2009/11/9

韓米はなぢ勝負  映画

宿酔でグダグダだったが、なんとか奮起して夕方渋谷へ。シネマライズで『母なる証明』とシネタワーで『スペル』。
なんだか妙な邦題の『母なる証明』だが、内容はほとんど覚えていないほど当たり前すぎかつ「で、何?」的な流れで終始拍子抜け。こういうのやれ、と先日某プロデューサーから進言されたが、ごめん、無理だわ。面白がれるところがなくて私には無理です。ジュノ君だってホントに乗ってやってるのか、これ? 息子逮捕の直後、警察車両をおふくろが追ってくるのにビビッて刑事が事故るところだけは笑ったの覚えてるけど。というかその後の『スペル』が(これも邦題の意味がよくわからんけど)やってくれちゃっていたので、全部すっ飛んじゃいました。
『スペル』はかなり雑な作りではあるのだが、雑でも怒涛のテンポを択んだところに大いに共感を持った。『スパイダーマン』シリーズの唯一の不満は丁寧すぎる点だったが、ここではサム・ライミのがちゃがちゃしたところが復活している。そして怖かった、というか久しぶりに椅子から飛び上がるくらいビビッた。あの婆さんの家のパーティというか葬式だったのかな、あれは、とにかく近親者が集って婆さんの遺体を囲んでいるところだが、この感じ……と思ったのは『グラン・トリノ』だったんだが、あれほど流麗ではなくむしろ取ってつけたような感じで、さらにまた『オープニング・ナイト』さえ思い出した。婆さんの孫娘のチグハグなほどの異常な美しさもいい。そうしてあそこで棺をひっくり返すというとんでもないスラップスティックが見事。シナリオ上の、痛いコンプレックスを積み重ねつつストレスを膨らませていく辺りの構成も巧く行っている。夜、轢きかけたじいさんの激怒もかなり怖かった。
両方ともシネスコで、しかも寄りが多いにもかかわらず、『スペル』のほうがほんのちょっとだけ引いていて、というか寄りとして正確で、そこがやはりハリウッド映画とそれ以外の違いなのだ。ピーター・デミングだし、やはりわかっている。
ブルース・キャンベルがとうとう出なかったのがちと残念で、こういうものにこそ出ていてほしかった。タランティーノで言えば『デス・プルーフ』に相当する、といってもいい出来で、今年CEの二本の次、第三位はこれになりそうだ。
表題は双方の犠牲者による流血が共通していた驚きについて。軍配はそのとっぴな物量作戦で、やはり米軍の勝利。
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