2014/12/19

ヘイトスピーチが問題になっている今こそ改めて見るべき映画『日本の子どもたち』  映画

内輪の試写で見た『日本の子どもたち』(1960年、青山通春監督)に、こんな映画があったのかとまたちょっとびっくり。長崎の小学生の子供たちが、北朝鮮への帰国運動や、韓国からの密入国者の問題、日本の漁船員が韓国で拘留されている問題などについて討論し、大村の収容所に不法入国者として収容されている韓国の子どもたちと交流していくという話なのだ。当時、リアルタイムでこんな映画が作られていたとは。
ヘイトスピーチなどが問題になっている今こそ、改めて見るべき児童教育映画の佳作だと思う。
脚本は八木保太郎だが、やはり八木保太郎脚本の『この青春』(1971年、森園忠監督)も内輪の試写で見て、こちらはベトナムからの不法滞在の青年をかくまう若者たちを描いた青春もので、ベトナム戦争の時代の若者たちの気分をよくとらえている。八木保太郎の仕事を改めて見直したい。
なお、『日本の子どもたち』には小川紳介が進行スタッフのひとりで参加している。
0

2014/12/18

アベノミクス考  時事問題

アベノミクスについて、あるメーリングリストで議論をしていて自分なりに考えがまとまったので書き留めておきたい。
まず、大きな流れとしては、小泉政権の、新自由主義的な、「小さな政府」の方向への揺り戻しとして、「大きな政府」が出てきて、国家主義的な方向に回帰しているという見方は出来るのかもしれないと思う。
小泉政権のおこなったことをざっくばらんに整理すると、いわゆる新自由主義の考え方というのは市場の経済活動はなるべく政府が介入しないで企業に自由にさせたほうが活発化していいという考え方で、そのため、「小さな政府」で、規制緩和して企業に自由にさせた。規制緩和され企業間の競争が熾烈になるということは、価格のデフレの競争が熾烈になるから、そのために企業は人件費を切り詰め、非正規社員が増えたり、ブラック企業化したりしていった。これを、小泉氏は「痛みなくして成長なし」と言っていたのだが、ところが、デフレ競争が進みすぎていつまでも不況を脱出できない悪循環になり、「痛み」ばかりで「成長」がいつまでもなかった。
この小泉政権の「小さな政府」に対する揺り戻しとして安倍政権の国家主義的な「大きな政府」が出てきているのだと考えると、アベノミクスという経済政策は新自由主義的な「小さな政府」とは別方向のものであり、アベノミクスの金融緩和政策は新自由主義とは異なるケインズ主義的な政策であると言えるのかもしれない。
しかし、アベノミクスの問題点は、第一の矢、第二の矢はケインズ主義的な政策なのだが、第三の矢は新自由主義的な政策であり、ケインズ主義的な政策と新自由主義的な政策がごっちゃになっているように考えられる点ではないか。
つまり、金融緩和政策はケインズ主義的な政策なのだけど、国家戦略特区の構想を見ると、国家戦略特区は大まかには国家戦略として行うものなので「大きな政府」が行うものとも言えるのかもしれないが、その中身はより規制緩和して企業間に自由に経済活動をさせるもので新自由主義的な政策であり、小泉氏が進めてきた方向へのアンチどころか、さらに進めるものという見方ができるのだ。
私は金融緩和政策自体は有効性を持つところがあるかとは思う。
とにかく、デフレから脱却して、不況を脱出しなければならないということは言えると思うし、そのためにまずインフレを起こして景気を回復する必要があるというのはまったく間違った考え方だとまでは思わない。
しかし、インフレで物価が上がるのなら、同時に労働者の賃金も上がっていくのでなければならない。物価が上昇していけばやがては賃金も上がっていくのではないかとは思うが、たとえば数年先に物価が2倍になり、賃金が1.5倍になると想定すると、実質賃金は下がることになってしまう。物価の上昇に追いつくだけ、賃金が上がらなければその人にとって景気が回復したとは言えない。
特に、ギリギリで生活をしている低所得者層にとっては実質賃金が下がるのは厳しいし、金融緩和政策を行い、インフレを起こすのであれば、同時に、低所得者層がさらに実質賃金が下がって、さらに格差が広がるようなことにならないようにする格差是正の政策が必要なのではないだろうかと思う。
なのに、安倍政権は、格差是正どころか、第三の矢として新自由主義的な政策を掲げていて、消費税増税も行うようであり、ますます格差を広げる政策を行うようなのだ。これではやはりトータルに考えて安倍政権の経済政策は危ういのではないかと思えるのだが。
0

2014/12/12

『美しいひと』  映画

東志津監督のドキュメンタリー『美しいひと』を見た。韓国人被爆者、オランダ人被爆者らの生涯と現在を取材したもので、日常を丹念にとらえた映像が印象に残る。16対9の画面の構図や、通常はNGの箇所をあえて面白く使う点、時計の音の使い方など、画と音にはっとする箇所がいろいろとあったし、監督・撮影をひとりでこれだけの映画をつくったのはかなりの力量だと思った。
一方で、日常の映像の描写で見せたかったというのは分かるんだけど、説明不足というのか、何がテーマなのかなど、分かりにくいところはあるのかもしれない。その意味では一般的には評価は微妙な作品かもしれない。
東志津監督の経歴を見ると、伊勢真一監督に師事した方のよう。これは納得できる。伊勢真一監督の『奈緒ちゃん』は、障害者の少女の成長していく日常の姿を12年間、追い続けた、ドキュメンタリー映画だ。この『奈緒ちゃん』は大傑作だと僕は思っている。なので、伊勢真一監督のような、日常を丹念に映像でとらえる映画を撮った監督についた方が、『美しいひと』のようなドキュメンタリーに挑むのはよく分かるのだ。しかし、『奈緒ちゃん』の場合はテーマとかなくても、障害者の少女の成長していく12年間の姿の映像だけでじゅうぶんだと思うのだけど、被爆者、それも在外被爆者という題材だと、どうしてもテーマ性とか、在外被爆者の現状についての説明とかも求めてしまうのかもしれない。
0

2014/12/5

『娘たちは風に向かって』  映画

昨日、内輪の試写で見た『娘たちは風に向かって』(1972年)。これまたレアな映画だった。大阪・西淀川の被服工場で女子労働者たちが泊り込んで闘った労働争議を素材にしている「争議もの」だけど、争議を続けるか、結婚するかの選択で悩む若い女性たちの葛藤をとらえだしており、争議ものでありながら、若い女性たちの青春ドラマとして娯楽性が高い作品になっている。特に、終盤部、こういうところに話が着地するのかと、思いがけないクライマックスシーンが用意されていた。(具体的にはネタばれになるので書かないが。)こういう味わいの「争議もの」というのもなかなか珍しいなと思った。
宇野重吉監修で民芸の作品なので民芸の役者たちが総出演している。主演の小林千鶴子も民芸の方なのだろうが、映画ではほかに見た記憶がないのだが。日色ともゑが書記長と呼ばれている、いかにも生真面目そうな女性を演じていて、これも好演だった。
若杉光夫監督、井上莞撮影のコンビ(このコンビは何本もの作品を手がけている。)による充実した仕事である。井上莞は、戦前はドキュメンタリーの古典的名作『雪国』『空の少年兵』を撮影した名カメラマンであり、戦後も『警察日記』や『非行少年』から、『太陽にほえろ』などのテレビまで、幅広く撮影された大カメラマンで、実は晩年、私も『サケよ帰れ、ふるさとへ』(浅野辰雄監督)という作品でご一緒に仕事をさせて頂いている。
それから、脚本の今崎暁巳であるが、ネットで検索したら、『日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章』(1981年、神山征二郎監督)の原作・脚本の方であった。争議もののノンフィクションの仕事をずっとされた方のようで、これほど一貫性がある筋が通っている仕事を残した方もあまりいないだろう。
1

2014/12/2

『祝宴!シェフ』  映画

チェン・ユーシュン監督の16年ぶりの新作が上映しているというのに、見逃してはなるものかとばかりに、『祝宴!シェフ』をようやく見てきた。とにかく笑える。無条件に面白い。これ程、無条件に、また無責任に笑えて、楽しめる映画はいったいいつ以来だろう。この監督は本当に頭がどうかしている。
『祝宴!シェフ』は全く上品な映画ではない。むしろ、猥歌(?)みたいな主題歌や、AVネタまで出てくるし、ひとつひとつのギャグは本当にバカバカしいが、どのシーンもまったく尽きることなくアイデア満載で、次々とギャグが繰り出されて、圧倒的なパワーでコメディ映画の祝祭的空間が立ち上がる。
しかもこの映画が凄いのは、愚直なまでに、そのひとつひとつのギャグのアイデアを画で見せていることである。ここまで画にしなくても…と思うところまで、映画は画(映像)なんだとばかりに見せることによって、映画というものの原初的な地点にまでさかのぼってしまったかのようだ。

そう、『祝宴!シェフ』の感動は原初的な感動とも言える。ヒロインのキミ・シアがダンボール箱を頭からかぶるだけで、文字通り、どこにでも行けてしまうということの、なんという、いい加減で、原初的な凄さ。
『祝宴!シェフ』を見る観客は、キミ・シアとともに、まるで子どもの時に初めてコメディ映画やマンガを見た(読んだ)時のような、初めてコメディというものに接した時のような、原初的な気持ちにまでさかのぼってしまうかのようだ…。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ