2016/3/26

(終了)『食卓の肖像』沖縄上映会のお知らせ  映画

(下記の『食卓の肖像』、沖縄上映会は終了しました。)

唐突だが、『食卓の肖像』、沖縄で上映会!

●「海燕社の小さな映画会2016 3月会」『食卓の肖像』(監督:金子サトシ/103分)3月26日(土)14:30〜/沖縄県立博物館美術館講座室/1000円
(問合せ)海燕社 電話098−850−8485
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2016/3/8

『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』  映画

『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』(古居みずえ監督)先行上映会へ。
うわ、ここに出てくる菅野榮子さん、菅野芳子さんという飯舘村の母ちゃんたちはなんてバイタリティがあって、たくましいんだろう。飯舘村から避難生活を続けているのだが、農家だから当たり前だけど自給自足していて、避難所でも植木を育てて、飯舘村にいた頃の「場」を作り出している。
しかも、笑える。映画上映中、観客は絶えず笑っていた。笑えるシーンが満載。全然、違う映画だけど、ある意味、原一男の『全身小説家』のように笑える。笑えるドキュメンタリーって、凄い。
でも、一方で、あまりにこの飯舘村の母ちゃんたちはバイタリティがあるので、原発事故からの避難生活の悲惨さ、切実さが逆に伝わらないところがあるのかも…。こういう比較をするのは失礼かもしれないが、たとえば双葉村の人達の避難生活を追いかけた堀切さとみ監督の『原発の町を追われて』のような切実さは(たくましすぎるので)ちょっと感じられないかも…とふと思う。
古居監督もそう思われたのかは分からないけど、村長や役人の説明会のシーンや、飯舘村民の賠償請求申し立てのシーンを入れたりして、訴えるところも入れているんだけど、でもやっぱり避難生活の日常を描いたシーンのほうがひきつけられてしまうもので、どうも放射能被害を訴えるシーンがうまくかみ合っていないような気がする。
そこが、ちょっと、うーんと思いつつ、見ていったのであるが…、しかし、しかし、なんと言えばいいんだろう。最後まで見ると、なんとも言えない寂寥感が浮かび上がってくるんだね。おそらく、これは飯舘村の母ちゃんたちを、古居監督のほうもじっくり粘り腰で5年間、追いかけた成果なのではないだろうか。そういう寂寥感というのか、空気みたいなものなんだけど、おそらくそれを出すために、そこに至るために、古居監督はこの映画をじっくり撮り続け、撮り上げたのではないだろうか。そういうことが伝わってくる力作でした。
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