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2016/12/4  10:00

絵本講師をしている理由が(1)  絵本講師

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長文なので(1)(2)(3)(4)と分けました


興味のある方は続きもどうぞ



「午前十時の映画祭」とのタイトルでシネコンが数年前より過去

の名作品と言われている映画を上映している



映画館で同じ映画を2回見たのは後にも先にもこの作品しか

記憶がないほど自分の中では印象に残った作品です



現在我が家にはこの作品のDVDがあるのでいつでも自宅で

見れるし部屋の100インチスクリーンでも見れる、でも思い

立って映画館で見てきました




今日この映画を見ていて分かった事が2つありました

ひとつは

「砂の器」と言うタイトルの意味(自分なりの理解ですが)



もうひとつは

なぜ自分はこの「砂の器」と言う映画を気にするのか?

と言う事、そしてそれが今の絵本講師と言うものにつなが

っているのではないかと言う事です



映画の楽しみ方のひとつに「感情移入」があります

作品の世界に自らが入って主人公となりあたかもそこに

自分がそこにいるかのように思ってしまう




自分の視点と感情はこの作品の主人公の子ども時代だったと

気がつきました


映画のあらすじはネット情報に任せますが

幼い主人公(のちに新進作曲家)を親身になり一時は育てて

くれた人物を殺してしまわなければならなかったのは

主人公の実の父の抱えた「ハンセン氏病」と言うものが

大きく関わっています



それゆえ、実の父・一時の親代わり(殺人被害者)住み込みをした

子どものいない家庭での少年時代と何度も「父と子」「家族」

「家庭」と言うものを築いていこうとするが、砂の器のごとく

崩れ去っていく宿命だったのかもしれません


続きは こちら から
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2016/12/4  9:50

絵本講師をしている理由が(2)  絵本講座





この記事はこちらからの続きになります




自分の父親は自分が生後三ヶ月の時に病死しています

よって自分は父親と言うものを知りません

「父親」を知らない、との感覚ではなく

父親というものを知らないのです



高校進学にあたり「戸籍謄本」を役場でもらったときに

父親の名前を係りの人に「これは誰ですか」と聞いた

くらいです、今思えば聞かれた方は自分の父親の名前も

知らない人とはどんな生い立ちなのか、などと思った

かも知れません



生後三ヶ月で亡くなっている父親なので、その後の人生

で父親の名前さえ意識することがなかったということです



今考えると「あぁ自分には父親はいないのだ」と意識した

覚えがありません、家庭環境だったのか時代背景なのか

「母子家庭」「片親」との思いも全くありませんでした

自分の中には父親と言う言葉は存在しなかったのです



父親を知らない、そんなことで辛い思いや悔しい思いを

したことはありません、存在を意識したこともないので

そんな感情もわかなかったのだと思います

続きは こちら  


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2016/12/4  9:40

絵本講師をしている理由が(3)  絵本講師

砂の器 [DVD]
丹波哲郎
松竹ホームビデオ
2002-02-21




この記事は こちら からの続きです



自分はずっと今まで「父親がいない」

(正しくは自分が生後3か月で亡くなった)

事は不思議なほどに全く本人の中では意識したこともなく

ずーと今日まで来ました



自分はなぜこの映画『砂の器』に惹かれるのか

分からないまま今日まで来ました

しかし今回改めて劇場で見て気が付きました

映画の中の「父子愛」(おやこあい)とはこうなんだということに



自分は父親なんかいなくても関係がない

今までの生涯には必要なかった・・・

と思い込んでいたけど、ひよっとすると

父親というものにずーと憧れのようなものを感じて

いたのではないか、と考えました



映画の中では幼い主人公が実の父親と別れなければ

ならなかった事、その後家族のようなものを作ろうとするが

砂で作った器のごとく脆くも崩さった人生

そんな映画の人物に自らの生涯を重ねて見ていたのかな

と思うのです、もちろん映画のような人生は何一つ

おこらず平凡に今まで過ごしてきたのは言うまでもありません


続きは こちら


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タグ: 絵本 映画 砂の器

2016/12/4  9:30

絵本講師をしている理由が(4)  絵本講師





この記事は こちら からの続きです



自分は父親を知らないことには、何一つ思いはなかった

知らないことで不自由な思いもしたことがなかった

いないので「頼る必要」などもなかった



と、自分の中で「父親」にふたをしていたのではと思います

でも心の中では生後3か月にして亡くなった父親と言うものを

求めていたのかもしれません



あんた、ちゃんと子育てしてから逝ってよ

などと、そしてその思いは自分の中にある事を根付かせて

くれたのだと思います



父子・母子・家族

このキーワードは意識しないまま心の中にあったのです

そして今、この事を伝えるには自分は何ができるのか

そう考えた時に巡り合ったのが『絵本』ではなかったのか



だれでも読めて家族や親子をつなぐもの

絵本を使って紡いでほしい

その思いが「絵本講師」としてのエネルギーになった

のだと思います



「なぜ絵本を」との問いかけには実は漠然とした理由しか

思い当らなかったのです

今回この映画を見てその説明が自分の中でできました


砂の器に教えてもらいました





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