2012/2/29

2月29日、ユ−ストリ−ム番組に出演!  公害・薬害・環境・医療問題

2月29日(水)21時から
下記のユーストリームの、マイフェイス・マイスタイル、外川浩子さんの番組に私(金子サトシ)が出演し、カネミ油症と拙作『食卓の肖像』についてお話させて頂くことになりました。
よろしくお願いします。

MFMS LIVE『ヒロコヴィッチの穴』
http://mfms.jp/ustream/2012/0301/vol-51.html

*上の番組、生放送は終了しました。リンク先で録画したものを見れるようですので、よろしく。
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2012/2/28

早くもTPPの影響か・・  ニュース

富士重工業が軽自動車生産を中止。

スバル「軽」生産の歴史に幕
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/subaru/?1330433569

テレビのニュースでは軽自動車が売れなくなったからとしか、言っていませんでしたが、ついこの間、下記の報道があったばかり。

TPP問題、米ビッグ3が「軽自動車」廃止を要求
http://response.jp/article/2012/01/16/168399.html

これはやはり関連があるのではないでしょうか。
アメリカには、軽自動車がないので、日本では税制の面でも扱いが異なる「軽自動車」を日本からなくしたいのでしょうか。
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2012/2/23

『J.エドガー』  映画

つくづくイーストウッドにおいては、もはや、善と悪とか、何が真実なのかとかが、無効なのだなあと思った。
誰が善で誰が悪なのかとか、ダーティヒーローとか、そういうことではなくて、善と悪の問いかけ自体が無効な域に達してしまっているということ。
過去のイーストウッド監督作品としては『真夜中のサバナ』をちょっと思い起こさせたが、『真夜中のサバナ』のように、記者が真実を暴いて行く・・という構造でもない。たとえば、エドガー長官の話を口述筆記するライターが真実を暴いて行く・・といった作り方もあったのではないかと思うが、そのような作り方ではなかった。しかし、実に意表をつくやり方で、真実というのか、これまでいろいろと示されていたことが「嘘」であることが明かされる。こんな話の展開の仕方があったのかと唸る。
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2012/2/20

光市母子殺害事件、判決が確定  時事問題

*判決が確定したようなので、これまでこの事件について僕が書いた記事をまとめて、あげておきます。

2007/6/28
「光市母子殺害事件」あまりに世間の弁護団バッシングが行き過ぎていると思うので弁護団を擁護します!
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1181.html

2007/7/1
「光市母子殺害事件」について思うこと(雑感)
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1182.html

2007/8/8
『週刊ポスト』に光市母子殺害事件の記事が・・
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1212.html

2007/9/21
光市母子殺害事件の裁判が進んでいるようだけど・・
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1248.html

2007/9/21
光市母子殺害事件 本村洋さんの陳述の要旨
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1249.html

2008/4/22
光市母子殺害事件 やはり予測していた通り死刑判決が出ましたが・・
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1364.html
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2012/2/2

『くらやみの速さはどれくらい』  SF小説

エリザベス・ムーンの『くらやみの速さはどれくらい』という小説をついに読んだ。
この小説は、すでにネビュラ賞受賞をはじめ、SF小説の名作として高い評価を得ている。21世紀版『アルジャーノンに花束を』とも言われている。(翻訳者は『アルジャーノンに花束を』と同じ、小尾芙佐である。)
たしかに、『アルジャーノンに花束を』に通じるところがあるとも思うが、しかし、総体の感触は『アルジャーノンに花束を』とは大きく異なるものだと言えるだろう。
自閉症(この主人公の場合は自閉症というよりアスペルガ−症候群と言ったほうがより適切なのかもしれないが)を題材にしたSF小説という、珍しいコンセプトにチャレンジし、小説でこんなことが表現できるのかという驚くべき表現を獲得していると思える。正直、SFと本当に言えるものなのかどうかはよく分からないところがある。といって、これはこの小説はSのサイエンスの要素が欠けたただのファンタジーではないかという意味ではない。ただのファンタジーとするには、あまりにも描写が精緻でリアル過ぎると思うからだ。だから、その意味ではやはりSFの傑作なのだとは思うのだが、しかし、いわゆる宇宙空間とか、そういうものは一切、登場しなくて、日常的な描写に徹しているということだけでも、これは(これも)SFなのか・・と思わないではいられない。
それにしても、驚くのは、やはりラストの終わり方だろう。こういう物語の終わり方があるのか、果たしてこういう終わり方でいいのだろうか・・と、すっきりしない気持ちが残る。この小説を読んでから、ずっとすっきりしないのである。(かといって不快ということではないが。)
要するに、この小説は、複雑なことを複雑なまま、提出しているのである。そういうことを小説として具体的に提示することが出来たということが驚きであるわけだが、同時に、終わり方がすっきりしない、感動したとも言えず、これでいいのだろうか、よくないのだろうかということが頭の中をグルグルと回る、なんとも言えない中途半端な気持ちになる、つまり、これは現実の世界や人生がそうであるように、複雑なことを複雑なまま提出しているのではないかと思える小説というのは、いったい、なんなのだろう・・と思わないではいられない。
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