2008/6/5

石綿(アスベスト)被害はいったいどこまで広がっているのか・・  公害・薬害・環境・医療問題

(ニュース)
<石綿>健康被害救済法認定者の45%が関連職歴なし
6月5日2時31分配信
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2008/6/5

『堕靡泥の星 美少女狩り』  映画

他の鈴木則文監督の作品とやや印象が異なるのは、これが東映ではなく唯一の「にっかつロマンポルノ」作品だからというより、大和屋竺脚本だからなのではないだろうか・・。これは実存主義的な作品である。すなわち、この作品の主人公にとって結局、女という「他者」はいない。同じ大和屋竺脚本の映画『大人のオモチャ ダッチワイフ・レポート』のように相手がダッチワイフというわけではなく、生身の女性だったのだとしても。この作品に描かれているものをSMと言うのかどうかよく分からないが(ジャンルとしては一応、「SMもの」ということになっている)、ここで描かれているSMというのか、加虐、被虐の関係性はもはや人と人のコミュニケーションとは言えないものであるように思う。だから主人公は、こうしたSMというのかレイプというのかセックスを通してどこまでも自己の実存を見つめるしかないのだ。原作者の佐藤まさあきが執拗に描き続けた「レイプ」にとりつかれた男の話は、結局、女性を「他者」として認識することが出来ず、どこまでも自己の欲望と実存を見つめ続けるしかなかった男のサガを描いたものなのではないかと思う。だから、女性にこの世界が分かるはずがないと思う。(というか、女性にこれが分かってしまっては困ります!女性という「他者」の存在を認識することが出来ないという、そういうセックスしかできないという話なのだから!)佐藤まさあきは戦災孤児という彼の生い立ちからこのような妄想を生み出すに至ったらしい。佐藤は家族がいない「孤児」だったからこそ、自分を見つめ続けるしかなかったのだ。そして、やはり実存主義的な作家である大和屋竺がこの佐藤まさあきの劇画を脚本化した。この映画が「孤高」の作品として屹立しているのは当然だと言えるのかもしれない。
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