2013/12/30  15:19 | 投稿者: min

進徳塾について書いてみる。
間違っていることもあるかと思う。


見附市に進徳塾という私塾があった。
進徳塾は、江戸時代、安政3年に開かれた。
塾を開いたのは庄川(目黒)松雲。
松雲はその地の庄屋(肝入り)である。
昭和15年12月31日に発行された見附町郷土讀本によれば、庄川松雲は22歳で江戸に遊学し鷲津毅堂、中澤雪城、石井潭香等の先生に学び、鹽谷宕陰の門を叩いて研鑽したという。

江戸時代、各藩には藩校があったが、江戸後期には私塾、手習い所と呼ばれる塾もあちこちに存在した。
ちなみに、最近の研究では寺子屋という言い方は明治位になってから使われたという説があるらしい。

この進徳塾がどういう位置づけになっているのかと気になって、先日、新潟県教育百年史を見てみたら、そこでの進徳塾は分類上寺子屋となっていた。
進徳塾は村松藩領内にある。余計な話ではあるが、お隣の新発田藩は学問好きな殿様だったが、村松藩は学問より、武芸を推奨していたようだ。

さて、松雲が江戸遊学中、勤王佐幕、開港攘夷論などに世間が沸いていた。
松雲自身は尊皇派だったという話もあるが、真相はよくわからない。

松雲は、7年間にわたる江戸遊学を終えて、郷土に帰り、安政3年、28歳で自宅敷地内に進徳塾を開校した。
その進徳塾は今でも建物はあるが敷地は荒れ果ててしまっており、誰も見向きもしないし、存在すら忘れている人が多い。
その建物をみると、塾にするにはちっぽけな感じがする。

当時、進徳塾には7、8歳で入学、15、16歳で退学するものが多かったが、二十歳前後まで勉強する者も結構いたそうだ。また、下田、三條などの遠方の者は寄宿して勉強したという。
当時は、このように田舎の塾でも良い塾には寄宿生がいたようである。
進徳塾では、修身、読書(素読)、習字を主としており、当時の私塾、手習い所と形態は同じように思う。
各自が使う机は、それぞれが持ち寄った机を使って勉強をしたそうだ。

進徳塾は、
 一、塾生たる者は常に忠孝の本義を体す可きこと。
 一、敬神崇祖の念を深く養ふ可きこと。
 一、學業に勉むると共に品行方正なる可きこと。
 一、勤労を厭ふ可からざること。
 一、飲食を節す可きこと。
を旨としていたようである。

ここの授業料についていえば、徴収するのではなく、謝礼として思い思いに納められたそうだ。

進徳塾は、後年庄川松雲から息子の松陰に引き継がれた。
松陰は安政2年生まれで、19歳のときに上京し、絵の才能にも長けていた。
庄川松雲、松陰ともに庄川村の村長を務めた人である。

【庄川先生頌徳之碑】
明治45年には「庄川先生頌徳之碑」が建設された。
その碑は昔は、進徳塾から少し離れたところにあったが、今は進徳塾の敷地内に移設されている。

移設後の碑は人目につくこともなく、その存在すらごく限られた人しか知らないと思う。

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碑は高さ2.5メートルちょっと、一般的な形の碑で、上部の篆額は枢密院副議長東久世 通禧(ひがしくぜ みちとみ)が書いている。
撰者は長岡の田中正誠、書は「東京 巻 ?洲」となっているが、?の部分が読めない。?の文字は「くさかんむりに麦」、巻菱洲という人ではないと思うが良くわからない。

それにしても、松陰が亡くなったのが昭和6年であるから、それから80年余り、つい最近のように思えるが、近所の者でもすでに良く知らない。
庄川松雲、松陰の功績がどの程度のものかわからないが、縁があるといえばあるのだろうから、ちょっと時代をさかのぼって会ってみたい人物である。

昭和12年には庄川松雲松陰遺徳顕彰会が創立され「庄川松雲松陰兩先生傳」が編纂されたようであるが、今度図書館でみてみることにしよう。
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2013/12/15  14:37 | 投稿者: min

12月に入りめっきり寒くなった。
珍しくお日様がでて今日は気温が上がっている。

縁側で2人のいい年をした男が会話している。
「長さん、久しぶりに来たんだからゆっくりしてけよ」
「サンキュウ、山ちゃん。おれも今日は暇だからな。」

山ちゃんと長さんは昔一緒に仕事をした仲だ。長さんの方がいくつか年上だが、仲の良い兄弟のように付き合っていた。昔は良く二人で朝まで飲んだくれていたが、長さんが社長とけんかして会社を辞め、山ちゃんも後を追うようにその会社を辞めてしまった。
最近はめっきり合わなくなってしまっていたが、長さんが久しぶりに山ちゃんの家の近くに来たものだから、ふらっと寄ってみたのだそうだ。
しばらくお茶を飲みながら昔話に花を咲かせていたが、山ちゃんの家の猫が縁の下から出てきて、長さんの股の間から顔を出して、「にゃーん」と一言。
その瞬間、長さんが「ギャー」と悲鳴を上げる。
「長さん、そんなに猫嫌いだっけ」
「なんていうかな、猫みたいに人間に寄生しているようなやつは好かんでね」

そこから猫談義が始まった。
「長さん、猫は癒されるよ。なんてったって、犬みたいに散歩させなくても勝手に散歩して勝手に帰ってくるし、飼うには楽なんだぜ。」
「なに言っているんだい。それがよくねえ。猫って奴あ、所構わず人の家の敷地に入りやがって、へたすりゃ家ん中まで上がりこみやがる。それも、ごめんくださいの一言でもありゃいいが、黙って、それも足も洗わず土足で上がりこむ。」
「土足って、猫は靴履かねえからねえ。」
「なに言っていんだい。長靴をはいた猫ってのも有名だぜ。それに猫って奴あ、戸を閉めておいても、勝手にあけやがるし、開けた戸を閉めることもしない。全くマナーがなっちゃいねえ。」
「長さん、猫にマナーを要求しても無理ってもんじゃねえのかい。猫だって、人の役にちゃんと立っているよ。家の猫なんざ、ネズミ捕りが上手でさあ。おかげで、夜中にちょろちょろしていたやつが今は全くいなくなったよ。」
「なに言ってんだい、山ちゃん。猫がネズミを捕るっていったって、捕ったネズミを飼い主のところに生きたまま持ってきて、これ見よがしに主人の前に差し出して、誇らしげに自慢するだろ。その生意気なこと。」
「長さん、結構猫の習性に詳しいじゃねえか。長さんも猫を飼っていたんじゃねえのかい。」
「ばれたらしょうがねえ。実はおれも昔は猫を飼っていたんだ。その当時は猫が大好きでなあ。胡坐をかいていると、その胡坐の中に猫がやって来て寝るんだが、親に勉強しろと言われると、今猫が居るから動けないって本気で言っていたんだ。胡坐の中で猫が寝ているとほんとにかわいそうで動けない位好きだったんだぜ。ただ、その猫が蚤を持っていてねえ。俺は猫が大好きだったから、猫と一緒に寝てたんだが、蚤が移っちまって、俺の脛から足にかけて蚤が食いやがる。おかげで食われた跡が赤い斑点になってなあ、恥ずかしいったらありゃしねえ。それを黙っていたんだが、親戚のおばさんが目ざとく見つけて、それって、蚤に食われた後じゃないのとか言ってばれちまってなあ。それから猫が嫌いになったんだ。それにしても、蚤のジャンプ力って奴はすごいよなあ。畳をじっと見ていると30センチもジャンプしやがる。あんな小さな野郎がよお。」
「蚤に血を吸われていたのかあ。そりゃ災難だったなあ。でも、最近の猫はそんなに蚤って奴はいないと思うがねえ。うちの猫なんて、外から帰ってきたら、足を洗ってやったり、雨にぬれて帰ってくれば、風呂場に連れて行って洗ってやっているからねえ。」
「山ちゃん、猫って奴は水が嫌いだが、良く嫌がらねえなあ。」
「そりゃ、猫はもともと乾燥地に住んでいたから水に濡れるのが嫌いだが、そこは容赦しないよ。そうでもしないと家ん中が、猫の足跡やらで汚くなるからなあ。」
「それもそうか。いちいち面倒臭いし自分で体を洗ってこいっていいたいだろ。
そういえば、昔の猫ってのは、かつぶしか、煮干しをまぶしたりみそ汁ぶっかけた猫まんまなんてのが主食だったが、最近の猫は何食わせてるんだい。」
「そりゃ、キャットフードを食わせるにきまっているじゃないか。いまどき猫まんまなんて見向きもしないよ。今や猫まんまを食べるのは人間様だけだよ。うちの猫なんか、キャットフード以外にネズミは食うが、余った肉をやっても見向きもしないよ。」
「へー、贅沢なもんだなあ。ところで、昔、猫のひげを切ったりしていたずらもしたがなあ。」
「長さん、そりゃまずいよ。猫のひげはセンサーみたいなもので、通り抜けられるかひげで感知したりしているから、切っちまうと物にぶつかりやすくなったりしちゃうんだ。なんてったって、猫のひげには神経が通っているから、切るときかなり痛いらしいぜ。」
「なに、ひげを切ると痛いのかあ。そりゃかわいそうなことをしちまったなあ。そういえば、爪も切ってやったなあ。」
「また余計なことをして。爪だって大事だよ。近所の猫と良くけんかするだろ。その時にも武器として活躍するし、獲物をとるときにも重要なんだよ。」
「そりゃわかるけどもなあ、柱で爪をといだりするだろ、猫を飼っていた当時は、柱がささくれだって大変だったぜ。それに、あの鋭い爪に引っ掛かれると必ず、傷になったところが痛痒くなるだろ。それが嫌でねえ。」
「猫って奴は、結構じゃれてかんだり引っかいたりするよね。それでも本気じゃないことが多いんだが、そもそも肉食のハンターだから結構鋭いよね。」
「そうなんだよな。猫飼うのやめて良かったぜ。そういえば、猫って結構臆病だよな。不意に目の前で風船を破裂させたら、いきなり見境なく50センチも飛び上がってたまたま近くにあったごみ箱の中にすっぽりはまっちまったことがあったなあ。あれには一家で大爆笑だったぜ。」
「猫ってかなり臆病だよね。でも、その方が猫の安全のためにはいいんだろうね。ただ、道路を渡るときは、渡ると決めて動きだしたら、車が来ても絶対に戻らないだろ。それは困るよね。」
「そうそう、その面では勇敢だといえるな。」
「そういうのは、勇敢とは言わないよ。無鉄砲というか身のほど知らずというか頭悪いというか。」
「そうだな。猫ってのは、芸も覚えないから結構頭悪いよな。覚えるのはトイレだけだな。」
「猫がトイレの場所を覚えるのは、もともと砂の上で排尿、排便をするという習性を利用しているだけで決して頭はいいというわけではないんだよ。」
「頭が悪いといえば、何個か餌をやっても1個残したりするが、あいつらの目はどうなっているんだろうな。においにも敏感なはずなんだがな。」
「そういえばそういうことあるよね。さすが猫を飼っていただけあるよな。ところで、猫ってのは狩りをするとき、姿勢を低くして尻を振ってから獲物にとびかかるだろ何でだろうね。」
「山ちゃん、そりゃバランスをとっているんじゃねえのか。トラとかもそうだったよな。そういえば、猫の仲間は単独で狩りをするよな。犬はもともと狼の仲間だから集団でも狩りをするそうじゃないか。」
「そうだよね。猫は猫同士で同じ獲物を分け合うってことも見たことないしね。やっぱり犬の方が頭がいいんだよね。」
「でもな、猫のすごいところは、木にも登れるし、細いところもバランスよく歩けるってことだよな。足を4本持って上から落としても必ずちゃんとひっくり返って足から着地するしな。」
「それはほんとにすごいよね。でも、うちの猫なんか、高いところが好きだけど、高く上りすぎて降りられなくなって、ニャーニャー助けを求めることもあるんだよ。降りるときまで頭が回っていないんじゃないのかねえ。」
「そりゃ、おまえの猫が頭悪いだけじゃないのかあ。猫なんて可愛いもんだぜ。喉をなでればごろごろいうし、背中や腹をなでてやると気持ちよさそうにするし、癒されるよなあ。肉食だと思ったら草を食ったり、見ているだけで面白いぜ。寝る時間も一日の3分の2近くだからその寝顔を見ているのもいいじゃねえか。」
「長さん、あんた猫が嫌いなのか好きなのかどっちなんだい。」
「う〜ん。やっぱり好きなんかも。山ちゃ〜〜ん。」
「なんだよ、そんな猫なで声出して。腹減ってきたな。なんか食っていくかい。そうだ、猫まんまでも食うかい。」
「ニャーン」
「長さん、大丈夫かい。」

猫の習性というのはいろいろと面白いものだとつくづく思う。
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