2010/1/28

シネマ21、ゲラ直し終了  労働

来月中ごろ発売予定、批評集『シネマ21』(朝日新聞出版)は600ページ超えの一家に一台的書物となるようです。本日最後のゲラ直しを終え、編集のイケちゃんに全部渡しました。疲れた。あとがきに書き下ろしで「インターコミュニケーション」に連載したアメリカ映画論のつづきも掲載しておりますので、よかったらどうぞ。
そこで『アバター』にまで触れることができましたけど、最近賛否両論あるにせよ話がみんな『アバター』をめぐっているって凄い状況だね。とうとう「アバター鬱」とかいう現象まで語られている。でもそれ、高倉健の映画見てみんな健さんになって劇場を出ちゃうのとそれほど遠くないだろう。映画館で映画を見るということはそういうことだと久しぶりに思い出させてくれる映画なのかもしれない。
……といった思いを全体に漲らせた書物です。どうぞよろしく。

あ……と同時に昨日あたりから、本屋さんに新刊『帰り道が消えた』(講談社)も出ております。表題作を書いたときの手触りが、自民党政権末期に蔓延した行き場のないメランコリーとともにいまだ消えない、書き手として妙に印象深い作品です。これまたよろしくです。
34

2010/1/25

NAGO!  ツアー

いやあ、勝っちゃったなあ、新人が。きっと最後になるから辺野古行ってこよう、なんて真剣に金と暇を作ろうと考えていたが。とはいえ、勝ったからって移設されないともかぎらないからな。やっぱ行こう。ってホントはたんに行きたいだけだったりするのだが。
けど今年はきっと沖縄イヤーになると思いますよ。根拠ないですけどね。沖縄というか、本島だけじゃなく八重山がね、熱い。気温じゃなくて。たぶん二回は行くな、今年も。
あと台湾ね。さらにダバオまで行けるといいんだけどなあ。

今年はがんばってお金儲けをして、次に繋げるお勉強をみっちりやりたいと思いますよ。この歳になるとできるかぎり旅行をして世間を知るということは財産ですからね。もっと若いころは想像力だけでやれる、とか過信してましたけど。やっぱ金つくって行けるだけのところに行っておくべきだったね、若いころに。いまからでも遅くないから行きますよ、国内含めたいろんなところに。

そんなわけで名護を含めてますます混迷を深める日本は、活気があって悪くない。
70

2010/1/23

不穏な醜聞には長寿の強靭を  労働

今週から着手したプロジェクトの足場を固めようとして、今夜突然その足場から不穏な醜聞が流れてきた。この醜聞が本当かどうかはどうでもよくて、ただ醜聞によってこのプロジェクトが流産するようなことがあれば、私は精神的に遁走してしまい帰って来られなくなるのではないか、とそれが恐ろしい。いや、これがダメでもまだ次が、さらにその次が、と用意してきているのだから、そう易々とくたばらないぜ、と自分に懇々と言い聞かせる一夜。
だが醜聞というものには底知れない恐ろしさがある。触れるたびにこんな業界に生きているのを後悔する。そうそう、私は『醜聞』という黒澤明作品を偏愛していて何度も見ているが、それはあれのとてつもなくスピーディーな語り口がベッケル『幸福の設計』に似ているからなのだった。と、そんなことでも考えながらでなければ気は紛らわせず、どうにかシナリオを二本、同時に推敲しつつ、デミ『レイチェルの結婚』やバームバック『イカとクジラ』などDVDで見た。しかし決して悪くないそれらを見ながらも脳みそはオリヴェイラ的峻厳さを激しく欲求していることに気づかされる。早く『コロンブス』に行かなければ。いかなる醜聞にも打ち克つ強靭さをオリヴェイラが与えてくれるにちがいないし、カットを割った方が撮影は迅速かつ鮮度を保つ、というものだ。
40

2010/1/20

浅川マキさんの死  追悼

あまりに突然のことで、ただ呆然とした。
最近、周囲を含めて追悼の言葉を口にしなければならないことが多すぎる。
忌野氏に続いて、この不世出の天才歌手との別れもまた、あまりに悲しい。
畏れ多くも私は浅川さんに出演依頼をしたことがあるのだ。何時間も話し合った末に残念ながら断られたが、その後もことあるごとに気にかけてくれた。いずれライヴを撮影させて欲しいと再びお願いするつもりだったが、それも叶わない夢となった。

ひたすら無念だ。
悲しすぎるので、浅川さんの伝記映画がつくりたい。
61

2010/1/12

ロメール大往生  追悼

エリック・ロメールが亡くなった。享年89歳。
大往生、と言っていいだろう。
もう一本撮ってくれそうな気もしていたが。

それにしても最後の三本はどれも傑作ぞろいだった。もちろん初期の『コレクションする女』や『モード家の一夜』、あのへんてこりんな『聖杯伝説』なんかも大好きだったが。最高傑作かと思われる遺作というのも久しくなかった『アストレとセラドン』でマキノ『死んで貰います』を想起できたことはこの先もずっと忘れない。
謹んでご冥福を祈ります。
58

2010/1/10

メンテナンスの重要性  日常

毎年、年頭はじっくりひとりの作家についてDVDでもって掘り下げることにしようと決めていて、2008年はどうやらなにもしなかったようだが、昨年はムルナウを見た。2007年はたしかホークスを見たのではなかったか。そして今年、ラングにしようかと楽しみにしていたのだが、いきなりの異常な忙しさによってなにも見ることができない。せめて昨年のおさらいとしてムルナウの『都会の女』を見たいのだけれど、まだ余裕がない。ゲラはどう考えても今日明日かかるし、来週も毎日打合せだ。
そんななか、昨日加圧のあとマッサージを受けた。LA在住の方で、あのクエンティンさんも揉まれているという。そうして私の体はガタガタだということが判明した。あちこちめっちゃ痛い。脳へ行く血が首で詰まっているとまで(死ぬじゃん)。実際ここ最近、『アバター』見る前から頭痛がひどかったわけですが。おまけに腰も、数年間やってないギックリ腰まであと一歩、というところまで痛んでいたらしいし。
約90分、揉まれて、超スッキリしました♪

しかし、ときどきこうやって体のメンテナンスをしないといつなんどきどこが破裂しても不思議じゃないのだった。マジやべえ。
精神の方は酒が解決してくれることもあるのだがね。

……しかしまた酔いつぶれてコタツで寝て、体ガチガチ。元の木阿弥。
16

2010/1/7

「ゲーム」から「ライフ」へ  映画

そしてとうとう『アバター』である。
見る前に「ガースー黒光りパンドラ」を舞台に「絶対笑ってはいけないアバター24時」という企画がふと頭をよぎった。「おまえら〜、ちょっとあの鳥に乗ってくれるか〜」という藤原のとぼけた声がしてきそうだ。にしても、この3Dは面白すぎないか。いわゆる「映画」とはまたべつの体験だという気がするが、面白さには変わりない。見ながらどんどん頭が痛くなり、その頭痛が半端なくなってきたところで戦闘シーンがピークに達し、そのうち乗り物を完璧に乗りこなしたというような爽快さで頭痛は消えていった。そんな生理的な現象をもともなうのが3Dということか。『アビス』の「水中呼吸」に慣れる感覚によく似ているが、あれはスクリーンのなかのひとのもので、これは見る側のものだ。ジェイクもアバターに入るのにあれほどの仮死体験はなさそうだった。
で、この乗りこなし感だが、昼に来月出る拙著『シネマ21』のゲラを読んでいてちょうどキャメロンの部分に差し掛かっていたんだが、そこに「キャメロンの映画は全部キャメロン自身の見た目」というようなことが書いてあり、この新作もズバリそのとおりだったので、まったく変わらないその姿勢に胸を打たれた。ただ、乗りこなし感といってもキャメロンの場合「見た目」であることはいわゆる「ゲーム感覚」とは一線を画し、「ゲーム」はいつしか「ライフ」へと、のっぴきならないところへと自分を賭けていく感じまで到達するんで、そこでもさらに胸を打たれるものがあった。もっともこの「ライフ」は日本語に訳したときの重みを欠いた、タワレコのキャッチコピーに現れるときのようなカジュアルな装いのそれではあるが。ともあれ『タイタニック』(そして比較するまでもないが『2012』)に対する『アバター』の圧倒的な優位は、終始展開する空前絶後の運動感覚(特に、飛行)にあることは言うまでもなく、この運動感覚こそが3Dの生理反応とともに「ゲーム」から「ライフ」への移行を促すのである。
話は『小さな巨人』ではあるけど、ナヴィのプリンセスが最初にジェイクを矢で狙うときふとあのいそぎんちゃくみたいなくらげみたいなクリオネみたいな生き物が蝶のようにふわりと矢の先に舞い降りたところで絶句(『殺しの烙印』じゃん!)し、以降完全に武装解除。途中でラストカットがどういうものであるか、予想がついて、最後までわくわくしながら見ることができたのだが、いかんせんとにかくこの映画を乗りこなす=戦うのに精一杯で、感動するということができなかった。ホントは、犀の群れが突進してくる辺りでちょっと落涙したけど。一方、隣ではクライマックスに至り妻が珍しく鼻をズビズビ言わせているので、きっと「ゴジッカ」のことを思い出されたのだろう、と微笑ましかった。
ともあれタランティーノしかり、キャメロンも二十年同じことをしながら順調に洗練されてきてもいて、実に頼もしいかぎりだ。
もう一回見に行こうと思う。
23

2010/1/2

Best 2009  映画

昨年中に飼い猫のジジが亡くなったので、喪中につき年賀メール等は控えさせていただいていますが、代わりに愚にもつかないベスト10を。というのも大晦日と元日の晩はDVD三昧と決めていたのだが、元日に見たものがあまりに素晴らしかったので、これを作る気になった次第。

1、チェンジリング/グラントリノ(クリント・イーストウッド)
3、アンナと過ごした四日間(イエジー・スコリモフスキ)
4、サブウェイ123(トニー・スコット)
5、スタートレック(J・J・エイブラハム)
6、スペル(サム・ライミ)
7、リミッツ・オブ・コントロール(ジム・ジャームッシュ)
8、イングロリアス・バスターズ(クエンティン・タランティーノ)
9、よく知りもしないくせに(ホン・サンス)
10、パブリック・エネミーズ(マイケル・マン)

次点 春風沈酔の夜(ロウ・イエ)
   クリーナー(レニー・ハーリン)
   プッチーニと娘(パウロ・ベンヴェヌーティ)
   ボヴァリー夫人(アレクサンドル・ソクーロフ)

こんなに心地よく感動した順に並べることのできた年も久しぶりだ。本数は確実に減少しているが、それでもここまで択ぶことのできる喜びを享受できた。しばしば一作家一作品などということを考える素で官僚的なひとがいるが、こういう年は素直に両方入れるのが当然。甲乙つけがたいに決まっている。
で、元旦に見たDVDというのは『ターミネーター4』と『スタートレック』だったんだが、準主役のサム・ワーシントン(『アバター』は未だ)とカイル・リース役の少年アントン・イェルチンが棄てがたい『T4』はしかしそれ以上ではなく、直後に見た『スタートレック』の引き立て役(ここにもイェルチンが登場)となった。これについてはいずれちゃんとしたことを書きたいが、とにかくかなり興奮するものがあった。
個人的には昨年はホン・サンス発見の年でもあった。ああいうひとが近くにいてくれることに心底感銘を受けた。塩田明彦監督や佐々木浩久監督に、これからああいう路線をやってもらって対抗してほしいものだとつくづく期待するが、しかし相変わらず日本映画は一本も見ていないのだった。最終的に『ベンジャミン・バトン』は消えた。感動した箇所はいくつもあるが、やはり言葉に凭れすぎた。また『チェ』二部作、殊に第二部はソダーバーグにしては悪くなかったものの、いくつかの決定的過失でこれも落選。

また昨年は舞台も十三本と飛躍的に増えた年だった。分けても『コースト・オブ・ユートピア』には本当に感動した。年末のNHKの放送でまた見てしまった。
音楽は湯浅湾とブラック・ジョー・ルイスに尽きる。だが秋以降はヤナーチェク、コダーイ、ラヴェル、パガニーニに終始していた。
小説も荷風・志賀・谷崎・里見という戦前のローテーションを延々と繰り返すばかりだった。エリクソン、大江、古井、矢作など次々に出版される新刊が溜まっていくばかりだ。
28



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ