管理人詳細  日常

砂原藍(すなはらあい)
オリジナル創作サイトの管理人
宮城県生まれ

ここはオリジナル小説創作サイト『eye's cafe』の日記として使用します。
日常から創作までを語ります。

※『eye's cafe』携帯版ができました。
こちらもよろしくお願いします。
http://id1.fm-p.jp/171/eyes05/

※時折、管理人の実妹『わ。』がコメントを残したりします。

※ツイッターはじめました。
http://twitter.com/ai_suna529


2013年秋、甲状腺悪性腫瘍(甲状腺ガン)右葉摘出し闘病中。
詳しくは「甲状腺ガン闘病記」のカテゴリで。

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2019/1/10

2019年もよろしくお願いいたします  日常

 2019年が始まりました。
皆様、お元気でお過ごしのことと思います。

 年明け早々の一月五日、父親が亡くなりました。
本当に突然のことでした。
おそらく前兆はあったと思います。
しかし私たち家族も、「いつものこと」として受け止めてしまいました。
亡くなる日の深夜に時折黒い水を吐きながら「救急車を呼んでくれ」と言われたのが父の声を聞いた最後でした。
約六時間後、父は帰らぬ人となりました。
大酒飲みでチェーンスモーカー、おまけに病院嫌いでもありました。
『心臓も肺も年齢の割にボロボロです』
お医者様はそう、原因を評しました。
通夜や葬儀を済ませるとちょうど姪たちの冬休みが終わる頃で、孫思いだった父らしいなとも思います。
死因はCOPD、慢性閉塞性肺疾患でした。

 喪中に際し、いったんは来月の第一回文学フリマ広島と第八回Text-Revolutionsの欠席も考えました。
ただ、父が生前に言っていた「やりたいことは何でもやれ」の言葉をもって、出席します。

 創作や日常のペースが従来通りに戻せるか心配ではあります。
一週間ほど遅れましたが、ゆっくりと日常に帰って行こうと思います。
本年もよろしくお願いいたします。
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タグ: 父親 急逝

2018/12/31

2018年が終わります。  日常

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
例年になく冷え込む12月、あっという間に年末を迎えてしまいました……。

創作は14周年となるサイトの更新がままならず、忸怩たる思いでおります。
来年はWebサイトの運営もきちんと行いたいと思います。

同人活動の方は順調です。
2月には第一回文学フリマ広島で西日本初上陸です。
出雲大社も行きたいです。
即売会の予定は随時お知らせしますが、
・3月の第8回Text-Revolutions(テキレボ)
・6月の第四回文学フリマ岩手 は確定してます。

プライベートも充実させるよう、頑張ります。

eye's cafe及び暁を往く鳥を応援してくださる皆様に感謝を。
よいお年をお過ごしくださいませ。

砂原藍
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2017/12/31

2017年、お疲れさまでした。  日常

2017年も本日限りとなりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。


今年は創作サークル『暁を往く鳥』として、始まりの一年になりました。
皆様が創作物を手にしていただく瞬間をこの目で見られたこと、非常に嬉しく思います。
何歳でも新しいことを始めていいんだ、と実感した年でもあります。


反面、記念更新等サイトの更新がおろそかになりました。
来年は両立を目指していきます。


最後になりますが、本年もご愛顧いただきありがとうございます。
来年もどうかよろしくお願いいたします。


2017年12月31日
eye's cafe 砂原藍
(暁を往く鳥)
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2017/6/23

2時間弱の沈黙を  日常

お久しぶりです。
本日はちょっと、嫌な話かもしれません。
文学フリマ岩手の話と旅の話はこのモヤモヤを書ききってからにしたいと思います。


本日、ある有名人の奥様がお若くして亡くなられました。
ご冥福をお祈り申し上げますのとともに、少し考えさせられたことを書きたいと思います。


あらかじめ初めに申し上げておきますと、私は特段彼女やご主人のファンだというわけではありません。
また万が一ご迷惑がかかるようなことがあってもいけないので、この文では『彼』、そして『彼女』という表記で書かせていただきます。
彼女の訃報に対して便乗記事だと思われる方は、この先はお読みいただかなくても結構です。



 本日、まだ彼女が亡くなる報道がされる前。
ネットのニュースでは『彼』の公式ブログで、『人生で一番泣いた日です』という記事が上がったことが報道されていました。
そして『お察しください』、『改めてご報告させていただきます』とも書かれていました。
察しのいい方でなくても、何となくわかったことだろうと思いました。
彼ら家族に一番来てほしくなかったであろう、『その日』が来てしまったことを。
そのネット記事には彼が今日の午後2時半、仕事の合間に会見を開くことも書かれてありました。


 それまで何となくつけていたテレビを消して、出かけようとしたその時。
テレビを消す瞬間、速報テロップに映ったのは彼女の訃報でした。
「は?!」
私は素で声を出して驚いてしまいました。


 まだ彼の会見まで2時間以上あります。
なのに、どうして訃報が流れているのか?!、と……。
それは、彼のブログにも出てくる『近隣のご迷惑になる』ほど集まっていた『マスコミの方々』の動きでしょう。


 もちろん報道を生業としている方々がおられることは、重々承知しております。
報道の中に身を置き、他よりも良い記事を書かなければいけない。
そういう方々がおられることも。
しかし、なぜ、彼からの言葉を待てなかったのでしょう?
彼からの言葉を待って、新聞・ネット等の記事を書いても、またはテレビ報道をしてもけして遅くなかったでしょう。
彼はきっと彼女のファンのため、有り余るほどの悲しみを抑えて会見を開くことを決めたのだと思うのです。
その思いを踏みにじったも同然です。


 そこまでして、何を伝えたいのでしょうか?
確かに彼は『報道禁止』とは言っていません。
それでも、あと2時間弱の沈黙を彼女の愛した人たちに与えることはできなかったのでしょうか?
人間として、他人の意見を尊重する。
その姿勢はどこに行ったのでしょう?
報道する側に『報道の自由』が保証されているなら、『報道しない自由』もあっていいのではないでしょうか。
私たち見る側に『取捨選択の自由』があるように。


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これは答えのない問いであるかもしれません。
それでも、問い続けなければならない問題であると思います。
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