2009/11/27

中国ににっかつが密輸された……?  日常

雨そぼ降るなか、羽田の近くまでジジの火葬へ。十坪ほどの火葬場は埋立地の工場群の一角に申し訳なさそうにあり、しかし反対のたて看板など立てられていて気の毒なほど肩身の狭そうな佇まい。
火葬には一時間ほどかかった。焼却炉へ入れるときになって、この数日間涙を己に禁じてきた妻がとうとう声をあげて泣いた。骨壷に骨を移し、抱いて帰った。
帰り道の空は青く晴れていた。

日常に戻って、加圧ジムへ行き、戻っていくつか打合せをした。
宣伝しろと言われているのですると、角川書店より青山真治君の文庫『Helpless』と単行本『地球の上でビザもなく』が今月中に発売になる。両方とも小説で、前者は言うまでもないが、後者は五年ほど前に書きかけてそのままにしていたものに加筆訂正した、書き手曰く、はじめて手を染めた「普通の、泣ける小説」らしい。こんなひとがいたらいいな、と書き手が想像した壮年映画監督の行状を、中堅批評家のいささか屈託ある語りによって審らかにする、という内容。

さらに一月には講談社より単行本『帰り道が消えた』(小説集)が、二月には朝日新聞出版より単行本『シネマ21 青山真治映画論+α集成2001−2010』が発売になるそうだ。かれもなかなか忙しいらしい。

夜はマイク・ニコルズ『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』をDVDで。これはこれで悪くない。オールビーの、あのうっとうしさ全開の台詞が満載の戯曲よりいくらかすっきりしているので、もし上演するならこちらをもとにしたほうがいいのではないか、とさえ思われた。

それが水曜のことで、木曜は朝日ホールでロウ・イエ監督作『春風沈酔の夜』を。題名のみ・事前情報なしの状態で見て、てっきり呑んだくれの映画だと期待して出かけたら、あれまあ……。まあ、同様にだらしない者どもの話とも言えはするが。しかし『天安門』に比べるとずいぶん見ることに親しさを感じる。伝えることではなく、描くことに力点が置かれていると思われる節があるからだろうか。デジタルヴィデオをハンディで回すことへの警戒心のなさをよしとするかどうかはべつにして、あるいは携帯電話とクラブという風俗的な意匠への戦略の乏しさをよしとするかどうかもべつにして、これまた悪い印象は受けなかった。ただし、これはお国柄なのかもしれないが、前半でどうしてもひとの顔の区別がつけづらかった。顔の判別にはけっこうな自信のある私でさえ混同してしまったのだから、かなりわかりづらいと思う。とはいえ、意識的にかどうかはわからないが、その「区別がつかない」という状況を介して、ある種の複数性をかろうじて実現しているように見えるのもこの作品の美徳かもしれず、そこにこそ本作の真の主題が隠れているようにも思えるのだが、一方で、だとしたら、やはり伝えるべきことを伝えられてしまった、ということなのか。
いずれにせよ、総じてとうとう「にっかつ」が中国に密輸されたな、というにんまり顔を浮かべずにいられない作品である。
15

2009/11/24

ジジさんよ、永遠なれ。  追悼

八年間、すくなくとも家にいる間はずっと一緒にいた、上から二番目の年嵩の猫は数週間前から猫エイズを発症して具合が悪く、この数日、危篤状態でいた。体の弱いやつだったから覚悟はしていたが、ここへ来てこれほど身を引き裂かれるような悲しみに襲われるとは思いもよらず、映画美学校での特別講義から帰宅して、涙が溢れて止まらなかった。ヤツの傍ですでに疲れて一緒に眠っていた妻に見せられないから、地下に潜ってひとりで泣いていたが、そうか、これが猫をなくす悲しみというものか、と諸氏のさまざまな著作に思いをめぐらす。が、これは体験しなければ感じ得ないような深さの悲しみだ。というか私にとってはじめて、肉親を亡くすようなものなのだ、これは。
地下に来た若い猫たちが、しかたないよ、と擦り寄って同情を示してくれ、さらに涙が絞られた。ヤツと同世代の連中は、数週間前からいらだったようにあたりかまわず小便をひっかけまくっている。だから毎日毎日連中の小便を拭いて回るのが私の仕事だったが、その程度の労力などこの悲しみとは比較にならないから怒る気にもならない。いや連中、本当は仲間の死に苛立っているのではなく、外出を禁じられているからだけだが。
そうして昨日、一日中見守り、しかしロケから帰って数日間の介護に疲れた妻がようやく気晴らしに外出したその直後、まるで見送られるのを照れたように、独りで逝ってしまった。私は妻と合流した場所でその死を聞いた。覚悟していたので、二人で黙って食事をして、予定していた『2012』を見た。予想通りの展開だし、普通のところがへたすぎて半分うんざりしたが、もはやその記憶も薄れている。
帰りに西麻布で花と氷を買い、氷をかれの下に敷いた。持ち上げたバスタオルの上のかれは、たった数ヶ月前には丸々としていたかれ自身の抜け殻であるかのように、あまりに軽かった。義母の作ってくれたダンボールの棺にもう一度寝かせて、その周りに買ってきた色とりどりの花を飾り、つい夕方までは弱弱しくも上下していたのにもう二度と動こうとしない痩せ衰えた腹をみつめながら、お別れを言った。
とってもワルだった、と妻は懐かしんで笑った。先にいた子やあとから来た子を散々いじめて、と。でもどの子より妻を慕っているのはわかった。その行動はほとんど猫らしくなくて、猫の範疇を越え、自身が猫であることさえ認めず、人間として振舞っているつもりのように見えることもあった。
十年前、草津の林の中でほとんど半死半生の栄養失調状態で拾ったときはすでに中猫(生後半年以上)で、すぐに死んでしまうかと思われたそうだし、その後も体格こそよけれ、決して健康とは言い難かったその生を、しかしかれは存分に満喫したはずだ。そう信じたい。
喧嘩が強かった。妻への忠誠からか、縄張り意識が強く、しょっちゅう生傷を作って外から帰ってきた。それも災いしたかもしれない。
何度となく鼻風邪をひいたヤツをかごに入れて病院に連れて行った。吐き癖のあるかれの吐瀉物を、ほぼ毎日四つん這いになって処理してまわった。そのたびにかれは済まなそうにうなだれて、やがて一息ついた私の膝に乗った。ここ数週間はところかまわず糞をして、それもティッシュで拭き取ってアミロンで消毒した。そのような日々を重ねてかれは私の一部となり、私はかれの一部となった。
だからもうそのかれがいないということは、自分の一部が失われたに等しい。

でもたぶん、これからもずっと一緒にいる。



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2009/11/19

大里さんが、死んだ。  追悼

17日、大里俊晴氏が亡くなられた、というメールが届いた。享年51歳。
ずっと、連絡しないと、と考えながら、つい先延ばしになっていてとうとう不可能になってしまった上、なにを伝えたかったのか忘れている、そんな無念さが滝となって体を打つ。
『AA』は大里さん抜きには決してなしえなかった作品である。私が監督クレジットを入れなかったのは、実質共同監督と呼ぶべき行程があったからだ。間章を超えて多面的な様相を呈したのは大里さんがそうしたからだ。だが奥ゆかしい大里さんは決してそのクレジットを認めないだろうことは分っていた。だから署名をなくし、永遠の宙吊り状態に作品を置いた。


昨日は戯曲を読み、DVDを何本も見た。酒を呑みながら、寝たり起きたりしながら繰り返し。気づけば、もうずいぶん先から現在の映画にも現在の小説にも現在の戯曲にも現在の音楽にも、ああついでに現在の思想にも興味を失っている自分をあらためて発見する。最新のものだって結局普遍を固く宿したものだけを択んでいる。
雑誌ブルータスが届き、「泣ける映画」というアンケートに私も答えていたことを思い出した。見ると、オールタイムベスト3と回答を書く直前に見たものが組み合わさっているだけのようなものだった。なにも考えずに書いたことが丸わかりだ。泣き上戸だという自覚はあるが所詮「泣ける」ということに興味がないのだろう。プロデューサーに敬遠されるはずだ。同じものをもう一方択ばれていて、なるほどあの方も「被害者の会」会員であったか、と得心した。

人間は軽々しく涙など流してはいけない。
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2009/11/17

ニイハオ、高達……?  ツアー

尚・蘆(ホントは「草かんむり」なし)・高達……さて誰でしょう?

そんなわけで香港に行ってきたわけだが、まっすぐ空港に行ったわけではなく、最初は北品川で鰻を食ったのだ。連れはY大将とK社F氏。食って運河の辺りを見物しながらぶらりと呑み屋にも入り、ようやくANA1275便で20時30分に羽田を飛び立った。
香港着0時30分。エアポートエキスプレスで香港島へ。駅に着くなり、驚くべきものを発見。JLGの似顔絵である。どうやら特集上映があるらしい。

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そこからタクシーでホテル。
ホテルから数分の飲み屋街へ歩いて、最初の雲呑麺を。まあ小腹を満たすだけ。さらに近所のバーで二杯だけ呑んでお開き。

翌朝、八時集合。このときはまだ地理をはっきり把握していなかったので、どこまで行ったのかは明瞭でないままだったが、どうやら上環まで行ったようだ。お粥。そこから中環近くまで歩き、雲呑麺その2。これはなかなかの味。スターフェリーでチムサァチョイへ。重慶マンションで両替し、地下鉄で油麻地へ。鴛鴦(インヨン)なる飲み物を飲む。これはミルクティーとコーヒーをブレンドしたもの。最初は驚くが慣れると美味。

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そこからタクシーで一気に北角へ。自動車修理工場の並ぶ途中に、なぜか旨い店。ここでランチ。蓮の葉で包んで蒸した蝦飯、最高。一度ホテルに帰り、仮眠。
四時再集合。再びトラムで湾仔まで行き、市場でY大将の最大の目的、ハムユイゲット作戦。上機嫌で金鐘近くまで歩き、雲呑麺その3。ホテルに戻り、S社O氏T氏が合流。バーでしばし呑み、大将を休ませて四人で雲呑麺その4。一日三回雲呑麺て、どゆこと? でも食べられるから不思議だ。再びホテルバーで呑み、その後再び北角へ行き、市場の食堂で晩飯。旨かったことは記憶にあるが、なにを食ったかはその後の記憶が重すぎて失念。
(たしか田鰻だった気がするが、自信なし)

深夜、テレビを点けると『デス・プルーフ』のラスト30分で、そのまま見続け、終わってから気絶。ふと再び目覚めるとつけっぱなしのテレビにクラーク・ゲーブルが出てきて、なにやら女性とホテルの部屋みたいなところで派手な大喧嘩を展開していて、それがどうやら旧ソ連らしく、やがてオスカー・ホモルカなんかがでてきてスパイ容疑をかけられたな、と思ったら今度は素晴らしいカーチェイス、いま調べてみたらどうやらキング・ヴィダーの『コムラッドX』という作品らしくこれは未見だし、日本未公開だがその十五分だけ見ても素晴らしいので、皆さん、さらに大声で
キング・ヴィダー! キング・ヴィダー! とシュプレヒコールを! 

で、再び八時に電話で叩き起こされ、中環までトラムで。古い飲茶屋に入る。それから市場とエスカレーターを見学して、お茶。合間に大将、第二の目的=ハムダンをゲット。
そして最強の雲呑麺その5。麺、スープ、ワンタン、なにを取っても他を凌駕している。
そこから再びトラムでハッピー・ヴァレーへ。そこには「鮑魚王子」という人物のやっている店があるらしい。これまた市場の三階。鳩のローストと鮑。美味。
一旦ホテルに戻ってまた仮眠。夜は再びフェリーでチムサァチョイに渡り、この旅最大のイベント、蟹である。いやはや、あまりの凄さに他になにを食べたか思い出せない。とにかくあの蟹味噌。美味を超えて、至福。
帰りにバーで一杯やった後、油麻地の市場をそぞろ歩き。さらに地下鉄で中環まで戻り、ソーホーでさらに一杯。それでもまだ蟹の至福に包まれたまま、ホテルに戻った。

朝、起き抜けにまたもや見たことのない、スペンサー・トレイシーが牧師でミッキー・ルーニーが生徒で、どうやら孤児院らしく、トレイシーの同僚にリー・J・コッブがいて、みたいな感じで、飴玉を欲しがるちびとトレイシーの掛け合いがよかったり、ルーニーと友人三人が病気の子を笑わせようとしてスローモーションで喧嘩するところが笑えたり、犬がえらくよかったり、もうひとりのちびの子役(ワル)がやたらよかったり、最後は大感動だったり、というわけでこれは何? と調べたらノーマン・タウログのかの有名な『少年の町』でした。
さらにジョニー・トー『黒社会』を冒頭数分だけ見て、再び集合。

ホテルから目の前の海に出ると、おばちゃんの操縦するサンパン船が客を乗せている。乗ってみたいのだが、さすがに宿酔が凄すぎるため断念。タクシーで初日の粥屋(の本店)めざして上環まで。だが生憎、日曜休日である。やむなし、と中環まで歩き、屋台の並ぶ店の傍にある店で、粥にありつく。これまた美味。つづけて老舗飲茶。基本的には飲茶にあまりのめりこめない。
だって他が旨すぎる。
地下鉄で油麻地へ行き、また散策。映画館と併設された芸術・学術関係の本ばかり集めた本屋へ行く。そこで『脳内ニューヨーク』のポスターを見て、当て字に笑った。

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いまは『母なる証明』をやっている。
チムサァチョイに戻り、ふかひれスープ。これがまあ、またなんとも言えない。至福その2。そしてハムユイのチャーハン。至福その3。
呆然としたまま、フンハム(紅勘……本当は「いしへん」がつく。これを私はなぜか「べにすけ」と読んでいて、可笑しかった)からフェリーで帰ろうとしたが、船は出たばかり。これでは間に合わない、とS社のお二方はタクシーで帰還。再び元の三人に戻った我々は、九龍城ならびに旧空港跡地を見学。本当はフェリーから見たかったが、天気が悪すぎた。タクシーでホテルへ戻り、ひとり散策。雨の中、ものすごい人、人、人である。香港のパワーをしっかり感じた。HMVでジョニー・トーのDVDを買おうと思ったが、それほど好きじゃないことを思い出してやめた。
再合流後は雨中、中環まで地下鉄で行って、私は「シャンハイタン」で赤星付きキャップ購入。ソーホーの雲呑麺を狙うが、やはり日曜休み。近場のバーで悩んだ結果、再びタクシーでチムサァチョイへ。豆腐のスープと蟹と卵白の炒め物、そしてハムユイ。最終的な至福に浸り、満足しきってホテルに帰還。バーで二人と別れて、独りで香港駅へ。
空港でもバーを求めて彷徨うが、十一時過ぎてやっているところはどこにもない。スターバックスより先には、その時刻になるとなにもないのである。どうにか水だけを手に入れて、ゲート前でどんよりと半覚半睡。飛行機ではほとんど眠っていた。
午前1時発NH1276便は5時45分に羽田に着。
9

2009/11/12

欲望という名の温泉  映画

晩飯後、原稿チェックのあと、なにを血迷ったか、エリア・カザン『欲望という名の電車』などはじめて観始めて、冒頭の、路面電車をあんなにつまらなく撮るか、というところから三十分我慢したが、あまりのことに途中で止めてしまった。えええっ! これが名作なんすか!? と思わず呟いた。いや、私にはまったくわからなかった。初見の映画を途中でやめたのは久しぶりだ。三十分間で、ブランドの二の腕の異常な太さだけが印象に残った。

で、とりあえず中和しようとその正反対のほうへ行くべく、何度目かの『秋津温泉』。特集に出かけられない腹いせもある。どこかで誰かが書いていらした(どなただったかは忘れた)ように記憶しているが、周作が「新子さん」と呼ぶところと「お新さん」と呼ぶところの微妙な変化、感動的だ。なにかあまりめったなことでこの映画を好きだと言いたくないし、ひとが言うのも聞きたくないのだが、しかしやはり好きなのだ、あの赤いマフラーが。橋を見下ろすロング・ショットが。寝そべって煙草を吸う河原が。これをリメイクするなんてまったく考えないが、初めて見たときから私は『秋津温泉』のような映画をつくってみたい、と激しく欲望してきた。後半、駅で握手して別れたあと、汽笛が鳴りはたと顔を上げ、結局見送ることになる辺りから以後の、身を切るような切なさがたまらない。私なら、と考える。私なら十七年ののちに新子と死ぬだろうか。それは私にとって人生の問題ともいうべき、永遠の問いだ。
22

2009/11/11

中国ににっかつはなかった  映画

TIFFや演劇鑑賞ならびに鼎談準備&鼎談そのもの、さらには数多のシナリオ打合せなどを挟んでようやく、短篇四十枚と長篇連載九十枚を終えた。結果、せっかく時間割まで書き写した岡田茉莉子特集に一歩も足を向けられず。今日だってほぼ徹夜でこれから寝ないと、死ぬ。

そんななか、増村の『黒い福音』を見た。私はこの手(驚くべき経済原則)を決して使わないと心に決めたが、ぜひどなたか、というか万田さん、やっていただきたい。白人神父の歌がいい。かつては当たり前のように見ていたわけだが、宇津井健への演出はやはり尋常ではなかった。

なんだか呆然としてしまったので、ついでにロウ・イエ『天安門、恋人たち』も見る。必ずしも悪くとは言わないのだが、うむ、この際苦言を呈しておきたいのは、陳凱歌『大閲兵』以来中国映画は、描きたいことより伝えたいこと、つまりメディアとしての側面に多くを負いすぎた結果、視覚からいつまでも脱却できずにいる気がしてならない、という点だ。つまりそれは映画が最終的に触覚に到達しないということだ。あの一回こっきり見ただけの『大閲兵』の異様な触覚性をいまもって忘れられない者にとって、これはとても惜しいことだという気がする。もちろんこの国とは比較にならない厳密な検閲がいまだ足枷になっていることは百も承知だ。だが、あの巨大な国から侯孝賢やキアロスタミのような存在がひとりも出てこないというのは訝らざるを得ない。もしかして知らないだけなのだろうか。
そのような感想をある先達に送ったところ、映画は結局高度資本主義の産物だとの答えが返ってきた。なるほど、私にとって触覚とはなにより神代や曽根などのにっかつロマンポルノの映画体験であり、にっかつこそは「高度資本主義の産物」だったと言えなくもない。ここでのベッド・シーンにはひとかけらの触覚も感じなかった。まるで市川昆の形骸化したエピゴーネンといったものでしかなかった。
うん、まあ眠くてこれ以上は思いつかないが、なんかそういうことだった。


……え? なんだよ、超自然スリラーって!!!
http://www.allcinema.net/prog/news.php#5020
しかももう撮影中なんですか!? 信じられない創造意欲!!!
9

2009/11/9

韓米はなぢ勝負  映画

宿酔でグダグダだったが、なんとか奮起して夕方渋谷へ。シネマライズで『母なる証明』とシネタワーで『スペル』。
なんだか妙な邦題の『母なる証明』だが、内容はほとんど覚えていないほど当たり前すぎかつ「で、何?」的な流れで終始拍子抜け。こういうのやれ、と先日某プロデューサーから進言されたが、ごめん、無理だわ。面白がれるところがなくて私には無理です。ジュノ君だってホントに乗ってやってるのか、これ? 息子逮捕の直後、警察車両をおふくろが追ってくるのにビビッて刑事が事故るところだけは笑ったの覚えてるけど。というかその後の『スペル』が(これも邦題の意味がよくわからんけど)やってくれちゃっていたので、全部すっ飛んじゃいました。
『スペル』はかなり雑な作りではあるのだが、雑でも怒涛のテンポを択んだところに大いに共感を持った。『スパイダーマン』シリーズの唯一の不満は丁寧すぎる点だったが、ここではサム・ライミのがちゃがちゃしたところが復活している。そして怖かった、というか久しぶりに椅子から飛び上がるくらいビビッた。あの婆さんの家のパーティというか葬式だったのかな、あれは、とにかく近親者が集って婆さんの遺体を囲んでいるところだが、この感じ……と思ったのは『グラン・トリノ』だったんだが、あれほど流麗ではなくむしろ取ってつけたような感じで、さらにまた『オープニング・ナイト』さえ思い出した。婆さんの孫娘のチグハグなほどの異常な美しさもいい。そうしてあそこで棺をひっくり返すというとんでもないスラップスティックが見事。シナリオ上の、痛いコンプレックスを積み重ねつつストレスを膨らませていく辺りの構成も巧く行っている。夜、轢きかけたじいさんの激怒もかなり怖かった。
両方ともシネスコで、しかも寄りが多いにもかかわらず、『スペル』のほうがほんのちょっとだけ引いていて、というか寄りとして正確で、そこがやはりハリウッド映画とそれ以外の違いなのだ。ピーター・デミングだし、やはりわかっている。
ブルース・キャンベルがとうとう出なかったのがちと残念で、こういうものにこそ出ていてほしかった。タランティーノで言えば『デス・プルーフ』に相当する、といってもいい出来で、今年CEの二本の次、第三位はこれになりそうだ。
表題は双方の犠牲者による流血が共通していた驚きについて。軍配はそのとっぴな物量作戦で、やはり米軍の勝利。
18

2009/11/7

清張と小倉  書物

木曜はアテネフランセにおける万田邦敏監督の特集上映に赴き、小出豊監督によるドキュメンタリーを見た。もう少し編集に手を入れる余地があるように感じられた。終了後、万田さんと水道橋「天狗」でワインを呑んで、始発まであれこれ食っては喋った。こういうのは昨秋のパリ以来だ。シテ島内のレストランだったか、あの日は吹雪だった。それはそうと、最近の万田さんは小津などと一緒に写真に収まっている里見トンにそっくりだ。

金曜は松本清張デー。短篇「黒地の絵」「張り込み」「西郷札」「ある「小倉日記」伝」などなど、片っ端から読んだ。朴訥な感じが好かれたのだろう。地元関連で言えばいまもある地名やすでに失われた地名が混在し、正確に特定できる場所もあればなぜかぼやかしている地名もある。様々な配慮もあったのだろう。ただ位置の描写や移動時間などに若干混乱を感じるところもあり、清張が必ずしも(たとえば大西巨人のような)厳密なリアリズムに徹したわけではない感は残った。「黒地の絵」のモデルになった事件は1950年。母は二十歳で、小倉の大学に通っていたはずだ。そのときのことを聞きたいが、さすがに言葉が出ないだろう。父は当時熊本にいた。母より五つ下の叔母に訊けばなにかわかるかもしれない。と、いろいろ調べているうちに増村が『黒い福音』をドラマ化したものがDVDで出ていることを知り、慌てて注文した。感想は後日記す。

夜更けに事務所にいると、外から呼ぶ声がするので振り返るとA氏連載取材を終えたA社編集者I氏、カメラマンI氏が通りの向こうにいる。手を振って招きいれ、しばし歓談。目と鼻の先に住む編集者I氏は座るなり泥酔。カメラマンI氏とは拙作撮影終了時以来数年ぶりで、四方山話に花を咲かせた。秋の椿事。
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2009/11/4

いくつかの訃報  追悼

マサオ・ミヨシ、村木与四郎、クロード・レヴィ・ストロースの各氏、相次いで逝去の報。
謹んでご冥福を祈る。

いよいよ重鎮たちの訃報に直面せざるを得ない時期にさしかかってきた感がある。覚悟しておかねばならない。レヴィ・ストロースはオリヴェイラと同年齢だ。話を聞くべき人には早めに聞いておかなければ。
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2009/11/1

女優 岡田茉莉子  書物

某シナリオを読んで、終戦直後の東京(またはその再現)の意匠を再確認すべく『長屋紳士録』『風の中の牝鶏』『浮雲』と立て続けに見た深夜、それらの見事さに心底打ちひしがれつつ疲れきってうとうとしかけ、ふと昼間に文芸春秋社から届いていた書籍小包に気づき、なんだろう、と開けてみるとなんと『女優 岡田茉莉子』だった。言うまでもなくついさっきまでブラウン管に映っていたひと、岡田茉莉子氏の自伝である。慌てて読み始め、気づけばとめどなく涙を流し、めくるめく映画人生に寝る間もなく五時間ぶっ続けで読みきっていた。数々の「神話」が惜しげもなく披瀝される絢爛たる(かつ、おきゃんな側面もたっぷり垣間見える)内容にかぎらず、最近では珍しい、きわめて薄く柔らかな上質の頁をめくる指の感触にも魅了され、かつ泣かされた、とも言える。
途方もなく贅沢で美しい書物である。
後半に至って気づいたのは、数々の舞台をおやりになっている岡田氏がなぜか洋物の舞台にお出になっていないことである。おそらく日本で最もクリュタイムネストラ(そしてあるいは『エレクトラ』のリメイクである『ハムレット』のガートルード)の似合う女優だろうとかねて想像していただけに虚を衝かれた。だが、それらが準主役であるがゆえに神話的(と同時に反=神話的)スター・岡田氏にそれらをオファーする向きのない畏れ多さというのもあるだろう。しかし同時に『エレクトラ』や『ハムレット』にとって真に強靭に描かれるべきは「裏切る母」であるという解釈も可能であり、そこに重点を置かれたことというのはかつてあるのだろうか。いまからでも遅くない、岡田氏をお迎えして『エレクトラ』や『ハムレット』を企画するひとはいないのだろうか。
さらに勉強不足で知らなかったが、吉田喜重監督の演出で『好色五人女』を三本おやりになっていることに大変嫉妬した。まさにいま、西鶴を勉強中だっただけに。見たかった。

そう言えば、と慌ててポレポレ東中野で行われているはずの特集上映のことをチェック。多忙のなか、すっかり失念していた。もうすでに二日目だ。
自戒をこめて明日以降の日程を書き写しておく。
(トークショーなどの詳細は以下)
http://www.mmjp.or.jp/pole2/okadamariko-time.html
11月2日 11:00 山鳩 13:10 舞姫 15:10 芸者小夏 ひとり寝る夜の小夏
  17:30 流れる 20:00 やくざ囃子
11月3日 11:00 旅路 13:20 山鳩 15:30 流れる
      19:00 集金旅行 21:10 悪女の季節
11月4日 11:00 霧ある情事 13:00 離愁 15:40 女の坂
      18:00 春の夢 20:20 集金旅行
11月5日 11:00 悪女の季節 13:20 霧ある情事 15:20 春の夢
      17:40 女の坂 20:00 離愁
11月6日 11:00 集金旅行 13:10 悪女の季節 15:30 霧ある情事
      17:30 春の夢 19:40 女の坂
11月7日 11:00 離愁 13:00 女舞 15:10 秋日和 18:50 河口
      20:50 熱愛者
11月8日 11:00 愛情の系譜 13:20 今年の恋 15:10 女舞
      18:10 秋日和 20:50 河口
11月9日 11:00 熱愛者 13:10 愛情の系譜 15:30 今年の恋
      17:30 女舞 19:40 秋日和
11月10日 11:00 河口 13:00 熱愛者 15:10 愛情の系譜
       17:30 今年の恋 19:30 秋津温泉
11月11日 11:00 愛染かつら 13:10 続・愛染かつら 16:00 香華
       20:00 真赤な恋の物語
11月12日 11:00 秋津温泉 13:20 愛染かつら 15:20 続・愛染かつら
       17:20 香華 21:20 真赤な恋の物語
11月13日 11:00 香華 15:00 真赤な恋の物語 17:00 秋津温泉
       19:20 愛染かつら 21:20 続・愛染かつら
11月14日 11:00 水で書かれた物語 13:30 女のみづうみ 15:40 情炎
       18:50 炎と女 21:00 樹氷のよろめき
11月15日 11:00 妻二人 13:00 情炎 15:10 秋津温泉
       18:20 水で書かれた物語 20:50 女のみづうみ
11月16日 11:00 炎と女 13:10 樹氷のよろめき 15:20 女のみづうみ
       17:30 告白的女優論 20:00 妻二人
11月17日 11:00 妻二人 13:00 炎と女 15:10 樹氷のよろめき
       17:20 情炎 19:30 告白的女優論
11月18日 11:00 煉獄エロイカ 13:30 さらば夏の光 16:20 鏡の女たち
       19:00 エロス+虐殺(ロングヴァージョン)
11月19日 11:00 さらば夏の光 13:10 鏡の女たち 15:50 煉獄エロイカ
       18:20 エロス+虐殺(ロングヴァージョン)
11月20日 11:00 告白的女優論 13:20 さらば夏の光 15:20 鏡の女たち
       18:20 水で書かれた物語 21:00 煉獄エロイカ


……それにしても『長屋』と『牝鶏』、あまりに山中的ではないか。『長屋』は『百万両の壷』だし、『牝鶏』には文字通り「紙風船」がふわりと転がる。
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