2009/10/29

『ビリン・闘いの村』佐藤レオ監督の訃報  映画

最近、mixiをほとんど目を通していなかったこともあり、知るのがちょっと遅れたが、『ビリン・闘いの村』の佐藤レオ監督が9月に亡くなられていたことを知り、言葉もない。
佐藤レオ氏は、単身でパレスチナ暫定自治区、ヨルダン川西岸の分離フェンスに囲まれたビリン村を取材し、『ビリン・闘いの村』を撮り上げた。監督、撮影、編集、すべて自分ひとりで。イスラエルの侵略戦争反対などと言いながら、その実、何もしていない自分のような人間はその行動力に脱帽するしかない。
『ビリン・闘いの村』は、ビリン村の非暴力運動をとらえていた。大手メディアが伝えているのとはまた異なる、パレスチナの生の姿がとらえられていた。佐藤さんは、告発の域をこえて、生の人間の姿をとらえようとされていたように思う。
それにしても、まだ若い、30代の映画作家の訃報にどのように接すればいいというのか・・。まだまだ作品を撮りたかったはずなのに・・。
ご冥福をお祈りいたします。
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2009/10/24

東京国際映画祭 鑑賞メモ  映画

今回の東京国際映画祭は結局、11本鑑賞。『シーリーン』『時の彼方へ』『不戦勝』『イニスフリー』『RAIN DOGS』『心の魔』『ムアラフー改心』『ハポン』『バトル・イン・ヘブン』『静かな光』『玄海灘は知っている』。もっと見たかったが、これで精一杯。実際、他にもいろいろ面白い作品があったよう。
まあ、とりあえず見た11本でも、かなりバラエティに富んでて、まだまだ映画の世界は広いなぁ・・と思わせるものだったが。あまりにバラバラで、本来、比べようがないものだけど、あくまで自分の好みでこの11本の中から強引にベスト3を選んでみると・・。

第1位『ムアラフー改心』
数か月前に残念にも亡くなられたヤスミン・アハマド監督の作品。同じアハマド監督の遺作になってしまった『タレンタイム』は見逃したが、昨年の上映で見逃していた『ムアラフー改心』は見ることが出来た。
これは文句なし、今回、見た映画の中でダントツに好き。他の10本の映画はそれぞれ感銘を受けつつもどこかでひっかかるところもあったのだけど(たとえば「凄いけど、あまりにシネフィル向きに作り過ぎなのでは・・」とか、「あまりに殺伐とした話だよなぁ」とか)、『ムアラフー改心』に関しては、無条件に、その暖かさに何度も何度も涙してしまい、心底から好きだと叫ばずにはいられない。たとえば、ヤスミン・アハマド監督の弟子筋に当たるホー・ユーハン監督の『心の魔』も素晴らしい力作ではあるのだけど、あまりに登場人物の誰もが殺伐としていて登場人物の誰にも共感できなかった。それがマレーシアの現実ということなのかもしれないけど・・。とにかく、『ムアラフー改心』は今年、見た映画の中でも、イー・トンシン監督の『真心話』と並んで、最も無条件に好きな作品かもしれない。
『ムアラフー改心』や『真心話』のような映画に出会ってしまうと、映画とは人生そのものなんだ・・ということを思い出さずにはいられない。映画を見ること、映画を作ること、すべては「人生=映画」という、実はこれこそ現実的ではない巨大な「フィクション」なのかもしれないのだが、そういう見果てぬ「人生=映画」という夢に駆られた病みたいなものなのかもしれない。
イスラム教徒の姉妹が主人公なのであるが、イスラム教のコーランの世界が、こんなに親しく、身近なものとして感じられるというのも驚きである。
ヤスミン・アハマド監督が亡くなられたことはかえすがえすも残念だ。

第2位『ハポン』
今回、カルロス・レイガダス監督の作品を3本、『ハポン』『バトル・イン・ヘブン』『静かな光』と見たのだけど、基本的にこの監督は映像、イメージ派で、映像には力があるが、話のほうはちょっとどうなのかな?と思ったのだけど、その中ではこの『ハポン』が話(ストーリー)的にも一番、興味を持った。『ハポン』はレイガダス監督の長編処女作(本当は「童貞作」と言うべきなのかもしれないが・・)で、映画の作りとしては、一番、荒削りなもので、未完成の気がするんだけど、その分、なんだか、分からない世界に接したという魅力があるとも言えるのではないか。かのカイエ・デュ・シネマ誌が『ハポン』をカメラが動き過ぎると酷評したそうだけど、たしかにそれはそうだとは思うのだけど、なんていうか、そういう表層のテクニックとかフォルムをこえて、レイガダス監督の映画の映像には漂うような暖かみというのか、情感のようなものもあると思う。カメラワークとして考えると乱暴だなと思いつつ、同時に情感も感じるので、そこがちょっと不思議な魅力がある映像を撮る人だなと。『バトル・イン・ヘブン』なんて、娼婦を聖女として見るなんて今どき、アナクロな話だよなぁと思いつつ、随分、殺伐とした話なのに、同時に暖かみのようなものも映像から感じるので見れてしまうのではないだろうか・・。でも、『バトル・イン・ヘブン』って、ヒロインは娼婦だけど金持ちの娘で、別に金に困っているわけではないのに売春しているっていうのはちょっと面白い設定だと思うのだけど、あまりその設定が生かされていなかったような気がするのだが・・。そこらへんを深めればストーリー的にももっと面白い映画になったのではないかと思うのだけど、この監督はそこらへんのストーリーを深めて行くことにあまり興味がないのかな・・。
『ハポン』の場合は、役者は全員、素人で、実際の村の人達が出演しているそうだけど、不自然さはほとんどなく、そういう役者の佇まい方も良かった。特におばあさんが印象的なのだが、そう思って見ていたら、このおばあさんにスポットを当てて話が展開していって、そこが面白かった。
ちなみに、この『ハポン』で撮影を担当した人が監督した作品が、今回の映画祭で上映された『タンゴ・シンガー』らしい。この作品も今回は見逃したが機会があれば見てみたいもの。

第3位『玄海灘は知っている』
満席で、あのカルトなキム・ギヨンがすっかりこの映画祭で人気者になっていることに驚く。
映画はところどころ、変だけど、基本的なストーリーはキム・ギヨンにしてはわりと普通かも・・とか思って見ていたのであるが(あくまであの『下女』のような作品を撮るキム・ギヨンとしては・・という意味だが)、上映後のトークを聞いたら、これ、原作がきちんとあるそうだ。
そういうことを聞くと、逆に、そういう原作がきちんとあって、一応、史実をベースにしているものなのにもかかわらず、やっぱりキム・ギヨンワールドとしか言えないような世界に映画を持って行ってしまうところがキム・ギヨンの凄さなのかもという気がしてきた。
特に、女性、ヒロインの秀子のキャラクター。最初は戦争中当時の日本女性ならではのしとやかで控えめな女性みたいな感じなのか、それで男に同情して愛情に変わって行くのか・・とか思っていたんだけど、どうもそういう枠にはとどまらないやっぱり変な女性のようにだんだん思えてくる。あの『下女』のヒロインほどはぶっとんでないようだけど、でもやっぱり変という・・。いつの間にか、キム・ギヨンワールドのヒロインになってしまっている。一体、どこからそういうヒロインに変貌してしまったのかがよく分からないのであるが、どうも風呂場での奇妙なやり取りとか、ひな祭りの飾りの前での舞踏とか、こうした奇妙な演出によって進行してしまっていたような気がする。いつの間にか、ヒロインをそのようなキム・ギヨンワールドの住人にしてしまうという。そういう意味ではキム・ギヨンワールドがどんな風に立ち上がって行くのかを分析することも可能かもしれない、興味深い作品だと言えるのではないだろうか。
ところで、娘が妊娠していることを知ったとたんに母親の態度がガラッと変わってしまうというのも、キム・ギヨンらしいのかもしれないが、ウーマンリブの人が見たらホント、激怒すると思うんだけど(笑)。
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2009/10/19

鎌仲ひとみ監督の原点  映画

秋葉原のギャラリーでの鎌仲ひとみ監督の作品上映会で見た、鎌仲監督の「幻の処女作」、『スエチャおじさん バリ・夢・うつつ』は魅力的な作品だった。
技術的には鎌仲監督の近作よりも未熟なものなのかもしれないけど、技術面をこえて魅力がある。ここには、バリ島の人達の、農耕と祭りに結び付いたその土地の暮らしがたしかにとらえられている。とてもゆったりとした生活の時間が流れていた。もしかしたら、こうした土着的な生活は日本では失われて行っているものなのかもしれない・・。
今ではすっかり「社会派」のドキュメンタリー作家として認識されるようになってしまったような鎌仲監督だけど、原点は生活を描くことにあったのだ・・ということが分かった。
いや、もしかしたら、今でも、鎌仲監督の原発への興味は、生活の問題と繋がってあるのかもしれない。つまり、鎌仲監督の関心は、その土地の人々の暮らしを壊して行ったものとしての原発・・という側面にもあるはずだから。鎌仲監督の作品を、その点を見ないで、原発の危険性を訴える「社会派」の側面だけでとらえようとすることは実は片手落ちなのかもしれない。
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2009/10/13

『原発解体』、14日に再放送  原爆・原発問題

*11日に放送されたNHKスペシャル『原発解体』は、廃棄の技術が確立されないまま進められて来た原子力発電の愚かさをとらえていました。環境のために、CO2を削減するために原発を推進するという「環境政策」というのがいかに本末転倒のおかしなものであるか、この番組を見ると理解できるのではないかと思います。
14日(水)午前0時45分(つまり13日真夜中)から再放送されるそうなので見逃した方はぜひ。

『原発解体〜世界の現場は警告する〜』
http://www.nhk.or.jp/special/onair/091011.html

深刻化する地球温暖化。各国のエネルギーの獲得競争。世界を巡る環境が大きく変わる中、今、原子力発電が注目されている。火力発電所に比べて大幅に二酸化炭素の排出が少なく、発電の出力が大きいからだ。
チェルノブイリ原発事故以降、脱原発の政策を続けてきた欧米。中国・インド・ロシアなどの新興国。そして産油国までも建設に舵をきった。世界で新たに導入の準備がすすむ原発の総数は100基にのぼる。
その陰で初期につくられた原発が役割を終えて解体されている事はあまり知られていない。
閉鎖された数は既に120基あまり。私たちは原発の大解体時代をむかえていたのだ。 国内にも「ふげん」と「東海発電所」の2つが解体に着手。取材クルーははじめて、知られざる原発解体の現場に密着した。そこでは放射線という一般の建物にはない特殊な環境下での厳しい作業が続いていた。次々と関係者の事前の想定を越える壁が立ちふさがる。さらに原発の解体は別の課題を抱えていることもわかってきた。解体した後に発生する大量の放射性廃棄物を処分する場所が未だに決まっていないというのだ。
世界の社会経済環境が大きく変わる中で高まる原子力発電へのニーズ。 一方で未だ解決の道筋がみえていない解体からでる廃棄物の行き先。この難しい問題にどう私たちは答えをだすのか。解体現場の取材からの報告。
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2009/10/13

スコセッシの先生  映画

フィルムアート社から訳書が出た『マッケンドリックが教える映画の本当の作り方』という本があまりにも素晴らしいものなのだが、実はアレクサンダー・マッケンドリック監督の映画を見たことがなかった僕はあわてて『成功の甘き香り』のビデオをレンタルして見たのだった。
うーむ、この監督がスコセッシの先生だってこと、分かる気がするなあ。
この映画を見て思ったことは・・個々の登場人物を単体でいくら個性的なキャラクターの人物として描いてもドラマではない。葛藤がないからだ。肝心なことは、個々の人物をいかに個性的に描くかではなくて、人物と人物との関係性、「間」をいかに描くかなのだ。逆に言うと、人物と人物との「間」が描けていれば、個々の人物のキャラクターはくっきりと浮かび上がってくるものなのではないか?
・・なんて、いまさら、何、そんな基本的なことを言っているんだよと言われてしまうようなことなんだろうけど・・。
あと、『マッケンドリックが教える映画の本当の作り方』という本が凄いと思うのは、映画と小説がどう異なるのか?という問題についてあまりにも明快に分析している点だと思う。
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2009/10/9

今こそ、日本政府はアメリカ政府に「核先制不使用宣言」をすることを呼びかけよう!  原爆・原発問題

まだ「宣言」しただけで結果を出したとは言えないオバマ大統領にノーベル平和賞を与えるのは早すぎるのではないか・・という意見ももっともだとは思いつつ、ここはそういうひねくれたことを書くのではなく、オバマ大統領に受賞に値するだけのことを実際にしてください!と前向きに期待を寄せておきたい。
そもそも具体的に、今、日本が出来ることがあるではないか。
何かと言うと、日本政府が、アメリカ政府に「核先制不使用宣言」をすることを呼びかけることである。今、日本政府が呼びかければ、ノーベル平和賞受賞の勢いにのって、オバマ大統領がそういう方向に動く可能性はかなりあるのではないかと思う。
もちろん、「核先制不使用宣言」はすぐに「核廃絶」に結びつくものではないけれども、まず「核先制不使用宣言」をしないことには「核廃絶」も何もないことはたしかだろう。
岡田外相は核先制使用を認めない考えを個人的な考えとしてすでに表明してはいるけれども、はっきりと政府見解としてこれを表明し、アメリカ政府にも宣言することを呼びかけてはどうだろうか。
現在のところ、岡田外相があくまで個人的な考えとして表明しているのは、外務省の官僚は核先制不使用に対して抵抗(反対)が強く、それを押し切って実現できるかどうか、見通しが出来ていないからではないだろうか。しかし、鳩山首相や岡田外相がはっきりと政府見解として表明し、さらにアメリカ政府がその呼びかけに応えて世界に向けて表明したならば、もはや日本の官僚が抵抗してどうなるということではなくなってしまうのではないだろうか。
今こそ、鳩山首相や岡田外相は英断を!
これは世界的な問題であるので、ほんとに実現すれば世界の歴史に名が残りますよ!
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2009/10/5

納得しがたい「地球温暖化懐疑論」  公害・薬害・環境・医療問題

「地球温暖化懐疑論」というのは、根強く言われているようだが、たとえば広瀬隆氏とか、どちらかと言うと左派と思われる人からも言われていたりする。
疑ったり、議論をしたりすること自体はいいことだとは思うのだけど、僕個人としては「地球温暖化懐疑論」で言われる理屈のほうがより懐疑的なもののように思えるので、やはり「地球温暖化懐疑論」には納得できないでいる。
そんなことを考えていた折に以下のブログの記事を見て、ついコメントを投稿してしまいました。

きまぐれな日々:
地球温暖化懐疑論者「武田邦彦」教授の呆れたトンデモぶり
http://caprice.blog63.fc2.com/?no=1002
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