2012/8/31

成立したカネミ油症の法律について  公害・薬害・環境・医療問題

すでに各方面で報道されている通り、「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律」が国会にて成立しました。
本当に、最後までどうなるのか、ハラハラの展開でしたが、成立に至り、一歩前進をしたことは大いに喜びたいです。
対象者の範囲や、補償のやり方などの面で、まだまだ不十分なところはありますが、附則として、「政府は、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況を勘案し、カネミ油症患者の福祉を増進する観点から、カネミ油症患者に関する施策の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」「経済的社会的環境の変化その他の事情により原因事業者の事業の継続が困難となることが明らかになった場合には、この法律の規定について速やかに検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。」ということが盛り込まれたことは重要だと思います。つまり、これで終わりというわけではなく、今後、見直したり、範囲を広げて行ったりすることを検討する余地を残した条文になったということです。
期限を区切った、水俣病救済特別措置法とはこの点で違いがあり、この点が公害運動の前進として評価できると考えています。

*関連ニュース
ニュース、いろいろと出てますが、取り急ぎ、下記の2つのものをリンクします。

カネミ油症救済法成立“残された課題”(RKB毎日放送、8月30日)

http://rkb.jp/news/news/9165/

カネミ油症認定緩和検討を 厚労省が研究班に要請(共同通信、8月31日)

http://www.47news.jp/news/2012/08/post_20120831204732.html
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2012/8/31

慰安婦、竹島、尖閣諸島・・  時事問題

なんだか、いつの間にか、竹島や尖閣諸島、慰安婦問題などについて、揉めに揉めているようです。
自分の考えを整理するために書くと、橋下氏の慰安婦の強制連行はなかったという発言については、たとえば、下記の伊藤孝司さんの記事をぜひ、読んでみて欲しいと思います。

奪われた記憶を求めて
元日本軍「慰安婦」沈達連さんの強制連行の現場から
伊藤孝司

http://www.jca.apc.org/~earth/sub10.htm

なお、朝鮮人慰安婦の問題については、以前から書いていることですが、パク政権が、この件についての賠償をきちんと日本に要求し、補償されることもなく、日韓基本条約を結んでしまったことも問題なのであり、日本政府のみならず、韓国政府側の問題ということもあると思っています。

また、話は竹島のことに飛びますが、竹島について韓国側の主張に検討するべきところがあるものと僕は考えていますが、だとしても、李承晩政権が行なったような、話し合いもへったくれもなく、他国の人間を次々と拿捕して勾留したなんてことは暴虐と言うほか、ないものではないかと思います。その主張の当否はおいておいて、2国間で領土問題について意見の食い違いがある場合、その2国間や国際的な話し合いによって解決をはかろうとするべきで、そうした話し合いを無視して、他国の人間を拿捕、勾留するというのは暴虐だと思うし、李承晩が行なったことに関しては、韓国側が日本に謝罪するべきことではないでしょうか。

という考えで行くと、尖閣諸島について、もし仮に今後、日本が、尖閣諸島内に入って来た中国や台湾の漁師や活動家の人達を次々と拿捕、勾留するようになっていくのであれば、それはかつて韓国の李承晩政権が行なったことを、今度は日本が中国に対して行なうということになるのではないかと僕は考えます。
これは日本の尖閣諸島についての主張が正しいか、否かとは別問題です。日本の主張の当否には関係なく、こうした2国間で考えに食い違いがある場合に、話し合いによって解決をはかろうとするのではなく、他国の人間を拿捕、勾留するという行為に出ることが乱暴なやり方で問題であると僕は思うのです。
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2012/8/28

『プロメテウス』  映画

実質的に、『エイリアン』シリーズ5作めだけど、さすがに、『エイリアン4』の終わりから続けるのが、いろいろと考えた末、まとまらなかったのか、『エイリアン』1作めの前日憚として、「後」ではなく、「前」にスピンオフした模様。強引だが、とにかく、そういう形ででも、続編を作り出してしまうという、映画人としての根性というのか、そういうのが感じられる。この『プロメテウス』の終盤を見ると、まだまだこの話自体、完結していなくて、続編(『プロメテウス2』)が作られるような感じの展開であったが、そういう点も含めて、終盤部の二転三転する展開は、とにかく、何が起こっても、まだまだ続くぞ、続けるぞという意気込みみたいなのが伝わって来て、こういうのがちょっと本来の映画活劇という感じなのかもしれないなあと思ったりした。まあ、根本の謎解き自体は、たいしたものではないのかもしれないが、とにかく、二転三転する展開で、まだまだ続けるぞ・・という感じのところに活劇の魂をちょっぴり感じたということ。まあ、リドリー・スコットも、基本はB級活劇の監督だったんだよなあ、本来は。

それにしても、トニー・スコットの訃報(自殺)は信じられない。ご冥福をお祈りいたします。
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2012/8/14

「黒い雨」のリスク  原爆・原発問題

先日、放送されたNHKスペシャル『黒い雨 活かされなかった被爆者調査』の内容、起こしが守田さんのブログ「明日に向けて」で早速、されている。とても参考になる。

http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/6529d3ea6f5edcd5becace7cda4452be

このブログ「明日に向けて」の記事のコメント欄に先程、書き込みをしたことなのだが、この番組について、ネット上で、黒い雨の降った範囲が想定よりも広かったのなら、低線量被ばくのリスクはこれまで考えられていたよりも低くなるのではないかという見解があったのだが(つまり、黒い雨による被ばくの分がこれまでの想定よりも足されることになるので)、これはちょっと変な考え方だと思う。
こうした見解が出てくるのは、守田さんの書き起こしにもある、ナレーションの下記の部分を見落としている(聞き落としている)ためでもあるのではないだろうか。

「しかし被曝はそれだけではありません。黒い雨や地上に残された放射性物質による残留放射線です。原爆投下後の1ヶ月あまりの後の測定から、被曝線量は高いところでも10から30mSvと推測されています。」

つまり、黒い雨の被曝線量は「10から30mSv」と推測されているのである。それで、症状があったということなのだとすると、低線量被ばくのリスクがこれまで考えられていたよりも低くなるといった話にはならないのではないだろうか。

なお、黒い雨の被曝線量については、中国新聞で2年前に「黒い雨」について連載があったが、そこには以下のようにある。

被爆65年 「黒い雨」に迫る <3> 新たな証拠
(中国新聞 2010年7月7日朝刊掲載)

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=2010070713110875_ja

>星教授たちは今回のセシウム検出量を基に、黒い雨エリアに沈着した各種放射性物質が発した線量をこう推定する。「原爆投下時から2週間で10〜60ミリグレイ」。
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2012/8/14

『巨大津波は生態系をどう変えたか』  公害・薬害・環境・医療問題

下記の報道が一部で話題になっている。

チョウの羽や目に異常=被ばくで遺伝子に傷か―琉球大
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120810-00000172-jij-soci

「東京電力福島第1原発事故の影響により、福島県などで最も一般的なチョウの一種「ヤマトシジミ」の羽や目に異常が生じているとの報告を、大瀧丈二琉球大准教授らの研究チームが10日までにまとめ、英科学誌に発表した。」

これについて、早速、批判も出ているようだが、僕個人としては、放射能が生態系にどのように影響を与えているかについて調べること自体はするべきものだと思うので、こうした調査、研究自体は意義があることだと思うし、こうした調査、研究をすること自体を否定するつもりは全くない。

ただ、ちょうど、『巨大津波は生態系をどう変えたか』(永幡嘉之)を読んで、放射能の問題を抜きにしても、今回の大震災、大津波は、東北地方の生態系に大きな変化、影響をもたらしているということを知って、驚いたところだったので、ヤマトシジミの場合も、放射能以外の可能性ということもあるのではないかと思った。

『巨大津波は生態系をどう変えたか』によると、水が引いたあとも、海水の塩分が残り続けたことによる動植物の被害は消えなかったそうで、湿地のカエルの卵が死滅し、ヒヌマイトトンボ、カトリヤンマなど、まったく見られなくなったトンボ類もいるらしい。ヤマトシジミも、こうした塩害の影響ということも考える必要があるのではないだろうか。
もちろん、放射能の影響ではないと断定的に考えるわけではなく、総合的に考える必要があるのではないかということだけど。

もしかしたら、大津波の影響で絶滅が危惧されている一部のトンボ類に比べれば、個体変化が生じていても絶滅に至っていないのはまだ強いという見方も出来るのかもしれない。

あと、この本で指摘されていることは、これだけ、津波の影響がかつてないものになったのは、人間による隙き間のない土地利用によるところもあるということである。たとえば、堤防を築くことよりも、クロマツ林や隙き間なく自然利用することばかりを優先していて、防災、自然保護の観点が薄かったということである。
なので、今後の復興も、もとの通りに戻すのではなく、防災の観点が薄かった点を反省して復興することが必要だということも言えるのかもしれない。
いろいろ参考になる本だった。
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2012/8/12

訃報 山田和夫氏  映画

映画評論家の山田和夫氏がお亡くなりになりました。
この方のおかげで、日本で見ることが出来た逸品の映画は多いと思います。
山田氏のサイン入りの『ロシア・ソビエト映画史 エイゼンシュテインからソクーロフへ』は、何度、手にし、参考にしてきたことでしょう。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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2012/8/10

尖閣諸島、竹島は本当に日本「固有の領土」なのだろうか?  時事問題

『世界』8月号の、豊下楢彦氏「『尖閣購入』問題の陥穽」より。

<主権国家が成立して以降も絶えず国境線が動いていたヨーロッパにおいて「固有の領土」といった概念は存在しない。
というよりも、そもそも「固有の領土」とは国際法上の概念では全くなく、北方領土、竹島、尖閣といった領土紛争を三つも抱え込んだ日本の政府と外務省が考え出した、きわめて政治的な概念に他ならないのである。>

<まずは「固有の領土」という不毛な概念から離脱することである。
政府やメディアが、国際法上の根拠もないこの概念を綿密な検証もなしにお題目のように繰り返すことで、日本外交が呪縛され柔軟性が失われてきた。>


「固有の領土」という日本政府の独自の主張が、尖閣諸島や竹島の領土問題の外交的解決をより難しくしていることが指摘されていると思う。
尖閣諸島にしろ、竹島にしろ、国際法上で日本の領土だという主張にはたしかに一定の理があるものだとは僕も思う。
しかし、尖閣諸島も、竹島も、日本が領土として正式に主張したのは明治以降である。
果たして、それ以前からの、日本古来の領土と言えるのかは疑問なのだ。
つまり、日本政府は、国際法上で日本の領土であるのみならず、「日本固有の領土」であると主張しているのであるが、国際法上で日本の領土であるという点については僕も理があるとは思うのだが、「日本固有の領土」という点に関しては疑問なのだ。
従って、「領土問題は存在しない」といった主張については、「日本固有の領土」であると考えることから出てくる主張だと思われるので、僕は認めない。

以上、以前に僕が書いた下記のことと重なるが、微妙に観点が違うところもあることなので、改めて書いてみました。

APEC、尖閣諸島について雑感
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1689.html
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2012/8/9

どうしても僕が理解できないこと  原爆・原発問題

どうしても僕には理解できないことがあります。

毎週、金曜日に官邸前抗議行動を続けている主催者の方達と野田首相が面談するという話が出て来ていて、それに対して、そうした面談は会ったというアリバイ作りのためのものでしかない、なので会うべきではない、という理由で、首相と会おうとされている官邸前抗議行動の主催者の方達を批判している人達が一部にいるようである。
この考え方が、僕には、理解が出来ない。

だって、野田首相が本気で脱原発を行なうつもりなんかないのに、脱原発を求める抗議行動をしている主催者の人達に、会ったというアリバイ作りのためだけに面談するのであれば、そのことで批判されるのは野田首相のほうではないのだろうか。
本気で脱原発をするつもりもないのに、アリバイ作りのためだけに抗議行動をしている主催者の人達に会うなんて、失礼なことをしているのは野田首相の方ではないのだろうか。脱原発を求めて抗議行動をしている人達に対して、野田首相は失礼ではないかと、野田首相の側を批判するべき話なのではないのだろうか。

なぜ、野田首相に対して、なんて国民に対して失礼なことをされるのだと批判するのではなくて、官邸前抗議行動の主催者の人達の側を批判するんだろうか。僕には、わけが分からない。
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2012/8/7

原爆の日 各紙、読み比べ   原爆・原発問題

*各紙、読み比べをしてみましょう。
 世の中にはいろいろな考え方があることが分かって、とても参考になります。

(以下、産経、毎日、東京より)
原爆の日 広島・長崎を利用するな
産経新聞 大阪特派員・鹿間孝一

「原爆」と「原発」を同一視すべきではない。

広島、長崎の慰霊の日を反原発運動に利用するな。

言いたいことはこれだけだ。あとは付け足しである。

被爆50年など節目の取材を重ねて、5度目の「8月6日」になる。いつもまだ薄暗い午前5時すぎに、広島市の中心部にある平和記念公園へ向かう。園内に幾つもある慰霊碑や供養塔に、もう手を合わせる人がいる。ここで夜明かしする人もいる。年々、車椅子のお年寄りが多くなっている。

やがて昭和20年のあの日もそうだったという青空が広がり、蝉(せみ)の鳴き声が大きくなる。8月6日には不思議と雨の記憶がない。

年は蝉しぐれをかき消すように原爆ドーム前での集会のスピーカーの音声が響いた。「野田は帰れ!」「再稼働やめろ!」…。

平和記念式典に参列した野田佳彦首相の耳にも届いたであろう。毎週金曜夜に首相官邸前から聞こえる「大きな音」だ。
集会のそばにいたのでわからないが、耳慣れておそらく表情ひとつ変えなかったのではないか。

この国では言論、集会の自由が保障されているから、あれこれ言わないが、原爆投下時刻の黙祷(もくとう)の最中にまで叫び続けるのは、犠牲者に対して無礼だとだけ言っておく。

◆余計な置き土産だ

広島に原発を持ち込んだのは菅直人前首相である。記者会見で唐突に「脱原発依存」を宣言し、昨年の平和記念式典のあいさつでは「原発に依存しない社会をめざす」と語った。
参列した歴代首相が原発に触れたのは初めてだった。

政権浮揚を狙ったのだろうが、1カ月後に退陣を余儀なくされる。「原発には詳しいんだ」と自慢していた菅氏はその後、福島第1原発事故の各調査委員会で、表現の差こそあれ事態を混乱、悪化させた張本人と名指しされている。

それにしても、余計な置き土産をしてくれたものだ。今やヒロシマ、ナガサキとフクシマは片仮名で並記され、反(脱)原発運動のシンボルになっている。この流れは加速しつつある。

だから、当たり前のことだが、あえて強調せずにはいられない。核兵器と平和利用の原発はまったく異なると。

◆原爆と原発は違う

連鎖的な核分裂反応の発見は当初、新しい重要なエネルギー源になるかもしれないという期待を持って迎えられた。
しかし、科学者たちは、人類が手にしたことのない強力な爆弾になることに気づく。時はナチス・ドイツが台頭してきた時期で、ナチスに先を越されては、と危機感を抱いたアインシュタインは、ルーズベルト米大統領にマンハッタン計画のきっかけになる手紙を送る。

米国は「戦争の早期終結のため」「本土決戦による日本人の犠牲を防いだ」と言い繕うが、広島、長崎への原爆投下は新型兵器の実験的意味しかなく、許されざる行為である。アインシュタインは晩年、ルーズベルトへの書簡を悔いたという。

だが、いずれ、どこかの国が核兵器を開発したに違いない。超大国の核開発競争が世界を破滅の縁に立たせた冷戦の時代を経て、今も北朝鮮やイランが核保有国となるべく躍起になっている。広島、長崎の惨禍が教訓にならなかったのは悲しい。

一方で、核分裂のエネルギーを制御しながら利用する原子力発電が開発されたのは、ある意味、健全な科学の進歩といえる。

原発が危険を内在していることは否定しない。事故が起きれば甚大にして長期的な被害、影響をもたらすことは、福島を見ればわかる。

◆核兵器廃絶こそ願い

それでも原発を放棄すべきではないと考える。安定的なエネルギー源として今、原発に代わるものはない。

だから野田首相に求めるのは、「再稼働やめろ」や「原発いらない」ではなく、「安全な原発を作れ」である。
現状でリスクは大きくとも、人間の英知でいずれ克服できると信じる。

が、こうした声は、反(脱)原発集会やデモの叫びに、少数派に追いやられている。将来のエネルギー構成に関する意見聴取会も「原発0%」が多数を占めている。

電力会社の社員という理由で、原発を支持する意見は排除された。そして、恣意(しい)的にヒロシマ・ナガサキ・フクシマが利用される。

広島市の松井一実市長は平和宣言に3人の被爆体験を盛り込んで「私たちは、そのつらさ、悲しさ、苦しみとともに、その切なる願いを世界に伝えたいのです」と述べた。被爆の地が訴えるのは核兵器廃絶に尽きる。

しかし、67年がたって被爆体験を伝える人は少なくなった。遺族も高齢化している。「慰霊の日」の変質を危惧する。

だからこそもう一度、声を大にする。原爆と原発を一緒にするな。


記者の目:「黒い雨」被害者切り捨て=加藤小夜
(毎日新聞 2012年08月07日)

 ◇国は核被害の実相を見よ

 米軍による広島への原爆投下から67年の今夏、「被爆者」と認められるはずの「黒い雨」被害者は切り捨てられた。厚生労働省の有識者検討会は7月、あまたある証言を無視して黒い雨の援護対象区域拡大を否定し、政府もそれを追認した。爆心地から幾重も山を越えた集落を訪ね歩き、原爆の影を背負って生きる人々の話に耳を傾けながら、私は何度、広島の方角の空を見上げただろう。核被害の実相に向き合わない政府に「被爆国」を名乗ってほしくない。

 「うそを言うとるんじゃない。事実はあるんじゃから」。1945年8月6日、広島の爆心地から約15キロ西の祖父母宅近くで、女性(76)は黒い雨を浴びた。神社で遊んでいると「痛いぐらい」の大雨が降り、その後、毎朝のように目やにが止まらなくなり、爪はぼろぼろに。30代半ばで甲状腺の病気を患い入院、白内障の手術も3回受けた。

 山あいの集落で聞いた住民たちの情景説明は生々しかった。爆風で飛んできた商店の伝票。シャツや帽子についた雨の黒いシミ。雨にぬれた乳飲み子の頭を拭いて着替えさせたこと。女性の祖父は、しば刈りの作業中に雨に遭った。鎌が滑って切れた手から血が流れた。祖父は「普通の雨じゃない。油のようだった」と話したという。証言は細部まで具体的で偽りは感じなかった。取材した後、女性から「記事にしてほしくない」と切り出された。30年近く前、幼くして白血病で命を落とした孫のことが頭に引っかかっているからだった。孫の入院先から「原爆に遭うてない?」と長女が電話をしてきた時「遭うてないよ」と答えた。孫の病気は自分が黒い雨に遭ったせいなのか。親族からそう思われるのではと考えると気持ちが今も揺らぐ。匿名を条件に話を聞きながら原爆が心身に刻んだ傷の深さを思った。

◇ 科学的な立証を求める理不尽さ

 国の被爆者援護の歴史は被爆から12年後の原爆医療法施行に始まり、地域の拡大や手当の創設・拡充が順次実施された。黒い雨を巡っては1976年、広島の爆心地付近から北西に長さ19キロ、幅11キロの楕円(だえん)状の地域が援護対象区域に指定された。区域内にいた人は無料で健康診断が受けられ、特定の病気が見つかれば被爆者健康手帳が交付される。しかし、厚相(当時)の私的諮問機関「原爆被爆者対策基本問題懇談会」は80年の意見書で、新たな被爆地域の指定には「科学的・合理的な根拠がある場合に限る」とした。この後、地域の拡大は一度もない。時間の経過に加え、そもそも被害者側に科学的立証を求めるのは無理がある。

 広島市などは08年、被爆者の高齢化を受けて「最後の機会」と位置づけた大規模なアンケートを実施した。その結果から援護対象区域の6倍の広さで黒い雨が降ったと主張し、10年、区域拡大を政府に要望した。これを受け同年末から厚労省の有識者検討会が始まった。全9回の会合をほぼ毎回取材したが、審議は「結論ありき」としか思えなかった。ある委員は、放射線の影響を認めることは「疫学的な誤診」と発言し、「学術的に厳密な判断を求めないと、とんでもない病気をつくってしまう」とまで言った。私には認めない理屈をあえて付けようとしているとしか見えなかった。「現地を訪れて体験者の声を聞いてほしい」という地元の訴えも黙殺された。

◇背を向けたまま被爆国名乗るな

 援護対象区域拡大を訴えてきた「広島県『黒い雨』原爆被害者の会連絡協議会」は今夏、54人分の証言集「黒い雨 内部被曝(ひばく)の告発」を刊行した。がんなど病気の苦しみとともに「死ぬのを待ちよるのか」など国への憤りがつづられている。証言を寄せた森園カズ子さん(74)=広島市安佐北区=は甲状腺の病気を長年患い、だるさとも闘う。「私らみたいなのは置き去りですよね……」。私は返す言葉がなかった。

 被爆者健康手帳の所持者は今年3月末現在、全国で21万830人いるが、手帳を取れない「被爆者」の存在を忘れてはならない。援護区域の外側で黒い雨に遭った人だけではない。焦土で家族や知人を捜したり、郊外で負傷者の救護活動に携わった人も、放射線を浴びた。その事実を証明できないなどの理由で、申請を却下された人は多い。

 隠された「被爆者」の存在に触れると今も残る原爆被害が身に迫り、被害を救おうとしない「被爆国」に悲しさを感じる。福島第1原発事故後も、国は核被害の原点である被爆地の現実に背を向けたままだ。「切り捨て」の歴史に終止符を打つためにも、私は真実を語る「被爆者」の側から告発を続けたい。(広島支局)


原爆忌に考える ヒロシマに耳澄まし

 原爆忌。未来への希望をうたう平和宣言に、ことしも「脱原発」の言葉はないようです。もっとヒロシマを語ってほしい。私たちは耳を澄ましています。

 3・11。言葉は瞬時に凍り付き、閉ざされた記憶が一気に溶けだしました。過去、現在、そして未来が重なり合ったとき、そこに何が見えたのでしょう。

 広島市安佐南区、広島共立病院名誉院長の丸屋博さん(87)は、御庄博実(みしょうひろみ)の筆名を持つ詩人です。岡山医大を結核で休学中に詩作を始め、「原爆詩集」で知られる峠三吉とサークル誌を編んだこともありました。

◆黒い津波はすさまじく

 六十七年前のあの日、丸屋さんは、旧制広島高校から進んだばかりの医大を空襲で焼かれ、ふるさとの山口県岩国市に帰省中でした。陸軍燃料廠(しょう)で働く妹に、広島が壊滅したと聞かされ、旧友や幼なじみの安否を気遣い、丸屋さんが旧国鉄山陽線に飛び乗ったのは、原爆投下の二日後でした。

 広島までは電車で入れず、一つ手前の己斐駅(今の西広島駅)で降ろされました。建物はすっかりなぎ払われて、遠く瀬戸内海に浮かぶ似島が見渡せました。

 熱で曲がった路面電車の線路を伝い、異臭の中を一日歩き回っても、友人、知人を見つけることはかないませんでした。

 夕暮れて、駅へ戻ると、足もとからか細いうめき声が聞こえてきます。あおむけに横たわる半裸の若い男性の胸のあたりに、小さな穴が開いていました。血の混じったあぶくと一緒にハエが一匹、そこを出入りしているのが見えました。その時に目にしたすべてのものが、廃虚と化した東北のまちに重なりました。残留放射能の見えない渦をかき分けて、親しい人を捜し歩いた長い一日の記憶が、です。

 黒い潮の土煙のすさまじさに/広島の記憶が重なった/僕はテレビの画面で凍った(黒い津波)

 愛用のパソコンに向かって言葉を絞り出すまでに、数日間の葛藤がありました。

 内科医の丸屋さんは、被爆者の健康を見守り続けてきた人です。放射線の遺伝的影響に関する論文も書きました。そして、自らも被爆者として、次々に発症するがんと闘い続けています。

 「原爆も原発も同じこと。人間には制御できないもの。子どもたちの未来を奪うもの」だと痛感しています。

◆歩かされた長い道

 丸屋さんはことし六月、石川逸子さんと共著の詩文集「哀悼と怒り」(西田書店)を上梓(じょうし)しました。

 何に対する怒りでしょうか。丸屋さんにも分かりません。

 無慈悲な自然、暴走する科学、事故を起こした電力会社や機能不全の官僚機構、無責任な政府だけではないでしょう。目先の豊かさを追い求め、哀(かな)しい過ちを繰り返す、人間そのものへの怒りなのかもしれません。

 この道も何年か歩いてきた/いや 歩かされてきた 道/行く先には果てしなく広がる/プルサーマルという沃野(よくや)があるという/夢のエネルギー政策という呪文(青い光、詩集「原郷」より)

 原爆忌の式典で広島市長が読み上げる「平和宣言」は、昨年も格調高い名文でした。ところが、原発事故にはもう一歩、踏み込むことができません。

 つい先月まで、ことしは「脱原発」に触れると言いながら、やっぱり「安全なエネルギー政策の方針を一刻も早く確立するよう政府に求める」程度にとどめることになりそうです。平和宣言だからでしょうか。でも平和とは、戦争がないということだけではないはずです。

 広島平和記念資料館には、原発や原発事故に関する展示がありません。ボランティアガイドを務める橘光生さん(71)は「ここに答えはありません」と考えます。

 橘さんは「唯一の被爆国日本に五十基もの原発があることは、海外の目には奇異に映るでしょう」と来館者に語っています。

 しかし結局、悲しみも怒りも感動も、人それぞれのものだから。誰かに教えられるものではなく、見て、聞いて、感じて、考えて、自分で見いだすものだから。

◆核の怖さを知るまちに

 ならばなおさら、核の怖さを知り尽くしたヒロシマの言葉と声を、もっとたくさん聞かせてほしい。ヒロシマの怒りやナガサキの祈りにもっと近づきたい。フクシマにも届けたい。

 8・6。平和宣言に耳を澄まして、今はまだ言葉にならない何かを感じ、何かを始められるよう、ヒロシマに心を傾けます。
(東京新聞 2012年8月6日)


(以下は参考まで、読売の昨年の社説)
エネルギー政策 展望なき「脱原発」と決別を

◆再稼働で電力不足の解消急げ◆

 電力をはじめとしたエネルギーの安定供給は、豊かな国民生活の維持に不可欠である。
 ところが、福島第一原子力発電所の事故に伴い定期検査で停止した原発の運転再開にメドが立たず、電力不足が長期化している。
 野田首相は、電力を「経済の血液」と位置づけ、安全が確認された原発を再稼働する方針を示している。唐突に「脱原発依存」を掲げた菅前首相とは一線を画す、現実的な対応は評価できる。
 首相は将来も原発を活用し続けるかどうか、考えを明らかにしていない。この際、前首相の安易な「脱原発」に決別すべきだ。

 ◆節電だけでは足りない◆

 東京電力と東北電力の管内で実施してきた15%の電力制限は、今週中にすべて解除される。
 企業や家庭の節電努力で夏の電力危機をひとまず乗り切ったが、先行きは綱渡りだ。
 全国54基の原発で動いているのは11基だ。再稼働できないと運転中の原発は年末には6基に減る。来春にはゼロになり、震災前の全発電量の3割が失われる。
 そうなれば、電力不足の割合は来年夏に全国平均で9%、原発依存の高い関西電力管内では19%にも達する。今年より厳しい電力制限の実施が不可避だろう。
 原発がなくなっても、節電さえすれば生活や産業に大きな影響はない、と考えるのは間違いだ。
 不足分を火力発電で補うために必要な燃料費は3兆円を超え、料金に転嫁すると家庭で約2割、産業では4割近く値上がりするとの試算もある。震災と超円高に苦しむ産業界には大打撃となろう。
 菅政権が再稼働の条件に導入したストレステスト(耐性検査)を着実に実施し、原発の運転再開を実現することが欠かせない。
 電力各社が行ったテスト結果を評価する原子力安全・保安院と、それを確認する原子力安全委員会の責任は重い。
 運転再開への最大の難関は、地元自治体の理解を得ることだ。原発の安全について国が責任を持ち、首相自ら説得にあたるなど、誠意ある対応が求められる。
 野田首相は就任記者会見で、原発新設を「現実的に困難」とし、寿命がきた原子炉は廃炉にすると述べた。これについて鉢呂経済産業相は、報道各社のインタビューで、将来は基本的に「原発ゼロ」になるとの見通しを示した。

 ◆「新設断念」は早過ぎる◆

 代替電源を確保する展望があるわけではないのに、原発新設の可能性を全否定するかのような見解を示すのは早すぎる。
 首相は脱原発を示唆する一方、新興国などに原発の輸出を続け、原子力技術を蓄積する必要性を強調している。だが、原発の建設をやめた国から、原発を輸入する国があるとは思えない。
 政府は現行の「エネルギー基本計画」を見直し、将来の原発依存度を引き下げる方向だ。首相は、原発が減る分の電力を、太陽光など自然エネルギーと節電でまかなう考えを示している。
 国内自給できる自然エネルギーの拡大は望ましいが、水力を除けば全発電量の1%に過ぎない。現状では発電コストも高い。過大に期待するのは禁物である。
 原子力と火力を含むエネルギーのベストな組み合わせについて、現状を踏まえた論議が重要だ。
 日本が脱原発に向かうとすれば、原子力技術の衰退は避けられない。蓄積した高い技術と原発事故の教訓を、より安全な原子炉の開発などに活用していくことこそ、日本の責務と言えよう。

 ◆原子力技術の衰退防げ◆

 高性能で安全な原発を今後も新設していく、という選択肢を排除すべきではない。
 中国やインドなど新興国は原発の大幅な増設を計画している。日本が原発を輸出し、安全操業の技術も供与することは、原発事故のリスク低減に役立つはずだ。
 日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。
 首相は感情的な「脱原発」ムードに流されず、原子力をめぐる世界情勢を冷静に分析して、エネルギー政策を推進すべきだ。
(2011年9月7日 読売新聞)


*この読売の社説、
「日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。」
っていうところは、さりげなく凄いことを言っているのではないかと思うのですが、
「原爆と原発を一緒にするな。」
と主張する産経新聞の記者さんからすると、こういう読売の方の、平和利用が「潜在的な核抑止力として機能している」という考え方も、アウトってことにはならないんでしょうかね・・。
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2012/8/4

カネミ油症、救済法関連報道  公害・薬害・環境・医療問題

*すでに報道されている通り、カネミ油症の救済法案、民主党の案に、大筋で合意されたようです。
僕も昨日は昼間は上京した被害者の人達と一緒に動き、夜は官邸前抗議行動に参加しました。

報道は多数ですが、長崎新聞と南日本新聞が被害者側のニュアンス(決して被害者の人達にとってじゅうぶんに納得がいく内容ではないが、一歩、前進と受け止め、受け入れるということ)も含めてよく報道していると思いますので、紹介します。


カネミ油症の救済法が成立へ(長崎新聞)

 民主党がまとめた「カネミ油症」の新たな救済法案に超党派議員連盟が大筋合意した3日、患者らは、原因企業カネミ倉庫を介した間接的な医療費支給に不満をあらわにしながらも、議員立法による法制化を「大きな一歩」とした。

 超党派議連の総会後、カネミ油症五島市の会(矢口哲雄会長)など全国の患者らが都内で記者会見。同会事務局長の宿輪敏子さんは、新法案の概要を知った時、悔しさに「泣いていた」と打ち明けた。一方、「この法案に反対すればゼロからのスタートとなる。法制化は大きな一歩。私たちの力でよりよいものにしていくしかない」と涙を浮かべ、苦渋の決断をにじませた。

 同会の下田順子さん(諫早市)は「医療費の公費負担を被害者は望んでいる。加害企業から医療費が回ってくるのは大きな不安。だが被害者は高齢化し次々に亡くなっており、泣く泣く案をのみ込んだ。これでスタートに立てたと考えたい」と複雑な胸の内を語った。

 同会は、法案成立後の救済策の実効性を検証するため、被害者と国の定期協議や、国、被害者、カネミ倉庫3者による協議の場の設定など、5項目の施策の具体化を求めた。

 患者を支援する保田行雄弁護士は「初めて法律が提案される点は評価できるが、カネミ倉庫による支払いの支援という構図を受け継いだのは残念。国の財政支援がきちんと使われているかなど、患者が国、カネミ倉庫と協議し検証できるようなシステムが必要」と指摘した。
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20120804/02.shtml


[カネミ油症] 救済法は一歩前進だが
(8/4 付)
 1968年に西日本一帯で起きた食中毒「カネミ油症」の被害者救済をめぐり、超党派の国会議員連盟は、民主党が新たにまとめた救済法案に大筋合意した。法案は民主、自民、公明3党の議員立法として今国会に提出され、成立する見通しである。
 国内最大の食品公害は発生から44年で、被害者の公的救済が実現する見通しとなった。カネミ油症をめぐっては被害者が立法化による恒久救済を求めてきただけに、法制化は一歩前進といえる。
 ただ、被害者が求めた国による直接的な医療費支援は盛り込まれなかった。高齢化が進み、これ以上先に持ち越したくない被害者が苦渋の末に受け入れたことを政府は肝に銘じるべきだ。
 法案は、国に救済策を実施する責務があると明記し、原因企業のカネミ倉庫(北九州市)による医療費などの安定的支給を支援する施策を講じると規定した。具体策として国が患者らを対象に健康実態調査を毎年行い、協力した患者らに国とカネミ倉庫が生活支援金など年24万円を支給する。
 現在約1370人の認定患者に加え、同居家族で認定を受けていない人の一部も患者として認定し支援金の対象とする。批判の強かった家庭内で認定と未認定に分かれる現行の認定基準を見直したのは当然だ。
 カネミ油症は、米ぬか油を製造する過程で猛毒のダイオキシン類などが混入し、この油を使った料理を食べるなどした約1万4000人が頭痛や皮膚疾患を訴えた食品公害である。
 被害者が国やカネミ倉庫などに損害賠償を求めた訴訟は87年に和解。認定患者は、カネミ倉庫が医療費の一部を負担する「油症券」を持つものの、使用できる医療機関が限られて利用できない人も多くいるなど不十分な内容だった。
 被害者救済をめぐっては、民主党は野党時代の2006年、健康被害を受けた人を広く救済対象とする法案(廃案)を提出した。
 議員立法による救済に厚生労働省と財務省が「油症発生は国に責任はない」と難色を示したことに同調する姿勢を見せ、立法によらない救済策を政府と検討していた。しかし、法律による恒久的救済を求める被害者や野党の反発を受け、方針転換した。

 今回、法制化の見通しは立ったが、被害者は十分納得しているわけではない。被害者の多くが亡くなり、現状を打開したいという思いがあったはずだ。政府や議員連盟は法制化にあたり、細かい点を詰める際は被害者の意向を十分に聞いた上で協議する必要がある。
(南日本新聞)


*次に、福田衣里子議員のブログ。
ここにある通り、週明けに野党が内閣不信任案提出というニュースが流れていて、政治情勢がまた不透明になっています。昨日、被害者たちは苦渋の選択、決断で今回のカネミ油症救済法案を受け入れたのですが、その苦渋の決断で受け入れた法案の成立がまた政局によって翻弄されるのではたまりません。


2012年08月03日

カネミ油症、超党派議連
こんにちは。

地元諫早の内村航平選手が金メダルを獲得!

すごく嬉しいですし、感動ですね!!

皆さんと一緒に喜びを分かち合いたいと思います(^−^)

さて、本日は「カネミ油症被害者の救済法案を実現する議員連盟」を全11党の国会議員、患者の皆さん、関係各省の参加のもと開催しました。私は司会を務めさせていただきました。

これまで、民主党では、山田正彦議員、城井崇議員と共にこの問題に取り組んできました。

そして、超党派では、公明党の坂口力議員を会長に、自民党の河村建夫議員、武田良太議員などと一緒に水面下で調整を続けてきました。

与党・民主党として、政府とも調整し、多くの方にお力添えを頂き今回の案にいたって、本日の議連でおおむね了承。各党党内に持ち帰り議論していただくこととし、今後については会長一任との結論を頂きました。

ようやくここまできました。患者の皆さんにとっては100点満点ではないかもしれませんが、ここで何とか突破口を開き、のちにさらにより良いものとしていけたらと思います。

何とか今国会で成立させたい。しかし、今、内閣不信任案提出などの報道もなされており、国会が不正常になる危険も漂っています。

ようやくここまでたどり着きました。あと一歩です。

命が政局に翻弄され続ける政治ではいけません。 <

http://blog.livedoor.jp/ennriko555/archives/51639849.html


*テレビですが、テレビ朝日、報道ステーションは、報道内容はともかく、カネミ油症のニュースの後、カネカのCMを流していました。わざとではないでしょうが、カネカが報道ステーションのような番組のスポンサーなのだという現実を突き付けられました。
TBSは、次世代への影響という点(次世代の被害者は今回の救済法案でも対象になっていない)に着目していました。


カネミ油症、子や孫に続く被害

 国内最大の食品公害とされる「カネミ油症」。与野党が支援法案に合意し、被害者救済をめぐる動きは、44年もの月日がたって、ようやく本格化してきました。被害者たちは大きな前進とする一方で、今なお子供や孫の世代まで続く症状に苦しんでいることを知ってほしいと訴えます。

 大根やニンジン、大豆、ひじき。食卓には野菜サラダや味噌汁が並びます。体の中に残されたダイオキシン。その働きを抑えるためにできる、今ただ1つのことです。

 長崎県諫早市に住む下田順子さん。頭痛や腹痛などの具合の悪さが40年以上続いています。その原因は食用に作られた油でした。

 「美容と健康にいい」。44年前、そんなうたい文句で販売された食用油。北九州市の油メーカー、カネミ倉庫が製造しました。ところが、その油に化学物質のPCBが混入していました。それは熱によって猛毒のダイオキシン類に変化していました。

 「小学校のときは鼻血出っぱなしでしたので。一番ひどいときは半日くらい止まらなかったりとか」(下田順子さん)

 当時6歳だった下田さんは、母親の手料理からその油を摂取しました。「カネミ油症」。下田さんのようにその油を口にした人は、吹き出物や手足のしびれ、内臓疾患など様々な中毒症状に襲われました。被害を届け出た人は当時25都府県で約1万4000人にも上りました。「国内最大の食品公害」と言われるゆえんです。

 さらに、生まれたばかりの黒い肌の赤ん坊。カネミ油症患者の母親から生まれた子どもです。

 「普通の黒さじゃなくて、見たこともないぶどう色のような真っ黒い赤ちゃんだった」(赤ちゃんを出産したカネミ油症被害者)

 カネミ油症は母から子へ、そして孫の世代にまで深刻な健康被害を引き起こしています。ダイオキシンは体内から出にくく、治療法もありません。

 「影響がなければいいんですけどね。健康被害とか。(Q.あると思いますか?)うーん、あるでしょうね。正直認めたくはないんですけど」(下田順子さん)

 下田さんを長く苦しめてきたのも子どもたちの将来のことです。

 「カネミのことがあるから、幸せな結婚ができないとか。好きな人と結婚できないこともあるかもしれない」(下田順子さん)
 「うーん、分かんない」(長女)

 子どもの代まで含めた被害の実態はいまだ把握できていません。

 下田さんたちはこれまで、国による直接的な医療費の支援に加え、子や孫の代への救済を求めてきました。現状では、操業を続けるカネミ倉庫が被害者への医療費を支払っています。しかし、それは認定患者に限ったもので、対象は被害を訴えた1万4000人のうち、わずか13%にすぎません。被害者への賠償金500万円もいまだに支払われていません。

 「親から子へ、子から孫へとつながれていく命のバトン。同時に猛毒のダイオキシンもつながれていくのでしょうか」(下田順子さん)

 国会には3日、与野党の実務者が集まりました。そこで被害者の支援法案について今の国会での成立を目指すことで合意しました。その中身は大きく分けて2つです。まず、認定患者らに1人当たり年間24万円を支給すること。もう1つは、診断基準を見直し、認定患者の範囲を拡大することです。

 一方で、下田さんらが求めていた医療費については、現行のままカネミ倉庫が支払う、子や孫の代の救済についての言及もありません。

 「私たち被害者が求めているのは医療費の公的負担です。直接食べていない二世。三世をそのままにしては、一世の被害者、特に母親は死ぬに死にきれない」(下田順子さん)

 「救済の法制化は大きな前進、だけど悔しい」。被害者からはそんな声も出ました。
(03日16:58)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5097689.html


*神戸新聞では、渡部道子さんが語っています。
(拙作『食卓の肖像』でも、渡部道子さんの発言は分かりやすいとアンケートでも好評でした。)


カネミ油症救済法案合意 姫路の渡部さん追加対策求める 

 「カネミ油症」問題で、超党派の国会議員連盟がまとめた被害者救済策について、関西在住の被害者でつくる連絡会代表の渡部道子さん(56)=姫路市=は3日、「ようやく一歩を踏み出したが、救済内容はまだまだ不十分だ」と語った。

 渡部さんは海上保安庁勤務だった父親(故人)の転勤で、小学6年だった1968年に長崎県玉之浦町(現五島市)に移り住んだ。油を摂取し、高熱や、いすに座れないほどの痛みを伴う吹き出物に苦しめられ、30歳ごろまで「長生きできない」と言われたという。

 家族4人は全員、患者に認定され、体質改善に取り組んだが、今も吹き出物の痕が体に残り、体重は40キロもない。原因企業のカネミ倉庫(北九州市)は医療費の一部を負担する「油症券」を認定患者に発行しているが、関西は油症の知識が乏しい医師が多く、「券は役に立たない」と話す。

 大阪府によると4月現在の近畿2府4県の認定患者は111人、未認定患者は少なくとも33人。

 救済策は、国とカネミ倉庫が健康実態調査に協力した患者に年24万円を支給することが柱だが、渡部さんは「油症は私たちの代で終わりではない。これから先も長く苦しみが続く若い世代を救うため、さらなる救済策を」と訴えている。(足立 聡)
(2012/08/04 08:05)
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0005266130.shtml
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2012/8/2

『おおかみこどもの雨と雪』  映画

これは凄い。日本のアニメーションの新たな金字塔。

アニメーションやマンガは、かつてはアニメやマンガならではの特異性を持ったユニークなキャラクターを生かすことで独特の持ち味を出していた。(パンダコパンダからトトロへと引き継がれていった系譜を考えてみよう。ー注1)
しかし、最近は、むしろ、特異的なキャラクターではなく、たとえば、河童であっても、おおかみ男であっても、「普通」であったりする。なぜ、こうした本来は特異性で目立つべき存在であるはずのキャラクター達が「普通」さをめざすようになっていったのか、興味深いことであるが、しかし、そういう風に「普通」であるならば、わざわざアニメーションである必要はないのではないか、実写で役者が演じればいいのではないか、なぜアニメーションでありながら特異性を持ったキャラクターとして屹立することをめざさずに「普通」であることをめざすのか、それではアニメーションならではの持ち味を生かし切れていないのではないか・・こうした疑問が沸いてくるかもしれない。
しかし、特異な設定のキャラクターが、特異性をめざさずに「普通」であることをめざしながら、なおかつアニメーションならではの作品にすることは果たして本当に出来ないことなのだろうか・・、この疑問に答え、特異な設定のキャラクターが「普通」でありながら、なおかつこれは確実にアニメーションでなければ成立し得ないような作品だということを達成してみせたのが、この『おおかみこどもの雨と雪』だと言えるのかもしれない。

『台風クラブ』の記憶を、あんな風に生かしていることにも、注目しないではいられない。

*(注1)下記の以前に僕が書いた記事を参照。

宮崎駿の野心の一考察
http://blue.ap.teacup.com/documentary/796.html
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