2017/12/8

訃報 丸浜江里子さん  原爆・原発問題

杉並区の原水禁運動の研究者で、市民運動をされていた丸浜江里子さんが7日に亡くなられました。66歳。
「被爆者の声をうけつぐ映画祭」でも、毎年、チラシ配布にご協力いただき、物品販売にも何度か、いらしていました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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2016/2/29

肥田舜太郎先生の2011年3月19日講演会、再アップ  原爆・原発問題

肥田舜太郎先生のドキュメンタリー映画『ヒロシマ、そしてフクシマ』が公開されるので、唐突に再アップします。
肥田舜太郎先生が2011年3月19日に行なった講演会の一部をユーチューブにアップロードしたものです。

大人たちのつくった世界(制作 つーじー、金子サトシ)
http://www.youtube.com/watch?v=SAM6U5C_viA
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2014/3/29

『高島汚染チップ問題』替え歌  原爆・原発問題

『高島汚染チップ問題』(替え歌)
〜ひょっこりひょうたん島の節で〜

http://nonukesiga.exblog.jp/20215364/
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2013/12/30

●「大人たちのつくった世界」アップしました  原爆・原発問題

(2011年4月9日記)
被爆医師、肥田舜太郎氏が2011年3月19日に行なった講演会の一部をユーチューブにアップロードを始めました。

肥田氏は、28歳の時に広島で軍医として自らも被爆しながら、多くの被爆者の医療、救援活動を続けてきました。
世界各国を回って被爆について語り継ぎ、特に内部被曝の問題についても追求されてきました。
現在、94歳ですが、講演や翻訳の活動を続けておられます。

下記がユーチューブの映像のアドレスです。

大人たちのつくった世界(制作 つじ・金子サトシ)
http://www.youtube.com/watch?v=SAM6U5C_viA


よろしくお願いいたします。(2011年4月9日記)

*なお、この映像作品に解説ブログがついていますが、これは僕ではなく、この映像作品を共同制作でつくっている方がやられているものであり、この解説ブログの内容については、僕、kusukusu(金子サトシ)は責任を負うものではありません。
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2012/8/14

「黒い雨」のリスク  原爆・原発問題

先日、放送されたNHKスペシャル『黒い雨 活かされなかった被爆者調査』の内容、起こしが守田さんのブログ「明日に向けて」で早速、されている。とても参考になる。

http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/6529d3ea6f5edcd5becace7cda4452be

このブログ「明日に向けて」の記事のコメント欄に先程、書き込みをしたことなのだが、この番組について、ネット上で、黒い雨の降った範囲が想定よりも広かったのなら、低線量被ばくのリスクはこれまで考えられていたよりも低くなるのではないかという見解があったのだが(つまり、黒い雨による被ばくの分がこれまでの想定よりも足されることになるので)、これはちょっと変な考え方だと思う。
こうした見解が出てくるのは、守田さんの書き起こしにもある、ナレーションの下記の部分を見落としている(聞き落としている)ためでもあるのではないだろうか。

「しかし被曝はそれだけではありません。黒い雨や地上に残された放射性物質による残留放射線です。原爆投下後の1ヶ月あまりの後の測定から、被曝線量は高いところでも10から30mSvと推測されています。」

つまり、黒い雨の被曝線量は「10から30mSv」と推測されているのである。それで、症状があったということなのだとすると、低線量被ばくのリスクがこれまで考えられていたよりも低くなるといった話にはならないのではないだろうか。

なお、黒い雨の被曝線量については、中国新聞で2年前に「黒い雨」について連載があったが、そこには以下のようにある。

被爆65年 「黒い雨」に迫る <3> 新たな証拠
(中国新聞 2010年7月7日朝刊掲載)

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=2010070713110875_ja

>星教授たちは今回のセシウム検出量を基に、黒い雨エリアに沈着した各種放射性物質が発した線量をこう推定する。「原爆投下時から2週間で10〜60ミリグレイ」。
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2012/8/9

どうしても僕が理解できないこと  原爆・原発問題

どうしても僕には理解できないことがあります。

毎週、金曜日に官邸前抗議行動を続けている主催者の方達と野田首相が面談するという話が出て来ていて、それに対して、そうした面談は会ったというアリバイ作りのためのものでしかない、なので会うべきではない、という理由で、首相と会おうとされている官邸前抗議行動の主催者の方達を批判している人達が一部にいるようである。
この考え方が、僕には、理解が出来ない。

だって、野田首相が本気で脱原発を行なうつもりなんかないのに、脱原発を求める抗議行動をしている主催者の人達に、会ったというアリバイ作りのためだけに面談するのであれば、そのことで批判されるのは野田首相のほうではないのだろうか。
本気で脱原発をするつもりもないのに、アリバイ作りのためだけに抗議行動をしている主催者の人達に会うなんて、失礼なことをしているのは野田首相の方ではないのだろうか。脱原発を求めて抗議行動をしている人達に対して、野田首相は失礼ではないかと、野田首相の側を批判するべき話なのではないのだろうか。

なぜ、野田首相に対して、なんて国民に対して失礼なことをされるのだと批判するのではなくて、官邸前抗議行動の主催者の人達の側を批判するんだろうか。僕には、わけが分からない。
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2012/8/7

原爆の日 各紙、読み比べ   原爆・原発問題

*各紙、読み比べをしてみましょう。
 世の中にはいろいろな考え方があることが分かって、とても参考になります。

(以下、産経、毎日、東京より)
原爆の日 広島・長崎を利用するな
産経新聞 大阪特派員・鹿間孝一

「原爆」と「原発」を同一視すべきではない。

広島、長崎の慰霊の日を反原発運動に利用するな。

言いたいことはこれだけだ。あとは付け足しである。

被爆50年など節目の取材を重ねて、5度目の「8月6日」になる。いつもまだ薄暗い午前5時すぎに、広島市の中心部にある平和記念公園へ向かう。園内に幾つもある慰霊碑や供養塔に、もう手を合わせる人がいる。ここで夜明かしする人もいる。年々、車椅子のお年寄りが多くなっている。

やがて昭和20年のあの日もそうだったという青空が広がり、蝉(せみ)の鳴き声が大きくなる。8月6日には不思議と雨の記憶がない。

年は蝉しぐれをかき消すように原爆ドーム前での集会のスピーカーの音声が響いた。「野田は帰れ!」「再稼働やめろ!」…。

平和記念式典に参列した野田佳彦首相の耳にも届いたであろう。毎週金曜夜に首相官邸前から聞こえる「大きな音」だ。
集会のそばにいたのでわからないが、耳慣れておそらく表情ひとつ変えなかったのではないか。

この国では言論、集会の自由が保障されているから、あれこれ言わないが、原爆投下時刻の黙祷(もくとう)の最中にまで叫び続けるのは、犠牲者に対して無礼だとだけ言っておく。

◆余計な置き土産だ

広島に原発を持ち込んだのは菅直人前首相である。記者会見で唐突に「脱原発依存」を宣言し、昨年の平和記念式典のあいさつでは「原発に依存しない社会をめざす」と語った。
参列した歴代首相が原発に触れたのは初めてだった。

政権浮揚を狙ったのだろうが、1カ月後に退陣を余儀なくされる。「原発には詳しいんだ」と自慢していた菅氏はその後、福島第1原発事故の各調査委員会で、表現の差こそあれ事態を混乱、悪化させた張本人と名指しされている。

それにしても、余計な置き土産をしてくれたものだ。今やヒロシマ、ナガサキとフクシマは片仮名で並記され、反(脱)原発運動のシンボルになっている。この流れは加速しつつある。

だから、当たり前のことだが、あえて強調せずにはいられない。核兵器と平和利用の原発はまったく異なると。

◆原爆と原発は違う

連鎖的な核分裂反応の発見は当初、新しい重要なエネルギー源になるかもしれないという期待を持って迎えられた。
しかし、科学者たちは、人類が手にしたことのない強力な爆弾になることに気づく。時はナチス・ドイツが台頭してきた時期で、ナチスに先を越されては、と危機感を抱いたアインシュタインは、ルーズベルト米大統領にマンハッタン計画のきっかけになる手紙を送る。

米国は「戦争の早期終結のため」「本土決戦による日本人の犠牲を防いだ」と言い繕うが、広島、長崎への原爆投下は新型兵器の実験的意味しかなく、許されざる行為である。アインシュタインは晩年、ルーズベルトへの書簡を悔いたという。

だが、いずれ、どこかの国が核兵器を開発したに違いない。超大国の核開発競争が世界を破滅の縁に立たせた冷戦の時代を経て、今も北朝鮮やイランが核保有国となるべく躍起になっている。広島、長崎の惨禍が教訓にならなかったのは悲しい。

一方で、核分裂のエネルギーを制御しながら利用する原子力発電が開発されたのは、ある意味、健全な科学の進歩といえる。

原発が危険を内在していることは否定しない。事故が起きれば甚大にして長期的な被害、影響をもたらすことは、福島を見ればわかる。

◆核兵器廃絶こそ願い

それでも原発を放棄すべきではないと考える。安定的なエネルギー源として今、原発に代わるものはない。

だから野田首相に求めるのは、「再稼働やめろ」や「原発いらない」ではなく、「安全な原発を作れ」である。
現状でリスクは大きくとも、人間の英知でいずれ克服できると信じる。

が、こうした声は、反(脱)原発集会やデモの叫びに、少数派に追いやられている。将来のエネルギー構成に関する意見聴取会も「原発0%」が多数を占めている。

電力会社の社員という理由で、原発を支持する意見は排除された。そして、恣意(しい)的にヒロシマ・ナガサキ・フクシマが利用される。

広島市の松井一実市長は平和宣言に3人の被爆体験を盛り込んで「私たちは、そのつらさ、悲しさ、苦しみとともに、その切なる願いを世界に伝えたいのです」と述べた。被爆の地が訴えるのは核兵器廃絶に尽きる。

しかし、67年がたって被爆体験を伝える人は少なくなった。遺族も高齢化している。「慰霊の日」の変質を危惧する。

だからこそもう一度、声を大にする。原爆と原発を一緒にするな。


記者の目:「黒い雨」被害者切り捨て=加藤小夜
(毎日新聞 2012年08月07日)

 ◇国は核被害の実相を見よ

 米軍による広島への原爆投下から67年の今夏、「被爆者」と認められるはずの「黒い雨」被害者は切り捨てられた。厚生労働省の有識者検討会は7月、あまたある証言を無視して黒い雨の援護対象区域拡大を否定し、政府もそれを追認した。爆心地から幾重も山を越えた集落を訪ね歩き、原爆の影を背負って生きる人々の話に耳を傾けながら、私は何度、広島の方角の空を見上げただろう。核被害の実相に向き合わない政府に「被爆国」を名乗ってほしくない。

 「うそを言うとるんじゃない。事実はあるんじゃから」。1945年8月6日、広島の爆心地から約15キロ西の祖父母宅近くで、女性(76)は黒い雨を浴びた。神社で遊んでいると「痛いぐらい」の大雨が降り、その後、毎朝のように目やにが止まらなくなり、爪はぼろぼろに。30代半ばで甲状腺の病気を患い入院、白内障の手術も3回受けた。

 山あいの集落で聞いた住民たちの情景説明は生々しかった。爆風で飛んできた商店の伝票。シャツや帽子についた雨の黒いシミ。雨にぬれた乳飲み子の頭を拭いて着替えさせたこと。女性の祖父は、しば刈りの作業中に雨に遭った。鎌が滑って切れた手から血が流れた。祖父は「普通の雨じゃない。油のようだった」と話したという。証言は細部まで具体的で偽りは感じなかった。取材した後、女性から「記事にしてほしくない」と切り出された。30年近く前、幼くして白血病で命を落とした孫のことが頭に引っかかっているからだった。孫の入院先から「原爆に遭うてない?」と長女が電話をしてきた時「遭うてないよ」と答えた。孫の病気は自分が黒い雨に遭ったせいなのか。親族からそう思われるのではと考えると気持ちが今も揺らぐ。匿名を条件に話を聞きながら原爆が心身に刻んだ傷の深さを思った。

◇ 科学的な立証を求める理不尽さ

 国の被爆者援護の歴史は被爆から12年後の原爆医療法施行に始まり、地域の拡大や手当の創設・拡充が順次実施された。黒い雨を巡っては1976年、広島の爆心地付近から北西に長さ19キロ、幅11キロの楕円(だえん)状の地域が援護対象区域に指定された。区域内にいた人は無料で健康診断が受けられ、特定の病気が見つかれば被爆者健康手帳が交付される。しかし、厚相(当時)の私的諮問機関「原爆被爆者対策基本問題懇談会」は80年の意見書で、新たな被爆地域の指定には「科学的・合理的な根拠がある場合に限る」とした。この後、地域の拡大は一度もない。時間の経過に加え、そもそも被害者側に科学的立証を求めるのは無理がある。

 広島市などは08年、被爆者の高齢化を受けて「最後の機会」と位置づけた大規模なアンケートを実施した。その結果から援護対象区域の6倍の広さで黒い雨が降ったと主張し、10年、区域拡大を政府に要望した。これを受け同年末から厚労省の有識者検討会が始まった。全9回の会合をほぼ毎回取材したが、審議は「結論ありき」としか思えなかった。ある委員は、放射線の影響を認めることは「疫学的な誤診」と発言し、「学術的に厳密な判断を求めないと、とんでもない病気をつくってしまう」とまで言った。私には認めない理屈をあえて付けようとしているとしか見えなかった。「現地を訪れて体験者の声を聞いてほしい」という地元の訴えも黙殺された。

◇背を向けたまま被爆国名乗るな

 援護対象区域拡大を訴えてきた「広島県『黒い雨』原爆被害者の会連絡協議会」は今夏、54人分の証言集「黒い雨 内部被曝(ひばく)の告発」を刊行した。がんなど病気の苦しみとともに「死ぬのを待ちよるのか」など国への憤りがつづられている。証言を寄せた森園カズ子さん(74)=広島市安佐北区=は甲状腺の病気を長年患い、だるさとも闘う。「私らみたいなのは置き去りですよね……」。私は返す言葉がなかった。

 被爆者健康手帳の所持者は今年3月末現在、全国で21万830人いるが、手帳を取れない「被爆者」の存在を忘れてはならない。援護区域の外側で黒い雨に遭った人だけではない。焦土で家族や知人を捜したり、郊外で負傷者の救護活動に携わった人も、放射線を浴びた。その事実を証明できないなどの理由で、申請を却下された人は多い。

 隠された「被爆者」の存在に触れると今も残る原爆被害が身に迫り、被害を救おうとしない「被爆国」に悲しさを感じる。福島第1原発事故後も、国は核被害の原点である被爆地の現実に背を向けたままだ。「切り捨て」の歴史に終止符を打つためにも、私は真実を語る「被爆者」の側から告発を続けたい。(広島支局)


原爆忌に考える ヒロシマに耳澄まし

 原爆忌。未来への希望をうたう平和宣言に、ことしも「脱原発」の言葉はないようです。もっとヒロシマを語ってほしい。私たちは耳を澄ましています。

 3・11。言葉は瞬時に凍り付き、閉ざされた記憶が一気に溶けだしました。過去、現在、そして未来が重なり合ったとき、そこに何が見えたのでしょう。

 広島市安佐南区、広島共立病院名誉院長の丸屋博さん(87)は、御庄博実(みしょうひろみ)の筆名を持つ詩人です。岡山医大を結核で休学中に詩作を始め、「原爆詩集」で知られる峠三吉とサークル誌を編んだこともありました。

◆黒い津波はすさまじく

 六十七年前のあの日、丸屋さんは、旧制広島高校から進んだばかりの医大を空襲で焼かれ、ふるさとの山口県岩国市に帰省中でした。陸軍燃料廠(しょう)で働く妹に、広島が壊滅したと聞かされ、旧友や幼なじみの安否を気遣い、丸屋さんが旧国鉄山陽線に飛び乗ったのは、原爆投下の二日後でした。

 広島までは電車で入れず、一つ手前の己斐駅(今の西広島駅)で降ろされました。建物はすっかりなぎ払われて、遠く瀬戸内海に浮かぶ似島が見渡せました。

 熱で曲がった路面電車の線路を伝い、異臭の中を一日歩き回っても、友人、知人を見つけることはかないませんでした。

 夕暮れて、駅へ戻ると、足もとからか細いうめき声が聞こえてきます。あおむけに横たわる半裸の若い男性の胸のあたりに、小さな穴が開いていました。血の混じったあぶくと一緒にハエが一匹、そこを出入りしているのが見えました。その時に目にしたすべてのものが、廃虚と化した東北のまちに重なりました。残留放射能の見えない渦をかき分けて、親しい人を捜し歩いた長い一日の記憶が、です。

 黒い潮の土煙のすさまじさに/広島の記憶が重なった/僕はテレビの画面で凍った(黒い津波)

 愛用のパソコンに向かって言葉を絞り出すまでに、数日間の葛藤がありました。

 内科医の丸屋さんは、被爆者の健康を見守り続けてきた人です。放射線の遺伝的影響に関する論文も書きました。そして、自らも被爆者として、次々に発症するがんと闘い続けています。

 「原爆も原発も同じこと。人間には制御できないもの。子どもたちの未来を奪うもの」だと痛感しています。

◆歩かされた長い道

 丸屋さんはことし六月、石川逸子さんと共著の詩文集「哀悼と怒り」(西田書店)を上梓(じょうし)しました。

 何に対する怒りでしょうか。丸屋さんにも分かりません。

 無慈悲な自然、暴走する科学、事故を起こした電力会社や機能不全の官僚機構、無責任な政府だけではないでしょう。目先の豊かさを追い求め、哀(かな)しい過ちを繰り返す、人間そのものへの怒りなのかもしれません。

 この道も何年か歩いてきた/いや 歩かされてきた 道/行く先には果てしなく広がる/プルサーマルという沃野(よくや)があるという/夢のエネルギー政策という呪文(青い光、詩集「原郷」より)

 原爆忌の式典で広島市長が読み上げる「平和宣言」は、昨年も格調高い名文でした。ところが、原発事故にはもう一歩、踏み込むことができません。

 つい先月まで、ことしは「脱原発」に触れると言いながら、やっぱり「安全なエネルギー政策の方針を一刻も早く確立するよう政府に求める」程度にとどめることになりそうです。平和宣言だからでしょうか。でも平和とは、戦争がないということだけではないはずです。

 広島平和記念資料館には、原発や原発事故に関する展示がありません。ボランティアガイドを務める橘光生さん(71)は「ここに答えはありません」と考えます。

 橘さんは「唯一の被爆国日本に五十基もの原発があることは、海外の目には奇異に映るでしょう」と来館者に語っています。

 しかし結局、悲しみも怒りも感動も、人それぞれのものだから。誰かに教えられるものではなく、見て、聞いて、感じて、考えて、自分で見いだすものだから。

◆核の怖さを知るまちに

 ならばなおさら、核の怖さを知り尽くしたヒロシマの言葉と声を、もっとたくさん聞かせてほしい。ヒロシマの怒りやナガサキの祈りにもっと近づきたい。フクシマにも届けたい。

 8・6。平和宣言に耳を澄まして、今はまだ言葉にならない何かを感じ、何かを始められるよう、ヒロシマに心を傾けます。
(東京新聞 2012年8月6日)


(以下は参考まで、読売の昨年の社説)
エネルギー政策 展望なき「脱原発」と決別を

◆再稼働で電力不足の解消急げ◆

 電力をはじめとしたエネルギーの安定供給は、豊かな国民生活の維持に不可欠である。
 ところが、福島第一原子力発電所の事故に伴い定期検査で停止した原発の運転再開にメドが立たず、電力不足が長期化している。
 野田首相は、電力を「経済の血液」と位置づけ、安全が確認された原発を再稼働する方針を示している。唐突に「脱原発依存」を掲げた菅前首相とは一線を画す、現実的な対応は評価できる。
 首相は将来も原発を活用し続けるかどうか、考えを明らかにしていない。この際、前首相の安易な「脱原発」に決別すべきだ。

 ◆節電だけでは足りない◆

 東京電力と東北電力の管内で実施してきた15%の電力制限は、今週中にすべて解除される。
 企業や家庭の節電努力で夏の電力危機をひとまず乗り切ったが、先行きは綱渡りだ。
 全国54基の原発で動いているのは11基だ。再稼働できないと運転中の原発は年末には6基に減る。来春にはゼロになり、震災前の全発電量の3割が失われる。
 そうなれば、電力不足の割合は来年夏に全国平均で9%、原発依存の高い関西電力管内では19%にも達する。今年より厳しい電力制限の実施が不可避だろう。
 原発がなくなっても、節電さえすれば生活や産業に大きな影響はない、と考えるのは間違いだ。
 不足分を火力発電で補うために必要な燃料費は3兆円を超え、料金に転嫁すると家庭で約2割、産業では4割近く値上がりするとの試算もある。震災と超円高に苦しむ産業界には大打撃となろう。
 菅政権が再稼働の条件に導入したストレステスト(耐性検査)を着実に実施し、原発の運転再開を実現することが欠かせない。
 電力各社が行ったテスト結果を評価する原子力安全・保安院と、それを確認する原子力安全委員会の責任は重い。
 運転再開への最大の難関は、地元自治体の理解を得ることだ。原発の安全について国が責任を持ち、首相自ら説得にあたるなど、誠意ある対応が求められる。
 野田首相は就任記者会見で、原発新設を「現実的に困難」とし、寿命がきた原子炉は廃炉にすると述べた。これについて鉢呂経済産業相は、報道各社のインタビューで、将来は基本的に「原発ゼロ」になるとの見通しを示した。

 ◆「新設断念」は早過ぎる◆

 代替電源を確保する展望があるわけではないのに、原発新設の可能性を全否定するかのような見解を示すのは早すぎる。
 首相は脱原発を示唆する一方、新興国などに原発の輸出を続け、原子力技術を蓄積する必要性を強調している。だが、原発の建設をやめた国から、原発を輸入する国があるとは思えない。
 政府は現行の「エネルギー基本計画」を見直し、将来の原発依存度を引き下げる方向だ。首相は、原発が減る分の電力を、太陽光など自然エネルギーと節電でまかなう考えを示している。
 国内自給できる自然エネルギーの拡大は望ましいが、水力を除けば全発電量の1%に過ぎない。現状では発電コストも高い。過大に期待するのは禁物である。
 原子力と火力を含むエネルギーのベストな組み合わせについて、現状を踏まえた論議が重要だ。
 日本が脱原発に向かうとすれば、原子力技術の衰退は避けられない。蓄積した高い技術と原発事故の教訓を、より安全な原子炉の開発などに活用していくことこそ、日本の責務と言えよう。

 ◆原子力技術の衰退防げ◆

 高性能で安全な原発を今後も新設していく、という選択肢を排除すべきではない。
 中国やインドなど新興国は原発の大幅な増設を計画している。日本が原発を輸出し、安全操業の技術も供与することは、原発事故のリスク低減に役立つはずだ。
 日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。
 首相は感情的な「脱原発」ムードに流されず、原子力をめぐる世界情勢を冷静に分析して、エネルギー政策を推進すべきだ。
(2011年9月7日 読売新聞)


*この読売の社説、
「日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。」
っていうところは、さりげなく凄いことを言っているのではないかと思うのですが、
「原爆と原発を一緒にするな。」
と主張する産経新聞の記者さんからすると、こういう読売の方の、平和利用が「潜在的な核抑止力として機能している」という考え方も、アウトってことにはならないんでしょうかね・・。
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2012/7/28

昨日(27日)の官邸前抗議行動の感想  原爆・原発問題

昨日の官邸前抗議行動の感想です。
メインの集会を見たかったのですが、昨日もいつものように、大勢の人が集まっていて、とても集会をやっている広場までは行けず、いつもの通り、歩道で足止めされ、「再稼動反対」と時間いっぱい叫び続けるだけでした。
いつもの主催団体が昨日(27日)は中止にしたとか、主催団体が違うとか、関係なかったようです。
もしかしたら、ここに集まっている多くの人達は、そうした経緯も知らず、毎週、金曜日に官邸前抗議行動をやっているとテレビなどで見て、集まってきているのかもしれません。一昨日もNHK、クローズアップ現代で放映していたし。
これだけ大勢の人達が集まって来ていたということは、結果的には、中止にしなくて良かったのではないでしょうか。これで何もしていなかったら、かえって混乱していたかもしれません。
いつもの主催団体が27日は中止と言っていたのにもかかわらず、これだけ大勢の人達が集まってきていたということは、逆に、この官邸前抗議行動に集まっている人達は組織的な動員によって集まって来ているのではなく、個人個人が、毎週、金曜日に官邸前抗議行動というのをやっているらしいと聞き付けて集まって来ているのだということを証明していると言えるのかもしれません。
この官邸前行動が浸透していっていることは間違いありません。
これでは、8月以降も、主催はどこでも、とにかく毎週金曜日に続けなければならないのではないでしょうか。
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2012/7/24

27日(金)の官邸前行動  原爆・原発問題

今週の27日(金)の官邸前行動はいつもの主催者の人達は、29日の国会包囲デモに集中するとのことで、27日はやらないとのことでした。
しかし、ふくしま集団疎開裁判の人達は独自に、27日、官邸前行動を行なうようですね。

http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/07/blog-post_23.html?spref=tw

もちろん、運動するのに版権とか別にないと思いますので、それぞれの方がそれぞれのやり方でやるのでいいのではないかと僕は思います。

なお、運動に版権はないと思いますが、7・16集会であるミュージシャンの方が歌っていた下記の一節は、皆様に考えてほしいと思いますね。

「細かな意見の違いでばらばらになってはダメ。長い長い戦いだから…」
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2012/7/13

20万人が参加した「週末官邸デモ」仕掛け人Misao RedWolfの素顔(女性自身)  原爆・原発問題

*下記の記事は、妙に新鮮な記事。
Misao RedWolfさん、最近、お名前はよくネット上で見るのだが、全然、知らない方なのですが、思わず親近感を抱いちゃいますね。
さすが女性自身。

(以下、ニュース)
20万人が参加した「週末官邸デモ」仕掛け人Misao RedWolfの素顔

女性自身 7月13日(金)7時45分配信

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120713-00000304-jisin-soci

7月6日午後7時、雨が降りしきるなか、総理官邸前で大飯原発3号機の停止を訴える市民数万人の、大シュプレヒコールが響きわたる。3月29日から毎週金曜日に、総理官邸前で行われている大飯原発再稼働に反対する抗議行動。当初は300人程度だった参加者が、回を追うごとに膨れ上がり、6月22日には4万5千人、6月29日には、20万人(いずれも主催者発表)が全国から集結。坂本龍一といった著名人も多く駆けつけるなど、今や社会現象となるほど盛り上がっている。

ネットやツイッターなどで、この抗議行動への参加を市民に呼びかけているのは、『首都圏反原発連合』というネットワーク。その中心メンバーとして、連日汗だくで奔走している女性の姿があった。Misao Redwolfさん。”赤い狼”という名前からイメージする印象とはまるで別人の彼女。穏やかな口調で、自身の経歴から反原発活動に対する強い思いを本誌に語ってくれた。

「18歳のとき、絵の学校に行くために広島から上京しました。そのころからアクセサリーなどを作り始め、チェッカーズや小泉今日子さんの衣装のアクセサリーを作る仕事などもやっていました。20代半ばでニューヨークに渡り、現地ではダンサーとして生活。イタリア、イギリスに1年間暮らしたことも」

その後、再びニューヨークに戻った彼女は、30歳手前で帰国。今度はイラストレーターとなり、東京を拠点に主にファッション関係の仕事で活躍する。そして数年後、彼女の運命の転機が訪れる。

「'07年ごろ、知人から反原発の集会とデモの実行委員会に誘われて入ったんです。でも、チラシが手書きだったり、運営のやり方も古くて、これではとても若い人たちの注意を引くことはできない。そう思って、いろんな企画を打ち出しました。それで気がついたら、中心的人物の一人になっていた(笑)。これが今の反原発活動を始めるきっかけです」

それ以来、彼女の生活の中心はイラストレーターから反原発活動へと徐々に移行。そして今では、20万人の市民を集める、ネットワークの中心メンバーに。

「この抗議行動は市民が主体です。これ以上、子供たちに不安を与えたくない。危機感を覚えた女性が大勢参加されています。一人ひとりが集まれる器を提供していきたい」

そして彼女自身も、強い信念と覚悟を持っている。

「原発全廃、そして核廃棄物処理の問題解決までには、5年、10年では無理だと思っているので、私は自分の余生を捧げることを決めています」

7月29日には、『国会大包囲』と銘打った大規模なデモ行進と国会議事堂をキャンドルで囲むアクションを主催するという(日比谷公園中幸門を16時30分スタート)。”赤い狼”の闘いは、原発全_廃まで続く!
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2012/7/13

「Shall We Go! 首相官邸&関西電力本社前へ行こう!」サイトの紹介  原爆・原発問題

*下記のサイトはデモの手引き、よくまとまっています。とても参考になります。

Shall We Go! 首相官邸&関西電力本社前へ行こう!
http://demoiko.blog.fc2.com/
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2012/7/9

7月9日、WAPA主催イベントのお知らせ(終了)  原爆・原発問題

(下記のイベントは終了しました。)

7月6日(金)、官邸前デモに参加しました。人が多くて動けず、全体がどうなっているのか、よく分かりませんでしたが・・。
でも、その官邸前デモの際、アーティストの村田訓吉さんと御会いし、お話しました。
村田さんが関わる下記の映画の上映会が9日(月)にあるそうです。

「Hibakusha〜広島から福島へ続く原子力ビジネス〜」
(出演:小出裕章、肥田舜太郎ほか。製作総指揮:増山麗奈。ナレーション藤波心。
ラルフ・T・ニーメイヤー監督)

僕自身はこの日は行けないのですが、お知らせしておきます。もし関心がある方がいたら、どうぞ。

○WAPA主催イベントのお知らせ
【日時】7月9日15時〜17時半
【場所】衆議院第二議員会館第三会議室
【出演予定】
ドロテー・メンツナー(ドイツ連邦議員/左翼党エネルギー政策担当)
ラルフ・ニーメイヤー(映画「Hibakusha〜広島から福島へ続く原子力ビジネス〜」監督)
村田訓吉(アーティスト/WAPA共同代表)
増山麗奈(画家/WAPA共同代表/「Hibakusha 日本版」製作総指揮)
志葉玲(ジャーナリスト)
【資料代】500円(+カンパ歓迎)
【主催】WAPA(World Anti-nuclear Peace Action)/Hibakusha project
【お問い合わせ先】
070-5540-2910(村田)、 info●renaart.com(増山麗奈)

【イベント概要】

大飯原発の再稼働と、それに反対する人々による大規模なデモが連日行われるという状況を受け、日本の脱原発運動を応援し、情報交換するために、ドイツ連邦議員のドロテー・メンツナー氏と映画「Hibakusha〜広島から福島へ続く原子力ビジネス〜」監督のラルフ・ニーメイヤー氏が緊急来日。ドイツと日本の脱原発の道筋について語りあいます。合わせて、「Hibakusha 日本版」も上映。

☆「Hibakusha 日本版」予告動画 http://youtu.be/i2lPZOZ8I-4
出演:小出裕章、肥田舜太郎、山本太郎ほか
ナレーション:藤波心
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2012/7/4

朝日新聞、社説の論調が変わったか?  原爆・原発問題

今日の朝日新聞の社説。
論調が変わったか?

反原発デモ―音ではなく、声をきけ
http://www.asahi.com/20120704/pages/shasetsu.html

反原発デモ―音ではなく、声をきけ

 関西電力・大飯原発の再稼働に、多くの人々が首相官邸前や原発周辺などに集まって反対の声を上げた。

 官邸前のデモについて野田首相は、「大きな音がしますね」と漏らしたという。

 賛否が分かれる問題では、どちらを選んでも反対の声は上がる。いちいち耳を傾けていたら物事を決めたり、進めたりできない。人々の声を音と表現する背景に、そうした意識があるなら、思い直してもらいたい。

 党派に属さず、これまでデモや集会に参加したこともない。参加者にはそんな普通の生活者が多い。幅広い層が瞬時に呼応して集まり、ゆるやかにつながる。米国や中東でも見られたネット時代ならではの現象だ。

 思いは真剣だ。2歳の子を抱いて福井県おおい町の反対行動に加わった滋賀県の女性(43)は「いてもたってもいられずに来ました」と話した。

 日本ではなりを潜めていた大規模デモや集会が、福島第一原発の事故後に相次いでいる。それは、選挙を通じた間接民主主義が民意をきちんとくみとれない現実を映し出してもいる。

 「誰だって機動隊と向き合いたくなんかありません」と、官邸とおおい両方に行った大学生の女性(19)。「関西電力や首相と直接話す機会があれば、みんなそちらを選びます」

 大阪市と東京都の議会は、原発の是非を問う住民投票の条例案をあっさり否決した。永田町では2大政党がともに再稼働を支える側にいる。そんななか、多くの人々が自分たちの意見が行き場を失わないよう、街頭に集まり、声をあげている。ルールを守れば、デモも集会も民主主義への大事な参加方式だ。

 それを、政治家や省庁が相変わらず「反対のための反対」としか見ないなら、政治や行政への不信は増幅されるだろう。

 原子力政策で国民的論議をめざす野田政権にとって、「音」ではすまない動きが今、目の前で起きている。むしろこの動きを、既存の政治回路ではとらえ切れない声を直接聴く仕組みづくりにつなげるべきである。

 反原発の側も、その動きを実際の政策の変化につなげる試みを強めてはどうだろう。

 「原発停止で電気料金があがっても、これくらいなら受け入れる」「節電をもっと進めるから、リスクの高い原発から廃炉に」といった話を、地域や集会などでもっと積み重ねる。その成果を束ねて、政府や電力会社に異論の声を届ける。

 そうしてこそ、声は、政策への影響力を高められる。
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2012/6/29

本日の官邸前「紫陽花革命」ライブ中継のお知らせ、大飯原発の件  原爆・原発問題

(1)下記の通り、本日の官邸前アクション(「紫陽花革命」とも呼ばれています)、インターネットで中継されます。

◆6月29日19時〜官邸前アクション空撮ライブ◆

 広瀬隆さんの呼びかけによって、明日、6月29日(金)夕方から夜にかけて行われる官邸前での再稼働撤回アクションを空から中継します。官邸上空にヘリが滞在するのは、18時10分〜30分、
19時10分〜40分の2回。航空法の関係で、疑似ライブとなりますが配信時間は19時頃からとなる見込みです。官邸まで来れない方にぜひお知らせください!

◎OurPlanetTV
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1379
◎Ustream(上記でアクセスが殺到した場合)
http://ow.ly/bStd1

■1回目配信:19:00頃〜19:40
リポート:山本太郎(俳優)
配信:OurPlanetTV/IWJ
■2回目配信:21:00頃〜21:40頃
リポート:野田雅也(フォトジャーナリスト)
配信:IWJ

☆カンパ募集を募集しています!☆
◎官邸上空ヘリ空撮プロジェクトの寄付先
城南信用金庫営業部本店  普通預金口座 ──822068
◎OurPlanetTVへの寄付
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/92

(2)大飯原発の件
「(社民党の)福島みずほ党首は27日(水)、大飯原発直下に存在する可能性がある破砕帯の調査を行いました。
当日は、服部良一議員、橋本勉議員・三宅雪子議員(民主)、平山誠議員(大地)ら超党派の議員5人の国会議員と変動地形学の渡辺満久教授とで大飯原発に入りました。」

http://park3.wakwak.com/~sdp.hokkaido/cgi-bin/news/diary.cgi?no=151
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2012/6/19

調布市議会のすばやい行動に拍手!  原爆・原発問題

*昨日、六ヶ所村の再処理工場が3年半ぶりの試験運転を再開というニュースが流れましたが、これに対抗する動きとして、本日、東京都調布市議会では以下の総理大臣、経産大臣、環境大臣、外務大臣に宛てた意見書を採択したとのこと。

すばやい行動で、素晴らしい。


「六ヶ所再処理工場でのこれ以上のプルトニウムの分離中止を求める意見書

世界では、核廃絶、核拡散防止、テロリストによる使用防止などのために、核兵器利用可能物質であるプルトニウムの処分計画を進めるとともに、管理を強化し、これ以上の製造を防ぐことが最重要課題の一つとして議論されている。六ヶ所再処理工場は原発の使用済み燃料からこのプルトニウムを取り出すために計画されたものであるが、いま運転を開始しようとしている核燃料再処理工場は世界中でもこの六ヶ所工場だけである。

原発の使用済み燃料を試験的に再処理して出てきた危険な高レベル廃液のガラス固化計画が難航しているために竣工が延期となっているが、年間8トンものプルトニウム(長崎型原爆1000発分以上)を取り出す予定のこの工場は、運転開始となれば、非核保有国として初めての商業規模のものとなる。

昨年3.11の地震・津波によってもたらされた福島第一原子力発電所の事故の後、日本の原子力政策は再検討されている。日本が原子力の将来を決定していない中で再処理計画を進めるとの決定を行えば、核廃絶を目指す日本の政策に世界から疑問の声が集中することになるだろう。

プルトニウムを利用しながら増やすという「夢の」高速増殖炉計画はもんじゅの事故などで頓挫した。その後出されたプルサーマル計画(プルトニウムを普通の原発で消費するもの)は、溜まってしまったプルトニウムをなんとか消費しようというものだったが、この計画もデータ捏造や原発トラブル隠し、事故などの影響で進んでいない。福島原発では3号機でこのプルサーマルが実行されていたために事故を複雑なものにしてしまった。そもそもプルサーマルは普通のウラン燃料を使った原子炉の運転より技術的に難しい上にコストが高くなるので、原発推進国の多くが再処理をしないで使用済み燃料をそのまま地層処分することに決めている事実がプルトニウム利用の非経済性を物語っている。

プルトニウムの利用ができないまま再処理だけが進んだ結果、日本は2010年末現在、合計約45トン(長崎型5500発分以上)ものプルトニウムをヨーロッパと国内に保有している。利用のめども立たない状態でさらにプルトニウムを取り出す計画を進めれば、不必要に核拡散やテロリストによる使用の危険を増大させるものとの国際的批判は免れない。

以上の理由から、すでに分離してしまったプルトニウムの何らかの形の処分計画が大幅に進展するか、あるいはプルトニウム利用の合理性について国内外での合意が形成されるまでは、六ヶ所再処理工場でのプルトニウムの分離計画を中止するよう求める。

以上、地方自治法99条の規定に基づき意見書を提出する。      
平成24年6月19日       
調布市議会議長 伊藤 学
提出先 内閣総理大臣、経済産業省大臣、環境省大臣、外務省大臣」
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