2014/4/26  19:34 | 投稿者: min

みなとぴあ(新潟市歴史博物館)から旧小澤家住宅手前までを結ぶ約800メートルの間、早川堀があった。
早川堀は明治初期に他の堀りのバイパスとして掘られ、舟による物資の輸送に貢献したが、昭和30年代に埋められた。

クリックすると元のサイズで表示します

最近になってこの堀割が再生された。
それまでは4車線の道路であったが、堀割再生のために2車線に減らした。
車線を増やす道路改良はよく聞くが、車線減少の道路改良なんてあまり聞かない。

ここを歩いてみた。

早川堀り再生にあたり、ここを防災拠点としても利用するのだそうだ。
クリックすると元のサイズで表示します

このため、懐かしい手押しポンプも設置されていた。
クリックすると元のサイズで表示します


備蓄用・かまどベンチや防災用仮設トイレも設置されているとのこと。
クリックすると元のサイズで表示します

堀割再生に伴い景観改良も行われている。
歩道も整備され、レンガ張りになっている。
電線は地中化されたのだが、歩いているときは堀や道路ばかりを見ていてそれを意識しなかった。
しばらく歩くと、高所作業車に作業員が登って電線の工事を行っている。
クリックすると元のサイズで表示します

そこでピンとくればよいものを鈍感にも交通整理をしている方に「電線の張り替えですか」などと聞いた。
答えは、「いやはずしているんですよ。」というものであった。
やっと気付いて歩いてきた道を振り返るとそこまでは電柱がない。
よく見れば撤去を行っているのは、電話柱(NTT柱)であり、すでに役割を終えて意味もなく立っている電話柱もあった。
「そうすると、柱もすべて引っこ抜くんですね。」と言えば、
「そう。きれいにな景色になるよ。」との言葉が返ってきた。
それはいいことだ。

それにしても、下ばかり見て歩いていたものだから、上を向いて電柱の残っている方向と反対側の撤去されている方向の景観を比べてみたら当然きれいさが違う。
(撤去されていないところ)
クリックすると元のサイズで表示します

(撤去されたところ)
クリックすると元のサイズで表示します


街を通っていてたまに思うが、「上も見て歩く」と新しい発見があるものだ。
自動車を運転しているとなかなかできないが。

ところで、この堀は大川前付近から本町にかけて通じるが、本町は江戸時代に表店(おもてだな)と呼ばれ、その後に発展した大川前は他門店(たもんだな)と呼ばれるようになった。
それぞれが同じものを売ると商売の邪魔になるとのことで争いがあり、その後に他門店で売れるものを列挙した覚が出されたとのことである。



この通りを戻ってみなとぴあの近くの信濃川河口を見ると、佐渡汽船の新造船「ときわ丸」が出港を待っていた。
しばらくそこで出港を待ち、船首がこちらを向いたところを写真に撮って帰ってきた。
クリックすると元のサイズで表示します
0

2014/4/26  0:59 | 投稿者: min

三国街道は高崎から寺泊までの街道である。
その街道には30以上の宿場があるというが、高崎から数えて22番目の宿場が塩沢宿である。

この辺りは、昔から雪の多い地域である。
江戸時代この雪国の暮らしを紹介した本「北越雪譜」が鈴木牧之によって書かれた。
牧之はそれを江戸に売り込んだがなかなか出版にこぎつけなかったそうだ。
ようやく出版された本は当時ベストセラーとなったとのことだが
どの程度売れたのかよくわからない。

北越雪譜というと新潟の人であれば名前だけはよく聞くのだと思う。
かなり前になるが社会人になりたてのころ、当時の上司が北越雪譜のことを話していたように思う。
その頃初めてその本の名前を聞いた。

鈴木牧之はこの塩沢で縮の仲買商の家に生まれた。
その生家のある通りが2000年ころから自治体の協力の下、雁木のあるレトロな雰囲気の通りに改良された。
2009年に完成したこの通りは鈴木牧之にちなんで「牧之通り」と命名され、2011年度の都市景観大賞を受賞している
クリックすると元のサイズで表示します

今回その「牧之通り」を目指していったのだが、ろくに地図も見ないで、「このへんかなあ」とあてずっぽでその場所に向かったものだからそこの景観が目に入った時は「へーここかあ」とおもわず口に出した。

この通りはその周辺とは明らかに雰囲気が違う。
通りには焦げ茶色に統一された雁木、建物は白壁か杉板にニスを塗ったような壁でこれも統一感がある。電柱はなく、当然電線も見当たらない。
クリックすると元のサイズで表示します

当日は日曜日で天気も良く、観光バスも立ち寄っていたようで結構人が歩いていた。
観光ガイドらしき人もいて観光客の集団に案内をしていた。

通りは観光客をあてにした店も多いが、一般のお宅、書店などもある。ただ、一般住宅も統一された景観に沿ったものになっているし、書店や商店も同様である。
書店をのぞいてみたら鈴木牧之の関連本も店頭に並んでいるし、北越雪譜の文庫本もあった。北越雪譜の文庫本なんて初めて見た。
もっとも、北越雪譜を見たことははあるが読んだことがあるわけではない。
クリックすると元のサイズで表示します

この通りには、銘酒「鶴齢」の蔵元の青木酒造が店を構えている。青木酒造は鈴木牧之の二男が7代目として後を継いだという。
クリックすると元のサイズで表示します

鈴木牧之の生家もこの通りにある。さすがに牧之通りと名付けただけのことはある。
クリックすると元のサイズで表示します

ちなみに鈴木牧之の生家には、大きな梁をそのまま再利用して使っているということで立派な梁であった。

この通りでは、雛人形の時期には雛飾りを商店、一般住宅に飾り、今の時期は武者飾りを飾っている。
ある一般のお宅の入り口に“お立ちよりください”というような案内板があったので玄関まで上がらせてもらったが、そこの家人は90歳前後の老夫婦で「武者飾りはあるのだが歳をとって2階から降ろせない。」とおっしゃっており、代わりのものを飾ってあった。
こういったお年寄りと一言だけであってもお話させていただくのも気分がよいものだ。

道路を歩いているとこれは何だろうと思うものがあり、夜間の電灯なんだろうなと思いきや車道側に回ってみたら消火栓を隠すための小道具だった。なかなか工夫されているなあ。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します




牧之通りから少し外れると鈴木牧之の墓があるという「長恩寺」などというお寺がある。
この長恩寺には県指定文化財で樹齢400年余りの「お葉つきイチョウ」がある。
お葉つきイチョウというのは結構あちこちにあると思うが、このイチョウは幹元5メートル位のところで二股に分かれ、その幹が双子のように高さ40メートルの先まで伸びているのはなかな気持ちがいい。
幹からはイチョウの木独特の気根もでており、400年の歴史を物語っている。
クリックすると元のサイズで表示します



牧之通りは500メートルもないと思う。
わざわざ行く価値があるのか戸惑いもあったが、思い切って行ってみて良かった。
0

2014/4/22  22:48 | 投稿者: min

年に4、5回は通る道の道沿いに、前から気になっていた工場がある。
決して都会とはいえないこの場所にある工場の名は諏訪田製作所である。
この工場、今はおしゃれな雰囲気の建物になっている。

ここの「爪切り」は知る人ぞ知るブランド品として人気が高いようである。
ここに諏訪田製作所があるのは知っていたが、ここが爪切りを作っている工場だとは正直よく知らなかった。

ちょっと前、テレビでも諏訪田製作所の爪切りのことをちらっとやっていたと思う。
そんなことはすっかり忘れ、この工場の前を通り過ぎようとしたが、そういえばと思いだし「頼めば工場を見せてくれるかも」と工場の数百メートル手前で車を止めた。
もしかしたらと思い、携帯電話で諏訪田製作所を調べてみたら工場見学をやっているとのことでなんだかわくわくした気分になりさっそく寄ってみた。

諏訪田製作所は大正末期に創業し、昭和30年代から三条市の諏訪田というところに工場を構えていたそうだが昭和40年代に今の場所に移転したとのこと。

諏訪田製作所というと純日本的な工場のように思えるが、建物の外見は黒を基調としたおしゃれな雰囲気の工場でオープンファクトリーと称され、工場への通路に設置してあるギャラリーも歴史を刻んできた製品や製造工程ごとの過程を示す爪切りが並んでいてなかなか凝っている。
クリックすると元のサイズで表示します


工場に隣接して製品を直売するショップもある。
そのショップではアウトレット商品も販売している。
見本品の爪切りで試すこともでき実際に爪を切ってみたがなかなか抵抗感のないよい切れ味である。
そこではコーヒーを飲みながらくつろぐこともできるし、ショップの方もなかなか親切に応対してくれる。
諏訪田の爪切りはこだわりの高級品だがこのショップのアウトレット商品だと2割程度安く買える。
それを目当てに立ち寄る人も多いのではないか。
クリックすると元のサイズで表示します




本題の工場見学であるが、オープンファクトリーのギャラリーを抜けると作業員、いや、職人が働く作業場がある。

ガラス越しに作業風景をみれるが、そこにある説明書きなどによれば、物差しなどの計器を使わず研ぎ澄まされた職人の感で製品を磨いているのだそうだ。
実際に職人たちの周りには物差しらしきものはない。
それぞれの行程において妥協を許さないし、爪切りははさみなどと違い合刃(あいば)で切るがその刃と刃を隙間なく合わせる作業は特に慎重に行われ、隙間を1から2ミクロンに仕上げるとのこと。
この作業は失敗の許されない神経を使う作業だそうだ。
こうした多くの行程を経て、最後に検品にたどりつけたとしてもそこで認められなければ世にでることはない。

書き忘れたが、諏訪田の爪切りはニッパー型の爪切りである。

工場には別棟があり、そこでは爪切りなどの材料となる鋼材をプレスする工程が行われている。
いわば製品への第1歩の工程である。
この工程では、1000度以上に鋼材を熱し、400トン(乗用車300台分)という想像もつかない圧力でプレスしている。
1000度以上といっても必要以上に鋼材の温度を上げずに400トンの高い圧力で鋼材を打ち込むことによって鍛えられた素材に生まれ変わるようだ。

さらに目を引いたのは、元になる鋼材をプレスして型抜きするわけであるが、型抜きして製品にする部分は3割にしかならないということだ。
製品になる3割のためには7割の犠牲がないと良い製品ができないという。
もったいない話にも思えるが、それだけこだわりを持って作っているのだろう。

余りにももったいない話なので、ショップの人に捨てる7割を再度鋼材に戻すなどして再利用することはできないのかと尋ねたが、基本的には製品としては再利用せず廃棄するとのこと。
ただ、ショップ内のインテリアなどとしては再利用しているとのこと。
よく見れば分かるが、工場見学通路のドアノブは真ん中がくりぬかれた残りの7割の鋼をドアに溶接して再利用されていた。



それにしても、伝統のある金物技術を時代の変化によって、こだわりの爪切りに活路をみいだし、それが成功しているということは素晴らしい。

SUWADAの爪切りは、非常にかっこいいが、もうひとつの主力製品「栗くり坊主」なんてのはちょっと系統が違う物に思える。

全く関係ない話であるが、子供のころはよく拾った生栗を必死に歯でむいて爪で渋皮をとりカリカリいわせながら食べていたことを思い出した。
今度、もう一度あの味を試してみるか。
0

2014/4/17  22:43 | 投稿者: min

「係長。私サクランボの苗を買うんだけど、そのたびに枯らして毎年買いかえているんですよねえ。」
「それは珍しいな。だいたい、庭木を毎年枯らすなんて相当管理が悪いんだなあ。ところで、サクランボは1本じゃ実はならないぜ。」
「え、そうなんですか。」
「そんなことも知らないのか。だいたいサクランボの木は佐藤錦を買うだろ。でも、もう一本別の品種を植えなきゃだめなんだよ。たいていの人は佐藤錦と一緒にナポレオンを植えているかな。」
「知らなかったわ。イチゴや枝豆だって一本あれば実が食べられるのにサクランボは特別な植物なんですね。」
「サクランボが特別ってことはないよ。こういった植物は“ジカフケツジツセイ”っていってサクランボだけじゃなく、梨とかも同じだよ。」
「へー、係長って詳しいんですね。」
「植物のことならなんでも聞いてくれたまえ。」
係長の鼻は3ミリ位高くなった。
だが、この係長、植物は好きなようだが、本当はたいして詳しくない。
「自家不結実性」って言葉だって、たまたま昔何かの園芸の本に書いてあった言葉を覚えていただけである。
だいたい、自分では“ジカフケツジツセイ”と話したつもりでいたが、まじめな顔で“ジカフケツジュチュセイ”なんて発音しているものだから、説明を受けた女性社員は思わず吹き出しそうになっていた。

「ついでに言っておくが、路地植より鉢植えの方が早く実がつくんだぜ。」
「そうなんですか。桃栗三年柿八年なんて聞いたことがありますが、その年数より早く実がなるんですね。」
「お、桃栗三年・・・なんて言葉一応知っているのか。」
「また、バカにしてえ。それくらい知っていますよ」
「じゃ、桃栗三年柿八年、ゆずの馬鹿めは18年なんてのは知っているか。そういえば、枇杷のなんとかというのもあったがな。」
「へー、さすがにそれは知りませんでしたね。」
また係長の鼻が3ミリ高くなった。
この係長は大した取り柄はないが、人に褒められるとのぼせるたちである。
それを見抜かれていて、上司にもいいように使われている。

「ところで、何で鉢植えだと早く実がなるんですかあ。」
「よくぞ聞いてくれた。木っていうのはなあ、若いうちは枝や根を十分に張って木を充実しようとするから花をつけようとはしないんだよ。ところが、鉢植えなんかは、すぐに十分に根が張るから木がすぐに充実して花を咲かせるんだよ。いってみれば小さな世界で満足してしまうんだな。それで自分は十分に成長したと思って次は子孫を残す方向に気持ちが向かうんだよ」
「へー、面白いですね。私はいつまでも成長しないからいつまでも花は咲かないかもしれませんね。」
ちょっと謙遜して女性社員は言ったつもりだった。
「俺なんかもいまだに成長期だからまだまだ根や枝葉を充実させる時期だよ。」
係長は同期のみんなが幸せな結婚生活をしているにも関わらず、まだ独身である。
なんだか自分が成長期だと勘違いしてるようだ。

ちなみに言っておくが係長の植物に関する言い分は科学的な根拠はない。
女性社員はそろそろ植物の話は飽きてきたが、係長の話はそれから30分も続いたのだった。


植物の特性というのはなかなか面白い。
根本的なところでは同じかもしれないが、同じ生物でも動物とは全く違う。

植物のすごいと思うところは数々あるが、半永久的に同じ個体が生命をつないでいけるというのは本当にすごいと思う。
ソメイヨシノをはじめとするさまざまな植物はもともと1つの個体である。
それが、挿し木などによって日本全国に広がっている。
ソメイヨシノはそれが江戸時代から続いているようだし、なんてったって挿し木などにした場合、本当は生まれてから100年以上たっているのに生まれ立てに近い状態に木が若返るのだから本当にすごいと思う。

人間も腕やその一部からもう一個の生命になるようなことできればなんて考えてしまう。
病気などで寿命を迎えても元気な部分を地面に挿すことによって再生できるとしたら老いや病への不安もなくなるかもしれない。
いや、医療の発達でもしかしたら今後は似たようなことが現実できるかもしれないなあ。


植物は自家受粉で子孫を残せるものも多い。
一方ではサクラソウなど自家受粉をなるべく避ける仕組みを持つ植物も多い。
それぞれに一長一短がある。
ずっと自家受粉では優秀な子孫を残せないが、子孫を絶やさず個体数を維持するためには自家受粉でもいいから確実に種を残す、という道も捨てがたい。

話がサクラソウに飛んでしまったが、サクラソウの仲間プリムラ・マラコイデスの花が咲き始めるとき、花茎がスーッと立ち上がってその茎に段咲きに花が咲くがその姿は好きだなあ。
しばらくすると何本も花茎が立ち上がって可憐さが少し失われるからやっぱり咲き始めが好きだ。
0

2014/4/12  1:08 | 投稿者: min

ようやく花が開きかけた桜の木の下でおもむろにかばんの中からうちわを出して一生懸命自分の顔をあおいでいる男がいる。
「まだ4月だってのに何しているんだい。暑いのかい。」
「いや、実験しているんだよ。隕石は大気圏に突入するときに大気との摩擦で燃えるというだろ。今日は花冷えで寒いから、もしかしたら一生懸命あおげば少し暖かくなるかなと思ってね。」
「ほんとにお前は変な奴だなあ。それでちょっとは暖かくなったかい。」
「いや、顔は冷たくなったよ。でも、一生懸命あおいだから体は温まったね。」

大気圏に隕石が突入するときに大気との摩擦によって数千度の熱が発生しほとんどが燃え尽きるというが、素人考えからすれば、風に当たっているんだから発生した熱も放出されるんじゃないのかな。

ともかく、実際に隕石は燃え尽きるんだから本当なんだろうな。
でも、ちょっと調べてみたら物体が大気を押すことによって空気が圧縮され熱が発生するようだ。
空気を圧縮すれば、当然熱が出るからそれが熱くなる原因となればそれも納得できる。


「大気圏への突入ってすごいパワーが出るんだな。」
「スペースシャトルが大気圏に突入するときには、1600度以上の熱を発するっていうよ。そのためにシャトルには耐熱タイルがはってあるんだそうだね。」
「スペースシャトルなんてバカでかいやつが宇宙に飛んで行くなんてどうかしているよなあ。機体の軽量化を図るためアルミを使っているそうだが、アルミじゃ200度程度で柔らかくなるっていうし。耐熱タイルはやっぱり必要なんだろうね。」

スペースシャトルは1980年代から2010年代まで130回以上宇宙を往復した。
もっとも、5機での飛行だから単純に平均化すれば25回ちょっとだが。

そもそも、スペースシャトルは米ソ冷戦が宇宙開発にまで発展し、その成果ともいえる。

「スペースシャトルって、コスト削減を目指していたっていうが、帰って来てからの整備に費用がかさんだって言うじゃないか。」
「そうなんだよな。当初NASAの関係者は機体の再利用により1200万ドル程度で運行できると主張する者もいたそうなんだが、実際はそれまでのロケット以上に費用がかかったらしいな。でも、シャトルの宇宙開発への貢献は素晴らしいと思うよ。」
「そうかなあ。シャトルの135回の航行で2度の爆発事故をおこしているよな。逃げ場のない悲劇じゃないのか。それも2つの事故は予兆があったっていうし、1986年のチャレンジャーの事故なんかは、Oリングが原因と言われているけど、その事故のあった日は異常に寒く、業者からの警告があったというが、NASAは発射を決行したそうだし、もしかしたら人災なのかもしれないねえ。コロンビアの事故だって発射の際に機体に損傷を受けていたっていうし、それを知らずに地球に帰還するなんて搭乗員はもちろん家族にも本当に無念だったんじゃないかなあ。飛行回数135回で2回の事故なんて安全な乗り物とはいえないと思うけどね。」
「そうかもしれないけど、スペースシャトルはハップル望遠鏡なんて宇宙解明に貢献した望遠鏡の設置に貢献したし、宇宙ステーション開発はスペースシャトルがなければ実現できなかったんだろうからその貢献度は貴重なものだよ。」

スペースシャトルは30年にわたり飛行し、その飛行距離は月と地球を1000回以上往復したことになるという。
その技術開発と貢献は本当に大したものだ。

でも、人間の能力を超越したこの計画を神様はどう見ていたのだろうか。
0




AutoPage最新お知らせ