春の夢
高2の秋。彼女の席は、教室入口近くの後ろから2番目。私の席は、ほぼ対角線上の窓側で前から2番目。
西陽に射されて、ぼっーとした頭で午後の授業を聞く。教師が問題を出した。誰も答えようとしないので、業を煮やした彼は、彼女を指名した。
音も立てる事無く、すっと起立した彼女は正解を述べ、両手でスカートを整えながら腰を落とす。教師が満足げな表情を示すと同時に終業のベルが鳴った。
天は二物を与えずというのはウソで、彼女は頭がいいだけでなく、スポーツ万能。おまけに気立てが良い。目鼻立ちのはっきりした、キャンディスバーゲン風の美人だ。
運動オンチで成績もさほど良くなく、おまけに少しブーチャンの私は、挑戦権すら無い。見ているだけで良かった。
ホームルームが終わり、掃除当番だけを残して皆、課外活動に向かう。彼女はバスケのレギュラー。私は学園祭の実行委員。
今日は、少し遅くなった。秋は陽が傾くのが早い、薄暗くなって来た帰り道を急ぐ。しばらく行くと、彼女の姿があった。若いヤンキー風の2人の男に絡まれている。彼女はとても迷惑そうな顔をしている。
その頃の私は、弱っちいくせに、人一倍正義感だけは強かった。
「なんばしよっとですか!」
「なんてや、なんか文句あっとか!」
「嫌がっとるじゃなかですか…」
勇気を出して言ってはみたものの後が続かない。
「あん、やるとや!こっちは二人バイ!」
足がガタガタ震えだした。
ちょうどその時、後から自転車がやって来た。
「お前たち、どがんかしたとや?」
乗っていたのは、うちの高校の体育教師だった。柔道部とラグビー部の顧問を兼務しているゴリラ先生だ。
「いえ、先生、久し振りに後輩とバッタリ会って話よっただけですよ…」
私服で分からなかったが、この二人、うちの卒業生だった。
「お前達、また女の子にちょっかい出しよったとじゃなかやろな、早よぉ帰って受験勉強せぇー!」
『ふぅー助かった。』
3日間に渡る学園祭最終日、本日のメインイベントはファイヤーストーム!
校庭のど真ん中に、国鉄から譲り受けた古くなった鉄道の枕木を井の字型に何段も組み、中に、建て替えで取り壊しになった家屋の廃材をぶち込む。
まずは、生徒有志によるミニロックコンサートの始まり始まり、みんな気分はビートルズ。点火の儀式の後、いよいよファイヤーストームを囲んで、フォークダンス。♪マイ・マイ・マイ・マイ、マイムレセッセ♪
裏方の私は、出演者の誘導やら、点火の準備やら、レコードの準備やらで忙しい。ダンスが始まると、裏方衆はファイヤーストームを背にして、水の入ったバケツを横に置き、みんなが楽しく踊っているのを見る。いつしか彼女を探している自分がそこにいた。
終了時刻の21時を少し回って、無事終了。校門に教師数人と実行委員の生徒が立ち、女子達がグループで帰ったり、家族が迎えに来たのを確認して見送る。そこにゴリラ先生と私もいた。
彼女が一人で帰ろうとしているのを、ゴリラ先生が見つけて呼び止めた。
「アンタ、うちの人は迎えにこんとね?」
「はい、母が熱があるっていうもので、家すぐそこですから…」
「ダメダメ!おいっヤス″お前送って行け!」
「おいが送っていくとですか?まだ、片付けの残っとるとですよ…」
「また、戻って来ればよか。よかけん、早よっ行かんね!」
「先生のあがん言いよらすけん、送って行くたい。」
「ごめんね」
「よかと、よかと」
途中、また、あの二人と出くわした。
「あーら、一緒に帰よっと?ファイヤーストームはもう終わったとに、アンタ達はまだ熱かとね!」
相手をせず、足早に通り過ぎた。気まずくなった私達は、無言で歩いた。彼女の家まで10分もかからなかったが、とても長く感じた。
無事、彼女を家まで送り届けた。帰り際、彼女が言った。
「ありがとう。それから…お疲れ様でした…学園祭。」
「いっやぁー、ハハハッ」
高3になって、進路別のクラス替え。別々のクラスになった。
3年生は、夏までに部活動を引退し受験勉強に専念する。私も彼女も、帰宅部になった。
また、学園祭の季節がやって来たが、フォークダンスで彼女と手を繋ぐ順番はめぐって来なかった。
高校生活最後のイベントは、マラソン大会。こんなもの苦痛以外の何物でもない。男子は女子より距離が長い分、スタート時間も早い。そういう分けで男子の遅いグループは、女子の早いグループに追い抜かされるという、屈辱を味わなければならないのだ。
案の定、私は彼女に抜かされた。『完走出来ればよかたい』と自分に言い聞かせ、ゴールを目指した。
やっと、校門が見えて来た。すでにゴールした女子が大勢いる。後、グランド1周…半周…、最後の直線。『恥ずかしいなー』彼女もいる。
えっ!
ウソやろホント?彼女が大きな声で、私の名前を呼んでいる。
「あと少し、頑張って!」
最後の直線で、私は5人をごぼう抜きにした。
ゴールして、幸せに浸っていると、その気分をぶち壊す様に、ゴリラ先生が私に言った。
「そんなに最後ラストスパート出来るとやったら、途中でもっと力出しとかんね、ペース配分考えろヤス!"」
卒業式。彼女は短大に進学が決まった。私は1浪が決まった。国公立組の合格発表は、卒業式の後だが、私学の発表は早い。とても落ち込んだ気分で式に臨んだ。早い番号のクラスの彼女は、先に入場していた。私が入場する時、出迎えられる形になり、目と目が合った。何か訴えかける様な視線を感じた。
最後のホームルームが終わって、教室から出ると、彼女が待っていた。
「あのう、茶話会が終わったら、体育館の裏で待っててくれん?」
「えっ!」
「高2の時のお礼を、ちゃんと言ってなかったけん。渡したい物があるとよ。よか?」
「うん」
後編に続く…
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