2010/3/26

木村威夫師追悼、または不謹慎vs平成大不況  日常

数年前、日活の食堂にてたむらさんの御紹介で木村師にお目通り適った。ある企画のために、赤線の資料を拝見させていただきたく願い出たのだった。畏れ多くも、師はどっさり当時の写真のカラーコピーを集めて封筒に入れ、お渡しくださった。有難くて、心から感謝した。
その師が映画を二本もつくったというのに、私は未見である。無礼も甚だしい。オリジナル脚本なんて無理、とこの国の何処へ行っても門前払いの昨今、清々しくもそれを実現していた九十歳の師にただ頭をたれるばかりである。
心より哀悼の意を捧げる。

そんな国の大不況のさなか、バンクーバー国母あたりからセンバツ山陰のピカソ、公安中井「ボクはハマ」蛤の路チューまで、不謹慎がイジメの嵐に晒されている。木村師流の粋がないからといってあれらの不謹慎を笑って流せない世間の料簡の狭さには、ただ呆れるばかりだ。

そんななか、いかにも不謹慎な書物が届いた。
阿部和重『ピストルズ』である。
装丁といい、重さといい、いかにも不謹慎だ。
ぜひ大いに世の中でイジメて、話題にしていただきたい。
私もいま読んでいる往年の不謹慎野郎、小島某『女流』を読了次第、取り掛かることにしますので。

それにしても不思議なのは「小島に影響を受けた」小説家たちだ。あれに「影響を受けた」と告白するのって、どんな気分なんだろう。想像もつかない。そんなこと恐ろしくて口に出せない、というのが当たり前だと思うが。当たり前じゃないのが小説家なのかね。そういうもんか。ふ〜ん。
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