2009/7/31

今日から北九州。  日常

家→外→家→事務所→外→家→事務所→外→事務所→家、と朝八時から炎天下、延々と移動を繰り返し、夜更けの長時間ミーティングを経て戻ったのは午前二時。起きるとくたくたすぎて、本日の定期健診は休むことにする。その代わり、これから荷造りして二月以来久しぶりの北九州に五日間の予定で飛ばなければならない。その上、兄のギターを(二十年ぶりに)返却しなければならない。どうやら今日は天気もぐずついて、涼しい。それだけが救い。
ギターといえば、ちょっと楽器屋に寄ったついでにアコースティック・ギターを物色していたら、ウォッシュバーンが戦前モデルを復刻しているのが目に入った。あのボディの小ささは魅力だ。今度行ったら試奏させてもらおう。

アニメ、と一言書いただけで普段の倍以上のアクセス数が記録されている。ただの集団ヒステリーみたいなものだろうが、たかが千やそこらとはいえ汎地球的規模のアニメ人気の片鱗を思い知らされて、溜息が出る。昨日は解説を書いたあるラノベの文庫本は初版15万部という話を聞いた。ラノベとかアニメとか、まったくあやかりたいものだ。しかしどうやったらそれをやりたくなるのかがわからないので、手のつけようがない。実写映画化なら躊躇なくいくらでもやるけど。デビュー作、マンガ原作だし。でも所詮、そういうジャンルとは縁のない人間なのだ。だから金がないのだ。俳優なんかにもCMで大台に乗る貯金をなすひとびとがいる。まさか俳優にはなりたくてもなれないし、まあこの状態でせいぜいがんばるしかない。

昨日から家の前でマンホール工事をやっている。えらく神経質に、ご迷惑をおかけしています、と断りを入れられる。誰も迷惑だなどと思ってはいないのだが。昨日何度目かに家を出るとき、ひとりの作業員の方がうちの軒先で休憩中、というかごろ寝していた。猛暑の中、たいへんだろう、とそっとしておいたが、そのときも慌ててそのひとを注意する声が遠ざかる背後に聞えた。いいんですよ、おれだってこんななかで作業していたらやりますよ、きっと。
それにしてもこのところ近所のあちこちでこのマンホール工事は行われていて、どうもこれがレオスの『メルド』をどこかの官僚が見たせいだ、と想像すると痛快な気分になる。ああいう不埒な輩が出てこられてはたいへんだ、と。そういえばこの春だったか、私服を交えた警官が近所の路地すべてに配置していたので、なにかあったのですか、と尋ねると案の定、陛下がお通りになられる、とのことだった。とても寒い日だったので、たいへんだな、と同情しつつも、そのときも「メルドか」と思ったことを思い出す。
メルド、いいなあ〜。
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2009/7/30

映芸の表紙にアニメ!  映画

いやはや驚いたことに、映画芸術最新号の表紙はアニメである。
私は寄付金出してないから知らないけど、寄付金出してる映画関係者はどういう顔色なのだろうか?
実写では予算の上でも技術的にも決して入れないアングルやら構図やらを易々と実現してしまうアニメに、かといってひとかけらも嫉妬してはいないが、それを同じ映画だとも思っていない私は、映芸だけはそれをやってくれるな、とかねてから願っていた。が、結局やるのだ、映芸もまた。
……え、これが初めてじゃないって?あったっけ?
荒井晴彦という優柔不断ながら筋通すところは通さずにいない脚本家の「個人雑誌」と思ってつきあっていたが、そうでもなかった、ということか。しかしそのアニメ作家へのインタビューはド素人が担当している。呆れるばかりである。こんなものを「商品」として受け容れることができるだろうか。
これまで私は「荒井晴彦の個人誌」として本誌を「商品として」受け容れてきた。それゆえにベスト&ワーストがどれほど操作されていようと、それはそういうもんだよね、だって荒井さんだもん、と受け流してきた。それだけの努力を荒井個人がしていることを知っているつもりだったからだ。しかし、これはちがうだろう、と勘が言う。荒井の努力はさまざまな思いによって雲散霧消してしまったのか。
つまりは、要は金か?
きっとこの号は売れるのだろう。そうして次の号でまたしっかりとした映画の記事を作りえるのだろう。映画は「俗情との結託」なのだから映画雑誌もそれでいいのだろう。私は批評だけは俗情と結託してはならないと思ってきたが、それでいいのだろう。
だが、もう私は信じるのをやめた。
最後の砦も陥ちた、ということだ。……それでもまだNEXTを言えるのか?
アクション映画ベストにチミノ『シシリアン』を択んだ方にその問いを捧げよう。

ちなみに、そのアクション映画ベストに『ラストラン』と『ドッグソルジャー』を入れた荒井編集長個人を、私はそれでもまだ、信じることができる。
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2009/7/29

『早春』の超絶技巧  映画

ファックスを取り、郵送し、文庫本用のゲラを直し、宅急便で発送し、読まねばならない戯曲を読み、新着のシノプシスを読み……とやっていたらもう夜更けだ。見たい映画がやっているのはわかっていてもまったく見ることができない。仕方がないので夜更けにDVD。再び小津。先週も同じような夜があってそのときはルビッチ『天使』で飢えを満たしたが、昨夜は『早春』。池部良が好きな私はこの映画を偏愛してきたが、今回見直して池部とその周辺にはじゅうぶん説得力があるものの、岸恵子の造型がもうひとつうまくいっていないのではないか、とも感じられた。まあもっとも女の来歴を語るは野暮というものという見方もあり、そこはいいとして、ややヒステリックに過ぎないか。すぐ傍にいる高橋貞二(言うまでもなく、名演!)とまでは言わないが、もっと鷹揚に謎めいた金魚というのもありではないか、と思えた。また、このころすでに「脱サラ」という事態があったのか、と驚かされる山村聡のバーのマスターが絶妙だった。ともあれ『早春』は、厚田雄春のモノクローム照明の最高峰でもあるけれど、同時に劇作上最も技巧を凝らした一本とも思われ、撮影・照明技師およびシナリオライターの卵はみな本作の成り立ちを徹底研究してみるといい。
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2009/7/28

辰兄、逝去  追悼

山田辰夫氏が身罷られた。

助監督時代、スケジュールのことでひどく怒らせてしまったことがいまも胸を痛ませる。辰兄の、怒りたくて怒っているのではない、という表情に、怒らせてしまったことを心から反省した。自分の今の監督としての態度には、あのときに形成されたものがはっきり含まれている。
監督になってからいつかご一緒に映画を作りたいと考えていた。が、そのときの記憶もあってなかなかそのお名前を出すのが憚られた。要するにビビッていたのだ、私は。
そうやってもう二度とその機会に恵まれることはなくなった。残念でならないし、自分の不甲斐なさに落ち込むばかりだ。
だが落ち込んでいてもはじまらない。
あの、山田辰夫の、つねに正面から考えに考え抜いて役にぶつかっていく態度を我々は忘れてはいけない。

心からご冥福をお祈りする。
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2009/7/26

トニスコ魂、炸裂!  映画

トニスコ最新作『サブウェイ123』には「激突」という言葉が邦題には付されていて、しかしどこにも「激突」は出てこず、あ、いや、一箇所、身代金を運ぶパトカーが事故を起こす盛大な「激突」はあるのだけど、それは話の根本とはあまり関係がないので、所詮は邦題か、と流すことにするが、それはともかく、映画自体は「激突」の有無にかかわらずたいへんに素晴らしいものであることは、オリジナルというか元ネタの『サブウェイ・パニック』の素晴らしさとはほとんど関係せず、あえてオリジナルの素晴らしさを剥ぎ取った上でそこに独自の素晴らしさを築き上げる、その手腕の素晴らしさと同義であると思われた。いまやお家芸と化した三点間のシーンバックが予想外の早い段階で現れることに驚くのは、それ以前にタイトルバックの監督クレジットが入るまでの間で事態がすべて動き出しているというその速度ともかかわっているだろう。なぜそこまで早さにこだわるかといえば、そこから先の時間を登場人物の誰もが世にも凡庸な存在であり、すべては「運命」だか「偶然」だかで決定されることになんら抵抗力を持たないということをきっちりと描くべくたっぷり用いるためである。ほとんど脚本家ブライアン・ヘルゲランド的主題の範疇にありながらそれを超えて行く、こういうときのトニスコは実に立派だ。どこにも説得力という名の言い訳をつけようとしない。ただあっけらかんと、しかしきわめて正鵠を得た瞬間に投げ出される世界のかけらの数々(鼻の絆創膏、PC、黄色い袋、ネズミ、青いボタン、牛乳、Made in NYのビルボードなどなど)が、その「運命」だか「偶然」だかによって敷かれたのかそれともそんなものは存在しないのかよくわからないレールに乗って運ばれていくだけだ。映画はつまり、午後1時23分ぺラム発の地下鉄のようにほとんど任意に択ばれたように見えるものであることを美徳とするのだ。ここにトニスコの素晴らしさがある。市長もマスコミも記号にはせず、必要な情報をドラマ上に提供しつつも善でも悪でもないただひとりの凡庸な存在として描かれることの清々しさ。この冷酷なまでの凡庸さの描写によって、トニスコはフリッツ・ラングに現在の誰より一歩近づく。性格上勿体をつけるということを自分に許さないけれど、それでもずっと「二時間越え」の作家と思われたトニスコがいつ以来か、一時間四十分台をマークしたのも何かの兆候だろう。この性格がいよいよ露になったのか、ともあれ本作で兄リドリーやマイケル・マンに対してトニスコが圧倒的優位に立ったことは誰の目にも明らかになるだろう。

土曜はイベントがあり、その前にG街に立ち寄ったり、池袋ではロサのすぐ近くのビルの八階にいい店を見つけたり、いろいろあった。バカなやつのいいかげんさでカッと来たりもしたが、まあそれをしつこくひきずっても時間の無駄だ。
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2009/7/22

仙人願望について  日常

約一日半、岩手の山奥にいた。なにをするでもなく、ただ撮影現場を見学したり、読書してみたり、いきなり山道を十五キロ近くウォーキングしてみたり、あとは合間に温泉。実際申し訳ないほどリフレッシュさせてもらったのだが、いざ東京に戻ってみると早々にやる気を失わせることばかり起こる。
なにもかもバカバカしいとしか思われない。金は羽が生えて飛んでいくし、必要な期日までに満足な額が支払われるかどうか不安ばかり与えられるし、そもそも仕事そのものが自分の満足からかけ離れている。産業としての限界ばかり見させられ、制度はこちらを守るどころかじわじわ首を絞めるだけだ。
せっかくのリフレッシュが台無しになってしまって、ふて寝。まあ、たんに湿気でうんざりしてしまっただけかもしれないが。こう雨ばかり降ると酒も美味くない。それにしても解散だの日蝕だの、世間のほとんどがうんざりさせられることだらけじゃないか。

あの岩手の山奥で、情報などとまったく無縁に生きていくことを想像した。もちろん夏のこと、雪に埋もれることを想像すれば潰える夢だ。だがろくでもない仕事ばかりの業界とつきあっていくくらいならそのほうがずっと健全ではないか、と真剣に考える。山奥といっても、七時に宿を出て昼には東京にいた。あそこがいいところだなどと都合よく想像しているのではない。駅前にパトカーが停まっていて、警官が一時停止しなかったという理由で私の乗っていた車の運転手をねちねちいじめていた。ほとんど車も人もいないところでなにを言っているのかと呆れる。どこにいたってああいう人間はいるし、排他だってある。だからいいところだなんて言うつもりはない。でもここよりはましだ。うんざりする人間というのは、つねに他のどこかが「いまのここよりはまし」と思うにちがいない。それはわかっているが、しかし私はいまやほとんどの仕事をやめたくなっている。やめて誰も知るひとのいないあそこに戻って行きたがっている。

あるところから某氏と対談してくれと言ってくるので快諾したら、数日後にその某氏と連絡がつかないので代わりに連絡を取ってみてはくれないだろうか、というお願いが来た。甘えるのもいい加減にしろ、だ。とりあえず無視している。ここで、はいはい、と連絡したらそいつのためにならない。一方、ふざけんな、と呶鳴ってもやっぱりそいつのためになる。私は両方、やめた。つきあってはいられない。
24

2009/7/19

岡崎様への暑中お見舞い  日常

いつもながら忙しい。今年は日本じゅうを駆け巡りそうだ。さして意味もなく。
久方ぶりの再読『母なる夜』を終えて大感動しつつ、今日は岩手に向かう。
それを考えると、自分がいかにも普通の曜日感覚では生きていないと感じていたことが嘘でじつはカレンダーどおりに生かされていると分る。つまり、私が面をつき合わせている仕事の相手というのは大抵普通の会社員で、そのひとたちはウィークデイの普通の時間に我々と打合せするのである。だから連休にすべきことはあまりない。というかこの岩手行きのために連休にすべきことを昨日までにやっつけてしまった。

フランスから書類の催促。昨年めまいのする努力とともにかき集めた書類がすべて無となり、一からやり直さなくてはならない。マジで担当者を呶鳴りつけたいが、その熱意さえすぐに蒸発していく暑さ。でも周囲が夏バテを告知するのに意外と平気なのは何故だろう。

そういえば一昨日も久しぶりに『リバーズ・エッジ』なんか見直した。最も有名なクリスピン・グローバー(同世代)主演作。86年当時のクリスピンはまるでデイヴィッド・ボウイーのように美しい。狂ってはいるけれど。あの、まさに「川辺」に横たわる絶望的なラストは、いま見ても鮮烈だった。
17

2009/7/14

四十五歳である。  日常

いったいどうやって帰ったのか、起きたらベッドで全裸だったのが印象的な誕生日の朝。
前日の熊野大学のプレイベントはほぼ満員、ナオミ先生お家芸「熊野愛」の披瀝と新作『熊野物語』への期待が否応なく高まる紀さんの熊野帰還宣言など、なかなかの盛り上がりであった。で、打ちあがって最終的には俺ひとりが熊野から手伝いに来てくれたチームと居残り、どことも知れぬどこかで泥酔しつつ四十五歳の誕生日を迎えた、というわけだ。

そしてその誕生日は起き抜けから延々と夕方まで、九月にはじまる舞台、作/トム・ストッパード、演出/蜷川幸雄『ユートピアの岸へ』に出演する妻のために台本を読みこみ、十九世紀中葉のロシアについての資料作成。バクーニン、ゲルツェン、ツルゲーネフ。デカボリスト、東方正教会、カール・マルクス。そしてそれ以降にどうなったか、というロシア革命までの流れ。いや当然、そんなの一日で無理、ではあるが、ざっと見渡す程度で。肝心のヘルヴェーグという急進派ドイツ詩人(作品中たいした男とは描かれない。妻はこの男の妻を演じる)についてはほとんど見つけられなかった。
そうして晩飯は双方の誕生日と結婚記念日を兼ねて、寿司で祝ったのだった。

それにしても最近、朝起きたときに物凄い疲労に見舞われるのはどういうわけだろう。寝苦しいことはないが、えらく長い夢を見る。今朝は夢のなかでずっと列車の旅をしていてそれは熊野川に沿った線路で、だからそんなものは実際にないわけで、しかし新宮には到着する。しかもそこは実際の新宮とはちがっている。と思うといつのまにか眠り、起きたら駅のホームですぐ傍に海があり、私は波を被りながら通学する子供たちに標準語で起こされる、というものだったよ。子供たちは寝ている私をわいわい囃したてていた。そうして、ここはどこだ、という疑問とともに実際に目が覚めた。かなり印象的な夢だった。きっとそこは「ユートピアの岸」だったのだろうね。

とまあそんなふうに、四捨五入すれば五十、の五年間の最初の一日は始まったのだった。
ハイホー。
27

2009/7/10

Amazon頼みの恥かきっ子  音楽

昨日の日記を見た友人がメールをくれ、イーノ&バーンはビートインクという会社が日本盤出していて、イーノ抜きで来日公演もあった、ということを教えてくれた。
いやはや、なんともお恥ずかしい。
ビートインクさん、申し訳ありませんでした。このような志の高い会社が日本にもあると知って安心しました。かつ、自分がAmazonにばかり頼って、レコード屋に行かないからこういう無知を晒すのだ、とあらためて思い知らされました。
まだまだ修行が足りないなぁ。。。
10

2009/7/9

恩知らずと怯えの世界  音楽

スイスにてイーノについて友人と語ったついでに買ったデイヴィッド・バーンとの久しぶりの共作『Everything that happens will happen today』を聴いているのだが、昨年の作なのにどうしてこれ、邦盤が出ていないのか。あまり最近の音楽を聴いているわけではない自分が聴いても、かなりのド傑作と思われるのだが。イーノとバーンによってどれほどの日本の音楽好きが八〇年代に救われただろうか。そのことをまぎれもない現在として噛み締めるための名盤だと思われる。私もまた例外でなく、当時畳に寝転がってかじりつくように聴いていたラジオからトーキング・ヘッズの〈シティーズ〉が流れてきて、あ、と時代を実感できた瞬間を今でもすぐに思い出せる。その畳の匂いさえ記憶している。そのときを越えるとまでは言わないが、でも最近これと肩を並べるほどいいアルバムは湯浅湾『港』しかなかった。どうやらどことも契約していないレーベルからのリリースのようだが。

新聞を読むと「誰でもよかった」無差別殺人がことさら悲痛に語られている。それと世界中で起きている民族間抗争を安易に同一視してはならないとは思うものの、それでも大差ない気がする。要はどちらも戦争と大差ないということだ。戦争だって敵なら殺す相手は「誰でもいい」わけだが、日常空間でそこまではできないからこうなっているだけだ。そうしてそれらすべて、他者への、貧困への、隣人への恐怖を煽りたてるさまざまな風説がつくりだした妄想であることをもうちょっと真面目に考えた方がいいのではないか。怖がりがさらなる恐怖を生む世界。そうやっていつまでも洗練されない世界。
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