2005/11/2

カネミ油症被害者、宿輪敏子さんインタビュー記事  公害・薬害・環境・医療問題

(ニュース)
怪傑!聞き耳ずきん
まだ未解決の今を伝えたい  ー五島市でカネミ油症患者による初のシンポ開催
「カネミ油症五島市の会」事務局担当 宿輪(しゅくわ)敏子さん(44)

 ー68年、日本最大の食品公害カネミ油症事件が起きました。被害を訴える人は約1万4千人。37年を経て、今月9日に五島市で油症患者による初のシンポジウムを開いたそうですが、成果は
 8月に結成した「五島市の会」の最初の仕事は、カネミ問題を広く知ってもらうこと。これまでの裁判や油症被害研究にかかわる弁護士、研究者、支援者を呼び、油症を知る人、知らない人を合わせて150人が集まった。
 シンポでは、長年、油症に苦しむ友人に体験を語ってもらった。「カネミが憎かあ!」と叫んだ彼女の人生は悲惨。でも、「二度と繰り返してはならない」と一歩を踏み出した。彼女の勇気で、カネミの「カ」の字も知らなかった人が問題意識を抱いてくれた。
 ー油症の主因だとわかったダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフランの血中濃度が昨年認定基準に追加されましたが、新たに認定されたのは希望者の15%。被害者は救われる方向なのでしょうか。
 カネミ油を食べたのは小学1年の時。検診を受け、認定された。母が「きれか目じゃったとに……」と嘆くほど目やにが出た。中学、高校時代は頭痛、肩こり、20〜30代は下腹部の激痛。どれも油症患者に多い症状です。
 でも、病院ではいつも「異常なし」。医師に「自律神経の問題」「いったい何を調べたいの」と言われ、病院に頼らず自分で治そうと決めた。指圧や食事療法など様々な方法を試した。カネミ油症は「病気のデパート」といわれる全身病。患者は病院に見放され、わらをもつかむ思いで治療法を探っています。
 ー1900人ほどの認定患者のうち、県内は766人。その9割近くが五島市です。なのに、県内では関心が薄い。運動に難しさは感じませんか
 水俣病やイタイイタイ病などと違い、カネミ油症事件のことは学校でほとんど教えません。ある会合で、厚労省の全国油症治療研究班の研究者が「カネミはもう治っていますからね」と言った。悔しかった。誤った認識が真相解明の道を阻みます。
 油症事件は人類普遍の問題。有害な食品や薬がいつ、どこで、誰の口に入るかは予想できない。ひとごとではないとわかってもらうために実態を語る。
 私は結婚して出産し、家族の理解と協力でこうして声を出せる。でも私が発言することを嫌う人もいるだろう。離島という狭い地域社会。せっかく隠して生きてきたのにと思うかもしれない。難しい問題です。
 ー今後の活動は
 来春、本を出版する準備をしている。被害体験や活動のほか、私がインタビューした被害者の声も載せたい。
 油症患者の中には差別、離婚、自殺という悲しい過去を背負ってきた人が多い。でも「悲惨な歴史だった」だけで終わらせたくない。カネミ問題はまだ解決していない。被害者に勇気と希望を与え、知らない人に興味を持ってもらえる内容にしないといけない。
 水俣病支援者の言葉に励まされます。「少数の勇気ある人が立ち上がったことが始まりだった」。シンポは市民運動のうねりを生む第一歩。闘いのプロローグです。
(聞き手・岡本織生)

 父親で「五島市の会」会長の矢口哲雄さんとともに、仲間を率いる。機会あるごとに「医師や研究者は、通り一遍の検診ではなく、油症患者の症状を丁寧に聞き取ることから始めるべきだ」と訴えている。
 短大卒業後、6年間、小学校教諭生活を経て、今は奈留島で飲食店を経営。一見、油症被害を想像できないほど明るく、前向き。だが、身体は疲労をためやすいという。「家族のマッサージが何よりもありがたい」
(長崎新聞、2005年10月16日)
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