2010/4/16

また、とある  日常

ブログに書かれている言説を受けてのつぶやきで恐縮だが、イラクで爆弾テロをやっているひとたちの意志を第三者に「悪意」と呼ばせてしまうものを孕んでいることが、あの映画の最大の「悪意」かもしれない。あれは「悪意」ではなく「意志」でしょう。三菱重工ビルをやったと言われている《狼》が持っていたものは「悪意」ではなく「意志」であったはずで、それと同じことが、ただ習慣化されているがゆえに感覚が取り違えられているかもしれないが、イラクでもなされているはずだ。
もちろん兵士に「悪意」と取られてもいたしかたないが、第三者がそれを「悪意」と名指す権利はない。その陥穽にあの映画の罪がある。
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2010/4/15

仕事中は  日常

こっちの日記がついおろそかになり、つぶやきがメインになってしまうのは宮沢さんの例しかり。映画もまるで見ていず本も読めていないので、書くことがない、というのも実情。

ある場所で、「現実」か「未来」か、いずれにせよそれがヌーヴェルヴァーグの現在における引き受け方、というようなニュアンスで読み取られうる言説を目にしたのだけど、本当にそうか、と思う。どうやら書き手が本気でそう思っていないことがなんとなくわかるんでそれを敷衍して考えてみるのだが、たとえば『アルファヴィル』がいちばんわかりやすい例だろうけど、映画は認識されうる「現実」や想起されうる「未来」との決定的な「ズレ」としてしか提示されえない、ということを最も苛酷に体現したのがヌーヴェルヴァーグだったのではないだろうか?
どんなに声高にこれが「現実」だと主張しようと、どれだけ「未来」への不安で画面を濡らそうと、映画は映画になってくれない。私自身何度も挫折を経験してきたし、先達や後続の失敗も見てきた。映画はあるかないかの「ズレ」に賭けるしかない、とこれまで何度も呟いてきたことを、ただ芸もなく繰り返す。

しかしそろそろ映画館に行って「ズレ」のクレバスに身を投じないと体がふやけてしまいそうだな。
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2010/4/7

花見その2  日常

日曜、朝からひどく精神が不安定で、なにもできず。事務所に横たわって『ジェーン・エア』『獣の戯れ』『夕なぎ』を連続で見続けた。文学作品の映画化、という共通点がある。しかしそうだから見たのではない。気づくとこういうチョイスになっていた。あと、子役時代と大御所状態の二度、リズが死んだ。
『獣の戯れ』の物語はちょっと幼稚ではないか。三十代中盤で書くような話だろうか?

月曜、雨の中、某氏のお宅にお邪魔して、リビングルームで撮影。ご子息(六年生)の学校が入学式準備で休みの日を一時間、拝借。黄色い、サッカーのユニフォームを着てもらった。その後、事務所に帰って仕事をした。

火曜、砧公園にて撮影。毎年恒例のお花見を兼ねている。年末年始の飲み会は飽きたが、これだけは止められない。というくらい楽しい。今回は撮影もアトラクション的にやったので、さらに楽しかった。
しかし途中から記憶が曖昧で、気づくと朝、事務所で寝ていた。
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2010/4/4

花見をした  日常

妻の友人らと中目黒の川沿いのイタリアンで夜桜見物をした。寒かった。しかし食い物は安くてうまくて、びっくりだった。

朝になったらなぜかうつになっていて、まともに喋れない。どうしたことか。
天気のせいだろうか。
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2010/4/3

新聞を取った/初歌舞伎  演劇

日ごろ、行きつけの蕎麦屋でのみ読んでいて、しかしいつも夕刊のコラムが面白いので毎日読みたくなって新聞を取ることにした。大学時代以来、二十年ぶりかもしれない。三大紙ではなく、東京新聞である。で、隅から隅まで読む。面白い。このネット時代になにをやっているのか、と嗤われるかもしれないが、面白いのだからしかたない。
今日は投稿欄が面白かった。ソフトバンクがお笑いに賞金一億出したのを批判しているのが特に面白かった。

で、今日はいまの歌舞伎座が改築するというので、というかあるひとにご招待を受けたのだが、とにかく観に行った。嗤われると思うが、歌舞伎座に入ったのはこれが生れて初めてである。父は子供のころ大好きでよく行ったと言っていたが、そのせいかなんとなく敬して遠ざけてきた。だがやはり観てみると非常に感化されるものだ。演目は「実録先代萩」と「助六由縁江戸桜」。何より感心したのは、よく聞いていたが本当にストーリー全部やらないのだな。いわゆるサワリだけ、ということなんだろうか。ま、それにしちゃ「助六」なんて2時間近くあるわけだが。もしかしたら本当に台本あれだけ、なのかもしれない。だとしたらますますポストモダンだな。大変気に入りました。
幕間にサンドイッチ食べてスパークリングワイン呑んで、地下から三階までざっと見てまわった。新しく建て替わったら、今度は桟敷席というところでお弁当食べながら見よう。ちょっと楽しみがひとつ増えた感じだ。
終幕後、楽屋へお邪魔した。昔ながらの楽屋。埃っぽさと年季の入った暖簾。木の名札。『残菊物語』やら『人生とんぼがえり』やらバックステージものをいろいろ思い出して、グッと来た。

昨夜西麻布で呑んでいたのは覚えているが、そこから先の記憶が曖昧で、朝起きると右腕周辺が傷だらけだった。どこかに挟まれた覚えがうっすらあるのだが、それがどこだったかなどまったく頭から消えている。でもまあたいしたことはない。問題は今後仕事をどうやっていくか、なんだが……。
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2010/4/1

年度を渡った  日常

ようやく温暖な天気になった。桜もあちこちで咲いている。先週の雨などやりきれない気分に陥った。目黒川の橋を渡ると、よし、と思える。
金曜、土曜、月曜、火曜と続けざまに酒を呑む場に出たので、昨日は朝まで書くことにした。明け方の帰り道は冷えたのでまだ続くかと思われたが、今日は風こそ強いものの気温が高いのがうれしい。
小島『女流』読了、凄まじい。でもやはり影響を受けたらおしまいだとつくづく畏れるものだ。時制の自由にかんしてのみ、激しく誘惑される。

できるかぎりひとに会いたくないし、ひとと喋りたくない。
大森立嗣監督『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』を見て、監督と対談した。天才・宮崎将のどうどうたる演技にひたすら脱帽。誰彼ともなく言いふらしたいそのうれしさと自分自身の不甲斐なさでどうしても酒が進んでしまった。
対談したL社の1階に事務所を構えるデザイナーのM氏にご挨拶。ライヴやれよ、と嬉しいお言葉。しかし乞われもせずに自分から動くことはさすがに控えておきます。

毎年、花見の季節はどうしても滅亡の方に向かってしまう。
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2010/3/26

木村威夫師追悼、または不謹慎vs平成大不況  日常

数年前、日活の食堂にてたむらさんの御紹介で木村師にお目通り適った。ある企画のために、赤線の資料を拝見させていただきたく願い出たのだった。畏れ多くも、師はどっさり当時の写真のカラーコピーを集めて封筒に入れ、お渡しくださった。有難くて、心から感謝した。
その師が映画を二本もつくったというのに、私は未見である。無礼も甚だしい。オリジナル脚本なんて無理、とこの国の何処へ行っても門前払いの昨今、清々しくもそれを実現していた九十歳の師にただ頭をたれるばかりである。
心より哀悼の意を捧げる。

そんな国の大不況のさなか、バンクーバー国母あたりからセンバツ山陰のピカソ、公安中井「ボクはハマ」蛤の路チューまで、不謹慎がイジメの嵐に晒されている。木村師流の粋がないからといってあれらの不謹慎を笑って流せない世間の料簡の狭さには、ただ呆れるばかりだ。

そんななか、いかにも不謹慎な書物が届いた。
阿部和重『ピストルズ』である。
装丁といい、重さといい、いかにも不謹慎だ。
ぜひ大いに世の中でイジメて、話題にしていただきたい。
私もいま読んでいる往年の不謹慎野郎、小島某『女流』を読了次第、取り掛かることにしますので。

それにしても不思議なのは「小島に影響を受けた」小説家たちだ。あれに「影響を受けた」と告白するのって、どんな気分なんだろう。想像もつかない。そんなこと恐ろしくて口に出せない、というのが当たり前だと思うが。当たり前じゃないのが小説家なのかね。そういうもんか。ふ〜ん。
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2010/3/18

高岡蒼甫を見た!  演劇

月曜、某企画の取材のために、新宿で某氏らと会う。初対面だがかねてから非常に尊敬する人々。思ったとおりの人格者たちで和やかに、そして綿密に取材は捗った。あとはこれをどう料理するかだが……。

火曜、『ヘンリーY世』@彩の国芸術劇場。蜷川シェイクスピア版『仁義なき戦い』シリーズ一挙上映、みたいな爽快さ。吉田=広能(文太)以下、星=松方、横田=室田、池内=北大路、長谷川=渡瀬、瑳川=名和、みたいな常連陣のおそるべきチームワーク(いったい新川=川谷は何度殺されたことか!)が実に痛快で、かつ大竹=山守(金子)という仕掛がこれまた気が利いているのだが、このたび新たに三人ほど瞠目すべき人々を知った。ひとりは『仁義〜』だと誰に当たるのか、前半をリードするトールボット卿を見事に演じられた原康義さん。成田三樹夫になりそでならないところがよくて、全篇で唯一その死の場面で泣けた。いまひとりは、無実の罪で決闘させられる徒弟ピーターを演じた大川ヒロキさん。高橋洋さん以来久しぶりにとてつもなくうまい、と思った人。そしてのちのリチャード三世を演じた高岡蒼甫さん。まだまだ粗削りながら、千葉でしょ、これ!と思わず嬉しくなってしまうほど、威勢がいい。表現力の豊かさ、声量もじゅうぶんあるし、背中向きでもはっきり通る声質も舞台向き。あと数年したら再度『リチャードV世』をぜひ彼で見てみたい。見ることのできなかったカルメロ・ベーネのそれを、つい想像させてくれる。とにかく、いまダントツで、将来が楽しみな俳優に出会うことができた。

というわけで、水曜は気持ちを切り替えて延々とシナリオを直した。調べても調べても、直しても直しても、なお飽き足らない。ほとんど原作にはない場面がショウロンポウの皮みたいに肉汁ごと包み込んでいるような状態。しかし、これでいいのだ。久しぶりにがっちり仕事している手ごたえを覚える。
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2010/3/13

戦いすんで陽が暮れて  労働

大山鳴動して鼠ゼロ匹。ゼロ匹のゴーシュ、たあ俺のこと。
タダ働き(シナリオ/企画書)が数回続いて、限界。もはや一行も書けません。

一方、加糖アラタメ長谷川肝臓はパンク寸前につき、主治医再検査を主張。本日より禁酒決定。泣きっ面に蜂須賀小六。〆にしっとり痛飲。

終日、誰も望んじゃいない、と知りつつも、昨年のパフォーマンスヴィデオ編集。
めくるめく「異形」の「運動」の嵐に、じゅうぶん満足。これこそわが「新作」なり。超自信作。
大重はとうとう、今井や菊池さんとともにおれの相棒となってくれた。

そういえば、つい先日『コロンブス 永遠の海』を見て、深々とした感慨(いやはや『路地へ』が正しかったことを勘違い的に確信)に耽ったあと、久しぶりに『ノン、あるいは支配の虚しい栄光』をDVDで見た。
これぞまさしく爆音史上ナンバーワンの可能性大。まもなく再映予定のニュープリント(未確認)がある以上、boidは決して避けて通れまい。某オスカー映画など足元にも及ばない、まさに「現代」の戦争映画。
あとは『ミネソタ大強盗団』ならびに『ALI』再見。双方とも何度見ても不気味きわまりない。こんなのやりたいなどと言ったって、賛同者がいるはずもないが。この度し難い不自由。

日々、ツイッターのフォロアーとやらがやってくる。
おれはやらないよ、阿部君の「でございます」と島田さんのしょうもないギャグだけ読んでへらへらするだけよ。
あくまでここが根拠地。ここで呟きます。

帰国以来、大江『水死』の素晴らしさに、ずっと浸っている。
寺田博氏が逝去。冥福を祈る。
いまはクレランド(吉田訳)『ファニーヒル』を熟読中。悶絶。

リュックに嬰児の腐乱死体を背負って東大三鷹女子寮に家宅侵入した男とその産みの母親の不気味さは、しばらくはちょっと忘れ難い。

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2010/2/26

The End Of The Dead Road  ツアー

日曜、雪景色の仙台で山中トークw/蓮實先生。帰りの新幹線で、先生からアベル・フェラーラの新作がとんと入ってきていない、という話を聞かされ、吃驚。あのジャンキーおやじ、撮っていたことさえ知らなかった。ということで早速調べてみると、お得意の怪しげな麻薬犯罪ものとこれまた怪しげな宗教もののDVDが出ているだけ(前者はすでに廃盤)で、劇場公開は『ブラックアウト』以来、マジでないらしく、二度吃驚。必ずしも最初から高く評価してきたというわけではない作家だが、ヘルツォークがリメイクしたらしい『バッド・ルーテナント』あたりから徐々によくなってきて、一連のウォーケン爆発ものやら個人的ベスト100には確実に入れる『ブラックアウト』なんかは本当に素晴らしかった。それが、そのウォーケンとウィレム・デフォーの共演作やデフォーの主演作、あるいはチェルシーホテルを題材にしているらしいドキュメンタリーなど、どれも日本公開されていないとは。この際、それらの未見作を米盤取り寄せて見てみようかと思う。

と書いてるうちに、北九州へ飛ぶ。某イベントの企画。小倉で湯布院の伊藤氏にアドヴァイスをいただく。さらに福岡へも行き、福岡アジアフォーカスの諸氏へも挨拶。吉塚のうなぎを食す。翌日は山口YCAM。則文師匠&柳下さんとのトーク。日帰り。

月曜、世田谷PTにて『ジョン・ガブリエルと呼ばれた男』。演出/栗山氏。イプセンはイプセンだとして、なにしろ仲代、米倉、大空、十朱という壮絶な名人たちである。それぞれの空間の支配力を呆気に取られて見ていた。
終わってから打合せ二発。途中で大惨事が起こる。一瞬、自害を考えた。
火曜、棄てる神あれば拾う神あり。ダメならまた次。気分を変えるべく、キャサリン・ビグロー『ハートロッカー』。率直な感想としては「フラーが徴兵映画つって怒るタイプ」。なんだかもったいぶってていやな感じだった。なんかなあ。

水曜、昼までウダウダしてから成田へ。搭乗してから猛然と書き始める。五時間で30枚強。へとへとに疲れて眠る。目覚めればそこは初のロサンジェルス。おいおい、20度ってどういうことだよ! 暑すぎ。USC水田先生に出迎えられ、ホテルへ。The Standard Downtown LA。素敵なお部屋でございました。そこでさらに残りを4時間かけて書き、夜中に推敲して発送。その時点では、残りの日々を延々と時差ぼけの真っ只中で過ごすことになろうとは夢にも思わず。グダグダの状態でシナリオ二つ直すが、どうもうまく行かない。よねやんという肥った友人ができ、かれの案内でコリアタウンの店に連れられ、さらにサンタモニカやベニスビーチのピアーへ行き、アメーバレコードへ行き、グリフィス天文台へも行った。そんでまあ要するにLAだな、と感銘を受けた次第。……そりゃあ自信なくすよ、ここでは。当分映画のことなんて考えたくないけれど、そういうわけにもいかない。
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