2007/7/31

砂丘。  映画

いくら何でも犬井ネタだけでこの巨匠を見送るのはさすがに気が引けるので……。

『砂丘』のラストだけは決して記憶から去らない映像のひとつである。
他のもろもろは忘れても(いや、モニカ・ヴィッティのことは忘れないが)あれだけはアントニオーニがやったことのなかで唯一本気で、凄い!!!と思ったことである。
まったく意味はなかったかもしれないが。いいじゃないか。。。

あ、もうひとつ。。。ソフィー・マルソーのベッドシーンも同じくらい衝撃的だったね。。。
ちょっと短かったけど、ね。。。

……て、いま気づいたけど『砂丘』と『BIRD★SHT』って同じ1970年なんだな!
どこか同じ匂いがしなくもない。。。鳥っぽい匂いw
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2007/7/31

あまりにビミョ〜。  映画

いやホンマ、アントニオーニも亡くなって、しかもベルイマンと同日の発表てそりゃ凄すぎるでしょといえば凄すぎるでしょ。

けどこれ、うわぁスゴ!めっちゃ偶然!ゆうて吃驚しまくるんかぁ、
それともぉ、たんなる偶然として素知らぬ顔でやり過ごすんかはぁ、

……自由だ!

(最近の犬井はもうダメなんかもしれませんが、この際あえてこれくらいしとかんと)
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2007/7/31

ブルースター・マクロード  映画

ユーロスペースにて『BIRD★SHT』。初見。
無理やりコネを使って入れてもらったのだからあまりこういう言葉使うべきではないかもしれないが、史上空前の後味の悪さだった。心底からアルトマンってサイテーなやつだと思った。警官隊のライフルで射撃、ならばまだここはアメリカ、テキサスだと凡庸な納得に身を委ねられようが、あれほどみすぼらしい自滅なんて誰も見たくない。作品じたいはおそらく最高傑作の一本だが。アルトマンにおける数少ない〈活劇〉の一本とも言える。ラストがフェリーニっぽい、とか聞いていたけどフェリーニなんて所詮ロマンチックないいやつでしかない。アルトマンにそんな甘さはかけらもない。もう二度と観たくないと思うが忘れたくても忘れられないだろう。子供を失くした母親みたいな憂いの微笑をずっと浮べているサリー・ケラーマンのコート(そして背中の傷痕)によって遺作のヴァージニア・マドセンの意味がようやく紐解けたが、それでもやはり遺作ではあらゆる意味で力を失っていたことも同時に認めなければならない。
それにしても70年当時のバド・コート(22)の、何とも脆弱ながら可愛らしい姿を見てつくづく時の推移は残酷だと思う。とてもこれが『ライフ・アクアティック』の醜怪なおっさんになるとは夢にも思えないじゃないか。『ライフ〜』見た直後、中原に指摘されるまでまったく気づかなかった。だがこの映画の残酷さと絶望は時の推移のそれといい勝負だ。

ベルイマンが死んだそうだが、まあほぼ大往生に近いのでオツカレサマの一言で済ませてしまいたい。死ぬまでに全作品を義務のようにして見通してやろうとしていたが自然のほうが足が早かった。所詮義務なので気が向かないととてもじゃないが見る気になれないものが多すぎたし。その見た作品中で気の利いた一本を挙げて、あれだけはよかった、などと書いてもベルイマンに『BIRD★SHT』に匹敵するものなんて一本も見た記憶がないのだから、嘘っぽすぎて弔意にもならないので気が進まない。
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2007/7/30

なんと象徴的な。。。のか?  日常

よりによって今夜小田実が亡くなった、という事実を冷静に受け流すべきか。
それともこの驚くべき偶然に驚愕すべきなのか。
よくわからないが、とにかく現代史にとって大変なひとだったことはたしかだろう。
でも冥福を祈るべきかどうかさえよくわからない。
だって……死んだって死なないひとでしょう、このひとだけは?
少なくとも私のような世代の人間にはそう思われるはずだ。

我々にできることは彼の遺志を継続して、戦争産業に支えられる全体主義国家の形成を阻止すべく今夜の紅白戦のからくりを暴き、次なる一票の重量をさらに増すことだ、というしかない。

あ、いやまあ、それは彼「だけ」の遺志ではないのだけれど。。。w
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2007/7/29

セックス&ヴァイオレンス・オブ・リベンジ  映画

トニスコ伯父貴『リベンジ』米盤。初見。
めちゃくちゃいい。トニ伯父最初の傑作、ということになるか。
アンソニー・クインの老マフィアにマデリーン・ストウの若妻。しかもメヒコである。破滅したくなければ当然近づくべきでないパターンだ。しかし運命の雨は降る。たしか劇場予告ではジープ・ファック(則文師匠に大接近w)が大きくフィーチャーされていた記憶。QTが『キル・ビル』後半の娼館で引用したのはこれだったか、といまさら膝を打つ。『ハンガー』以来の布がひらひらする呪術療養を経ての後半、肺ガンで死ぬ馬売りのテキサス野郎(『サンダーボルト』そっくりの死にざま)だのメキシコのいとこ同士だの、ここらへんの男たちの共闘ぶりも実に感動的。
なぜ公開当時見ていなかったのか。90年といえば大学卒業直後である。人生で最悪の時期と言ってよかろう。金も仕事もなく朝から晩まで安い酒を呑んで暮していた。ケヴィン・コスナーがジープ上でいい女を抱く画面を見て嫉妬したにちがいない。バカだった。
とはいえこれを観ていたら自分の人生が何か変わっていた、とも思えないがw
そう言えば同年に『ワイルド・アット・ハート』がある。こっちには嫉妬しなかったので観に行った。いまその二本と加えて七年後の『Uターン』のどれを択ぶか、と問われたら『リベンジ』と『Uターン』の間で大いに悩む。ストーンも明らかに『リベンジ』を意識しているだろう。
……いや、あの海辺の雨のせいでやはり『リベンジ』の勝ち。
ああいう雨を降らせたい。
……もちろんああいうガン殴りやらナイフぶっ刺しやら立ちバックやらも。。。

現在、邦盤は新品では売ってないようだ。ぜひ再発してほしい。

おっと二点書き忘れ。
1.音楽はジャック・ニッチェである。
2.公開時は124分でこのdvdはディレクターズ・カットとして20分以上短い。どの辺を切ったのだろうか?冒頭の瀕死の男にまつわる辺りだろうか?
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2007/7/29

3121  音楽

プリンス『3121』はおおむねOKだが、いささか不安が残るのだった。
そうしてそれは新作『プラネット・アース』の崩壊に繋がるのだが、たとえば#8《Fear》なんかが如実であるようにプリンスにロックは無理、というかプリンスはロックができない、というかロックナメてるというか、そういうところに来ているので、いまさらロックなどやるべきではないのにやってしまう重商主義がそこに痛々しく横たわっている気がしてならない。でもみんなそれでいい、というかそんな全く迫力のない陳腐なものに耳慣れしてしまっているので需要と供給のバランスが取れている。だが天才の仕事というのはそういうものをぶち壊しにすることであって、その意味でプリンスは枯れてしまったと言われてもしかたないかもしれない。
いや、7曲目まではたしかに悪くないのだ。素晴らしいとはいわないまでもたしかに悪くない。そうして9曲目以後も持ち直しているように聞える。#11《The Dance》なんてド迫力で名曲だと思うし、ラストの#12《Get On The Boat》の軽妙さなどいまどきあまり聴けない種類の音なのではないか。しかも聴くうちに近頃の誰も彼もがプリンスをパクっていることが明らかになり、それもまた天才と言われる由縁だろうが、であればこそ『プラネット・アース』のような迎合路線には向わないでほしかった、というのが率直な感想。
しかし私は今後もプリンスさんとは見限らず付き合っていくことになるだろう。このひとには何かある。いつか、もう少しすると何かやってくれる気がする。

もちろん日本のプリンス(安倍ちゃんのことね♪)には一切の期待はないけれど。
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2007/7/29

サンシャインシティ地下4Fの謎  日常

終日、昭和の妖怪・岸信介について考え続けていた。
そう言えばあしたは選挙、と気づいたのはいましがた。
明晩、愚孫の引き攣り顔をこの目で確かめたくて考えていたわけではないのだ。
というよりこの妖怪とその孫がまったく無関係にしか思えないほど、妖怪は良くも悪くも(悪い方がそりゃ多い)とてつもない天才政治家で孫はどこまでも阿呆だということばかりがわかる、という研究結果。
実際、選挙結果より巣鴨プリズン跡地に何があるのかのほうが気になってしまっている。
さっさと廃止すべきものへの投票なんてナンセンスに決まっているが、このクソ高い税金をそれでも泣く泣く払っている極貧納税者としてはとにかくあんなもの一刻も早く廃止するためにこそ一票投じなければならない。いや、それはまだまだ先のことだと思うとあの妖怪の愚孫が首の上に有する妙ちきりんな坊っちゃん顔を引き攣りまくらせてやるというドS(いじめっこ)根性を満足させたくてしかたなくなってきた。
間違っても笑顔を見るという結果だけは勘弁してほしい。……まあこの選挙は前哨戦に過ぎないとしても。。。

ああ、付け加えるとこの事態は無論、秋庭俊の新刊『新説東京地下要塞』と「現代思想2007年1月号−岸信介特集」を同時に読んでいるせいで起きているw
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2007/7/28

元の黙阿弥……  音楽

プリンス最新作『プラネット・アース』は、いきなり八十年代に舞い戻っていて全然ダメである。粗雑で安くて、聴いてられない。やっぱこのひと、こういうのが好きなんだろうな。私にとってのプリンスは、先述した三枚だけ、ということか。。。
明日届く『3121』はどうなのだろうか。。。
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2007/7/28

そうでなければならなかった何か。  音楽

2003年発表のランディ・ニューマン『ソングブックVol.1』はセルフカヴァー集である。
そしてこれほど美しいセルフカヴァー集を私は聴いたことがない。
四十年前に「そうでなければならなかった何か」がいまも形を変えつつも保存されていることに心から感動する。
それは私の言う意味での〈活劇〉とほとんど同じことだ。

ちなみにハリー・ニルソンの『ランディ・ニューマンを歌う』は聴くべきだと思う。
でも私はニューマンその人による元歌のほうがずっと好きだ。カヴァーの限界とかそういうことではない、本質的な何かが違っている。劣っているかもしれないが、優劣を超えて「そうでなければならなかった何か」というものがあるとして、ニルソンにはそれが確実に欠けている気がする。
もしかしたらニルソンはそのことに気づくことによって「負け犬」になっていったのかもしれない。無垢に才能だけでやっていたひとが己の限界に気づかざるを得なくなる瞬間のドキュメンタリー、という意味で聴いておくべきだと思うのだ。

ちなみに私自身はきっとニューマンよりニルソンに近いとわかっている。でも私はニルソンより運がいい。最初から自分は天才ではないと気づかされていたから。
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2007/7/28

食わず嫌いを克服。  音楽

もちろん体力も気力も底を突いているのだが、何とかあるパーティーへ潜入しご無沙汰な先輩諸氏と談笑させていただき、かつ東京會舘のシェフが出張して腕によりをかけたというお墨付きの旨死に洋食の数々を貪った(卑しいかぎり)後、新宿〜下北沢と二軒ほど呑み流れて帰宅。
そしてプリンスである。
デビューのときはそりゃあぶっ飛んだものだったが、その後の安っぽい電飾を巻きつけたみたいな祝祭的サウンドにどうしても耐えられずずっと軽蔑・唾棄し、九十年代に入ってからは聴く気もせず、食わず嫌いのまま十年以上が経過してしまった。
だが数日前ふと見かけたジャケットに「!?」と何かを感じてアマゾッたところ、驚愕!
先ほど『ミュージコロジー』を聴き終わったところですが、そのジャケ買いした『レインボー・チルドレン』『NEWS』(これジャズだというと勘違いされます。ただのクラブ・ミュージックです)の三作、なかなかの傑作だと思いました。編曲も音粒の合せ方もめっちゃくちゃ丁寧に作られている、と感じ入りました。四十代ナメンなよ、て感じです。この丁寧さの目指す意味が言葉ナシでひしひしと伝わってくる。どうせ後悔するに決まっているからいまさら九十年代まで遡行して聴き直すつもりもないけど、今後ちょっと目が離せません。
ランディ・ニューマンももちろんいいけどプリンスも、いい。
数日前対談でお会いした漫画家の槇村さとるさんにも感じたことですが、早熟のデビューを果たしたひとというのは歳を重ねた後の仕事の底深さが違うのだなあ、と素朴に感動した次第です。私のように三十過ぎてのこのこやってきた人間にもまあ、映画ってだいたいそうだからそれなりのことはいずれ出てくると思いこみたくはありますが、ああしたガツガツしたところのない嗅覚の鍛えられた念の入りようというのは早熟の天才といわれたひと独特のものだと感心しきりです。
プリンス、続けてアマゾッた二作も愉しみ〜!
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