2017/6/22

『20センチュリー・ウーマン』  映画

アルトマンともアルノー・デプレシャンともヤスミン・アフマドとも異なる、マイク・ミルズ監督による、ユニークな群像ものの映画の達成。
こういう達成は映画で見た記憶があまりない。小説ならあったかもしれない。でもこの映画はまぎれもなく原作がないオリジナルの映画であり、映画として達成していることはたしか。
物語というより、日常をただ描写しているだけなのに(とりわけ何かが起こるわけではないのに)物語が成立しているという感覚は、マイク・ミルズのパートナーである、ミランダ・ジュライの映画の影響はあるのかもしれないが、さらに、この『20センチュリー・ウーマン』という作品を成立させているのは、ある種の美術というのか、時代考証、カスター大統領の演説やボウイの映画『地球に落ちてきた男』、レインコーツやトーキング・ヘッズの音楽、様々なフェミニスト本などの引用のたしかさにもよるというか、こうした引用が深く登場する女性たちの複雑なキャラクター造型に結びついていて、考えてみるとあり得ないような設定をリアルにあり得るものとして浮かび上がらせている、たしかにこういう女性像は成立する(存在する)と実感させてくれるという魔法のような作品。
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2017/5/26

『メッセージ』  映画

これは見事な映像化。原作では中国は悪者ではなかったのに映画では中国が悪者みたいになっているといった変更点は一部、あるものの、あの難しい原作をきちんと映像にして、原作のスピリッツをきちんと伝えていて、感嘆しました。

しかし、この話の構造って、考えてみたら、テレビの2時間サスペンスドラマとかでもよくある、刑事がある事件を追っていて、その刑事の家庭にも事件と重なる事情があるというパターンの延長で、女性言語学者がエイリアンの言語を解読しているのだがその言語学者自身にも家庭の事情があるという構造なのだが、このようにテレビの2時間ドラマでもよくある構造のものなのに、他の誰も考えたことがないようなSFのアイデアで、まったく見たことも聞いたこともないような話になってしまっていて、こんなストーリーを考えつく作家は本当に凄いなと思う。

(もともと好きな原作小説なので、きちんと映画化してくれてほっとしたという感じで、評価が甘くなっているところはあるかも。)
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2017/5/1

『食卓の肖像』HP、レイアウト変えました  映画

Jindoの機能に変更があったのか、映画『食卓の肖像』のホームページ、表示の一部がなくなっていた。表示を戻し、せっかくなので、下記のレイアウトに変えてみました。

https://www.shokutaku-movie.net/
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2017/5/1

『たかが世界の終わり』  映画

グザヴィエ・ドランが天才であることは認めるし、何よりも素晴らしいと思うのは、ドランが人間の不完全さ、欠点なども含めて丸ごと、人間を描こうとする映画作家であること。ドランでなければ味わえない人間に対するめざしがたしかにこの映画にはある。
ただドランが映画の天才であるのかは実はよく分からない。ドランが描く圧倒的な孤独と愛の世界は映画でなければ描けないことなのだろうか、小説や歌や演劇でももしかしたらもっと深く描けるのではないかという気がどうしてもしてしまうので。この表現世界が映画でなければいけない理由はあるのだろうか。
そうは思うのだが、独自の世界を提示できる稀有な才能ではある。
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2017/4/27

『PARKS パークス』  映画

瀬田なつき監督の映画を見ると、ヴェンダースやジャームッシュを初めて見た時のあの感覚、つまりは『パリ、テキサス』以前のヴェンダースの諸作や『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を初めて見た時、「ああ、映画っていうのはこういう表現の仕方もありなのか!こういうのが映画っていうものなのか!」と驚いたあの感覚がよみがえってくる。それは端的に言うと、ストーリーそのものより、「人生」「日常」と「映画」との関係性を具体的な反復する映像そのもので浮かび上がらせていく感覚というのか、ストーリーの辻褄とかをこえて、そんな風に映画そのものを立ち上げることが出来るんだという驚きというのか、瀬田なつき監督の『PARKS パークス』は、ある意味で瀬田監督の『彼方からの手紙』をよみがえらせた反復の往復運動そのものとも言えるが、こんな風に吉祥寺の井の頭公園100年記念映画としてあの『彼方からの手紙』がよみがえること自体が驚きだ。『彼方からの手紙』がどこか、「彼方」へ行って帰って来ました・・というストーリー(?)だったように、『PARKS パークス』もどこかへ行って帰ってくるという話なのだけど、それが何処だったのか、またいつ、どのように帰ってきたのか、最後まで謎のままだ。しかし、謎のままだからこそ、往復運動そのものがより純粋に浮かび上がり、瀬田なつきワールドがますます進化し完成されてきているのだ。素晴らしい。
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2017/4/21

『心が叫びたがってるんだ。』  映画

DVDで『心が叫びたがってるんだ。』いやあ、あまりの素晴らしさに不覚にも涙。失語症の少女がミュージカルをやることで言葉を回復していく。脚本の岡田磨里氏は自らも登校拒否、引きこもりだったとのことで、そうした自らの体験をベースにしていると聞いて、もっとリアルな作品かと思っていたのだが、リアルというよりリアルな今時の若者たちの感覚をベースにしつつも見事な青春ファンタジーとでも言うべき作品になっていると思う。こういう感じでの作品の達成というのは感心してしまう。展開に御都合主義のところがあるかもしれないが、なんといってもミュージカルの話なのだからそこを突っ込むほうが野暮だろう。だってこれは青春ミュージカルなのだから。
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2017/4/20

『バースデーカード』  映画

『バースデーカード』をDVDで鑑賞。こないだ、この映画のプロデューサーの方の話を聞いたので。ウェルメイドによく出来ている。昨年秋公開で、同時期に『聖の青春』『ボクの妻と結婚してください。』『湯を沸かすほどの熱い愛』など、難病ものが並び、この作品もそうした一本としてかすんでしまったのかもしれないが(特に、強烈な『湯を沸かすほどの熱い愛』に比べると地味な印象かも)、難病ものでも、クイズとか、子どもに手紙を残すとか、病気と闘うこと自体とは違うところに話の軸足を置くことで、さわやかな作品に仕上がっている。ひとつひとつのエピソードを丁寧に撮りすぎていて、2時間をこえるのはやや長すぎる気はしたけど、それでもラストのほうのこれまで積み上げてきた話の絡ませ方は悪くないというか、よく練っていると思う。まあ、こないだ、製作者の方のつくるまでの苦労話を聞いたものだから感情移入して好感を持って見ているところはあるのかもしれないが…。
橋本愛主演で、これから見る予定の『PARKS』(瀬田なつき監督の新作!)の予習になりました。
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2017/4/3

「ハーモニー」  映画

「虐殺器官」と同じ原作者の「ハーモニー」をDVDで。こんな話だったのか。テーマ性は「虐殺器官」のほうが深いかもしれないが、こちらは個々の人間の感情がすべて制御され統制されている超管理社会の未来での少女同士の関係性を描いていて、ある意味、すごくアニメ的な題材。ちょっとオタク感はあるけど、美しいアニメ作品。
しかし、この「ハーモニー」の超管理社会は日本が率先して作り上げ、世界を変えていくという設定のようだが、これ、リアルだよなあ。ホントに管理されることが好きな国なので…。
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2017/3/18

(終了)2017年3月18日、『食卓の肖像』福岡上映会のお知らせ  映画

(下記の福岡上映会は終了しました。有難うございました。)

2017年3月18日(土) カネミ油症ドキュメンタリー「食卓の肖像」福岡上映会決定!

「食卓の肖像」福岡上映会のお知らせ
2017年3月18日(土) ふくふくプラザ視聴覚室
@14:00受付14:30上映開始
出演者によるトーク16:30〜17:30
A18:00受付18:30上映開始
料金1000円

ふくふくプラザのアクセス
http://www.fukufukuplaza.jp/info/access.html
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2017/3/10

『息の跡』  映画

この被写体の方の佇まいと、終盤部の「語り」は福田克彦監督『草とり草紙』を思い出させる。
あと先行する作品としては今村彩子監督『架け橋 きこえなかった3.11』も終盤部でちょっと似たようなことをやろうとしていたが、『架け橋』は必ずしも作品としてうまく結実していない気がしたが、小森はるか『息の跡』はそれをよりシャープにやり遂げたような印象を受けた。
また、『息の跡』、『阿賀に生きる』の影響はあるようだけど、小森はるか監督、声だけに徹していて、『阿賀に生きる』のようにスタッフが写りこむことはしなかったのが良かったと思いました。
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2017/3/10

『ラ・ラ・ランド』  映画

『ラ・ラ・ランド』、町山さんがラジオでスコセッシが昔、撮った『ニューヨーク・ニューヨーク』が元ネタではと言われていたそうだけど、僕もそうだと思う。でも、そうすると、『ニューヨーク・ニューヨーク』のデ・ニーロが狂った男でしょちゅうトラブルばかり起こしていたのに対して、『ラ・ラ・ランド』はあまりにそつがない世界で…。そこが洗練されているという見方もあるかもしれないが、個人的な趣味ではちょっと物足りないかも…。

でも、人物の顔へのズームアップは良かった。前作『セッション』もそうだけど、この監督、人物の顔が撮れる監督なのでは?
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2017/2/21

『被ばく牛と生きる』  映画

『被ばく牛と生きる』(松原保監督)。素晴らしいドキュメンタリー。福島第一原発事故から2か月後、国は警戒地域内にいる全ての家畜の牛を殺処分する方針を出した。それに反対し、牛を生かし続ける少数派の畜産農家の人達を追った作品。これらの被ばく牛は売ることは出来ないし、繁殖することも国から禁じられている。それでも殺すことは出来ないと生かし続けようとする畜産農家の方々。
僕がこの作品でいいなと思ったのは、もちろんこの畜産農家たちの活動の中心にいるのは「希望の牧場」の吉沢正巳さんであり、吉沢さんが活動を続けるのにははっきり原発事故の悲惨さを訴える意図があり、あちこちの原発の集会などで訴えたりもされている方なのだが(僕もある反原発の集会で吉沢さんの話を聞いたことがある)、吉沢さんだけでなくいろいろな立場と思える複数の畜産農家の人達を取材していて、その中にはたとえば町会議員として原発を推進してきた方もいるのだけど、このように吉沢さんだけでなく、立場が違う畜産農家の方も合わせて取材し、映画にまとめたことで、より重層的な作品になったのではないかと思えることだ。つまり、もともとは立場が違う人達が、自分たちが育ててきた牛たちを殺処分することはあまりに理不尽で認められないという、そういう思いでこうした生かし続ける活動をされているのだということがよく分かり、シンプルに牛の命を奪うのは許せないという思いから続けているのだということがよく伝わってくるので、そのことがより家畜はすべて殺処分するべきという国の方針の理不尽さを浮かび上がらせているのだと思うのだ。
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2017/2/13

『虐殺器官』  映画

よくぞこれを映像化したもの。しかも、トランプがアメリカ大統領になったこのタイミングでの公開。この話、あまりにトランプ政権が誕生した今の世界情勢にマッチしているので、このSF的発想力でこれから世界がどうなるのかを考えてみると恐くなりました。
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2017/1/28

『SHARING』  映画

『SHARING』(篠崎誠監督)を、ようやく、ギリギリで。
演劇の練習の繰り返しと夢からさめることの繰り返しということを重ねる構造がうまい作りだなあと思う。
あと、演劇が効果的だと思ったのは、クライマックスの芝居のシーンで真正面からの女優のアップをとらえることが出来る。(芝居を見ている人達に役者が訴えるという形で。)
篠崎誠監督は立教大学S.P.P.出身だけど、立教大学S.P.P.の人達の映画は、特に万田邦敏監督がそうだけど、女優の横顔を撮ることはよくて、女優の横顔や後ろ姿はハッとする撮り方をするんだけど、女優の顔を正面から撮るのは撮り方を見いだせないで来たところがあるように思う。
でも、今回の篠崎誠監督の『SHARING』は、女優の顔を正面から独特の撮り方で撮るということに成功しているように思う。特にラストカットが素晴らしい。
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2017/1/26

『アイ・イン・ザ・スカイ』  映画

ドローンの遠隔操作による現代の戦争。この「見えない」戦争を、いかに「見える」ものとして示すか。この映画は、極めて明快に、「見える」映像を示すことに成功している。
ネット評を見ると『シン・ゴジラ』と並べて語られているようだが、たしかに『シン・ゴジラ』と重なる要素はあるが、『シン・ゴジラ』にはこの『アイ・イン・ザ・スカイ』のように具体的な「映像」そのものはなかった。もちろん、『シン・ゴジラ』には高度な映像編集の技術はあったと思うし、それも何らかの達成であることは認めるけど、『アイ・イン・ザ・スカイ』は巧みな映像編集、語り口だけでなく、観客が凝視することになる「映像」そのものを示している。
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