2008/5/31

敵国は簡易キネコだった……  労働

先日、「キースのビグスビー付き黒の335のネックは明らかにレスポールカスタムのそれと付け替えてあるのが不思議」と書いたが、もう一本の「白の345ビグスビー付き」とともにもしかすると通称「ルシール」のBBキングモデルかもしれない。ヘッドのパッと見がかなりレスポールカスタムに似ているとネットを見ていて気づいた。ヘッドといえばロン・ウッドはストラトのヘッドにカポとボトルネックをくっつけていた。必要ない、と書いた冒頭場面でもキースはバスドラの前を指差して「ここにキャメラを置いてチャーリーのキックを撮れ」と主張していた。こういうひとらのそんなアイデアやユーモアにはつくづく感心する。面白いなあ。

面白い、といえば今秋にやるパリでの小特集のために、協力してくれるVertigoの編集をやっているシリル・ネイラやティエリー・ルナスと再会し、同じく同人で初対面のマルコスくんややはり旧知のフィリップ・アズーリとも会ったけど、かれらはやっぱり面白い。あれこれと話が弾んだ。特に、この六月に日仏学院で特集上映されるラバ・アメール・ザイメッシュのこと。みんな、あいつはクレイジーなやつだ、と笑っていた。でもその笑いと形容詞にはもちろん敬意が含まれていたけれど。少なくともテレンス・マリック『ニュー・ワールド』に感化されてしまうアルノーよりこっちのほうを信用したい、とちょっと思われた。

信用したくても最後までできなかったのは敵国プロダクションである。私はキネコではなくフィルムレコーディングと聞いていたのだが、昨夜調布の試写室(もちろん東京現像所ではないよw)ゼロ号では見事に簡易キネコでピント甘々のだらしない画面に仕上がっていた。これならヴィデオ上映のほうが美しい。いったいなんのためにカラコレまでしたのだろうか。呆れ返った。だらだらの画面でも私はかまわないが、なんて醜い画面なの!?ときっとひとは言うだろう。それをよしとするかどうかはプロダクションの問題だ。キャメラマンは引き攣りまくっていた。しかしねえ、いまどきキネコって、そらラボも手ェ抜くわな……。しかしミスはそれだけにとどまらず、二ロール目はシンクロがずれて音なしでの上映、しかもエンドロールは途中でカット。どうやるとこんなミスが発生するのかよくわからない、とスタッフ全員で呆れる。敵国の杜撰さがどうにもならないことはよくわかったが、足元を掬われるこちらは完成を見ずに帰国しなければならないのはなんとも残念でしかたがない。昨今のフランス映画の、少なくとも画面だけは美しい、あれらの技術は有能なスタッフが全力で事に当たったがゆえに得られたものだとよくわかった。そうでないとこんなひどいことが平気で起こるわけだ。やはり私は日本で映画を作ろう。イマジカさん、今後もよろしくお願いします。
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2008/5/29

敵国でロケンロールだよ、おっかさん!  映画

MA前に気合を入れるべく、UGC GeorgeVにて『Shine a light』。相変わらずどうにもならないほどスコシージの音痴っぷりには苛立たされる。UGCのCMの長さ(20分はさすがにいかがなものか)と同じくらい、イライラする。クリントン応援の片棒まで担がされて、ストーンズも立つ瀬なかろう。しかしそれはそれ、ライヴがはじまったら大統領もアカデミー監督もドントケア。ミックとキースの独壇場である。久しぶりに目からストレス物質が大量に排出された。前から二列目でかなりの爆音だったがそれでも足りない。日本基準ではキースの細かいフレーズは聴き逃されるのではないかと懸念される。吉祥寺でやる暁には最初の五分カット(マジでいらないから、これ)の上、調整に立ち会うことを誓った。キースのビグスビー付き黒の335のネックは明らかにレスポールカスタムのそれと付け替えてあるのが不思議だった。もう一本、白の345もビグスビー付きだったが全然使う様子なしwwwただの飾りだ。でもテレキャスターからセミアコ仕様に再び回帰しつつあるキース。あと、キースの髪飾りがプラーグ教授に見えてしかたなかった。そうしてやはりミックはスコシージ(ラストもひどい。あのバカバカしい香港映画のリメイクのラストに出てくるねずみと同じことをストーンズに対してする、ってどういう神経? でもここから先は切れないのだ(泣……理由は見ればわかります。そこだけ端折ればいいのだけど)の百倍、尊敬に足る存在であった。

で、銀座から国立……は大袈裟、三鷹くらいだが、MAスタジオへ。つくりが麻布十番とそっくりで吃驚する。世界共通なんですね、あれ。録音のフロランもミックス技師のミカエルも勘がよくて大変助かる。……だが、スポンサーからあるシーンについてNGが出た、とプロデューサーの泣きが。いやはや、テレビ局とはつくづく喧嘩するようにできてるのか、俺の視覚は。テレビっ子だったんですけどね、小さい頃は。。。大人になってロケンロールっ子ですみません。
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2008/5/28

敵国を東京にたとえると  労働

だいたいのところ、私の居住地を山手線の渋谷から品川の間のどこかだとして、撮影は登戸か稲城あたりでやっていたと思っていただきたい。編集は調布でやっていた感じだ。で、昨日のカラコレと今日のクレジット組みは狛江。明日からのMAは国立か立川あたり。これ聞くだけで結構疲れませんか、東京在住の方々? 夕方から腰に赤信号が点きました。現像所は五反田にしてください。ダビングスタジオは麻布十番にしてください。……音編集は中目黒(レピュブリック)でしたけど。
それでなくても一日中、雨。
で、帰りに渋谷(レ・アール)に寄ろうとしたら、シモキタ(サン・ラザール)にもタワレコ(fnac)あると教えられて、シモキタへ。でもLJはない。そういうわけで『スペクタクルの社会』DVD、ゲットしましたのでご所望になる友人の方々は、帰国後ご一報下さい。見て損はしません。でも東北関係に行くつもりのひとはそれまで待つといいことがあるかもしれませんよ。他にメルヴィル『ギャング』、そしてなぜか溝口『折鶴お千』『虞美人草』『マリアのお雪』の三本組を。ジェームズ・グレイの前作を探したけど、来週発売とのこと。残念。しかし敵国ではよそでありえない評価の高さである。日本ではオリヴィエ同様、公開さえされていないようだが。
晩飯は小山内君と白金(ジュルダン)にある編集・秋本さんお薦めのインド料理屋へ。ほうれん草混ぜのマトンカレー、全然辛くないけどかなり美味い。

昨夜からアル・グリーンを聴き続けている。この夏の現場では朝の準備中にアル・グリーンをかけ続ける、というのはどうだろう。みんな元気になると思う。少なくとも私は。

深夜、信じ難いほどでかい音の雷が鳴り続ける。空襲ってこんな感じだったんだろうか。鳴るたびに地響きがする。たいしたもんだ。。。
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2008/5/27

敵国の友人  労働

朝から3番線の果て、ルヴァロワ門まで行って、カラコレ。夕方までめっちゃ集中したあと、レピュブリックまで戻り、サウンドチェック。これは一時間で終わったもののやはり集中には変わりがない。いよいよ作業も大詰めである。
一ヶ月では「浮気と一緒」と某友人があるインタビューで言っているのを読んで笑ったが、これはこれで大変なのだ。それに一ヶ月っつったって、ルー氏とは十年前からの約束なのだから、そう簡単に「浮気」などと断じられるものではないつもりだ。まあ某友人のように生活にゆとりができたら二年も三年もかけて一本の映画をつくってみたいものですよ、私も。また、某友人はそこで「観客の責任」を盛んに訴えていた。私はそこまで言う気はないけれど、しかし『プライベート・ライアン』や『ワイルド・バンチ』や『ランボー最後の戦場』(見てないけど)や『コロッサル・ユース』がいかにたいへんな労力によって生み出されているか、世に言う「男の欲求不満」解消だけでは決してそこまでやれないってことくらい少しはわかってもらいたい、としみじみ嘆きたくなるのもまた事実。……まあわかっちゃいるんだろうけど。。。
へとへととなった状態で親しき友と再会。彼のおごりでアルゼンチン料理を堪能。カンヌ帰りの彼は、ジェームズ・グレイの最新作を大傑作!と報じた。前作もまだ日本未公開なので心配だが、両方上映されることを切に願う。あと、昨日もずっと同行してくれた小山内君のおかげで(小山内君は未見にもかかわらず)アルノー新作の、無字幕ではわからなかったあれこれについて理解できて、よかった。ごめんね、小山内君。そう言えばひどく政治的な話を聞いたが、酔ってしまったので忘れた。

てことで寝て起きてまたワイン呑んでる。う〜ん、精神的にヤバいかもなぁ。。。

なお、またべつの友人からのメールでギィ・ドゥボール作品のエロール・フリンは『壮烈第七騎兵隊』と推定。帰国して未見のまま棚ざらしになっているDVDで即行確認すべし。
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2008/5/27

敵国サウンド用語集  労働

初井方規先生監修。

ソン・ディレクト……同録
サンクロ……シンクロ
(イレ・サンクロ?……なんか、ずれてない?)
ぺッシュ……ブーム
アッシュ・エフ(HF)……ワイヤレス
ソン・ダンビアンス……アンビエンス
ソン・ソル……オンリー
ソノテック……ライブラリー
アクスティック……音響
セック……デッドな
フレカンス……周波数
フィルトレ……EQをかける
ファーズ……位相
エスエール……ドルビーSR
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2008/5/26

敵国でおおいに悩む  映画

前夜疲れていたのか、すっかり寝坊してアルノーの前作を見逃す。午後に出かけ、再びAccattoneにてギィ・ドゥボール『In girum imus nocte et consumimur igni』。タイトルの意味を仏語を解するひとに訊いても「ラテン語かな?」などとはかばかしい答えが返ってこないはずだ。これ、etから後ろひっくり返した回文なのだった(笑)。で、前作同様すべてフッテージの編集でできている。エロール・フリン(だと思う。その作品=西部劇を見ていないので)にやけにご執心だが、この戦闘シーンがすごい。それよりさらにもっと凄い戦闘シーンがあったが、それがなんの作品かまったくわからない。船着場からビルの上を通り越して、延々と俯瞰のワンカットで戦闘がつづく。なんなんだ、ありゃ!前作よりちょっとだけ落ちるのはおっぱいが少なかったから、かもしれない。あと誰かさんが撮りそうなボートからの見た目(たぶんヴェネチア)が長すぎ、というのがあった。れいによって仏語は一言もわからないがそんなの関係なしに面白かった。

さらにLe Saint-German des-presにてアルノー最新作『Un conte de noel』。この小屋を択んだのはあくまで『トウキョウソナタ』受賞を記念してのことである。十年前ここで黒沢夫妻とある映画を見た。それからわれわれの(少なくとも私の)悪戦苦闘がはじまった。だから黒沢さんが受賞したのをここで祝福することは個人的に重要なのだ。しかもアルノーの新作。なにしろ全篇仏語ですので、いますぐなにか判断めいたことを言うのは避けたい。チャプター分けがされていて、それぞれにタイトルが出る。いつものようにキャメラ目線で一人語りがあったり、またいつものようにいちばんわがままなやつが結局困っている者を救うはめになりもする。で、これがいけない、というのではなく、ただこうはしない、とここ最近の私が決めただけなので、私はそういう手法は用いない。ただし、見始めて十五分もしないうちに自分の企画(といってもずっと先のこと)の内容をああでもないこうでもないと考えだしてしまった。で、考えながらもちゃんと展開を追うことができた。それは映像がきわめて明解だからだ。で、この聡明な明解さを前にして、しかしそうはしない、と説明できる根拠がいまの私にはない。ここがおおいに悩ましい点である。これはこれでアルノーの獲得した最大限の自由なのだからそれを認めることは全然やぶさかでないし、かつこれはこれで麗しいものだ。だからとにかくおおいに刺激を受けたし、だからおおいに悩むしかないし、その結果は今後の作品で提示するしかない。
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2008/5/25

敵国における勝利  映画

『トウキョウソナタ』が審査員賞に輝いた。最高賞ではないが、この際よしとしよう。

バンザーーーーーーイ!!!!!(涙涙涙
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2008/5/25

敵国のカツゲキ2  映画

Reflet medicisにてジャック・ドワイヨン『Le Premier Venu』。かつてホウシャオシェンやアッバス・キアロスタミと同世代の作家として奇跡的な、あるいは魔術的な作品を次々と輩出してきたドワイヨンが、まさか私のような「そういうことはムリムリムリ!」と考えている世代とほぼ同様の作劇術で作っているとは夢にも思わなかった。古典的といえばこれほど古典的な手法(一昨日見たジーン・ネグレスコとほとんど大差ない)もなかろう。ズバリ、人物の身体能力をアクションつなぎで見せることで情動を喚起すること以外を目的としない、という方法である。私には映画の未来はこれしかない(でもフォードもホークスもそれしかやってないけど)と思われていただけに大変衝撃を受けた。ドワイヨン健在なり、と高らかにお知らせしたい。ちなみにこれ、DV撮影(たぶん2キャメ)である。
夜はルーさんとの打上げ。痛快な一夜であった。

今日はAccattoneにてギィ・ドゥボール『スペクタクルの社会』。いやぁ、はじめて見たけどマジ超面白すぎる。まさに「スペクタクル」しか、つまり爆撃と機動隊と投石と政治家とアイドルとクルマと宇宙遊泳とおっぱいと映画と消費社会の光景しか、映ってないのだから。『2001年宇宙の旅』なんかよりぜんぜんこっちのほうが面白いと思う。ナレーションが延々とそれらのアイテムを批判している(にちがいない……としか言えないよ。だって仏語まったくわからんもん)のだが、ナレーション消しても、というかナレーションなしでこれを「消費」することが重要(作者の意図はまったく無視、ということになるんだろうけど)なのだし、新しいいま現在の『スペクタクルの社会2』を誰かが作るべきだ。日本では誰もプリント買ってないのだろうか。ぜひ買って、毎週決まった時間に上映するべきだとしか思えない。その価値は大いにある。でもそれは、悪いけど俺の仕事ではないよwww
夕方、サウンドチェック。こんな仕事場が欲しい、と思われる地下の素晴らしいスタジオだった。
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2008/5/23

敵国の中心で変わらんといかんとですを叫ぶ  映画

編集が終わった。ふと気がつくと期せずして学生時代の8ミリのリメイクとなっており、激しく落ちこむ。私はまったく進歩してないのか。すこしはうまくなっているはずだが、しかし根本のところでは変化・進歩なし。

とはいえ一気に精神が楽になり、爆睡。二時に寝て起きたら十時。今日はメールの返事なども書かないと決め、映画へ。まずはAction Ecolesにてヴィンセント・ミネリ『走り来る人々』。初見。その後『ハスラー』でその極みに到る、いかにも五〇年代末のけだるい語り口。冒頭、走行中のバス内に重なるというどこかで見たことあるタイトルバックにちょっと冷や汗をかく。これは『地上より永遠に』や『シン・レッド・ライン』と同じ原作者ジェームズ・ジョーンズの自伝的要素というやつだろうか、街からちょっと離れるとリスがいたりして、シナトラが話しかけたりする(つまりその後『ツイン・ピークス』まで流れる)ような地方都市の、怠惰で退廃的な細部が絶妙に切り取られている。帰ってきた男。流れてきた女。ダメな男。ファザコンで男性恐怖症のような女教師。金と名誉にまみれた兄とその妻、娘。ディーン・マーチンの帽子をはたき落とした男が撲り倒され、その仕返しに飛び出しナイフで襲うときの演出。登場と同時にその展開の一部始終が読めてしまうシャーリー・マクレーンの存在の不吉さ。アンナ・カリーナが『小さな兵隊』で持っていたのは熊だったろうか、こちらは兎のポーチである。おまつりの夜のクライマックスはたぶん『AI』の屑ロボット市のロングテイクに影響を与えているはずだ。撮影は大巨匠ウィリアム・ダニエルズ。見終わって、なんだか当時のアメリカ映画が凋落したのはシャーリー・マクレーンのせいではないか、という気がしてしまった。

公園でサンドイッチを食した後、Action Christine Odeonにてジーン・ネグレスコ『ロード・ハウス』(WOWOW放映時邦題『深夜の歌声』……ちょっとホラーっぽいですなw)。これまた初見でこれまた地方都市(しかもボウリング場)を舞台にしたなんとも殺伐としたノワール。ウィドマークの横恋慕はほとんど病的といっていい。歌手役アイダ・ルピノは本当に歌っているのだろうか、うまい。アメリカの越路吹雪といいたくなる。『走り来る人々』はバス停留所だったが、ここでは駅。駅前ホテルがルピノの住まいで、ボウリング場はちょっと離れている。これまたどこかで読んだことあるシチュエーション。そもそも自分がアメリカ中部ものにひどく感化されているのを忘れていた。駅前ロータリーが何度も俯瞰で捉えられ、コーネル・ワイルドとルピノが町を去ろうと駅に到着したとき絶妙の呼吸で奥にパトカーが停まり警官が近づいてくる。裁判官まで騙すその後の展開はジム・トンプソンかというほど陰惨。ボウリングでストライクを出したり、射撃で的に命中させたりするのにカットを割らずワンカットでやろうとする拘りにはちょっと愛嬌があるのだけど。木こりみたいな巨漢との格闘やらウィドマークとワイルドの最後の撲り合いやら、肉弾戦がまた凶暴な陰惨さを煽り立てる。翳りの深い夜の森の逃走場面はつい『暗黒街の弾痕』を想起し、これもやはり不吉なのだった。こちらも名手、というか普通の場面を奇怪に撮らせたら右に出る者がいない、と思われるジョゼフ・ラシェル。

どうも自作といい見た映画といい、自分の原点を突きつけられたようで、かといってなにも手立てはなく、隔靴掻痒の一日だった。

ところで、地下鉄のストはなにごともなかったように普通に動いていて、肩透かし。
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2008/5/21

敵国十字砲火  労働

編集も最終段階。本日〆切で明日にはフィルムレコーディングに出す。しかし午前中は故国よりの催促で大わらわ、午後は細部の調整できりきり舞いと、映画に行く暇はまったくなし。そして久しぶりに休みの取れる明日は地下鉄のストライキ、とまさに泣きっ面に蜂。全面というわけでもなさそうなので、早めに出かければなんとかなりそうではあるが。

昨夜はダニエルさんという、ステキなおばさまとディナー。彼女のお住まいは五区のセーヌ河畔からすぐのところにある十七世紀の建造物で超エレガントで超かっちょよく、押しかけた日本人三人ともに大感動であった。
デュラスが住んでいたという建物の前にあるビストロで、魚の煮込みを。超美味かった。
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