2015/10/17  23:25 | 投稿者: min

結構前の写真もあるけど、比較的最近の散策時の写真の一部を貼り付けてみた。

散策=これといった目的もなく、ぶらぶら歩くこと
言葉の使い方が間違っているかもしれないが、なんとなくよってみたものばかりだから、気分的には散策なのだ。

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柏崎恋人岬
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いくとぴあ食花のイルミネーション
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新潟の3大イルミネーションなんだって。
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いくとぴあの日本庭園に映し出されるプロジェクションマッピングはなかなかいい
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結構時間も長く、きれいに新潟の四季を表現している
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こちらはみなとぴあのライトアップ
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そのみなとぴあでプロジェクションマッピングの国際コンペティションが開催された。
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牡丹山諏訪神社
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ここから円筒埴輪が発掘されていて、円墳があったことが分かった。
少し前発掘調査が行われたが、今は埋め戻されていて看板がなければだれも気付かないだろう。
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菖蒲塚古墳
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この古墳は前方後円墳。
看板によれば日本海側沿岸部では北限となっているが、
胎内市の「城の山古墳(じょうのやまこふん)」が前方後円墳だったことがわかり、北限は約50キロ北上した。

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【追記〜訂正】
城の山古墳が前方後円墳だったことが判明したと認識していたが、Wikipediaを見てみたら、前方後円墳との見解は撤回されていることがわかった。
メディアの記事でも胎内市教育委員会が今年9月調査報告で撤回していることが書かれている。
新聞にも載っていたはずなのだが、例によってすっ飛ばしたんだろう。
日本海側の前方後円墳の最北はやはり菖蒲塚古墳なのか。


上ン原遺跡(いわんぱらいせき)から角田山を望む
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巻竹の町の柿団地
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一面柿、柿、柿。
柿団地は角田山山麓に昭和44年造成され、縦横に車がやっと通れる細い道路が走っていて、今まさに収穫の時期を迎えていた。
その柿団地の中に菖蒲塚古墳や上ン原遺跡などがある。
栽培されている柿は平核無(ひらたねなし)とその平核無の枝変わりの早生品種刀根早生であるが、越王(こしわ)おけさ柿と命名されている。
越王はこの辺に越の王がいたことに由来する。
昔からの馴染みの呼び方は八珍柿である。
越後七不思議に次ぐ8番目の不思議ということ。

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ある排水路に棲む錦鯉
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この水路はかなり幅の広い水路で、見にくいとは思うが色鯉の他に黒鯉もうようよいる。
近所の方がここに放したとのことであるが、定期的に餌をやる方がいて、その大きさは50センチはゆうに超えているように見える。その口の大きさも半端じゃない。

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見附市今町の永閑寺
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ここは、戊辰戦争時新政府軍の本陣となったところ。
でも、同盟軍に奪われてしまう。その同盟軍の攻略方法も巧妙だ。

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長岡市中島の新政府軍上陸の地
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増水の信濃川を渡りきった新政府軍が上陸した地であるが、今は住宅街の目立たないところにある。

明治戊辰之役東西両軍戦死者の墓
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明治戊辰戦跡顕彰碑
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このほかにも、山縣有朋の歌碑があった。
その歌は見附の小栗山不動院の歌碑と同じものであった。

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長岡水道公園に残される水道タンク
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近くで見ると見上げる大きさで、きれい。

ポンプ室棟
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監視室棟
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水道タンク、ポンプ室棟、監視室棟は国の有形文化財に登録されている。
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2015/10/17  23:10 | 投稿者: min

「俺は将来どこまでもまっすぐな道を作りたいんだ」
「残念ながらそれは無理だな」
「そんなことないよ。今の技術はすごいよ。絶対に直線で100km以上の道を作るんだ」
「だから無理だと言っているだろ。なんでそんな無駄なことを考えるんだ」
「無駄じゃないよ。理論上も可能だし、それによって抵抗の少ないエコな道ができるんだ」
「だから、その理論が間違っているし、それを無理やりやったらエコどころかとんでもないことになるぞ」
「むかつくなあ。なんでそういえるんだよ。」
「いいか、直線てのは定規のようにまっすぐなことだろ。」
「そうさ。それが俺の主張する直線だぜ」
「忘れてやしないかあ。地球は丸いんだぞ。直線で100kmも道を作ってみろ、100km先は地面から784mも地面から離れてしまうんだぞ。そんな道を作ったらそこからどうやって地上に降りるんだ。エコどころじゃないというのはそういう意味だ。それとも、もしかしておまえは古代人のように地球平面説を唱えているんじゃないだろうな。お前の言い分を言いかえるなら『どこまでもきれいな孤を描く道を作りたいんだ』というんだな」
「くそ〜。この男に揚げ足を取られた」


今回、運動不足解消のためスカイツリーの隣の山に登ってきた。
ん、ちょっと言葉を省略し過ぎた。
今回、運動不足解消のため、東京スカイツリーと同じ高さの弥彦山の隣の角田山に登ってきた。

そこで、登りながらふと考えた。
弥彦山と東京スカイツリーの間に障害物が全くなかったらお互いが見えるのだろうか。
普段景色を眺めているときは、「地球が丸い」なんて意識しないが、これだけ離れていれば球体たる地球の“丸さ”の影響を受ける。

そこで計算をしてみた。
スカイツリーの高さが634m(海抜が3mあるが今回は無視)であるが、そこから見える地平線の距離の求め方は三平方の定理(ピタゴラスの定理)から
((地球の半径+スカイツリーの高さ)の2乗−地球の半径の2乗)の平方根
であるからエクセルでその距離を求めてみる。

地球の半径が6,378,000m(6,378km)
スカイツリーの高さ634m
で計算する。

式は
=((6378000+634)^2-6378000^2)^(1/2)
である。
あえて、関数を使って同じ式を作ると
=SQRT(POWER(6378000+634,2)-POWER(6378000,2))
であるが、
いずれにしても答えは89,932m

つまり、約90km先に地平線が見えるということになる。
よって、その間に何も障害物がない場合でも
それ以上離れた場所は地球が邪魔して見えないということになる。


同じ高さの弥彦山からも約90km先に地平線が見える。
お互いに90kmづつだから、直線で倍の180km以内の距離であれば弥彦山から東京スカイツリーが見える計算になる。
何度も言うがあくまでもその間に山も障害物もない場合であるが。

したがって、東京スカイツリーから弥彦までは直線で300km以上あると思うのでやっぱり見えないことになる。

ついでに、富士山から水平線はどのくらい先に見えるのか計算してみた。
結果は219,502m
つまり頂上から219.5km先に水平線が見えるということになる。

ちなみに標高2000mの山から富士山を望むとしたら約160km足すことになるから理論上、距離が380km以内なら頂上が見えることになる。

また、変なことを追求してしまった。

角田山中腹から日本海の水平線を望む
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角田山から蒲原平野を望む
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