2013/8/25  23:23 | 投稿者: min

今日、関川村まで行ってきた。
国道7号線を山形方向に進み、胎内市を過ぎたところで国道113号線米沢方向に曲がり、しばらく行くと目的地関川村に着く。
113号線に入ってから関川までは、清流荒川が左手に流れ、右手にはJR米坂線が通っている。
荒川は、大朝日岳を源とし、山形県から新潟県に流れてくる。関川村までの横目で見る荒川は川幅も広く吸い込まれそうな気分になる。また、113号線は左右を山に挟まれている。今の時期の山は春先と違って緑も濃い。その深い緑の山は平野に住む私に威圧感を与える。
私が関川村に入った8時頃の時間は、休日ということもあって通る車もまばらである。
関川村に入ってまず目指したのが、関川村役場であり、そこに到着したのが8時10分過ぎだった。
今日は関川村挙げてのまつり「大したもん蛇まつり」があり、それを見にきた。
藁で編んだその大蛇は全長82.8メートルもあり、世界一としてギネスも公認している。
 大蛇のパレードは9時30分からということでまだ少し時間がある。
 当地関川村には、荒川峡温泉郷があり、高瀬温泉、雲母(きら)温泉、湯沢温泉、少し離れて鷹の巣温泉がある。関川は昔、米沢街道の交通の要衝とされたところで関所もあったとか。
 幕末には、あの「桜田門外の変」の実行役の指揮者とされる水戸藩士関鉄之介が逃亡の末湯沢温泉に隠れていたところを捕らえられた地とされている。私はつい最近まで知らなかったが、地元の人ならたいてい知っている。大蛇パレードにはまだ時間があることから、その捕縛の地湯沢温泉に行ってみた。
 湯沢温泉は、関川村役場とは荒川を挟んで対岸に位置する。113号線から「温泉橋」を車で渡り下流方向に少し戻るとその温泉はある。(ちなみに温泉橋は昭和後半にかけられたようだが昔はどうだったのだろう)湯沢温泉の旅館は3軒しかなく、今は関鉄之介が隠れていた宿は存在しないらしい。その3軒の温泉の真正面に「関鉄之介就縛の地」と書かれた石碑が建っている。その石碑は平成23年頃建てられたらしい。(後で地元に詳しい人にその石碑のことを話したら碑が新しいからか、ご存じなかった。)
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 湯沢温泉から荒川沿いに上流に向かい1キロほどのところに高瀬温泉がある。そこにも関鉄之介の碑があるのだ。その高瀬温泉にある碑の碑文は入沢達吉が書いたものであるが、そこにはいろいろとわけがあるということを以前伺った。とにかく、鉄之介が隠れていたのは高瀬温泉ではなく、湯沢温泉らしい。
 湯沢温泉の碑を見て、高瀬温泉の碑を確認した後に関川村役場まで戻る。
 役場の近くには、「ゆ〜む」などという日帰り温泉やら何やらの施設が集まり公園も整備されてちょっとした観光地になっている。

 大蛇パレードのコースは湯沢温泉近くの「垂水の里」をスタートし高瀬温泉まで行ってそこから温泉橋まで戻り橋を渡り荒川の左岸へ進む。そこから「ゆ〜む」を通って一旦役場に入り、役場で一時休憩後、下関まで行って再び役場に戻ってゴールということになる。
 大蛇パレードは9時30分からであるが私が車で役場付近に戻ったのは9時過ぎであり、役場近くの「ゆ〜む」の駐車場に車を止めて、今度は大蛇パレードのスタート地点「垂水の里」まで歩いて行った。スタート地点にたどりつくと同時に大蛇は「垂水の里」をスタートした。太鼓の音とともに担ぎ手が大蛇を担ぎながらゆっくり行進する。所々で蛇行しながら歩いていく。まさに蛇が這っているようである。
 役場のところには11時15分ころに到着するということなので温泉橋のたもとで高瀬温泉方向に行く大蛇を見送り、役場付近に引き返して待ち受けることとする。
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 関川村役場付近まで歩いて戻ったのが10時過ぎ、ここに大蛇がやってくるのは11時15分ころだからまだ時間がある。公園や役場には屋台などが出ており、鮎の塩焼き、村上牛の串焼きなどが売られている。なぜか私はフランクフルトを食べた。
 役場の前には国の重要文化財に指定されている「渡邉邸」がある。時間もあることだし、何十年ぶりに渡邉邸に入ってみる。ここの入館料は500円であるが、隣の「東桂苑」、「せきかわ歴史とみちの館」をセットなら600円だそうだ。
 渡邉邸は大規模な改修工事が行われ、中に入ると工事の様子を見学できる。工事は平成21年3月から行われており、本来ならば今年いっぱいで完了する予定であったが、工事を始めるといろいろと新たな問題が出てきて1年延ばして来年いっぱい工事を行うことになったとのこと。工事費について尋ねたところ、8割は国が負担し、残りの2割を県、村、所有者で負担するとのこと。金額ははっきり聞けなかったが、かなりの金額のようだ。
 渡邉邸の母屋のほとんどは石置きの屋根で庇などの一部は薄い杉板を幾重にも重ねてそれを貼ったままの屋根だ。
 改修中の屋内には鉄骨が見える。雪が人の背丈ほど積もった際に震度8の地震が来たら崩れる可能性があるとのことで、鉄骨で補強しているのだというが、そもそも、地震の際に玉石を乗せた屋根から石が落下しないのかのほうが心配である。
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 そんな渡邉邸を見学しているうちに11時を回り、そろそろ大蛇がここにくる時間になる。公園を通って役場に入るルートとなっているから公園内にある観光情報センターの展望台に上がり待ち構える。大蛇がやってきた。上から見た大蛇はかなり迫力がある。右へ左へうねるように公園内に入ってくるのは見ていて気持ちが良い。公園を抜けるといよいよ大蛇は役場へ向かう。
 急いで展望台から降り、また先回りして役場に向かう。役場前では大勢の人が待ち受けるが、私は役場の中に入り、いざ屋上へ。そう、一般人も役場の屋上に上がることができるのだ。ただし、清掃費協力の名目で300円とられるが。たしかに無料だと屋上がパンク状態になってしまうからそれも道理だ。
 大蛇は役場の中に入ると一旦休憩に入る。およそ15分の休憩の後に再び大蛇は動き出す。下関方面を回って約30分後には再び役場に戻ってゴールとなる。その30分ちょっとの時間を利用して「東桂苑」に足を運ぶ。
 渡邉邸の隣に「東桂苑」がある。東桂苑は渡邉家の分家の家で明治33年に建てられた。今日は玄関前で浴衣を着た国際学生ボランティアの人たちが家族連れなどのために流しそうめんでもてなしてくれていた。それに群がる親子連れ。そうめんの流し方が下手だと誰かが手ほどきをする。私も少し頂いてみた。流しそうめんなど何十年振りだろう。
 東桂苑に入って受付のおばさまと少し話をしたがなかなか気さくな方であった。

 そんなことをしているうちに、12時を過ぎ、やがて大蛇が再び役場に戻ってくる。私は先ほど同様役場の屋上の上ってスタンバイ。大蛇が役場の敷地に入るとクライマックスを迎える。長時間のパレードに耐え切れず所々つなぎ目がほつれた大蛇の行進は、最後の力を振り絞って暴れ、役場玄関前に着くと大きなとぐろを巻く。最後に担ぎ手が大蛇を大きく上下に揺さぶり大蛇のパレードはようやく終わる。
 そのあと、しめの村長の言葉、地元関川の太鼓などがあり、祭りのフィナーレには紅白の3000個のまんじゅうがまかれる。私の近くにもまんじゅうをまく人がいたから、幸い紅白1個ずつのまんじゅうを手にいれることが出来た。
 その後、「せきかわ歴史とみちの館」を見学して帰ってきた。
 いつも思うが、行きの道のりは長いが、帰り道はもうここまで来たかと感じる。

2013.8.25
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