007/7/23

『ブラインドサイト 〜小さな登山者たち〜』  映画

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これは、かなりブラボーと言いたくなるような作品。
まさに、フィクションではなく、ドキュメンタリーだからこそ、とらえ出し、描き出せた世界だと思う。
チベットの盲目の子供たちがヒマラヤ山脈の登山に挑戦する・・という実話もので、そのストーリー自体が驚きなのであるが、真にこの作品が感動的なのは、障害者でも可能性というのは無限なんだ、やれば出来るんだという「感動もののストーリー」・・だからなのではなくて、「子供たちにこのような行為をさせるべきなのか?」「我々は盲目の子供たちがこうしたことが出来ると世界に誇示したいだけなのではないのか?」「それを子供たちに押し付けようとしているのではないのか?」といった、周囲の人間たちのディスカッションがそのまま描かれていることである。
そうした姿をカメラの前にさらけ出す、この映画の出演者の人たちの姿勢も素晴らしいと思うのだけれども、おそらく、記録した監督やプロデューサーたち、映画スタッフも「どのような作品としてまとめるべきなのか?」をディスカッションしつくしたのに違いない。そして、中国政府から撮影に関して規制を受けるなど、様々な制約があった中で、このようなディスカッションを内包したような形で作品にし得たということが、ブラボーだと思うのである。
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2007/7/23

『私たちの幸せな時間』  映画

これは、映画として期待していって・・というよりも、死刑囚を題材にしたものである点に興味を感じて見に行ったんだけど(ちなみに原作本は蓮池薫氏が邦訳している)、なかなか渋いメロドラマで、やっぱり韓国は見応えがあるメロドラマを作るなぁ・・と。
ただカン・ドンウォンはたしかに好演ではあるけど、凶悪犯の死刑囚というのとはイメージがちょっと違ったかな・・。

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これはドラマの設定の問題でもあるんだけど、過去の話がちょっと作り過ぎているというのか、これでは冤罪というわけではないけれども事実と異なる「事実認定」で死刑の判決がくだされたとも思えるところがあり、そういうことを問うドラマではないわけだから、主人公をよく見せるようにそう作りこんだのかもしれないけれども、かえってこの作品のテーマにそぐわないように作り過ぎてしまっているように思えたのだけど・・。
でも、死刑囚には見えない反面、他の囚人たちと雪合戦をするシーンなど、演技というよりカン・ドンウォンの素の魅力を出していると思えるところがあり、それが対するイ・ナヨンも時たま、演技をこえて素の部分(つまり、このドラマのヒロインの心の傷をあらわす役作りが、スター女優が自分の素を見せることで、内面に隠している心の傷を表現するという形で行われていて、うまく素を見せることと心の傷の表現とがマッチしているというのか)を見せていることと重なり、ある種の「演技」ではない真実のリアル感を出すことにもしかしたら成功している映画なのかもしれない・・とも思った。

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あと刑務所の面会室でのガラス越しの面会シーンというのは映画的な緊張感がある。囚人との面会シーンというのはなんか、映画的なんだよなぁ。
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2007/7/23

足立区 学力テスト「不正」問題 関連記事  障害者問題・教育問題

*ついに、食や介護だけでなく、小学校の教育現場でも出てきた、足立区の学力テストの「不正」問題。競争社会の行き着く果てか・・。
 東京新聞が続報も含めて詳しい記事を掲載している。果たしてきちんと処分をして変えていくことが出来るのか? それとも、うやむやにされてしまうのか? 

(ニュース)
校長主導学力テスト不正 足立区の公立小 昨年の試験、誤答指さす
2007年7月8日 東京新聞 朝刊
 昨年四月に実施された東京都足立区の学力テストの際、区西部にある公立小で、試験中に教員が児童の答案を指さして誤答に気付かせる不正を行っていたことが七日、分かった。共同通信の取材に対し、六人の教員が「校長の指示があった。校長自身も教室に来て、自ら率先して『指さし』をした」などと証言した。 

 校長は「日常の指導の一環でノートや小テストを指さすことはあるが、学力テストではやっていない」と否定。区教育委員会は「テストは適正に行われたと考えている」とする一方、事実関係を把握するため、調査を始めた。

 足立区はテストの順位を公表しているほか、学校予算の傾斜配分や学校選択制を取り入れており、教育関係者からは「競争原理の導入が不正の背景にあるのではないか」との指摘も出ている。

 同小は区内七十二小学校中、二〇〇五年は四十四位だったが、不正のあった〇六年は一気に一位になっている。

 テストは昨年四月二十五日、小学校では区内の二年生から六年生を対象に国語と算数で実施された。同小の複数の教員は試験中に机の間を歩き、答案に間違いがあると、問題を指さして児童に気付かせた。

 教員らによると、校長も教室の中に入り、自ら指をさした。教室内で教員に「指さし」を促すような態度を取ることもあったとしている。

 教員の一人は「指をさして意味の分かる児童とそうでない児童がおり、不正ぎりぎりだと思った。校長の指示があったかどうかと言えばイエスだ」と証言。教員らは「校長は学校の平均点を上げるのが目的だったのだろうが、あんなやり方で一位になっても子どもは喜ばない」と話している。

 また、校長は、本来すべてをそのまま回収しなければならないのに、〇五年のテストの問題をほとんどメモし、翌年の児童に練習問題として繰り返しやらせていた。

 翌〇六年のテストは、九割以上が〇五年と同一問題だった。

 校長は「(〇五年の問題が)良かったので参考にした。翌年も同じ問題が出るとは思わなかった」とする一方、「過去問をやらなければ一位にはならなかったと思う」とも話している。

 区教委は「メモを取ったのは不適切な行為」としている。

勇気ある不正証言
 教育評論家の尾木直樹法政大教授(臨床教育学)の話 学力テストをやれば必ず指さしなどの不正が起きる。答えを丸暗記するほど過去問を繰り返しやらせ、通常の授業時間が削られるような状況も生まれるなど、学力テストを行うことでかえって基礎学力が落ちてしまう。不正を証言した教員はとても勇気がある。子どもに対する本当の愛情が感じられ、生き方そのものが教育者としての姿勢を示している。管理が強まる学校の中で、不正があっても声を出せない教員は少なくない。全国では同じような問題がたくさんあるはずだから、後に続く人が多く出てきてほしい。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007070802030557.html

不正行為校長認める 足立区教委調査公表 小中4校でも発覚
2007年7月17日 東京新聞 朝刊

 東京都足立区が昨年四月に実施した学力テストをめぐり、区立小学校の一校で教諭が誤答を指さしして児童に気づかせる不正行為があったと指摘された問題で、同区教育委員会(斉藤幸枝教育長)は十六日、記者会見。当初不正を否定したこの小学校の校長が、指さしや、禁止されている前年度の問題を使った練習の実施などをしていたことを認めた、とする調査結果を公表した。

 また、この学校以外にも、区立の小中学校計四校で、前年度の問題をテスト直前に解かせる不正が行われていたことも判明。斉藤教育長は「管理不行き届きだった」と謝罪し、今後、第三者を交えた検討委員会を設け、テスト結果の公表方法のあり方などを検討する方針を示した。

 区教委は最初に問題が指摘された小学校に当時勤務していた全教員から聞き取り調査を実施。この結果、校長と教諭五人が、テスト中に解答を誤っている児童に対し、問題文を指さすなどして気付かせる不正をしていたことが分かった。また、校長は翌年度も同じ傾向の問題が出ることを認識しながら、二〇〇五年度のテスト後に問題文をコピーし、昨年四月のテスト直前に解く練習をさせていたことも確認した。

 区教委はこれらの不正について「管理職からの指示があって行われた」と述べ、学校ぐるみで不正が行われていたとの認識を示した。

 さらに同校以外の区内全小中学校計百八校に対しても、テスト前の学習状況などを調査。二小学校と一中学校の一学年で、試験直前の四月中に一度、前年の問題を解かせていたほか、別の小学校一校では二−六年生に二−五回、練習させていたことが分かった。

 区教委は、今回の問題の背景に「点数だけが独り歩きしたきらいがあった」としている。

『学校競争』に警鐘

 足立区は学校ごとの学力テストの成績公表や予算配分への反映の検討など、テスト結果で学校を競わせる施策を強力に推し進めてきた。区内の学校現場で生じたゆがみは“学力テストによる学力向上策”の是非を問う議論に一石を投じている。

 一九五六年度に始まった国の学力テストは、地域間の競争激化を招き、成績の悪い子を休ませるなどの過剰反応が起きたとして六六年度を最後に中止された。しかし九〇年代後半から学力低下批判がわき上がったことを背景に、独自に学力テストを実施する地方自治体が増加。国の学力テストも今年、復活した。

 都教委は二〇〇三年度から都の学力テストについて区市町村ごとの平均正答率を公表。足立区教委の斉藤幸枝教育長は「足立区は学力がかなり低い。社会に出ていくには最低限の学力は必要」とこの日も危機感を強調した。しかし学校を競わせることでの学力向上策は結果として区教委が禁止していたテスト問題のコピーなどのルール違反に学校を追い込んだ。国の学力テストの反省は生きなかった格好だ。

 帝京大学の市川博教授(教育学)は「学校選択が学力評価中心で行われているという実態がある限り、今回のような問題が出てくる。そもそも業者にテストを委託している現状で、学力向上の目的が達成できるのか。先生が採点して課題を把握しないと意味がないと思う」と話している。(早川由紀美、小林由比)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007071702033099.html

足立テスト不正問題 区教委も認識甘く
2007年7月17日 東京新聞

「足立区学力向上に関する総合調査」においての不適切な行為について、調査結果を報告する斉藤幸枝教育長(中)ら=足立区役所で

 学校ぐるみの「誤答指さし」や、複数校での不正な事前練習などが十六日、明らかになった足立区の学力テスト不正問題。調査報告からは、何度か問題を認識する機会があったにもかかわらず、見逃し続けてきた区教委の認識の甘さも浮かび上がった。

 報告によると、事前練習をした小学校のうち一校は昨年四月のテスト当日、前年度と問題がほぼ同じだったことに気づき、区教委に報告していた。しかし、区教委は「他の学年の平均点の伸びなどからみて影響はなかった」として問題視せず、そのまま集計していた。

 区教委によると、指さしを行った小学校の校長もテスト当日、問題が直前に練習させた前年度の問題とほぼ同じことに気づき、「大変なことだと思った。すぐに報告すべきだった」と話しているという。斉藤幸枝教育長は、「この時点で他校の実態を把握していれば、学力調査全体に対する影響を最小限にとどめられたのではないか」と、不手際を認めた。

 また、学力テストは実施当初から、同一校内での学力の経年経過をみるため、ほぼ同じ問題が出されることが分かっていたにもかかわらず、区教委は各校にテスト問題のコピー禁止を伝える際、業者の著作権のみを強調。「同様の問題が出ることを伝えなかったため、コピーしないよう徹底できなかった」と釈明した。

 そもそも、二〇〇五年に四十四位だった同校が、不正のあった〇六年にいきなり一位になったことに、不自然さは感じなかったのか。斉藤教育長は「区内で最も図書館が充実し、図書学習などに力を入れていた。学習の仕方でこんなに成績が上がるんだという驚きと喜びしかなかった」と説明。「(テスト自体を)元凶のようにとらえる向きもあるが、改善することで学力を上げる有効な手段になりうる」と強調した。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20070717/CK2007071702033107.html

*同じ足立区ではこんなことも。

学力テスト:障害持つ児童の答案を採点から除外 足立区
 東京都足立区教育委員会は7日、昨年4月に区が独自に実施した学力調査(テスト)で、トップの成績の小学校が、保護者の了解を得ずに情緒障害などのある児童3人の答案を採点対象から除外していた、と発表した。区教委は「保護者に説明せずに不適切だった。申し訳ない」とコメントした。
 区教委によると、学力調査は、小学2年〜中学3年生を対象に04年度から区が独自に実施し、各学校ごとの順位を公表している。この学校は、05年度は44位だったが、06年度はトップになった。
 3人はいずれも6年生(当時)で、情緒障害などが見られる。普通学級に在籍しているが、週に何回かは別の学校の特別なクラスに通っていたという。
 3人はテストは受けたものの、「文章を理解する力が通常より難しい」などの理由から、校長の判断で採点対象から除外した。区教委は事前相談や保護者の了解があれば、問題の理解が難しい児童の採点除外を認めているが、この学校はその手続きをしなかった。校長は「怠った」と説明しているという。3人の児童の親のうち2人は校長の説明に納得していない。
 同区では、学校選択制を02年度から実施しており、成績の上位校に入学希望者が集まる傾向にある。この学校は、誤答している児童の机を教師がたたくなどの疑惑も指摘されているといい、区教委は、さらに調べる。区教委は「児童に対する配慮」を理由に、学校名は明らかにしなかった。
【吉永磨美】
毎日新聞 2007年7月7日 22時27分 (最終更新時間 7月7日 23時28分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070708k0000m040114000c.html
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2007/7/19

え?やらせ?  ニュース

*え?本当にやらせ?
 ・・何を信じたらいいのか、分からない。

(ニュース)
「段ボール肉まん」はやらせ=報道したテレビ局が謝罪−中国
7月19日0時0分配信
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2007/7/19

柏崎刈羽原発  原爆・原発問題

何が起きているのか?

原子力資料情報室の情報に頼るしか、ない。

柏崎刈羽原発が地震で自動停止、変圧器火災も
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=548

設計をはるかに超える水平、鉛直の加速度
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=549

原発の耐震安全性は根底から崩れた
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=550

柏崎・刈羽原発は活断層上に建設されている!東京電力は柏崎・刈羽から撤退せよ。
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=551

写真レポート:7月17日の柏崎刈羽原発
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=552
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2007/7/17

アルトマン4本雑感  映画

ぴあフィルムフェスティバルのロバート・アルトマン監督特集、渋谷東急で、『ウエディング』『ギャンブラー』『ボウイ&キーチ』『BIRD★SHT』と4本、一気に見てきたが、僕の個人的な感想だと後の2本が良かったかな・・。

『ウエディング』は昔、見た時はストーリーが何がなんだかよく分からなかった(単に理解力がなかった)んだけど、今回は一応、こういう話だったのかと把握したんだけど、やっぱり登場人物があまりにも多すぎて、一体、誰の視点でどこに重点をおいて見ればいいのかがつかめないという点は変わらず・・。前から書いている通り、それが僕がアルトマンで苦手なところなのだけど、アルトマンが本当に好きな人は『ウエディング』こそがきっと最高の映画(の1本)なのだとは思うし、別にそれに対して異を唱えるつもりもないのだ。単に、自分に個人的にピンとくるか、こないかという問題。
でも、今さら僕が言うこともないようなことだけど、リリアン・ギッシュがああいう風に出てくるのはたしかに感動的だし、ああいう風にある役者をそのまま「映画的記憶」として起用してしまうような、アルトマンのシネフィルぶりは凄いことだとは思うのだけど。
そう言えば、ミア・ファローが妊娠しているのは『ローズマリーの赤ちゃん』の「映画的記憶」か(だから、誰の子か、分からないという・・)。こんなところも役者ごと、引用。
ポール・ドゥーリーとデニス・クリストファーの父子というのも『ヤング・ゼネレーション』みたいだし・・。ん?でも、『ウエディング』は1978年作品、『ヤング・ゼネレーション』は1979年作品だから、これは『ヤング・ゼネレーション』のピーター・イエーツ監督がキャスティングを引用したのだろうか・・(笑)

アルトマンの群像劇の見方がつかめないというのは、キャラクターの掘り下げとかをしていくというのとはちょっと違うようだからね。。掘り下げがないというのか、こういう人がいて、こういう人と出会って、こうなって・・というのと違うような。。だって、『ウエディング』でなんで花嫁の母親が突然、恋に落ちるのか、よく分からないし。。いきなりそうなってしまう感じで。。
司教の下手ぶりも、笑えるというより、やり過ぎじゃないかと思ってしまったり。。僕が生真面目すぎるのかなあ・・。

そういう意味では、『ボウイ&キーチ』がずっと主人公の男女2人を追いかけていくので、一番、良かったかな。。まあ、もともとの話、『夜の人々』が大好きな話なので、ということもありますが。。もっとアルトマン的にかなり変わったリメークなのかと思っていたら、ラストのシェリー・デュヴァルの表情は『夜の人々』のシーンそのままだし、これは『俺たちに明日はない』よりも原点のスピリットをつかまえたリメークかもしれないと思いました。(『俺たちに明日はない』と『ボウイ&キーチ』はともに『夜の人々』のリメーク作品。)この話は、とにかく女がどこまでもついていくというのにやっぱりジーンと来る。こういう女性像(クレイジーさ、ファムファタール性と純粋さを兼ね備えたような・・)をアルトマンは描き出したかったんでしょうかね。シェリー・デュヴァルが鏡を見て態度を変えるシーンもアルトマンらしい「鏡」の使い方で印象的。
ああいう女に出会ったら、ああいう恋に落ちたら、もう死んでもいいや・・なーんてね。僕には一生無理かもしれないけど。今までああいうラブラブ状態になったこと、ないからなあ。好きな女が出来ても、実際に付き合おうとすると、緊張してしまい、なかなかラブラブみたいなところに自分を持って行けないほうだし。。街中でキスしたりなんて僕には出来ませんよ。やっぱり生真面目すぎるのがいけないのかなあ。。頑張れ、俺!

でも、アルトマンって変な女がいっぱい出てくるよなあ。。そこは実は好きです。アルトマンの作品自体は熱心なファンとは言えないかもしれないけど、アルトマンの映画に出てくるヒステリックで変な女というのは大好きで、それは見ていて楽しいので、そういう意味ではアルトマンの映画は実は好きなんですよ。アルトマンの映画に出てくる女を見ているのはけっこう楽しいです。

『BIRD★SHT』はそういう意味でチョー楽しかった!変な女が3人も出てくる・・。
アルトマンと言えば、シニカルな作家という印象があるから、そのアルトマン自身が自作の中で好きな作品と公言しているのが空を飛ぶのを夢見ている少年の話・・というのはちょっと不思議で、どういう作品なんだろうか?と思っていたんだけど、今回、見て、納得しました。やっぱりアルトマン、主人公の少年は純真(?)なのかもしれないけど、回りに女たちをはじめ、変な人間がぞろぞろ出て来て、連続殺人事件は起こるし、アルトマン的シニカルさと純粋さが合体した奇妙な作品だと思いました。ラストはオフュルス(『歴史は女で作られる』)の「映画的記憶」の引用だし・・。
そう言えば『ロング・グッドバイ』の海辺のシーンは『スタア誕生』(ジョージ・キューカー監督版)の「映画的記憶」の引用だし、やっぱりアルトマンはシネフィルではある・・。

拙い感想ですみません。拙いというのか、最近、大雑把になってきているな・・

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2007/7/12

民主党マニフェストの「子ども手当」「戸別所得補償制度」について  時事問題

民主党が今度の参議院選挙で年金、子育て、農業などのマニフェストを掲げている。この内、子育ての「子ども手当」、農業の「戸別所得補償制度の創設」の政策について。

「子ども手当」は、子ども(中学生以下)1人当たり月額2万6千円の手当を中学校卒業まで支給するというものである。以前に民主党が出した案では月額1万6千円となっていたが、いつの間にか、2万6千円になっている・・。
1万6千円ぐらいじゃ、とても子どもを育てられないし、たとえば年収が低いので子どもを産めないという夫婦がいた場合、それで子どもを産もうという気になる金額ではないので抜本的な少子化対策にならないのではないか・・とでも批判を受けたので増額したのだろうか?
しかし、それを言うならば、2万6千円でもとてもそれで子どもを産めないという夫婦が子どもを産もうという気にはならない額ではないかと思える。
僕が思うのは、こうした政策を少子化対策として実行するのであれば、年収制限をつけて、低所得者の人達を対象にするようにしたらどうか?ということである。
すべての子どもに1人当たり月額2万6千円の手当を支給する財源があるのであれば、たとえば年収が合わせて400万円以下の世帯(家庭)に子ども1人当たり月額5万円の手当を支給する・・という風にしたらどうだろうか?
子ども1人当たり月額5万円支給して補助してくれるのであれば、なんとか、子どもを作れないでいる夫婦がそれでは子どもをつくろうという気になれるのではないだろうか・・。
はっきり言って、年収が何千万円もあるような家庭に、子どもがいるからといって月2万6千円を税金から補助することはないと思うのだけど・・。
つまり、所得に関係なくすべての子どもがいる家庭に一律に支給するのではなく、低所得者の家庭に補助する・・というほうが少子化対策として有効なのではないかと思うのである。

次に、農業政策の「戸別所得補償制度の創設」についてであるが、これには僕は基本的には賛成である。
自民党が提案している「品目横断対策」は、一部の大規模農家などに限定して直接支払いをする政策であり、それよりも民主党案の「戸別所得補償制度」の方が、全ての販売農家を対象とするものなので、細々と農業をしていて本当に困っている農家を助けることになるのではないかと思えるので、民主党案の方が賛同できる。
ただし、自民党側から批判されているように、「戸別所得補償制度」の財源をどうやって確保するのか、また「戸別所得補償制度」はWTO農業協定違反ではないのかなど、民主党案を実行する上ではクリアしないといけない問題はあるようではあるけれども。
(民主党は基本的に農産物の輸入の全面自由化に賛同する立場なので、WTO農業協定にも賛成であるわけで、ならば「戸別所得補償制度」はこの点で両立しないものなのではないか?ということ。ちなみに、共産党は、農産物の輸入自由化、WTO農業協定そのものに反対である。)

要するに、僕の基本的な考えは、低所得者で本当に生活が苦しい人達を補助するようにしていけばいいのではないか、高所得者の人達を補助することはない・・ということである。このような低所得者は支援、補助するが、高所得者は補助しないというのはかえって不平等なのではないか・・という考えの人ももしかしたらいるかもしれないが。
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2007/7/11

一角座で大和屋竺特集『愛欲の罠』  映画

一角座で大和屋竺監督作品が連続で上映されている。
http://www.ikkakuza.com/schedule/index.html

http://www.walkerplus.com/tokyo/latestmovie/8MNGT001.html

その中の1本、『愛欲の罠』(原題『朝日のようにさわやかに』)を鑑賞。

大和屋竺というと、孤高のオンリーワンの存在というイメージがある。
それは大和屋作品に出てくる登場人物が、孤高の一匹狼的な人物が多いからではないだろうか。『愛欲の罠』の主人公も一匹狼の殺し屋である。
こうした人物は内向的と言っていいのかもしれない。でも、ただ内に閉じこもってイジイジしているというより、生と死の実存と結びついて屹立して孤高に存在している人たち・・というようなイメージがある。
たとえば、タルコフスキー的な内向性とはちょっと違うのではないか。タルコフスキーよりもイーストウッドの方が大和屋に近いかもしれない。

そうした実存と結びついて屹立しているかのようなイメージが大和屋作品において表現としてふっと姿を垣間見せるのは、たとえば『ルパン三世 魔術師と呼ばれた男』(大和屋竺脚本)でルパンの指先にトンボが止まる瞬間だったり、『大人のオモチャ ダッチワイフレポート』(曽根中生監督、大和屋竺脚本)でダッチワイフにのめり込んでいく南極観測隊員の姿だったりする。
『愛欲の罠』では、人間と人形が逆転して存在するエピソードなどは大和屋的主題だと言えるのではないかと思う。この作品は田中陽造脚本ではあるけれども大和屋的主題だと思うのである。
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2007/7/11

沖縄の米軍、枯れ葉剤問題 沖縄タイムス・琉球新報 社説  時事問題

*沖縄タイムス・琉球新報の社説より。

沖縄タイムス 社説(2007年7月10日朝刊)
[米軍枯れ葉剤使用]
早急に実態を調査せよ
 知花弾薬庫でVX神経ガスのガス漏れ事故が発生し、作業をしていた米兵など二十四人が病院に収容された―との衝撃的なニュースが伝わってきたのは、復帰前の一九六九年七月のことであった。

 米紙ウォールストリート・ジャーナルの報道によって、米軍は初めて、マスタード、GB、VXなどの毒ガスが沖縄に貯蔵されている事実を認めた。ベトナム戦争さなかの出来事だ。

 当時の新聞は「空にB52 海に原潜、陸に毒ガス。天が下に隠れ家もなし」と、住民の安全をないがしろにした軍事優先の米軍統治を強く批判した。

 だが、貯蔵されていたのは核兵器や毒ガスだけではなかったようだ。猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤が六一年から六二年にかけて、北部訓練場などで散布されていたというから驚きだ。

 沖縄での枯れ葉剤散布などによって前立腺がんにかかったとの元米兵の申し立てに対し、米退役軍人省はダイオキシンを浴びた可能性を認め、作業に携わった元米兵の後遺症を認定したという。九八年一月十三日付の同省の公式文書で明らかになった。

 元米兵が沖縄に勤務していた六一年から六二年にかけての時期は、米軍がベトナム戦争に介入し、枯れ葉剤を使用し始めた時期と重なる。

 米軍はその後、ゲリラをジャングルからあぶり出す目的で、おびただしい量の枯れ葉剤をベトナムの密林や水田などに散布した。

 その結果、密林が死に絶え、ベトナムの住民だけでなく、米国のベトナム帰還兵の中にも、がんなどの健康被害を訴える人たちが続出した。

 結合双生児として産まれたベトちゃんドクちゃんに象徴されるように、今なお続く健康被害、環境被害の深刻さは、二十世紀の国家犯罪ともいえる様相を呈している。

 北部訓練場ではかつて、ダムの湖水面を利用した訓練が行われているが、枯れ葉剤の散布が行われたとすれば由々しい問題だ。ダイオキシン残留の可能性がないかどうかを含め、早急に事実関係を調査すべきである。

 米軍の関係部局は、元米兵の申し立てに対し、「沖縄でダイオキシン使用を確認する文書はない」と回答したという。

 今回も同じような回答が予想される。だが、記録文書がないから確認できないというだけでは住民の不安は解消されない。基地を提供している政府と、当事者である米軍の誠実な対応を求めたい。
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070710.html#no_1

琉球新報 社説(2007年7月10日朝刊)
枯れ葉剤散布 まず事実関係の解明急げ

 米軍が1961―62年に米軍北部訓練場などで猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤を散布していたことが判明した。作業に携わった元米兵が後遺症などの補償を求めた審判をめぐる退役軍人省の公文書に記されている。
 ダイオキシンは自然分解がされにくく、汚染は長期間続くと指摘される。ゆゆしき事態だ。
 何よりも県民の「水がめ」に近い場所だ。しかも汚染が広範囲に及んでいる可能性がある。政府や県は詳細に事実を掌握するとともに、現地調査を含め早急に事実解明に乗り出す必要がある。
 枯れ葉剤の散布が明らかになった退役軍人省不服審判委員会の決定文によると、元米兵は61年2月から62年4月まで輸送兵として沖縄に赴任。枯れ葉剤が入ったドラム缶の輸送やドラム缶に枯れ葉剤を注入する作業に従事したほか、雑草除去のために枯れ葉剤を散布したというのだ。
 散布された場所は、北部訓練場内とその周辺の道路脇などで「2カ月以上にわたり枯れ葉剤を浴びた」と証言している。
 相当量の枯れ葉剤がまかれた恐れが強い。今回因果関係が認められた元米兵以外にも数10人の退役軍人が、ベトナム戦争時に沖縄で枯れ葉剤にかかわったことを理由にがんなどを患ったとして補償を求めていることからも、大量散布の疑いは消えない。
 ベトナム戦争中に展開された枯れ葉剤作戦に関する悲劇や悲惨さなどは、テレビ報道、映画などを通してよく知られている。散布地域ではがんや先天性異常児、死産などが多発。前立腺がんになったとの元米兵の主張に対し、同省も証言内容や証拠などから「矛盾がなく正当」と認定した。
 北部の森林地帯には貴重な生物種や植物などが生息・分布している。自然環境への影響はないのか。ダムの水は大丈夫だろうか。看過できない問題だ。
 北部訓練場を抱える東村の伊集盛久村長は「まず事実関係をはっきりさせてもらいたい。その上で、村民を対象とした健康診断の実施を国に求めたい」と語る。懸念は当然である。
 最近嘉手納基地で起きたジェット燃料漏れ事故で米軍は、県による汚染土壌の採取や現場撮影を頑強に拒んだ。今回も恐らく情報開示や調査要請に対し、非協力な姿勢で臨むであろうことは想像に難くない。
 だが事は県民の健康、安全にかかわる極めて重大な問題だ。米国の公的機関が認めている。散布の事実はなかったでは済まされない。枯れ葉剤を使用した場所や使用量などについて、一刻も早く事実関係を包み隠さず明らかにする責任がある。
(7/10 9:42)
http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html
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2007/7/9

米軍、60年代に沖縄で枯れ葉剤散布関連記事(追加)  ニュース

(*前に投稿した記事と内容が重なりますが、より詳細な記事があったので掲載。)

沖縄で枯れ葉剤散布 60年代、米軍訓練場 退役軍人省文書で判明 ダイオキシン残留の可能性
 【マニラ8日共同=舟越美夏】米軍がベトナム戦争で使用した、猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤を一九六一―六二年、沖縄の米軍北部訓練場(国頭村・東村)などで散布、作業に携わった元米兵が前立腺がんの後遺症を認定されていたことが八日までに米退役軍人省の公式文書で明らかになった。米領グアム島での枯れ葉剤使用の実態調査を進めているグアム議会議員らが入手した。

 米軍が沖縄に枯れ葉剤を貯蔵していたとの指摘はこれまでもあったが、貯蔵・使用が文書で認定されたのは初めて。文書は米軍が沖縄に枯れ葉剤を集積、ベトナムへの運搬基地としていたことをうかがわせており、現在も北部訓練場などの土壌にダイオキシンが残留している可能性もある。  同訓練場は九六年の日米両政府合意で面積七千八百ヘクタールのうち約四千ヘクタールの返還が決まっており、今月三日には一部返還に向けた工事が始まったばかり。

 周辺一帯は「沖縄の水がめ」ともいわれる地域で、汚染除去問題などを契機に県民の反米感情が高まれば、米軍基地返還や移設をめぐる協議の行方にも影響を与えそうだ。

 文書は後遺症の補償などを求めた元米兵に対する退役軍人省不服審判委員会の九八年一月十三日付の決定文。

 決定文によると、元米兵は六一年二月から六二年四月まで輸送兵として沖縄に赴任。枯れ葉剤が入ったドラム缶の輸送やドラム缶に枯れ葉剤を注入する作業のほか、北部訓練場内とその周辺の道路脇の雑草除去のために枯れ葉剤の散布を行った。上官は枯れ葉剤の害については説明せず、防護服なども与えられなかったため散布の際、枯れ葉剤が身体や衣服に付着した。

 元米兵は、このため前立腺がんになったと主張。決定は沖縄での枯れ葉剤使用を示す軍の公式書類はないとしたが、元米兵の証言内容や証拠は「矛盾がなく正当」とし、前立腺がんがダイオキシンを浴びたことに起因するのは確実として、補償などの権利を認めた。

周辺住民ら「初耳」 実態は不明のまま

 米軍による枯れ葉剤の散布が判明した沖縄の米軍北部訓練場(沖縄県東村など)は、部分返還に向け政府が米軍ヘリパッドの移設工事に着手したばかり。枯れ葉剤による汚染の有無などその実態は不明のままで、周辺住民は「汚染の程度や健康被害が分からないことが不安」と話している。

 「米軍の毒ガス移送が大きな問題になったことは知っているが、枯れ葉剤の使用が問題にされた記憶はない」。一九七二年の沖縄の本土復帰前から琉球政府(現沖縄県庁)に勤務、基地問題にかかわってきた元幹部は話した。

 ヤンバルクイナに代表される貴重な動植物が残る沖縄本島北部。人口が多い島の中南部へ水を供給する複数のダムもある。元幹部は「枯れ葉剤は後遺症の問題もあり、事実なら基地返還にも影響するはずだ」と指摘する。

 同訓練場は一九九六年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告で一部返還で合意。順調なら数年以内に返還されることになるが、米側には汚染除去などの義務はない。

 隣接の同県名護市で環境保護に取り組む「ジュゴンの里」代表の東恩納琢磨さん(42)は「枯れ葉剤散布は聞いたことがないだけに被害が恐ろしい。これまでも別の基地で有害物質が発見された経緯がある。汚染をきれいに除去し、情報公開すべきだ」と話した。

 (共同=小宮伸太郎)

 一帯は沖縄の水がめ

 沖縄県環境審議会会長の桜井国俊沖縄大学長(環境学)の話 北部訓練場は沖縄県民の水がめでダムがつくられ続けており、その地帯で枯れ葉剤がまかれたということは重要な問題でたいへん気になる。枯れ葉剤に含まれるダイオキシンは環境の中では消えないからだ。米軍基地内で行われることは分かりにくく、枯れ葉剤の散布は県も知らされていないだろうし、われわれも知らなかった。

 枯れ葉剤とは 猛毒ダイオキシンを含んだ除草剤。米軍はベトナム戦争中の1961年から約10年間、密林を拠点に抵抗を続ける南ベトナム解放民族戦線への対策として、密林を枯らす目的で空中から散布した。米コロンビア大などによると、同戦争でまかれた枯れ葉剤に含まれるダイオキシン総量は最大366キロ。ダイオキシンは自然界では分解しにくく、発がん性や、生殖器官などに悪影響を与える内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)としての有害性が指摘される。散布地域ではがんや先天性異常児、流産、死産などが多発。帰還兵にも被害が出ている。
(2007.07.09 岩手日報社 朝刊)

(*なお、以下の記事も関連するものなので掲載。)

枯れ葉剤被害、孫の世代に きょうからNYで控訴審
2007.06.17 共同通信 
 ベトナム戦争中に米軍によって散布された枯れ葉剤の影響とみられるベトナム人健康被害者が、同剤を製造した米国企業三十七社を相手取り損害賠償を求めた訴訟の控訴審予備審理が十八日、ニューヨーク連邦高裁で始まる。戦争終結から三十二年。今も身体の奇形や脳に障害がある子供の誕生は続いており、被害は枯れ葉剤を浴びた親の世代から子を経て、孫の世代へと広がっている。
 ▽因果関係
 「枯れ葉剤と病気の因果関係の立証が不十分」。一審のニューヨークの連邦地裁は二〇〇五年三月、原告の訴えを棄却する理由をこう説明した。原告のベトナム枯れ葉剤被害者協会の副会長、グエン・チョン・ニャン元保健相は「枯れ葉剤をまいた米国の帰還兵に対する賠償を認めながら、まかれた側には認めない。論理的におかしい」と指摘する。米軍は戦争中に猛毒ダイオキシンを含む七千二百万リットル以上の枯れ葉剤をベトナムで散布。米政府は汚染地域浄化には資金援助するが、約三百万人とされる被害者の補償には応じていない。
 ▽猛毒の恐怖
 ハノイ郊外にある施設「ベトナム友好村」には、枯れ葉剤被害者と認定された元兵士や子供ら百六十人が暮らす。中部クアンチ省で従軍したファム・ダン・タンさん(60)は、枯れ葉剤を浴びた約一年後から激しい頭痛が始まり、髪が抜け落ちた。除隊後にもうけた五人の子も二人は生後すぐに死亡、残り三人は二十代でも病弱という。
 施設の子供たちは先天性異常を持つ子、足の筋肉が弱く車いす生活を送る子などさまざま。共通しているのは両親のいずれかが枯れ葉剤散布地域で従軍したり、働いていた点だ。友好村のダン・ブー・ズン代表は「世界中の人、特に米国人はここに来て、ダイオキシンの怖さを知ってほしい」と訴える。
 ▽結合双生児、今も
 五月上旬、北部ハイズオン省で一つの体に二つの頭部を持つ女児が誕生したが、十九日後に死亡した。下半身が結合して生まれた「ベトちゃんとドクちゃん」の分離手術を行ったチャン・ドン・ア医師などによると、ベトナムでは戦後、中部を除く北部と南部だけで枯れ葉剤の影響とみられる約三十の結合双生児出生の事例がある。
 女児の死を病院でみとった祖母のドアン・ティ・アウさん(53)は「家族の中で枯れ葉剤を浴びた人はいないはずだが…。結合双生児の原因を科学者に解明してほしい」と涙を浮かべた。(ハノイ共同=平林倫)
共同通信社

*関連する前記事
2006/12/16
「枯れ葉剤被害者のドクさんが結婚式」
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1014.html

2007/2/10
「ベトナムのドクさんが今月下旬から来日。長崎原爆資料館などを訪問。」
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1060.html
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