2011/1/29

池田敏春監督、自殺か  映画

*ショック!超ショック!

(ニュース)
映画監督の池田敏春さん、飛び降り自殺か

 三重県志摩市大王町波切の海面で先月26日に男性の遺体が見つかり、身元を調べていた同県警鳥羽署は28日、男性は東京都練馬区、映画監督の池田敏春さん(59)と発表した。

 同署によると、親族が遺体の写真などから確認した。司法解剖の結果、死因は骨盤骨折による出血で、同署は飛び降り自殺とみている。池田さんは以前、映画の撮影で志摩市を訪れたことがあったという。

 池田監督は1974年に日活撮影所に入社、「天使のはらわた・赤い淫画」などロマンポルノ作品での鋭敏な映像感覚や演出力が高く評価される。84年、若手監督による映像製作集団「ディレクターズ・カンパニー」の本格的劇映画第1作「人魚伝説」を手がけた。ほかの監督作に「ハサミ男」「秋深き」など。
(2011年1月28日22時06分
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2011/1/27

『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』  映画

瀬田なつき監督の商業映画デビュー作『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』を見たのだけど、ちょっと微妙な印象。
ところどころ、面白いシーンはたしかにあるんだけど、やはり基本的にこれは物語(ストーリー)と映像のタッチが全く噛み合っていないのではないだろうか。
たとえば「みーくん」が自分が言ったことに「嘘だけど」と付け加えたりするあたり、ある種のコメディなのだと思うのだが、全く笑えない。それも当然で、基本的にこれはホラーのジャンルに入るストーリーのものだと思うのだけど、ホラーに無理にコメディ、ラブコメの演出を入れているみたいなもので、単に奇抜にしか思えないので、面白がりようがない。もちろん、悲しいものを楽しいタッチで描くとか、恐いものを笑えるタッチで描くとか、そういう演出法というのはあるとは思うのだが、この映画の場合はそのように意図的に逆の演出をして独特の面白さを出そうとしているというより、瀬田なつき監督にやりたいこと、やりたい映像や音の演出がいろいろ、あって、それを、合わないストーリーのもので、無理矢理、やっているという感じがしてしまう。とにかく、終始、何かが噛み合っていない映画という気がしてしまって仕方がなかった。
同じように、子供たちの虐待を描いたストーリーの映画にパスカル・ロジェ監督『マーターズ』という凄まじい作品があったが、あの映画のような、身震いするほどの感動は、残念ながらこの『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』からは受け取れない。
とはいえ、黒沢清監督の弟子筋に当たるというこの瀬田なつき監督の作品、随所に天才的と思えるところはたしかにあり、並々ならぬ才人の監督であることは間違いないかとは思うのだが。
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2011/1/22

「<自白調書>知的障害者を誘導」というニュースに触れて  障害者問題・教育問題

*下記の記事は、ちょっと、いろいろなことを考えさせられる。

(ニュース)
<自白調書>知的障害者を誘導 大阪地検検事
 大阪地検が放火事件で、知的障害がある男性(29)の起訴を取り消した問題で、地検堺支部の男性検事(41)=当時=が「自白調書」の一部について誘導して確認していた場面が、約30分間にわたりDVDに録画されていたことが分かった。男性は物事をうまく表現できないという。郵便不正事件でも問題になった調書作成の在り方が問われそうだ。【久保聡、村松洋】
 事件関係者によると堺支部が取り調べの様子を録画したDVDには男性が検事の言葉をおうむ返しにするなど事件の状況を把握していない様子なのに、検事が調書の内容に沿うよう誘導する場面も記録されていたという。
 男性の弁護人、荒井俊英弁護士によると、既に調書が作成された後の確認作業、いわゆる読み聞かせの場面が録画されていた。
 男性にプリントアウトされた調書が渡され、男性検事がパソコン画面を見ながら内容を確認するやり取りが続くという。
 男性が「その日は遊びに行った」と話すと、検事は「それだけではなく、人の家に入っただろ」と、供述内容を訂正。さらに、火が広がった状況についても、男性は「見ていない」と答えたにもかかわらず、検事は「見たでいいんだな」と繰り返し質問し、最終的に男性が「見た」と答えているという。
 放火事件は裁判員裁判の対象で、供述の任意性を立証するため取り調べの様子を撮影、録画していた。
 男性は09年12月11日午前3時50分ごろ、大阪府貝塚市の長屋住宅の一室に無施錠の玄関から侵入し、ライターで放火。部屋の一部を焼損させたとして、10年1月に府警貝塚署に逮捕され、地検堺支部が現住建造物等放火罪などで起訴した。
 しかし、公判前整理手続きで男性が否認に転じたため補充捜査を行った結果、堺支部は同年11月、「自白の信用性を立証し、有罪判決を得ることは著しく困難との結論に至った」として起訴を取り消し、勾留していた男性を釈放した。
 大阪地検の大島忠郁(ただふみ)次席検事は20日、「(取り調べに)誘導があったとはいえず、(知的障害者という)配慮が足りなかったということ。捜査に違法性はなく、DVDが起訴取り消しの決め手になったわけではない」と説明しており、検事を処分していない。
(毎日新聞 1月20日(木)11時48分配信)


*まず、いろいろ、問題があると言われている裁判員裁判制度であるが、この件は、「裁判員裁判の対象で、供述の任意性を立証するため取り調べの様子を撮影、録画していた」ことから問題が発覚したものであり、裁判員裁判を始めたことにより、このように変わったメリットもあるとは言えるのではないか。
*この記事で記者は、「郵便不正事件でも問題になった調書作成の在り方が問われそうだ」としているが、郵便不正事件の場合は、今回の件のように知的障害者から検察が調書をとろうとしたという話ではないので、ちょっと郵便不正事件の場合と一緒くたにして考えるのは適切ではないようには思う。
*今回の件にも、たしかに自らに都合が良い調書をとろうとして誘導しがちな検察の体質の問題ということはあるのかもしれないが、それよりも、大阪地検の次席検事の方が発言されている通り、「(知的障害者という)配慮が足りなかったということ」から起こった問題であるという点が大きな問題点としてあるのではないか。検察や警察の人間に知的障害者に対する理解が足りないために、今回のようなケースがこれまでもしばしば起こっていて、実際には犯罪をしていない知的障害者の人が犯罪者として立件されてしまっていることがあるのではないかと疑われる。
こうしたことの再発をふせぐためには、調書作成のやり方を見直すことや、取り調べの様子を録画しておいて他の人間が検証するなどの作業も必要なことなのかもしれないが、それだけではなく、検察や警察の人間が知的障害者の人に対してもっと理解を深めて、どのように対処すれば知的障害者の人から正確な内容の調書をとれるかを学び、身につける必要もあるのではないだろうか。つまり、検事や警察官をめざす人間に対して、そのような教育(知的障害とはいかなるものであり知的障害者の人にどのように接すればいいのかという教育)を行なう必要性もあるのではないかと思う。
今回のニュースは、こうした問題提起もしているものなのではないだろうか。
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2011/1/20

『ソーシャル・ネットワーク』  映画

ううむ、この映画って、どう考えればいいのか・・。
この『ソーシャル・ネットワーク』は、一見、資本主義社会に翻弄され狂躁している人達の話とも見えなくはないが、そういうものではないようにも思える。
そもそもこの主人公、ザッカーバーグという人は、世界最年少の億万長者の人なのだけど、そんなに金儲けをしたかったんだろうか。
ストーリー上は、これは、ハ−バ−ド大学の学生がガールフレンドにふられた腹いせにフェイスブックを始めたら大当たりして、世界で5億人の人が参加するものにまでなり、億万長者になったわけだけど、でも結局、もとのガールフレンドが戻って来て愛が得られるわけでもなく、むしろ、金持ちになればなるほど他の友人も離れて行くばかりでした・・という話であり、あまりにも大きな成功のために、周囲とうまくいかなくなり、人間関係に苦しむようになっていくという話のようにも見えるのであるが、このようにストーリーを要約すると、まったく違うものだったような気もしてくる。そもそもザッカーバーグは、人間関係でそんなに苦悩していた(している)んだろうか。実は別にそんなに苦悩していないようにも見える。つまり、たしかにこの人は、自分が成功し、金持ちになるに連れて、友達や周囲の人間が離れて行くということを体験しているわけであるが、普通はそれで悩んだりするのかもしれないけど、この人の場合はもともとどちらかというと人間関係が苦手な人なので、別にいいや、あいつが離れて行っても、かえって面倒くさい付き合いがひとつ、減っていいやと思っているだけなんじゃないか・・という風にも考えられなくはない。
もしかしたら、純粋なおたく、いわばネットの仮想社会に生きているネットおたく青年であるザッカーバーグにとっては、現実の人間関係はわずらわしい、うっとうしいものでしかなく、だから金儲けをして現実世界で贅沢三昧のいい暮らしをするとかいうことがしたいわけでもないのかもしれない。それでは、金儲けではなく、何にこの人はとりつかれていたのかと言うと、フェイスブックの会員がどんどん増えて行くこと、単に人数の数字が、100万人とか、5億人とか、増えて行くことが純粋に楽しくて、そういう数字が増えて行くことにとりつかれていたのかもしれない。だから、この人にとっては自分の手元にどれだけのお金が入るかは実はどうでもいいのかもしれなくて(だって別に現実世界で贅沢三昧な暮らしがしたいわけでもないのだから)、フェイスブックをどんどんひろめていくこと、会員の数字が増えて行くことがしたいのかもしれない。従って、フェイスブックが広まって会員が増えていくことには興味があるが、それによって広告をとってお金儲けするとか、そういう営業には最初からそれほど、興味がなかったのであり、そのため、そういう営業に熱心な友人との間にも溝が出来て行ったのではないだろうか。
こういう人なので、誰かが自分に対して訴訟を起しても、ほとんど裁判で闘おうともせず(そういう権利を主張して自らの利益を守ろうということにも興味がないので)、それじゃ、ある程度、お金、渡すからって、あなたがお金が欲しいならあげるからって、すぐにお金を払って和解してしまい、その代わり、僕がフェイスブックという仕事を続けるのはほっといてくれよ、僕のこの仕事は奪わないでくれよ、この楽しみだけは僕から奪わないでくれよ・・って感じなのかなって。
僕はそんな風に思ったんだが、違うのかな?
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2011/1/18

おそらく史上最年少?  映画

現在、池袋テアトルダイヤ、キネカ大森などでロードショー中の『やぎの冒険』という映画について検索してみて、驚愕!
なんと、監督は14歳の現役中学生!

『やぎの冒険』
http://www.yaginobouken.jp/

おそらく、これは日本映画史上最年少の劇場公開監督デビュー作なのでは?(もし違ってたら、ごめんなさい。)
もう、高校生の映画作家を天才と言っていたのも古くなった・・これからは中学生が映画を撮る時代なんだ・・って、ほんと!?
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2011/1/15

『マチューの受難』  映画

『マチューの受難』(グザヴィエ・ボーヴォワ監督)
フィルムセンター、「現代フランス映画の肖像」で鑑賞。
ナタリー・バイに背を向け、ブノワ・マジメルがホテルの窓辺に立ち、海岸を見ているシーンが素晴らしい。ちょっとゴダ−ル的な、海と窓辺。(撮影はカロリーヌ・シャンプティエ。)
全体的には退屈なところもないではないが(たとえば結婚式の騒ぎとか、これ程、しつこく見せる必要があるのか?)、でもナタリー・バイが最初に台詞を持って登場するシーンがルーレットで登場する(その前にナタリー・バイがちょっと写っているシーンはあったが、台詞を持って大きく登場する最初のシーンということ)など、随所に演出が光る(というか、演出が感じられる)シーンがある。
いま、「結婚式の騒ぎとか、これ程、しつこく見せる必要があるのか」と書いたんだけど、この映画、イノシシを鉄砲で狩るシーンが冒頭のほうにある。イノシシの鉄砲狩り、やけにしつこい結婚式の乱痴気シーン、ルーレットのシーンと続くのを見ると、この作品、もしかして『ディア・ハンター』を意識しているのかな・・なんて思う。
でも、これは2000年の作品で、ブノワ・マジメルは翌年の2001年、『ピアニスト』に出てるんですね。年上女からの受難という役がこの人は続くんだなあ。
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2011/1/3

『最後の忠臣蔵』  映画

これはちょっと面白かった。
田中陽造脚本とあって、『雪の断章ー情熱ー』を思い出す。(そういえば『雪の断章ー情熱ー』に『忠臣蔵』のフィルムが写るシーンがあったのだが、この繋がりは一体?)
強引な展開、説明的とも思える台詞が散見されるのにもかかわらず、それが逆に独特の持ち味となって面白く見れてしまうのはやっぱり田中陽造の技なのか。
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2011/1/1

カネミ油症ドキュメンタリー『食卓の肖像』のご案内  映画

拙作『食卓の肖像』のご案内を掲載しておきます。
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『食卓の肖像』(DV作品、103分)
取材・構成:金子サトシ
撮影:内野敏郎 金子サトシ 福本淳
スーパーバイザー:土屋豊 OurPlanet-TV

1968年に発覚した戦後最大の食品公害、カネミ油症。40年以上たった現在もその影響下に生きる被害者の人たちを見つめたドキュメンタリー。結婚、出産など、それぞれの人生から今も続く被害の実態が浮かび上がってくる。

*この『食卓の肖像』のDVDを借りて、上映会を行ないたいという方がもしいらっしゃいましたら、下記までご連絡ください。

問い合わせ:金子サトシ
メール n3946062@yacht.ocn.ne.jp

(以下、補足)
カネミ油症事件とは

概要  
1968年に、福岡、長崎、広島、山口、佐賀など西日本一帯で発覚した戦後最大の食品公害事件。福岡県北九州市にあるカネミ倉庫株式会社が販売していた食用油、カネミライスオイルを食した人々が健康被害を訴え、翌年までに約1万4千人が保健所などに届け出た。
顔面などへの色素沈着や塩素挫瘡(クロルアクネ)など肌の異常、頭痛、肝機能障害などを引き起こした。また、被害者の母親から皮膚に色素が沈着した状態の赤ちゃんが産まれ、「黒い赤ちゃん」としてニュースで騒がれた。

●映画に寄せられた感想、批評より

「『食卓の肖像』には、『沈黙の春』のようにデータの提示はない。それにもかかわらずこの映画が確かな説得力を持つのは、被害に遇いつつも必死に現在を生きる人たちの心中の声から真実性が伝わってくるからである。そして生命を脅かすほどの危険な要素が実は食用油という市民生活のかなり身近なところに潜んでいる。その日常生活の危険性を当事者たちの証言から明らかにしたことがこの映画の価値であると思う。」
渡部実さん(映画評論家)

「1事件の「被害者」という以上に「その後の人生を生きる人間」としての側面に興味をもっておられるのだなあ、と独自の視点に感心しました。「告発モノ」でない、静かな映画ですね。」
藤岡朝子さん(山形国際ドキュメンタリー映画祭)

「夫の矢野忠義さんが亡き妻について次のように語るのである。カネミ油症問題の奥の深さに誰よりも先に気づいたのは妻だった。矢野トヨコは私の先輩であり、先生であった、と。ここまで見て私たちは気づくことになる。カネミ油症被害者の人生とは、何ものにも惑わされることなく、物事をまっすぐに見つめることを求める人生であったのだ。」
井川耕一郎さん(シナリオライター)

「奇形児や、正視できないほどの重症患者、発狂した患者などを写したりすれば、事件の非道さを、よりドラスティックに伝達できたかもしれない。
だが私は、金子が希望をカメラにおさめる、希望と言っては甘すぎるだろうが、少なくとも諦念と怒りをノドの奥に呑み込みながら、たとえ強がりだけでも希望を口にしてみせる被害者や、新たな生き方を実践している被害者の動きの近くでこそカメラが回されるという選択に、あえて拍手を送ろう。」
荻野洋一さん(映像演出)

「たいへんすばらしい作品でした。矢野トヨコさんはじめ市民科学者の姿をとらえていると思いました。これからの市民科学者の本流は当事者性が鍵になってくることを示唆しています。医学は医学者のものではなく患者中心になっていくでしょう。患者のからだは患者自身が一番よく知っているからです。患者の声を聞かない学者も官僚も政治家もいずれ立ち枯れていくでしょう。」
瀬川嘉之さん(高木学校)
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