2016/12/31

●「日本記録映画作家協会のブログ」開設のお知らせ  映画

私が事務局長をしている「日本記録映画作家協会」のブログを開設しました。
日本記録映画作家協会では内輪でドキュメンタリーを上映する例会(研究会)を行っています。次回は11月24日(木)午後6時30分からを予定しています。そのお知らせも掲載しています。内輪の会ですが、会員でなくても参加可能ですので、関心がある方は私まで連絡ください。

日本記録映画作家協会のブログ
http://kirokueigakyoukai.seesaa.net/
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2016/10/26

『過激派オペラ』江本純子監督  映画

『過激派オペラ』江本純子監督
うわー、よくも悪くもやっぱり時代は少しずつ、変わってきていて、こういう映画が出てくる時代にいつの間にか、なっていたんだなあということを実感させてくれる作品。しかし、江本純子の、自身のセックスの欲望で劇団を作り芝居をしているというしょうもなさを描いたセルフパロディとも言える作品でありながら、しょうもなさなんてどこかに吹き飛んでしまって清々しい映画になっているのが凄いよね。やはりやっていることが本質的にラジカルだからなのか。もちろん、そのラジカルさをホースで水浴びなどの具体的な映像で見せていて、とにもかくにも映画になっている。
ちなみに、さりげなくカサベテスへのオマージュ(?)も。
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2016/10/21

『ハトは泣いている』  映画

松本武顕監督のドキュメンタリー『ハトは泣いている』を見た。松本さんは、私の師匠、故 浅野辰雄監督の助監督をかつてされていたことがある方で、つまりは私の兄弟子にあたる人だ。
中垣克久氏の立体作品が現政権を批判しているからと都の美術館から撤去された事件と、さいたま市の公民館が「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句を月報に掲載拒否した事件の顛末を追いかけたものである。作品撤去や掲載拒否といった表現の自由にかかわる重大事を題材にしているものの、それらは公害のように症状をともなう被害者がいるわけではないのでいわば目に見えない被害だし、そうした題材で130分という長さの映画はどうなのかと見る前は思っていたのだが、飽きることなく見ることが出来た。何より、被写体の中垣さんが魅力的。深刻な題材の立体作品、彫刻作品を作っているのだが、この人には言葉の端々にユーモアがある。また、俳句の会の方々の言葉にもユーモアを感じた。今の時代に表現の自由がなくなってきているという深刻なテーマを扱っていながら、ユーモアを感じ、ところどころで笑える映画になっている。もともと被写体の方たちが魅力的だったことと、松本監督がうまくインタビューで誘導してそういう魅力的な言葉を引き出しているところがあるのではないかと思う。良作。
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2016/10/5

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』  映画

アニメ、もう1本、傑作を見ていた。

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』トム・ムーア監督
この、アイルランド神話をもとにした優れたアニメーション映画は、ジブリ作品、宮崎駿監督作品の影響を受けているようだが、それは絵柄のタッチやユニークなキャラクター造型だけでなく、結局、善と悪の対立といった視点は無効化してしまう物語であることからもうかがえるだろう。
かつて僕は宮崎駿について以下のように書いた。
「宮崎駿は、端的に勧善懲悪、善人対悪人みたいな話に集約されるようには物語を描かない作家です。イーストウッドと同じ。宮崎の場合は、その世界を、 変なキャラクターを出すことで成立させているのです。つまり、妖怪なんだけど、妖怪だから悪とは言えない。
 とにかく、妖怪がユニークで、変なんですね。トトロにしても、カオナシにしても、善悪をそのユニークさでこえている。見てて「変なの、おもしろーい!」と見てしまうから、妖怪は悪い奴ということをこえてしまう。人間(人類)が善で、妖怪が悪といった区分けをこえてしまうわけ。」
このような、宮崎駿的な、キャラクター造型のユニークさで善と悪の概念を踏み越えてしまうということを、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のトム・ムーア監督 は踏襲していると言えるのだけど、さらに物語の構造上に善と悪の対立の概念を無効化する構造を持ち込んでいる。
端的に言って、『ソング・オブ・ザ・シー』は、人(妖精も含む)は複雑な感情を持っていてめんどうだから、魔法の力で感情がない石にしてしまうという魔法の使い方をしてしまい、それを解き放つという物語なのであるが、結局、これは人間と妖精の対立、善と悪の対立といった概念は無効化されていると言えるのだ。
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2016/10/5

『君の名は。』  映画

ようやく、新海誠監督『君の名は。』を鑑賞。タイムパラドックスの処理の仕方に疑問が残る点はあるものの、新海誠監督の作家性というのか、『ほしのこえ』以来、SFものでありながら携帯など、日常的なアイテムで少年、少女の気分をとらえる遠距離恋愛ものという、やっていることの一貫性はそのままで、今回はスケール大きな話も取り込みエンタメ作品にしてしまったという、作家性はそのままでエンタメとしてスケールアップしてしまったという力量には素直に感嘆するべきなのだろう。亡き、かがみあきらの路線の最上の達成ではあるのだろう。
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2016/5/10

映画紹介『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』  映画

ポレポレ東中野で上映中の『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』について、下記の紹介文を書きました。

映画紹介 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』

 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』(古居みずえ監督)は、2011年3月に起こった福島原発事故により全村避難となった福島県飯舘村の人たちの避難所での生活を追ったドキュメンタリー映画である。菅野榮子さん、菅野芳子さんという2人の女性を中心に追いかけている。菅野榮子さんは、農家だけあって避難所でも畑を借り農作物や植木を育てていて、自給自足の生活をしている。また、菅野榮子さんと菅野芳子さんは、「ばば漫才」と言いながら、しょちゅう冗談を言い合っていて、なんともたくましい。2人の掛け合いがあまりに面白いので、この映画の試写会場では何度も笑いが起こっていた。原発事故からの避難生活の悲惨さを描いているのかと思って見に行ったのだが、ちょっと異なる印象を受けた。飯舘村民が国と東電に賠償申し立てをするシーンなども出てくるのだが、この映画の中心は飯舘村の母ちゃんたちが避難所生活をバイタリティたっぷりに過ごしている姿なのである。
 こう書くと、原発と放射能被害を告発する映画とは違うようだが、しかし、実は飯舘村は日本の原風景を残した農村地帯で、昔ながらの村落共同体が成立していた地域である。菅野榮子さんが避難所にあっても農作物や植木を育てているのは、いわば、原発事故により失われた村落の場を取り戻そうとしている行為だと言えるのではないだろうか。こう考えると、この映画は、原発と放射能被害を直接的に訴えているわけではないが、その中で抗って生きている人たちの日常を深く見つめて描き出した映画なのではないかと思えてくる。
 古居みずえ監督は、5年の歳月をかけて、じっくりと飯舘村の人たちを追い続け、映画の製作資金の調達も含めて様々な困難を乗り越え、この映画を完成させた。その古居監督の粘り腰によって、避難生活を送る人たちの精神性を深くとらえだすことが出来たのではないかと思う。
 東日本大震災と福島原発事故については、多くのドキュメンタリーや劇映画がつくられ続けている。むしろ、安易に題材に寄りかかって映画を次々とつくり過ぎているのではないかという批判もあるようだ。しかし、同時代に起こった未曽有の震災と原発事故に日本の映画人たちは衝撃を受け、それぞれのやり方で取り組まないではいられなかったのだろうし、こうして数多くの東日本大震災と福島原発事故に関わる映画をつくり続けていることは日本の映画人の良心と言えるのではないかと思う。
( 『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』は5月7日よりポレポレ東中野で公開。以降、横浜シネマリン、名古屋シネマテーク、大阪・第七藝術劇場ほかで公開。)
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2016/4/28

『コップ・カー』  映画

まさに、アメリカ映画らしいアメリカ映画。たとえば『スタンド・バイ・ミー』とかのいいところを、しかし、もっとワイルドに成し遂げてしまっている感じ。というか、『スタンド・バイ・ミー』なんて良質の子ども映画みたいで全然、好きじゃないけど、この『コップ・カー』は冒頭のシーンからこれは良質の子どもの映画ではありませんよと宣言しているかのよう。こういうアメリカ映画、いっぱい見てきたはずなんだけど、でもこんな風に見事に「アメリカ映画的!」とはどういうことかを示してみせた映画はなかなかなかったような気もする。
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2016/3/26

(終了)『食卓の肖像』沖縄上映会のお知らせ  映画

(下記の『食卓の肖像』、沖縄上映会は終了しました。)

唐突だが、『食卓の肖像』、沖縄で上映会!

●「海燕社の小さな映画会2016 3月会」『食卓の肖像』(監督:金子サトシ/103分)3月26日(土)14:30〜/沖縄県立博物館美術館講座室/1000円
(問合せ)海燕社 電話098−850−8485
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2016/3/8

『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』  映画

『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』(古居みずえ監督)先行上映会へ。
うわ、ここに出てくる菅野榮子さん、菅野芳子さんという飯舘村の母ちゃんたちはなんてバイタリティがあって、たくましいんだろう。飯舘村から避難生活を続けているのだが、農家だから当たり前だけど自給自足していて、避難所でも植木を育てて、飯舘村にいた頃の「場」を作り出している。
しかも、笑える。映画上映中、観客は絶えず笑っていた。笑えるシーンが満載。全然、違う映画だけど、ある意味、原一男の『全身小説家』のように笑える。笑えるドキュメンタリーって、凄い。
でも、一方で、あまりにこの飯舘村の母ちゃんたちはバイタリティがあるので、原発事故からの避難生活の悲惨さ、切実さが逆に伝わらないところがあるのかも…。こういう比較をするのは失礼かもしれないが、たとえば双葉村の人達の避難生活を追いかけた堀切さとみ監督の『原発の町を追われて』のような切実さは(たくましすぎるので)ちょっと感じられないかも…とふと思う。
古居監督もそう思われたのかは分からないけど、村長や役人の説明会のシーンや、飯舘村民の賠償請求申し立てのシーンを入れたりして、訴えるところも入れているんだけど、でもやっぱり避難生活の日常を描いたシーンのほうがひきつけられてしまうもので、どうも放射能被害を訴えるシーンがうまくかみ合っていないような気がする。
そこが、ちょっと、うーんと思いつつ、見ていったのであるが…、しかし、しかし、なんと言えばいいんだろう。最後まで見ると、なんとも言えない寂寥感が浮かび上がってくるんだね。おそらく、これは飯舘村の母ちゃんたちを、古居監督のほうもじっくり粘り腰で5年間、追いかけた成果なのではないだろうか。そういう寂寥感というのか、空気みたいなものなんだけど、おそらくそれを出すために、そこに至るために、古居監督はこの映画をじっくり撮り続け、撮り上げたのではないだろうか。そういうことが伝わってくる力作でした。
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2016/2/8

『ビハインド・ザ・コーヴ』  映画

『ビハインド・ザ・コーヴ』、見てきました。
感想としては、全体にあまりに情報がとっちらかっているので、もっと整理したほうがいいのではないかとは思いましたが、でも太地町の人々と、シーシェパードやイルカプロジェクトなどの人たちと、双方の人たちに取材しているので、とっちらかっていても客観的に考えてみることが出来るようになっているとも言えるかもしれません。
割と客観的で公平な立場の人というのか、間にオスロ大学のラーズ・ワロー教授のインタビューが入っているのは良いと思いました。個人的には、この先生の話が一番、納得できるように思いましたので。

私は以前に、自分は日本の調査捕鯨に批判的と書いたけど、私は調査捕鯨というやり方はどうなのかとか、日本がこれだけ国際的な批判をされているのに南極あたりまで行って捕鯨をするのはどうなのかということをこれまで言ってきたので、むしろ、日本は調査捕鯨や南極まで捕鯨に行くのをやめて、日本近海に限って商業捕鯨を行うほうがいいのではないかという考えです。
この映画では、商業捕鯨が出来なくなったので、禁止されない小型のイルカ漁に頼っているという話も出ていましたが、それならいっそう商業捕鯨を再開したほうが相対的にイルカ漁に頼らなくなりイルカ漁をしなくてよくなるということもあるのではないかと思いました。
何より大事なことは、世界には多様な文化や価値観があるのですから、それをいかに平和的、文化的に解決していくか、暴力や軍事による衝突ではない形で解決していくかということだと思います。映画の後半でベトナム戦争の話が出てきたのは、そうしたことを八木監督が訴えたかったのかと思いました。八木監督の意図は、こうした文化的な価値観の違いの衝突を、戦争ではなく、話し合いで文化的に解決していけないかということだと思いました。これは共感できるものだと思いました。
八木監督、このような作品の製作、本当にお疲れ様でした。

以上のように考えていくと、『ザ・コーヴ』にしろ『ビハインド・ザ・コーヴ』にしろ、とにかく映画表現という形で、文化的に訴えようとしているものにほかなりません。少なくとも、映画は暴力ではありません。たとえ内容に批判があったとしても、反論すればいいし、反論する権利は見る人に与えられています。しかし、まず上映されることは守らなければなりません。
なので、『ザ・コーヴ』の映画館上映を求めることと、『ビハインド・ザ・コーヴ』へのサイバー攻撃を非難することはどちらも表現の自由を守るためのものとして、矛盾なく両立することだと改めて私は思いました。
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2016/2/6

映画『ビハインド・ザ・コーヴ』に対するサイバー攻撃は認められない  映画

私自身は、日本の調査捕鯨について批判的で、日本の調査捕鯨に対する批判を何度も書いてきた人間です。
ですが、『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画がサイバー攻撃を受けているということを聞き、これは表現の自由に対する侵害であると思います。
『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画はまだ見ていず、その映画の内容が私の考えと合致するものなのかは分かりませんが(この映画の紹介から察するに、私はそもそも調査捕鯨に反対なのですから、おそらく私の考えと違うことを主張している映画なのではないかと思いますが)、それとは別に、サイバー攻撃についてはサイバー攻撃をしている側を表現の自由を侵害しているものとして批判するべきであると考えます。
また、産経の記事によると、「ドキュメンタリー映画「ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る」(八木景子監督)の公式サイトや、当該映画館「ケイズシネマ」のホームページが29日夜、閲覧できない状態になった。」とあります。ケイズシネマのホームページが閲覧できなくなったら、『ビハインド・ザ・コーヴ』だけでなく他の上映される映画の情報も見れなくなってしまうのですから、もはや『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画だけの問題ではありません。

→捕鯨肯定する映画「ビハインド・ザ・コーヴ」の公式HPにサイバー攻撃か
http://www.sankei.com/smp/world/news/160130/wor1601300009-s.html
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2016/2/1

サタジット・レイ『チャルラータ』  映画

早稲田松竹でサタジット・レイ監督の2本、『ビッグ・シティ』(1963年)『チャルラータ』(1964年)。サタジット・レイ最高傑作と言われる『チャルラータ』をこれまで見てなかったのは不覚だった。
サタジット・レイが生真面目な映画作家…だなんていうのは、どこの誰が作った伝説なんだ!と思わずにはいられない、なんとも荒唐無稽な、不倫メロドラマの傑作。ヒロインの人妻のマドビ・ムカージー(インドの吉永小百合と言うべき)が双眼鏡を手にしていたり、トランプとか、この映画、ディテールが妙と思って見ていると、家の中なのになぜか嵐がやってきて、傘を手にした文学青年が登場するシーンで、この映画が尋常ならざる映画であることが確定になる。そういえば、ウェス・アンダーソンが大好きな映画としても『チャルラータ』は知られているのだが、それも納得の、オーバーラップの印象的な使い方を含めて、まるでダニエル・シュミットが影で微笑んでいるかのような、荒唐無稽なメロドラマの傑作だ。サタジット・レイがこういう映画作家でもあったことを人類は発見し直すべきだろうか。
同時上映された『ビッグ・シティ』を見ると、『チャルラータ』がどうしてうまれたのか、レイが何を考えていたのかの背景も分かるようで、さらに興味深い。
おそらくインドのミュージカル映画があまりにもとんでもないものが多かったから、その対比でうっかりレイの映画は生真面目なインド映画なんて言われてしまったのだろうが、ミュージカルシーンはほとんどなくても、『ビッグ・シティ』『チャルラータ』の2作ともバックの音の使い方は実にユニークで、ちょっとほかの映画にはない荒唐無稽な域に達しているし、音の面だけでもレイが生真面目な映画作家などではなかった、実に豊かな映画作家であったことは改めて考えてみないといけないのかもしれない。
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2016/1/31

『還ってきた男』  映画

『還ってきた男』(竹内雅俊監督、2012年)。2011年3月、福島から東京に自主避難した50代男性を密着取材したドキュメンタリー。監督の竹内は福島原発事故の真実を明らかにしようと思ってこの映画を作ろうとしたようだが、撮影が進むに連れ、被写体の主人公は原発については質問しても何も語らなくなっていってしまう。なので、原発についてはほとんど何も撮れず軌道修正した作品になった。しかし、この作品はいわば行間を読む映画になっているというのか、主人公がストレートに語らないからこそ、主人公の表情などから様々なことを感じることが出来る、実に豊かな映画になっている。ドキュメンタリーというのは、このように、作りてが狙っていたものが撮れず軌道修正することになっても、その軌道修正の過程そのものが形になって作品に結実することが起こり得る。そこが面白い。

*なお、監督の竹内によると、この作品『還ってきた男』のタイトルは、川島雄三のデビュー作のタイトルのパクリとのこと。
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2016/1/13

瀬川昌治『喜劇 逆転旅行』  映画

瀬川昌治監督『喜劇 逆転旅行』は、なんていうか、まだまだ続くよ、この映画は…という感じが最高すぎる。まさに、「旅行映画」の傑作であるわけだが、ミヤコ蝶々が若いもんの結婚話をまとめに行ったら思わぬ展開になるシーンが象徴的だが、あっと驚く展開があって、映画が次のシーンへと続いていく。
乗客と喧嘩してフランキー堺の主人公が車掌をやめる話になったのに、あっさり次のシーンではそんなことがなかったかのように展開しているし、祭りのシーンでここがヤマ場かと思いきや、あっさりそのシーンは終わり、さらなるラストに向けた展開がある…という調子。
そんな風にあっさりと次のシーンへと展開していってしまう映画なので、ダラダラした映画なのかと言うとそんなことはなく、93分という長さに見事に収まっている。1969年の映画だが、昔の映画人の職人技に驚くしかない。
今回の神保町シアターの瀬川昌治監督特集のチラシには、「泣いて!笑って!どっこい生きる!」というキャッチコピーがついていたが、まさに、「どっこい生きる!」というのか、どっこい、この映画はまだまだ続くよ…という感じだ。瀬川昌治の映画は。
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2015/12/18

「イスラーム映画祭2015」のご紹介(終了)  映画

(以下のイスラーム映画祭2015は大盛会で終了しました。有難うございました。)

私の友人が企画し、主催している映画祭。まさに、今こそ、見るべき映画祭だと思います。皆さん、よろしく。

イスラーム映画祭2015
(12月12日から18日。渋谷・ユーロスペースにて。)

http://cineville.jp/iff/
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