2007/10/4

教科書検定制度 いっそ、やめてしまえば?  時事問題

沖縄の集団自決に関する記述をめぐり、教科書検定についてまた話題になっているが、これについては以前にも書いたことがあるし、ずっと持論として個人的には言ってきていることだけれども、いっそのこと、検定制度自体をやめてしまうのがいいのではないか?と思う。

左翼よりの史観の教科書も、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書もどちらも自由に出版させて、どれを使用するかは各学校の判断に任せればいいのではないか?
事実に即したものかどうか、チェックする機能がいるのでは?と言われるかもしれないけど、どちらの陣営も一応、大学の専門の先生などが執筆されているものなのである。文部科学省の役人よりもはるかに研究されていて知識がある人達が書いているはずで、文部科学省の役人のほうが事実に即したものをきちんと判断してチェックしているという保障はどこにもない。また、これが数学の教科書とかなら、明らかに間違った記述を修正するというのはどの専門家から見ても異論が出ないのかもしれないけど、日本史の場合、歴史観の違いで見解が違っているというところがあり、専門家の間でも議論が重ねられている現状がある。
実際のところ、文部科学省の役人がチェックしているのは、結局、事実に即しているかどうかを客観的に判断しているというよりも、時の権力(その時の政権)の意向にそうものになっているかどうかなのではないだろうか? そうしたチェックで、すべての教科書の記述が横一線に同じものになってしまうのならば、そのほうがはっきり言って恐い。安倍政権の時は安倍政権の意向にそった記述になり、福田政権になると福田政権の意向にそった記述になるという風に政権が変わるたびにコロコロと内容が変わる(そしてすべての出版社の教科書の内容が統一されてしまう)というあり方こそがおかしいのではないだろうか?と僕は思うのだけど・・。

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