2007/9/30

ミャンマーその他の謎  議論

中国が支援するミャンマー軍事政権と国交断絶中のアメリカが今回のデモを支持することと、日本政府がジャーナリストを殺されていながら国交断絶に踏み切らないことの間にはどんな因果関係があるのだろうか? ないのだろうか? あるとしたらそれはインド洋上給油とも何らかの関係があるのだろうか?
そもそもインド洋上で給油されるガソリンはどこで産出され、どこで積まれているのだろうか?

ともあれ、インド洋上給油が「国際貢献」ではなく「同盟する一部の国々による侵略戦争への貢献」であることは間違いないように見えるのだが。
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2007/9/30

母子ともに健康。  言葉

いまたまたま留守電を聴いたら、敬愛する担当者からの連絡が入っていた。大物が無事生れたことはすでに聴いていたが、本人の声で「母子ともに健康」と聴くとなんだかはしゃぎたくなるようなうれしさがこみあげてきた。
本当にめでたい♪
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2007/9/30

エンタクシー最新号  書物

届いたのでパラパラと見ていた。

福田和也さんが「Another girl, another planet」という文章をお書きになっていて、それはオンリーワンズのファーストのA面二曲目のタイトルで、たぶんオンリーワンズの曲でいちばんかっちょいい曲なんだけど、これがすっと出てくるのは直前に大江君の文章が載っていてそこにはエロのことがついに出てきたりして、記憶がどっと高校時代に戻ってしまったからなんだろう。
でもその少しあとで坪内祐三さんが長塚圭史さんとの対談で「ナンバー1よりオンリー1ってバカでしょ」と仰っているのが当時私もそう思っていたので笑った。
しかしピーター・ペレットって凄くかっちょいいシンガーだったと思うけど、あれからどうなったんだろう? まだ現役でやってくれているとうれしい。ペレットはジョニー・サンダースの「So Alone」のセッションにも参加していた。
ちなみに福田さんの文章には「Sad Vacation」の歌詞も出てくる。ちょっと変えてあるけど。
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2007/9/27

インランド・エンパイア  映画

朝八時半、J−waveに出演。続いてSwitch取材。本屋めぐりをしているうちにほとんど気持ちが空白になり、思いきって恵比寿で『インランド・エンパイア』。

他人の気持ちがわかる、と言い募る輩をいまさら糾弾しようとは思わないので、ただ、ふうん、エスパーみたいだね、とからかってやるに留める。一方、他人の気持ちなんかわかるわけがない、と言い募ろうという反骨精神もこれといってなく、内心でそう呟くに留める。こういったいささか窮屈な場所に自分を置くのも疲れることなので、やがてひとはあることをはじめる。だだもれである。他人の気持ちがわからないのだから自分の気持ちも他人にわかるわけがない、だいたい気持ちってなんだよ、いいんだよ、気持ちなんかどうだって。というわけで「有閑マダムの妄想」という設定を敷いてその上を気ままにドライヴすることだってやろうと思えばできる。こういうドライヴを最初に発明したのはルイス・ブニュエルかもしれず、だからローラ・ダーンの手の甲に「LB」と刺青があるのだとか、なんたってこれは『昼顔』の遥かな翻案だとか、「47」だってドアにくっついてるんだから当然逆さにするしさらに鏡に映せば「Lb」って見えやしないかとか、あれこれ考えるのも、このドライヴを快適に過すための方便のひとつだろう。デパルマの『ブラック・ダリア』にも出てきた「笑う男」とかいう現代絵画の模写みたいなのも出てくるから、ブニュエル祖形説はさらに強固になっていく。……おっといけない、それを考えるとかなりシュトロハイム的なところ(モロ『クイーン・ケリー』を模倣した蝋燭と祈りのカットがあった)もあるのであり、デパルマにはまだ距離への古典的な信頼があるからなんとなく説得された気にもなれるが、リンチにあるのは接触したら映画は終わり、という強迫観念のみなので、それこそ「真っ暗な映画館にいるかのような」距離の失調にギリギリまで(つまりどアップ)付き合わされるのもしかたない、と諦めよう。もしかしたら北野武はこの二人の中間にいるのかもしれないが、それがいいことかどうかは知らない。そういえば北野さんも『サンセット大通り』症候群っぽいし、なんかなぁ。あと、名前だけ入れ替えたらあとは別人でも二人一役でも一人二役でも何でもあり、というのも北野さんと共通してるかも。人形はオリジナルだけど……てこともないかぁ(大和屋がw)。これで自分とか他人とか気持ちとかまったく特定できなくなるだろう、ということですかね?
けどデジカム使ってるのにあくまで「映画はサイレント」と強行に画面と音響を分離し続けるリンチはある意味立派と感心もするけれどそこで苛立つ人も相当多いはずで、いかんせんそこでの音響のセンスがJLGやストローブ=ユイレ、あるいはソクーロフなんかとも比較にならないくらいダサいのは誰の耳にも明らかだな。あと、ダンスシーンのもうどうにもならない俯瞰のダサさ、もちろん狙いでしょうけど、ああいうのではもはや脱力さえしない。そもそもブニュエルは最後までだだもれじゃなかったし。……あ、『銀河』とか『自由の幻想』とかはもうほとんどそうだったけど。。。
それでも三時間、それほど退屈しなかったのも今日は気持ちがなかったせいだろうなあ。なんか気持ちがある日に見るとたしかに超むかついてたかも……w

ただあれだね、これだけビッチもガンも出てくるのに『デス・プルーフ』に似ても似つかない、というのはやっぱリンチが人間としてQTよりずっとオトナってことですかね? でもオトナの映画が良いとはかぎらないのがこの世の難しいところで。。。
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2007/9/27

備忘録・追加  労働

27木 7 ラジオ@J−WAVE 8 SWITCHインタビュー 19 小説トリッパー打合せ
28金 18 カイエインタビュー
30日 渡仏

……よし!憶えた! 
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2007/9/26

クリント・スコット  映画

ネルソン・マンデラの伝記をモーガン・フリーマンでイーストウッドが映画化に触手、という話を聴いても「う〜む、そうか」と腕組みしてしまうが、『サブウェイ・パニック』をディンゼル・ワシントン主演でトニーがリメイク、と聴くと「どっひぇ〜〜〜!!!」とのけぞる。。。
音楽は当然、デヴィッド・シャイアですよね、トニーさん!?
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2007/9/26

事故る。  日常

そう言えばいま思い出したので慌てて書きとめようと思いたったが、昨日自動車事故に遭った。
前方を走っていたワゴン車が曲がり角で対向車とお見合いになったと思ったら突然バックしはじめ、私の乗っていたタクシーに激突したのだ。当然ながらそこでタクシーを乗り換えなければならない。たまたま目の前に一台の「空車」が通りかかった。大慌てで呼び止め、無事に出社……かと思っていたのだ、それまでは。

社に着き、あれこれ用事を済ませていると、携帯電話がないことに気づく。私にとって、というか現代人の多くにとって携帯を失くす、というのは死活問題である。乗り換えたタクシーだと思い、レシートにある会社に電話する。相手は丁寧に応対してくれたが、数分後、かかってきた電話は「ありません」というものだった。私は途方に暮れた。だがその会社の人は「ドライバー曰く、乗り換える前の車ではないか、と」。。。そうなのだ、その可能性が高い、なにしろ事故で多少なり動顛していた可能性もある。だが、その車からはレシートを取っていない。自分の携帯電話を鳴らし続けるしかない。はたして、事故に巻き込まれたドライバーは私の電話を取ってくれ、なおかつ会社のすぐ傍まで持ってきてくれたのだった。
皆様、ホントにありがとうございました!!!……とこの場で再度、お礼を。
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2007/9/26

京都が好き。  労働

京都の皆さん、ありがとうございました!
立ち見まで出るなんて夢にも思わず、感激でした。
京都シネマのスタッフの方々も、お疲れさまでした!
僕は本当に京都が大好きなんです。ときどき夫婦で出没してます。もし街角なんかで見かけたら、ああ、どうも、くらい声をかけてください。
またよろしくお願いします!
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2007/9/26

宮沢章夫様へのメール  演劇

昨夜は『ニュータウン入口』拝見させていただき、大変ありがとうございました!
宮沢さんが自分とほとんど同じことを描こうとしているのだということが手に取るようにわかり、というのはあまりに僭越ですが、しかし手前勝手ながら痛いほどに感じられたのでした。それはある時期に我々が手にしてしまったどうにも解決のつけようのない「あのこと」の問題を、解決へ導くのではなく経過としてでも継続して描いていくことの重要性も含めてなのだ、と確信するのですが、しかし宮沢さんは演劇、僕は映画でそれをやろうとしている、ここの違いを深く感じ、また今後これを自分は自分でどう展開していくべきなのか、これほどまでに深く考えてしまったこともいままでありませんでした。
宅地造成地と森の間(とはかぎりませんが)にスクリーンを吊るために建った鉄骨が、あるときは掟の門に見え、あるときは鳥居に見え、あるときは壊れたジャングルジムに、さらにセコイアの林にも見えましたが、それが何に見えようとわれわれはつまるところこれまであらゆる場所に引かれていた「境界」というものをもはや信じることはないのだ、という決意のようにも見受けられました。この決意はまた私のものでもあります。それを見届けるために、泣いてはいけない、これは泣いて見逃してはならない、と、その手で哀悼を捧げるべきポリュネイケスの存在が抹消されてしまうシステムの残酷さがアンティゴネを黒々と染める最終部を懸命に堪えたのでした。
手を洗うときのイスメネ、オブシディアン、ポリュネイケス三者の白い衣装が卓抜でした。
若松さんの声はやはり素晴らしい。それから三科さんの声量も尋常ではない。
南波さんが途中で能を舞いはじめるところは大いに笑いつつ、刺激を受けました。あれはちょっと拙作『こおろぎ』で沖縄の歌をライヴでやるところに似ている気もしました。

いまのところ、ここまでです。もっともっと考えます。いただいた戯曲もしっかり読みます。そうしてこれから自分のできることをしっかり考えようと思います。蜷川さんのシェイクスピアも私にとっては他山の石です。ですが、宮沢さんのこのオリジナルはまさに自分自身に課せられた何かとそっくりなのです。
考えがまとまったら再度メールします。
それか、またゆっくりお話できるとうれしいです。
ではでは!
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2007/9/24

今日の夢  日常

部屋にねずみが出た。最悪。

京都、行ってきます。
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