2008/2/29

マキノ先生、  映画

25かいめのおたんぜうび、おめでたうござひます!

ちなみにあんまり寂しいのでダンエレクトロの3PUを昔馴染みの店で、先生へのはなむけと称して買わせていただきました。大切に弾きます!

ちなみに原田芳雄先生もおたんぜうびでしたね!おめでたうござひます!
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2008/2/29

There's no country for old persons, because...  日常

本日、久しぶりにひとり家呑み泥酔。あまりに冷たい風の吹くため。

北九州第一日目。激しく冷たい風が吹くなか、ロケハン。スタッフと別れて、フィルムコミッションのS君に送ってもらってマンションへ。夕食は父の手料理。ひどく疲れて、早々に眠る。
二日目。起きたのは十二時。母の病院へ。月初めに会ったときよりずっと血色がよく、動きも活発。栄養が摂れているせいだ。親父と買い物に行き、さらにひとりで買い物。
三日目。雪が降った。わが親愛なる主治医から勧告されていた血液検査を受けに母の病院へ。朝九時に出かけて終了したのは午後二時。さすがに切れる。我々はこうした医者をスポイルしまくる医療システムにやがて殺されるだろう。絶食の始まった母は眠っていた。叔父が見舞いに来てくれた。夜は父とマンションの前にある焼肉屋へ。夜、小説トリッパーのゲラ直し。
四日目。母の手術予定日だというのに朝から自分の様子がおかしい。激しく雨の降るなかゲラを送るために郵便局へ行ったあと病院へ行き、母の肩がこっていたので揉む。そこで突然、その日は手術なし、という報告。どうなってるんだ。昼飯に帰ろうとして、さらに異変を感じ、薬局へ。予想通り三十八度超。昨日の待ち時間が祟ったのだろう。アスピリンを飲んで延々と眠る。暗いところに強風が吹くとマンションのどこかがピーピーと笛の音のような音を立てているのを聞き、熱で朦朧とした意識のなか、とある自作を思い出した。夜、起きてBSで『勇気ある追跡』。ガラガラヘビの穴を憶えていたのにキム・ダービーを憶えていなかった。
五日目。晴天とともに熱下がる。アスピリンといえば米軍。米軍おそるべし。再検査とインフルエンザ検査を勧められたので、わが親愛なる主治医の友人である方の病院を紹介されてそこへ。車で三十分ほど。点滴を受けながら安眠。御礼をして帰りに電話した親父から、今日も手術はない、と報告が。しかし、とりもなおさず母の病院へ戻り、だだっぴろい待合室に座っていた兄(間隔約30メートル)を0.2秒で見つけて病室へ。様子を見て帰ろうとしたとき、突然看護婦が、手術をする、という……いったいどうなってるんだ! とにかく手術。慌てて連絡した親父もやがて現れ、待つこと約一時間。術後の顔を見て家に帰り、男三人で三様のおかずをつつく。なんだか可笑しい。夜、またBSで久しぶりに『MASH』。アスピリンに助けられた日に、と複雑な心境w アメフトのシーンの編集、悪くない。ここは音楽を消して見ると勉強になるだろう。眠れぬまま、書きかけの短篇を終わらせる。
六日目。朝、新しい電話会社とのやりとりで悪戦苦闘。やっとネット環境が整う。昼になってようやく母を見舞う。第一声、「わたしがしんだらどうしようかとおもうた」に爆笑。てゆうか心のなかで泣き笑い。一旦帰宅し、父を休ませ、メールあれこれ。夕方再度見舞った際の母は別人。見えているものも見えていないような表情。とにかく明日に期待、と思っているところへ今世紀見たなかで最も不愉快に思えた人物が登場した。あえて何者かは秘す。こういうやつがいるかぎり日本は長生きしない、と断言しよう。怒髪天を衝きつつ夕食時から呑み始め、あとは延々と素面の父と泥酔した私の本音合戦。父は疲れて眠りに就いたが私はいまだ怒り治まらず。

PS:それにしても驚いたのは、先日のレッドカーペットのチュートリアルのネタはすでにdvdで発表されていた、ということを兄から聞かされた瞬間であった。日ごろから、笑いは生にかぎる、と決めていた自分の限界を悟った。。。ちなみにロング(dvd)ヴァージョンは未見。

PS2:この間のどこかで起き抜けにとうとう腰が壊れ、慌てて病院へ行ったのを忘れていた。たぶん二日目……いや四日目だ。次に飛行機に乗るときは、と覚悟してはいたのだ。しかし、かなり優秀な医師で、一度目の治療で痛みは和らぎ、二度目(翌日)でほぼ完治、明後日仕上げに行くことになっている。

PS3:あぁ、ちなみにこのタイトルはアカデミー賞にちなんでますよ、もちろん。けど俺が見た現実のほうが切迫してると思うよ……おかっぱの殺し屋より。俺が見たのはリーゼントの殺し屋だった。。。w
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2008/2/23

ただ呆然。  日常

働きすぎか呑みすぎか歩きすぎか、それは私にもわからないが、躯が突然壊れて血液が異常な数値を提示した。どうも筋肉がどうにかなっているらしい。それで急遽点滴。気づくとたしかに躯に力が入らない。いや、日常に支障を来たすほどではないので心配にはおよばないが、それにしてもそれなりのサイズのわりにはよく壊れる脆い躯である。笑ったのは、病院のベッドに横たわり点滴を始めた途端にあっちこっちから電話がかかってきて鳴り止まなくなったこと。そのたびに蚊の鳴くような声で「いま点滴中だから、のちほどこちらから掛けなおします」と言うもんだから、相手に必要以上に心配させてしまったりもしただろう。電話を下さった方々、大事ありませんので、ご心配なく。
そうして明日からしばらくは再び北九州である。ここ数日、母がいけないということで呆然としてしまっていた。呆然としていても仕事は消えてくれるわけではないので、よく働きよく呑んだ。だがそんななかでも、やはり親がいけないということは意識から消えないものだ、とわかった。まだ希望は棄ててはいないし、希望をなくすほど悪いわけでもないようだが、楽観していられるわけでもない。この呆然と筋肉のおかしいのは何か関係があるかもしれない。つまりストレスが凄いことになっているという可能性。平然としていられるつもりだったし、親の死に目に遭えない商売と覚悟していたつもりだったが、いざとなるとダメなようだ。態度にこそ出ないが、心はただ呆然としている。

それにしても今週見たものといえば「爆笑!レッドカーペット」のチュートリアルである。もはやあれがどういうネタであったか問うことさえバカバカしい。そんなものにお目にかかったことがないので、これまたひたすら呆然とするばかり。なだぎならべつになだぎでいいのだ。しかしチュートリアルは非常識すぎる。他は一切思い出せないが、かれらだけは当分忘れようにも忘れられない。見たことを後悔するお笑いなどあっていいのだろうか。完敗だ。前回完敗宣言したのは、同じチュートリアルの「自転車のチリンチリン」だった。
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2008/2/17

ジミヘン元年。  日常

昨日もまたへとへとに疲れた。朝から六時間の打合せ。スタッフルームで久しぶりに二名を除くメインスタッフが揃った。だが誰もが多忙を抱え、落ち着いて再会を祝しつつ盃を交わす余裕などないのだった。かくいう私が真っ先に解散、久しぶりの講義のために京橋へ移動。コンビニで買ったジャンバラヤと豆腐サラダを貪って、二時間喋った。気絶しそうなほど疲れた。でもスーパーで猫の餌を買ってから家に帰り、二時間放心したのちに、いつもどおりジミヘンを聴きながら二つゲラを直し、寝床に入ってジミヘン本をようやく読了したら明け方に近かった。先日、死の直前の部分を読みながら地下鉄駅で嗚咽してしまったが、死後までも続く凄惨さはやはり軽はずみな感傷など許しはしないものだった。チットリン・サーキットという言葉を知った。そこでの修行時代の話が最も愉快だった。というか、愉快だったのはそこだけだと言ってもいい。あとはただ凄惨さだけ。もっとも、たとえばビーフハート本には愉快なところなんかどこにもなかったけれど。しかし「自分の父親が誰かわかるフランス人は幸せだ」という誰か(誰だっけ?)の言葉があるけれど、それはアフリカ系アメリカ人のための言葉だろう、本当は。まあしかし、そういうこととは無関係に、私の友人知人では中原だけがジミヘンと同じ匂いを持っているな、と思った。不器用な天才。でも中原はboidというよき理解者によってこれから幸せになるかもしれない、といま淡い予感を感じている。そうなるとうれしい。4月20日のライヴにはぜひ行きたい。
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2008/2/16

ジョージ・カプランです。  日常

結局、シナリオ直しを終えたところで眠りに落ちてしまい、連載原稿をやっつけるのに午過ぎまでかかった。なので、ゴゴイチからのマキノは泣く泣くお預け。電車を乗り継いで全速力で『天保六花撰 地獄の花道』へ。まったく調子が出ていない。カットが緩いのとキャメラのモーター音があまりにでかいのとが気になって、呆れる。まあこうしたひどい状態でもマキノは平然とやっている、という意味ではマキノらしいともいえるかもしれないが。右太衛門で面白い映画をまだ一本も見たことがない気がして、右太衛門というのは個人的に合わないような気にさえなる。暗がりからヌッと現れる御用提灯の列なんて、悪くないのだが。ラスト、セットの奥まで、屋根伝いにまで配置した御用提灯の群れなんて圧巻だと言ってもいい。そのとき、マキノは山中のことを思い出していただろうか。
終映後、某旧作のその後についての会合。なんか裁判になるらしい。俺は証言くらいしかできないのだが。そのまま呑みに行き、ひどいことになった。どなたからかもらったらしいチョコレートの箱を開けて膝に乗せたままベッドに潜り込んだらしく、起きたら外出着のままで服もシーツもチョコだらけで、床にも転がっていた。
やれやれ、とデニムを洗濯し、二日酔いのままだらだら準備しているうちにふと気づくと十二時半。その時刻ではもう『阿波の踊子』に間に合わない、と気づき愕然。呆然。不覚。しかし騒いだってしかたないので、そのまま午後の予定までキャンセルし、家で日がなダラダラすることに決定。金魚の水槽掃除以外、まったく何もしなかった。やらねばならないことは山積しているのだが。何をする気力もなかった。

ちなみに。
前回の日記に誰かが「co-of」の名前を使ってコメントしていることに気づいた。もしかすると酔っぱらって自分で書いたのにまったく記憶してない、ということもありうるから他人とばかりは言い切れないのだが。しかし、このコメントは気が利いている、と咄嗟に思った。要するに、これが「2人一役」だというネタになっているわけだ。自分のハンドルネームがブニュエル的というよりジョージ・カプラン的に利用された、と想像して笑った。ネットという環境はこのようなことに適している。一方、こうやって私が書くことそのものが「自作自演」という言い方で揶揄されがちであるのもネットという環境であることもなんとなく知っている。で、こっちは「一人二役」ということになるのか。ただもし「自作自演」だとしても記憶にない場合、それはそう呼べるのかどうか。それともそれは解離性同一性障害と似た現象、というべきか。
ついでに言うと、某国外ロケは辞めた。国籍は問わないし、金のないのも才能のないのも我慢できる。しかし愛のないプロデューサーにだけは我慢がならない。そんな者に割く時間はもう俺には残されてはいない。そういうことだ。
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2008/2/14

トリオ万歳!  日常

とにかく悪魔にとりつかれたように忙しい。こんなことを書いている暇さえないが、書いておかなければうたかたと消えてしまうよしなしごとを掬い上げるためにこそやっているのだから、と。
先週末は呑み疲れで起き上がれないような状態だった。そういえば取っ組み合いの仲裁やらひっくり返りの介護などを二日連続でやった記憶が甦った。ぐだぐだに酔っているところになにやら力仕事をするハメになり、精神や血管だけでなく筋肉まで疲れてしまった。そんな状態だから日曜にすべてにケリをつけようとした己の甘さを思い知るのだった。だがふと来訪した友人が衝撃的なプレゼント(祖母の出版した書物)を持参してくれ、なんだかただ呆然とした。

で翌日は八時起床であきた十文字映画祭である。新幹線がグリーン席に変更できず、腰がいいかげん限界に達しているものだからビクビクしながらの旅路。シナリオの直しをやろうとしたが、パソコンの電源が落ちる。到着後に賭けるが、結局一年分の雪景色を堪能しつつまた呑んでしまった。お役御免になったあとは温泉に招かれ、結局ゲスト陣と朝まで。
で、翌朝八時起床で帰路に着く。とても仕事にならず。しかたないのでジミヘンの本を読み続けたら、眠れるかと思ったら面白すぎて眠れず。
一旦帰宅、荷を置いて六本木へ打合せに出る。その後、バルチックカレー食ってダチが呼び出す某所に行ったら、このクソ忙しいさなかこの世で最も嫌悪するおっさんのカラオケを聞かされてマジギレしそうになり、即帰宅。まったく「ちょい」どころじゃないバカなんじゃないか、あいつは。
妻が呼んでいたマッサージに便乗しなければマジ過労死するところであった。

本日は朝から取材。映画『コントロール』について。ジョイ・ディヴィジョンは嫌いだったがこの映画は悪くない、と正直に述べた。
終わって『捨て売り勘兵衛』@FC。重心が移動したら号泣する、という条件反射の連打を久しぶりに。省略直前のカット尻やらワッショイ言いかけやらにいちいち興奮しまくるし。映画史は見逃しても俺は見逃さない・聞き逃さないぜ(笑)。でもそれをマキノの手柄と作家主義的に顕揚することもスタジオシステムの蓄積に還元することもあえて止す。そうではない。
これが映画なのだ。
……という話がしたい、と思って来期に授業を、ということで美学校にて山口・市沢両氏と打合せ。これだけはなんとしてもやらねばならない。
そんでもって妻と東京ドームホテルで待ち合わせて、ザ・ポリス東京公演@東京ドーム。ライヴっていつ以来だっけ?みたいな感じだが、つい昨日アンディ・サマーズがロンドンに到着直後のジミ・ヘンドリクスを目撃するくだりを読んだばかりなので、その本人が目の前にいるなんて信じられない。相変わらずザ・ポリスは超バカテクトリオだった。一度も本気で好きだったことはないにもかかわらず、《キャント・スタンド・ルージング・ユー》が始まったところでなぜか本日二度目の条件反射的号泣。気づいたらスティングとハモッてるし。しかし、ローディに赤いストラトを投げ渡す最後まで、ハーポそっくりのアンディ・サマーズは一貫して映画っぽかったな。

しかしあれだ、マキノもポリスも前座に出たスティングの息子のバンドも、ついでに映画祭で朝まで残ったゲストもトリオだったなぁ。でも表題は「マンザイ」ではなく「バンザイ」だから、念のため。

さあ、これだけ書いたらよし。仕事しないと。……あれ、、、ねむ。
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2008/2/10

セントジェームス病院。  日常

連日打合せの集中砲火。それもこれも渡仏のためである。ひとつひとつ、十年前にはありえない規模の話。で、それを平然と何ら感動もせず聞く自分が、なぜか知らねどいまここへ至った、と感じる。
その「至った」感をごまかすべく御茶ノ水へ。ネットで当たりをつけておいた中古ギターが目の前で売られていった。縁がなかった。だがその直後、目の前にやや高額のエピフォンの335タイプのモデルがぶら下がっているのを発見。気を鎮めるためにあちこちひととおり見て、これ以上のコスト=パフォーマンスはないだろう、と試奏。
たしかに安価に設定されている理由は分った。だが、むしろその障害こそがこちらの気を引いた。購入を決め、店員に渡すとポイントカードの提示を求められた。そこはイシバシだったのだ。そこで、貯まったポイント分を減額してもらうことにすると、なんと最初に購入しようとしていたものより若干だが安くなった。これもまたなにかの縁だ。

その後、上野でもう一件打合せして、あとは痛飲。
仕上げに寄ったLJで思いがけず浅川マキさんの《セントジェームス病院》7分13秒に耳を奪われた。いつ聴いてもどんなに酔っていても背筋が伸びる。ひとつの楽曲をこれほど真剣に歌う歌手がいまどこにもいない。
その前か後、久しぶりに『スピリチュアル・ユニティ』B面も聴いたことを思い出した。
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2008/2/7

荒野か……。  映画

一夜明け、「わかったよ、やるよ、やりゃあいいんだろやりゃあ」といった刹那的な勢いで早朝せっせとゴミ出しを敢行するに及んで、もはややる気のなさは底をつき、ここから先は浮上するしかないことを察知した。さらに気づいたことにはつまり親の引越しが終わると同時に、飲酒欲と購買欲がどこにも見当たらないのだ。驚くべきことにAMAZONを開く気も楽器屋サイトを開く気もなくなっている。親孝行はしとくもんだ。まあそれだけではなく、アメリカから見たこともないほど巨大な某ボックスが正確に部屋の中央に、でん、と構えていて、いまだビニール包装を開封できないまま、ただ多幸感に満たされているせいかもしれないが。というわけで、午前中から荒れ狂う嵐の海のごとく猛然と残務処理が開始されたのだった。

宮沢章夫さんの日記で久しぶりに思い出した、ハートブレイカーズのプロデューサーとして知られるスピーディー・キーンのバンド、サンダークラップ・ニューマンの『ハリウッドドリーム』を聴き、同じ三人組でもゆらゆら帝国よりこっちのほうがカラフルで好き(と書こうとして最近のゆら帝マキシなど聴いていると、実はちょっと似ている気がしないでもない)だな、とあらためて思いなおせば仕事も捗るのだった。こちらはピート・タウンジェントがプロデューサー。

それでも打合せに出れば、とりあえずその〆に酒くらいは呑む。

でも早く寝て朝からショーン・ペン最新作『イントゥ・ザ・ワイルド』の試写へ。前半の定番的なイメージの連鎖に、またしても失敗作か、と早くも諦めムードに落ち込んでいたが、中盤のヒッピー夫婦との交流あたりから徐々に「映画」としての様相を呈し始め、ヒッピー村で画面の隅っこにいかす白いオルガンが姿を見せているなと思っているとカワイコちゃんとのデュエットへと至る辺りで、よし、と肯くとあとは、これは助演男優賞やれと思わせられたハル・ホルブルックの泣きの演技、いや実は路上に座りこむウィリアム・ハートのスラックス鷲掴みこそが感動的なのかもしれないが、いかにもブンガク的な章立てはいかがなものかとか本来監督としては致命的にカツゲキ性希薄(列車タダ乗りでボコボコにされる場面はちょっとだけ盛り上がったが、所詮北国効果だ)だよな、なペンながらここまでやれば過去最高作と呼んでよかろう、と思えたことはたしか。ま、アメリカにはどうしたって映画になりそうな荒野がいくらでもあってよかったね、というのはコーエン兄弟の場合と同じかもしれないが。

それにしても最近のA賞受賞作家のその後、というのはどうしてこう下品なのか。編集部のスポイルぶりには理解に苦しむ。バカ正直なものしか書けない凡庸な自分を棚に上げて言うのもなんだが。

さて、そろそろゴミ出しの時間だ。本日は資源ゴミ。
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2008/2/5

2「裂けろ!この胸」め  演劇

「勘弁してくださいな、もう鼻血も出ませんよ」つうくらい一日じゅう眠い。やる気も出ない。しかし朝九時出陣の蜷川『リア王』二度目で、久しぶりに「あんたやくざか、さもなきゃ鬼だ」つうくらい号泣しまくった。明日が千秋楽というところまで来ているので、俳優陣がおそろしく充実しており、殊に平幹二郎さん、瑳川哲朗さん、吉田鋼太郎さんはほぼ完璧に近い凄まじい出来だったと思われた。つうかやっぱ蜷川さんはこれをやりたかったのだな、というある勘所が慮られてそれで泣いたところが大きかったかもしれない。はっきり申し上げて私が泣くのはほぼ寝たきりとなった母の病状に泣けない代わりに泣いているようなものだが、それは「老い」を前にした切なさとは関係がない。ダメになっていく存在をただ「老い」とだけ断じるのは早計だ。それは一瞬ごとに連なる避けがたい生の、つまりは運命の、錯誤のためにちがいない。哀切とはその錯誤の容赦なさによるものだ。それだけは間違いない。身につまされまくって腕ががちがちになるほど躯を硬直させながら息を殺して見つづけたせいか、四時間が終わった直後、感極まって立ち上がり拍手するその腕が痛くて痛くて仕方がないのが不思議にさえ思われた。

夜は、某誌連載第一回の原稿ゲラを受け取りに「のこのこ」。

で、いまもまだ眠くてしかたないのだが、どうもいろんなことが目前に山積しており、その上義母が旅行に出たために猫の世話や家事にさらに従事すべく明日も早朝起床が決定しており、さらには税金の延滞料の請求(予期されてはいたが、いまの自分には痛い額)が舞い込んでもおり、ただ呆然とするばかり。私にとって地方自治体はつねに「やくざか、さもなきゃ鬼」である。
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2008/2/4

引越し。  日常

数日間、親の家の引越しをしに行っていた。これで私が生きている親に対してできることはあらかた済んだと思われる。あとはどうかできるかぎり長生きしてほしい、と祈るばかりだ。
帰京したその足で三崎に行き、すこぶる美味な魚料理をひたすら堪能。帰りに雪の円覚寺に立ち寄って、小津の墓参。
それにしてもえらく疲労困憊した。いまはもう何をする気も起こらない。ゆっくり休みたいのだけど、なかなかそうもしていられない。
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