2015/9/2

『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』  映画

スコットランドの人気バンド、ベル・アンド・セバスチャンのスチュアート・マードックが初めて監督・脚本で撮った映画『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』が、なんとも自由で、羨ましい出来栄えの映画。ゴダール『はなればなれに』とハル・ハートリー『シンプルメン』へのオマージュとして、この上ない味わいのものだろう。拒食症の少女が音楽で変わって行くひと夏の物語としては、脚本的にはいろいろと穴があり、病気の描写とか、あまりに細部の描写が足りないところがあるのはたしかだが、ミュージカルなので許されるということを効果的に使っていると言える。何よりミュージカルなのだから病気とかを深刻に描いてしまってはミュージカルの軽さが成立しなくなるし、深刻なことを軽く描けることがミュージカルの醍醐味なのだから。ミュージカルシーン自体はたとえば最近の『アニー』に比べると迫力は足りないけど、しかしアメリカ的な楽天性のミュージカルでは別の味わいのものになってしまう。こうしたヌーヴェルヴァーグ風の等身大青春映画の味わいはなくなってしまう。マードックが発想してから10年ぐらいかかって完成した映画らしいのだが(映画本編よりもサントラのアルバムのほうが先に出来たらしい)、10年かかっていながら、最初の撮りたい衝動をそのまま持続させたような、なんとも初々しい映画になっていることがむしろ、この映画のいい要素だろう。もしかすると、これはミュージシャンの人がつくった映画だからかもしれない。歌は、瞬間的な衝動を歌うものが多いけど、実際には一瞬のひらめきだけで歌がつくられるわけではなく、いろいろな手間隙をかけて歌が完成するのだと思うが(映画をつくるほど、手間隙はかからないとしても)、いかに衝動とか一瞬のひらめきとかを持続させて完成体のものに持ち込めばいいのかということは歌をつくる上で重要な要素なのではないかと思う。マードックはそうした歌づくりの手法を映画づくりに持ち込んでいる気がする。しかし、ヌーヴェルヴァーグの映画とは、本来、そういうもの(即興的なー実際には即興で撮られたわけではなかったとしてもー感触で撮られたもの)だったのではなかったのだろうか。
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