2008/5/7

『軍鶏 Shamo』  映画

『ドッグ・バイト・ドッグ』に続いて、ソイ・チェン監督が放つ、バイオレンス映画の傑作!
なんといっても、素晴らしいのは、ヒーローでもアンチヒーローでもない、主人公の造型。原作は知らないけど、バイオレンスの中に、主人公のナイーブな感情がひしひしと伝わってきて、ジーンとしてしまいました。
ラストの展開が素晴らしいと思います。試合に勝つとか、負けるとかは超越したところに話が行っているので。主人公の造型も、物語も、「勝ち負け」なんて超越して、人間そのものの魅力をつかまえ出しているように思いました。
けっこう、反則技とか、ステロイドなんてものまで出てくるので、「むむ、これはどんな手を使ってでも勝つことをめざすアンチヒーローものなのか?」と途中で思ったのだけど、そうではなく、「勝ち負け」を超越した話なんだと気づきました。
妹のエピソードは原作になかったものらしく、原作者の橋本以蔵氏もこれを入れることに反対していたそうなのだけど、結果としてあれがあるからこそ、こういうラストの味わいに至ったわけで、ソイ・チェン監督の狙いは成功しているのではないかと僕は思います。
というか、もしかしたら、これ、多くの人に受け入れられる映画ではないかもしれないので、その意味では成功作とは言えないのかもしれないけど、個人的にはかなり感動しました。こんな表現をやろうとしている映画があるということに。だから、少なくとも個人的には成功作(?)です。
また、全然、違うタイプの映画のように思えるかもしれないけど、これは『ロッキー』のような愛の映画なのだとも思います。
『ドッグ・バイト・ドッグ』と同様、あまりにも異様なバイオレンス映画で、どれだけの人に受け入れられるのか、分かりませんが、僕は大好きです。

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2008/5/7

チベットは独立国だったのか?  時事問題

*前記事
基礎から分かるチベット問題(毎日新聞)
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1373.html

前記事のコメント欄で補足で書いたことの続きだけれども、ダライ・ラマ14世の考えのほうが「まだ現実的なのかも」と書いたけれども、それは世界的にアピールする上では効力を持つのではないか?という意味でそう思うのだけど。

(ダライ・ラマ14世の考え)
ダライ・ラマ法王14世による五項目和平プラン
http://www.tibethouse.jp/cta/5point_peace_plan.html

中道のアプローチ:チベット問題解決に向けての骨子
http://www.tibethouse.jp/cta/middleway.html

だがしかし、それでは「現実的」に中国がこうしたダライ・ラマ14世の要求をのむかというと、かなり難しいような気がする。いかに国際的に批判されても、中国としてはダライ・ラマ14世の案を受け入れたら実質的には各少数民族の独立を認めていく形になっていってしまうから、認めるわけにはいかないのだろう。
特に、毎日新聞の記事でも以下のようにあるけれども、

>89年にもラサで暴動が起き、戒厳令が敷かれる。自治区トップの共産党委書記が胡錦濤国家主席で、住民の生活改善に力を入れる一方、「独立分子」には厳しく対処。当時の最高実力者、トウ小平氏に評価され、49歳の若さで最高指導部の党政治局常務委員会入りするきっかけになったとされる。

現在の胡錦濤国家主席はむしろチベットなどの弾圧の功績で最高指導者になったような人物なのであるから、胡錦濤がやっているうちはダライ・ラマ14世の案を中国側が受け入れることはなかなかありそうにない。
結局、中国側としては、先送りにして、ダライ・ラマ14世が亡くなるのを待っているのではないかと思うのだけれども・・。

それと、ダライ・ラマ14世はチベットは中華人民共和国に進駐される以前は独立国だったと主張しているが、ここも中国側と見解が分かれているようだけど、毎日の記事では簡略に以下のようにこの事情を説明している。

>1911年の辛亥革命で清が倒れ、チベットは13年にモンゴルと「蒙蔵条約」を結び、互いに独立国として承認。住民に「独立」を宣言した。だが、独立をめぐるチベットと中華民国の間の紛争調停のため、英国を交えて開かれたシムラ会議では、チベットは中華民国の主権下に置かれ、英国に
アッサム地方との国境線(マクマホンライン)を認めさせられた。

これによると、チベット人自身の意識としては、「モンゴルと「蒙蔵条約」を結び、互いに独立国として承認。住民に「独立」を宣言した」時点で、独立国になったという意識だったのだろうか。だから、ダライ・ラマ14世はチベットは独立国だったと主張されているわけである。
しかし、国際的にはチベットは独立国として認められていなかったということなのだろう。「英国を交えて開かれたシムラ会議では、チベットは中華民国の主権下に置かれ、英国にアッサム地方との国境線(マクマホンライン)を認めさせられた。」というのが国際的な認識であったわけだ。だから、中国側の、チベットは独立国ではなかったという主張も間違いではないわけである。それにしても、イスラエル、パレスチナ問題でもそうだけど、ここでもイギリスが中華民国に「チベットは中華民国の主権下」と約束したことが問題の発端になっている・・。イギリスってやつは・・。ロンドンで聖火リレーに抗議活動をした英国の諸君には、自国の過去も反省してほしいものです。
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