2015/1/15

フランスのデモに感じる違和感について  時事問題

フランスのデモ、何百万人も集まったというのは凄いなとは思うんだけど、各国首脳が集まり、各国首脳が先導するデモというのは違和感がある。
そもそもデモというのは、権力がやっていることに対して、これは違うなと異議申し立てをしたいようなことがあった時に、市民の側が意思表示として行うものではないのだろうか。各国首脳が集まって、権力の側が主導して、国歌を歌いながらのデモというのはなんか、違うのではないか。
政府が呼びかけたわけではなく、自発的に、市民が集まって、それが何百万人にも膨れ上がったということなら素直にフランスは凄いなと思えるのだけど、どうも今回は違和感を感じてしまう。
下手すると、権力側に都合がよい方向、たとえばテロとの戦い(戦争)のために団結しようみたいな方向に行かないかという気もしてきてしまう。テロはもちろん言語道断だが、テロとの戦いというのが「戦争」になってしまってももちろんいけないわけで、市民の側としては、テロにも反対だし、「戦争」という形でのテロとの戦いにも反対という立場でなければいけないのではないだろうか?
ということは、テロにはもちろん反対だが、「戦争」という形でのテロとの戦いもいけない、「戦争」という形ではなく平和的なやり方でテロとの戦いをしていかないといけないという理屈になるかと思うのだが、このように書くのは簡単なのだが、実際のところ、それはどうすればいいのかと言うと、難しい問題で、実は僕も明快には答えられないのだけど…。
なので、結局、自分自身の考えがよくまとまらないまま、この文章を書いているわけで、自分でも俺も優柔不断だなあとは思うんだけど、とにかく、これはなんか、ちょっと違うのでは…という違和感をどうも感じるということを書いておきます。
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