2007/9/23

備忘録  労働

明日からの予定(書いておかないとマジ忘れそうなので)。

24月 11 品川駅から京都へ
25火 13 帰京〜出社〜税金支払  19 ニュータウン入口@三茶
26水 15 打合せ@GE      19 トーク@ライズ
27木 7 ラジオ出演@J−WAVE
30日 フランスへ

てゆうか昨日、助監督野本と呑みすぎたため、海馬がふやけているのだ。
*税金を払うためには明日出発時に納付書を持っていくこと。(○すでに鞄のなか)
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2007/9/23

宇宙大怪獣ドゴラ  映画

昨日コメントをくださった方々、ありがとうございました!
今後はああいうカット(入水シーン)をたむらさんの威光を借りずに撮ろうということを考えているところなのでした。その「今後」がいつのことやらわかりませんけど。

ところで。
先日、飲み屋友達というと叱られるがリスペクトする大先輩・甲斐よしひろさんのラジオ番組「セイヤング」(これを御聞きになった方からもコメントいただきましたね!ありがとうございました)にプロデューサーとともに出演させていただいたときのこと。
パートナーとして甲斐さんをサポートするドラマー、松藤さんから驚くべきことを聞いた。
氏曰く「あれは『ドゴラ』だよね?」と。
一九六四年、つまり私の生れた年に作られた『宇宙大怪獣ドゴラ』という本多猪四郎監督東宝特撮怪獣映画で「くらげ状の怪獣ドゴラがラストで若戸大橋を吊り上げる」というのだ。これがなぜ驚くべきことかは、最新拙作を最後までご覧いただいた方になら首肯いただけると思われる。地元福岡出身の先輩ならではの指摘といえるだろう。
いやはや、思えば怪獣映画(東宝ゴジラシリーズ、大映ガメラシリーズ)で己の映画人生をスタートさせた者としては、自らの生れた年に作られたとはいえ存在さえまったく知らなかった作品を引用してしまっていた、というのは因果というほかない。思わずdvdを取り寄せたのだった。
で、観てみて唖然。
くらげ状というよりは烏賊だったが、たしかに若戸大橋を触手でもって吊り上げ、そして落とす(ただしナイター)。しかしそれよりも驚きなのはその後、ドゴラが細胞分裂を起こして無数のシャボン玉状に変化してしまい、さらにそれが蜂の毒を浴びて鉱物化し落下、悪漢どもを潰してしまうのだ。これでは松藤さんの指摘は妥当と言うほかない。上昇・落下にまつわる発想もまるきり同じ。偶然の一致とはいえおそろしい話だ。

というわけで今後、あれは『ドゴラ』の引用である、ということにしていただきたい。

なお、ここには中村伸朗が出ていて、また藤田進、河津清三郎、田崎潤、小泉博、さらに天本英世(若松出身)まで出ている。その点でも呆然とするしかなかった。
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2007/9/22

終わった。  労働

たむたむ新書、とりあえず脱稿。われながら前例なき驚異のスピードか、と。
この二週間、ずっとたむらさんが自分に下りていて、これまでの屈託がすっかり抜けてごく普通に接することができるようになったのが、個人的にはなによりめでたかった。
さて、あとは編集部がどれくらい脚注をつけてくるか、だなwww

そして私は次の作業(中篇と地方紙のエッセイ残三十回分)に向かうべく、しばしのポーズ。。。
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2007/9/22

ラストスパート  労働

某シネマトグラファーにまつわる200ページの新書の原稿をまとめ上げるのに二週間、その間に夏休みを取り、地方キャンペーン二つとラジオ出演、シナリオ打合せをこなしつつ、いよいよ最後の一章までこぎつけた。明日いっぱいでやりおおせ「ねばならない」w
本文中、「ねばならないの廃棄」という提言が出てくるのだ。「ねばならない」とはたとえば映画史の常識であり、それを廃棄して目の前の現実と戯れなければ真に遊んだとはいえない、という厳しいんだか緩いんだかわからない提言である。この提言と金銭の間で引き裂かれながらやってきた十数年だとつくづく思う。「ものみな映画で終わる」などとシネマなことを言えてしまう昔の大家著作集の編集氏(訂正)にはおそらくわかってもらえないだろうけど、いいやw

わが敬愛する担当者の胎児が予定日を過ぎてもまだ出てこず、〆切を守らない子だということで大物だかダメな子だかどっちなんだ、と笑った♪

ちなみに私はちゃんと〆切を守る凡庸なよい子である。

それにしてもいいかげん精も根も尽き果てた夏の終わり。。。
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2007/9/19

北海道はもう秋なのさ♪  ツアー

はい、札幌です。キャンペーンです。シアターキノ、これまたステキな小屋です!!!
アンナ・カリーナとノスタルジアっす!
これから札幌に来る予定のある方、とりあえず羽織物はご持参下さい。邪魔になるかと思っても備えあれば憂いなし。

とあるはてなブログに「教訓」という形で拙作批判がなかなか詳細に展開されておりましてそれなりに興味深いものがありましたが、総合して申せば所詮趣味人の(笙野某にとってのブンガクとさして変わらぬ類の)よしなしごとでしたので、こんなにクソ忙しくなければ反論とかしてもよいのですが、残念ながらマジ死ぬほど忙しいので、スルー。

ひとつだけ書くと……もちょっとフォードとかホークスとかマジメに見たほうがいんじゃね?w

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2007/9/17

デス・プルーフを観よう!  映画

宣伝部の小ビッチからメールが来て「美しい国」を逆さに読むと「憎いし苦痛」なんだそうだが「にくいしみ」とも読めて、なんだ女性の敵じゃないか、ほらぁ、などと悦に入っているとメールの本題はそんなことではなく、

えええっ、『デス・プルーフ』が苦戦!!!???
信じられない!!!


とりあえずこれより面白い映画なんていまどこでもやってないんだからみんな黙っていても観るだろう、などと高を括っていたのが失敗だった。
ダメですよ、皆さん!観ないと!
『デス・プルーフ』マジ超最高なんだから!
一般館なのに終ったらスタンディングオベーションだってよ!!!
つまり、観たら間違いなく超盛り上がれるってことだ!!!

二回目三回目のひとはもちろん、まだのひとは、とりあえず今週中に必ず最寄の劇場へ!その際絶対彼氏彼女か友達を最低二人は同伴すること!ひとりで観る映画じゃないから!みんなでわいわいがやがや盛り上がるための映画だから!何しろグラインドハウスだから!活劇だから!

……ああ、まあ時間的余裕があったら『サッド ヴァケイション』も観てくれるとうれしい。
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2007/9/16

LAN  日常

タワーの電源抜いて、入れ直したらあっさり繋がった。。。
なんてクソ単純な機械なんだ!
そんなもんに夜から昼まで惑わされるなんて超むかつく!
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2007/9/16

チルドレンという尾鰭  日常

北九州・福岡の皆さん、ありがとうございました!
あと、ここだけの話、博多で映画見るならKBCシネマ! シネコンが悪いとは言わないけれど、KBCシネマは映画館そのものの良さが残る全国でも数少ない小屋です。

福岡から帰還し、メールチェックしようとするが、LANが接続してくれない。あちこち調べてまわるがどこが悪いのかさっぱりわからない。設備会社に連絡しようとするが連休だ。諦めてISDNでネットに初接続。やや遅いけどでも実はADSLと革命的な違いがあるわけではない。やはりこういうことって何もかも誇張宣伝だ。我々が作品を紹介するときもどこかで誇張していないはずがない。ものを売るとき、必ずそうした尾鰭はついてまわる。
だが当然「見る側の解釈」というやつも同じようなものだ。作品を見ただけで作り手や俳優当人を過剰にわかった気になるひとも少なくない。こいつはマザコンだ、だとか、こいつは女性蔑視者だ、だとか。作品と作り手側を切り離すことのできない、旧弊な心理学のせいではびこり続けるこの手の解釈に出会うたび、げんなりする。見る側とデータベースを共有しないかぎり永久にポストモダンなど訪れないだろう。取材を受けても90%はただのモダニズムのままである。
意味、意味、意味。
映像の襞の奥底に感覚してくる者はほとんどいない。だがこちらはそこでの作業に最大の時間を割いているのだ。
コイズミジュンイチローやらアベシンゾーやらに仲良くつきあって結局そういう退嬰と停滞を余儀なくされたチルドレンなこの国の言説的インフラを立て直すことは、もはや不可能なのかとさえ思われ、途方に暮れる。
たったお一方だけ、同じ映像作業に携わる方が「なぜこのような編集なのか」とお尋ねになった。だがそれに答えるにもいつ果てるとも知れぬ時間が必要だ。ショットという概念をめぐる現代映画の方法論を一言で答えることなど不可能なのだ。何しろここに逢着するまでに私自身、七年の歳月を賭している。しかしこのことはまた時間をかけて丁寧に説明していかなければならないことでもある。よほどの目利きでもいまだにトニー・スコットを「MTV的映像処理」と誤解する向きだってあるのだから。その説明が私ごときの任であるかどうかはわからない。幸いにして今月発売の雑誌「ユリイカ」に発表される予定の蓮實重彦師による『サッド ヴァケイション』論において、私自身というより私を素材として現代映画におけるショットの概念の変容について総論的に触れておられるので、ぜひそちらをご一読いただきたい。ここで蓮實師が『サドバケ』を支持・擁護しておられるかどうかはとりあえずどうでもよいことであって、問題はこのショットの概念を当然のこととして受け容れられるかどうかが現代映画を理解しうるかどうかと同義だということにかかっている。そうして映画のポストモダンにとってこの理解は死活問題となりつつある。

昨夜、田宮二郎を特集した番組をやっていてふと見ていると、そこに登場した某有名映画コメンテーターが、田宮がハリウッド進出を果たした映画『イエロードッグ』を当時かけだしであったというその某氏は本人を前にこき下ろしたことがあるそうで、それを公共の電波で「自分はなんてひどい人間なんだろうといまになって思う」と天文学的なバカを曝け出していささかの恥じらいもなく、例によって得意げに語っていた。このようなさも誠実そうな告白もまた尾鰭に過ぎない。田宮二郎を偉大だと本気で思うならどうしてその場ですぐに後を追わないのだろう。
きっとこのひともチルドレンなのだ。

いつまで経っても仕事が終りそうにない私は、少なくともチルドレンではいられない。
いたくもないし、もちろん。
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2007/9/13

dub trio  音楽

探さないで下さい、な休暇から帰還し、届いている荷をあれこれぶち開けているとこれに出くわしました。『Exploring the dangers of』というのがアルバムタイトルで、まあ要するに人力ダブですんでどこかディス・ヒートがダブやってるみたいな感じもするんですが、ちょいとやられてしまいました。あ、俺これやりたかったのよ、的な。

それにしても日本て国は洗練されてる、というかここまで来るともう粋ですな! じいさんのしでかしたことを孫の代でパロッちゃうなんてね! しかもそこにメリケンをめぐる二人のじいさんの遺恨まで絡ませるんだから、南北も真っ青の歌舞伎っぷりですか! モロに「でもそんなのかんけーねー!」とかやっちゃうわけだし! ほとんど裸芸! そう言えば、つい小島「よしお」を「のぶお」と呼び間違えるのには一種の生理的恐怖が相同関係として原因しているのだろうか、と訝ってしまいます。
嗚呼、アメリカン・スク〜ル!w

しかしどう見ても「インド洋の給油」ってエイリアンの交尾以外の何物でもないよなあ。

明日明後日は北九州にキャンペーン。
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2007/9/11

trance-vacation  日常

昨日もラジオ、テレビ、出版と三つの要件をさくさくっとこなす。
テレビ後にとっぱらいのギャランティを懐にするとふと気づいて渋谷の楽器屋に駆け込み、ここ数日の重要課題であったBOSS RE−20 Space Echoを購入したはいいが、帰宅が夜半となったのでお試し時間がない。そうして今日から三日、待望の夏休みだからその後に持ち越しということになりそうなのがいささか心残りだし、さらに夏休みから帰った翌朝からは福岡にキャンペーンで入るからお試しはさらに遅れて来週日曜となる。しかしそれでもあまり気にしない。例によって課題は山積みなのだが、何とかなるとしか考えない。
いくら己を狂気のほうに割り振ったところでそれは徹底して理性によってバックアップされた資本主義的商品に過ぎないことが透けて見えるくらいなら、各ジャンルにいくつか思い当たるそんな玩具的狂気(モノ=マニアック)などクソクラエであって、最初からその理性を表沙汰にしておく「あまのじゃく」の精神(マサオ・ミヨシ)こそを私は選択しよう。
Interではなくtranceであるためにはそれがいかに薄氷を踏むようなものであれ、やはり理性以外の武器はないのだ。そのことに思い当たるとき、これまで私が悩まされてきたのは数年前までは重要視してきたはずのこのinterの奥に隠れた臆病さに他ならない、と気づかされる。それゆえにこれまで二の足を踏んできたtranceに向かうためにinterを無視した。ここに最新拙作の最大の試みがあるのだが、そのことに気づくひとがごくわずかであることは百も承知している。しかしそれはもはや試みではなく核心(確信)として今後の作業を支えていくことになるだろう。

というわけで……夏休み!
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