2005/8/25

「郵政民営化」と日本のムラ社会  時事問題

これまで何度か、書いてきたように、そもそも「郵政民営化」の法案自体が問題点が多いもので、もっとよく議論して(すでにだいぶ議論をしたと言うけれどもさらに議論を重ねて)詰めたり修正したりしていく必要があるものかと思うので、参議院で急いで採決をとらずに継続審議にしても良かったのではないかと思うのに、強引に衆議院を解散してしまった小泉首相の進め方には疑問を持っているわけだけど、とはいえ、「郵政民営化」反対論の論拠として根強くある、民営化すると外資が入ってきてアメリカの金融機関に郵便貯金と簡易保険のお金が持って行かれてしまうという点にはそれを論拠に反対するべきものなのかどうか、今いち、考えがまとまらないでいる。
大体、実際にアメリカの銀行などの外資が入ってきたとしても、それだけでそっくりそのままお金がウォール街に持って行かれるわけではないし、アメリカ国債に変えるなど、何らかの手続きがいるはずで、もちろんことによったらすでにそうした段取りまで含めて日本政府とアメリカ政府の間で密約が出来ている可能性も全くあり得ないとは思わないけれども(普通だったらそんなことはないだろうと思えるのだけど、日頃の日本政府とアメリカ政府との付き合い方を見ているとたしかにそういうこともあるかもしれないという気はしないわけでもないので)、仮にもし本当にそういう話だったとしても、多くの国民は郵便貯金をおろして他の国内の銀行に乗り換えるという対策はとれるわけだし、もしかしたら財界の大物の大金持ちの人達はそれならそれで他の銀行にお金が貯まるわけだから悪い話ではないとそこまで考えて「郵政民営化」に期待しているのかもしれないが、いずれにしろ、他に銀行や保険会社がないというわけではないので国民の側は何らかの対策は取り得る余地はあるようには思うのだ。
その意味ではむしろ、郵便事業のほうが黒字なのに民営化してサービスを悪くする意味はあまりないように思うので、だから郵便事業は郵政公社のままで、郵便貯金と簡易保険を民営化する形がいいのではないかというのが現時点での僕の基本的な考えになっているのだけど。日本に「郵政民営化」を要求しているというアメリカ自身、郵便事業は国営だというし。
それに、そもそも郵便局が莫大な金融業をやっていること自体がいびつなものではあるわけで、そこに利権があったこともたしかで、郵便局長に世襲制の特権があり自民党の票にも結び付いていたというあり方はやはり健全だとは言えないし、小泉首相がそうした面で改革を行おうとしているのは(仮に小泉首相の真の意図が別のところにあったのだとしても)それはそれで全く否定できるものでもないかとは思うのだ。
ただ「郵政民営化」がうまく行くと、その次には農協の改革が検討されているという話を聞くと、農業というのをアメリカに握られるのだとしたらさすがにやばい気がするので、もうちょっと真剣に考えないといけないのかなという気もしてくるわけではあるが。
しかし、かといって、グローバル化した時代の流れの中でこうした方向性以外にどういう日本経済の進路が現実的にあると言うのだ?と聞かれると、僕も返答に困ってしまうところはある。たしかに、今さら、鎖国をするわけにもいかないのだろうし。
また日本の地方のムラ社会のあり方が変わって行くというのはある程度、時の流れによるものかとは思うし、その意味では小泉首相が進めている方向はたしかに日本のムラ社会のあり方を変えて行く要素を持つものかとは思うのだ。

以前にもちょっと書いたことだけど、こうした政治情勢になった背景には、ロッキード、リクルート事件などが騒がれ、政治資金規制法が改正され、個人の政治家に特定の団体や企業からの献金がされにくくなったことがあるかと思う。届け出をすれば献金は問題はない形になっていて、党単位では献金がされているのであるが。
以前は田中角栄氏のように、個人の政治家に献金がされていた。そうやって自民党の派閥の親分の政治家が金を集めて派閥内で分配していた。ところが、自民党の党単位で献金をする形になったため、派閥の論理が通用しなくなってきて、さらに選挙制度が小選挙区制になったことが特定の団体や企業からの献金が個人の政治家へのものから政党へのものに変わってきたことと結び付き、利権のあり方を変えてきた。そうした状況の中で、小泉氏のような変人首相が出てきて、地方の利権構造や派閥の論理をこえる政治を進めようとしているのではないかと思う。
もちろん政党単位では献金が続いているわけだから利権構造から完全に脱却したとは言えないのかもしれないし、また「郵政民営化」でアメリカ資本が入ってくるのなら、なんのことはない、「利権」の相手がアメリカに変わっただけじゃないかという見方もあるかもしれない。
だとしても小泉首相がしていることが日本社会のあり方を変えようとしていることはたしかなのではないだろうか?

ところで、互助会的なシステムが機能しているという意味では必ずしも利権が横行しているような日本のムラ社会的なあり方は悪いこととばかりは言えないという面はあるのかもしれない。たとえば談合だって、複数の業者が互助会的に仕事をたらい回しにして請け負って利益をあげて行くのに寄与することだってあるのではないかと思う。
しかし、そうした日本社会のあり方は長い目ではやはり変わりつつあるものなのではないかと思う。
そして、このような、時には互助会的なシステムとして良い方向に機能することもないわけではない日本型の社会システムが、悪い方向に作用することもあると思う。
たとえば公害問題で言うならば、公害があったこと自体が地方の共同体の中で隠されてしまうということも起こり得る。たとえばイタイイタイ病がそうで、イタイイタイ病は富山県神通川流域だけではなく、長崎県対馬佐須川・椎根川流域、兵庫県市川流域、石川県梯川流域でも発生していることが報告されているのだが、地方のムラ社会の共同体の中で隠されてしまい、政府も未だに富山県神通川流域以外のイタイイタイ病の発生を認めていない。
こうした事例を考えると、日本のムラ社会的なあり方がいつまでもあっていいものだとは思えないので、変わって行くのは仕方がないものなのではないかとは思うし、そうすると小泉首相が進めている方向性は間違いだとは言えないのかもしれないという気もしてくる。個人的にはアメリカ一辺倒という点は疑問を感じるし、たとえばアメリカ経済が倒れた場合に共倒れになってしまっていいのだろうか?という危険性も感じてはいるのだけれども。
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