2008/12/14

主人公は死なないほうがいい。  テレビ

最近酒を呑まない日の夜、ひどい偏頭痛に見舞われることがよくある。これはよくない兆候なのだろうか。だろうか、ってきっとよくないにきまっている。しかしまあ、呑んだって治るとはかぎらないのだからせっかく酒を抜いているのに呑むことはないだろう。ある日ぽっくりいくってこともありうるので、あとのことは皆さん宜しくお願いしますよ。ってなにを宜しくしろっていうのかね、こういうとき、ひとは。まあこの年末年始のテーマは、できるかぎり呑まない、だからさ、できるかぎり呑まないよ。まだやることあるからね……今夜の大久保利通じゃないけどさ。無念だろうな、ああいうひとは。あのドラマを見るときは小松帯刀目線で見てたけど、ああやって語られるとあのひともホントに気の毒なひとだと思われた。自分では、いい人生だった、なんて言ってたけどさ。そうでも言わなきゃ死にきれないでしょうよ。帯刀の訃報を聞いた篤姫はもっとぐだぐだに泣き崩れたってよかったんじゃないか。それと、篤姫の死の瞬間は見たくなかったな。ああ、死ぬなというところまで見せて、ふと見上げると若き日がフラッシュバックして終わり、でよかった。主人公の死を見せるかどうかというのはなかなか難しいもんだ。いい映画では大抵主人公は死なないのではなかろうか。でもまあ済んだことだ。心から労をねぎらいたい。
そういえば、浅野内匠頭は辞世の句なんて読まずに切腹した、っていう話をネットで知って笑った。忠臣蔵がホントに嫌いだってことは前にもどこかで書いた気がするが、この赤穂のバカ殿のしでかした顛末が必要以上に美化されていることの証明がまたひとつ露になってうれしい。気の毒な吉良上野介がちょっと救われた感じだ。
2



この記事へのトラックバックURLはありません
トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ