2010/6/13

だうん、その他  日常

金曜に表参道ヒルズB3スペースオーにて、ショートショートフィルムフェスティヴァルのミュージックショート部門の上映。拙作『だうん』もコンペ外の特別上映という形で上映され、壇上で少し喋った。『だうん』は、構想半月、来日中だったアルノー・デプレシャン監督の宿泊先にお邪魔して撮影したのを皮切りに四日の撮影、三日の編集+小直しで完成した。完成度の高いCGを使ったものなど他の力作を鑑みれば申し訳ないようなお手軽さだが、ここへ来て私も「楽に弾く」というハリー細野氏のニューオリンズ体験(昨夜の「scola」で言ってた)に近づこうとする意志が、というかそれはそもそもミーターズのポーターさんも言ってたんだが、ともあれそっちへ傾いてきたのだった。そのひとつの成果。だから、というわけではないが『だうん』に乗せる音楽は〈アイコ、アイコ〉でも〈ビッグ・チーフ〉でもよかった。またニューオリンズに行きたくなった。
帰宅して南ア−メキシコ戦。パス回しを見ているだけで気持ちよくなり、それなりに酒を入れていたせいでそのまま眠ってしまった。

土曜は映画美学校でやっている「世界のドキュメンタリー」という企画で『AA』が上映され、その質疑応答。3分から7時間半まで。いろいろだ。造形大の人たちも来てくれて、それなりに話が弾んだ。
帰宅してアルゼンチン−ナイジェリア戦。まだ本調子でないものの、時折見せるアイデアに思わず、いいねえ〜、と唸ってしまった。あと両コーチの対照が笑えた。マラドーナさん、ボールに触りすぎwwwひょい、と選手にボールを蹴り渡して、世界に健在をアピールするブエノスアイレスのギャングのボス。
そのハーフタイムにチャンネルを変えると「scola」が映って、いきなりジェームス・ジェマーソンの話から始まったのだ。そのまま終わりのスライのセッションまで釘付け。慌ててチャンネルを戻すが、1−0のままで終了した。

あとはずっと三本のシナリオをぐちゃぐちゃしていた>先週。
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2010/5/2

勝利を!  日常

マルコ・ベロッキオ最新作にして驚異の大傑作『勝利を』にまだ買い手がついていない、という話。あるいは諸般の事情で値段が高いのかもしれない。だが、それにもめげずどちらかが買っていただき、公開していただきたい。昨年のスコリモフスキ旋風と同等の嵐がまちがいなくそこに吹き荒れるはずですから。

映画美学校特別講義に現れた、そのベロッキオ御当人はすこぶるダンディなジェントルマンで、なおかつ我々の質問に対し、御当人の映画の登場人物のごとく叫びとささやきを駆使して熱弁を揮って下さったのだった。「新人監督の場合、技術はしっかりしているのだが俳優の芝居がつまらないことが多い」という的確な指摘を映画美学校の受講生諸君は肝に銘じただろう。

ユーロスペースに行ったら『クロッシング』と『川の底からこんにちは』のお客さんがひしめきあっていた。しかも立ち見というのでぐずぐず迷っていたら、目の前で受付完了。いやはやファーストデイ割引だとは知らなかったし、初日だということも知らずに行ったおれが悪いのだが、ますます小屋から足が遠のく。しかもGWのシブヤなんて異常に殺気と欲望がメエルシュトレエム状態で怖くて歩けない。誰の目も見ないように気をつけながら大急ぎでバス停まで行き、ヒルズへ。スーツとワイシャツ購入。妻と合流、西麻布「いちのや」で鰻。美味。久しぶりのABCまで戻って、古井新刊、ナボコフ『賜物』、『トルーマン・カポーティ』文庫上下、四方田大島、マーヴィン・ゲイ伝記、スライ・ストーン伝記、ライアン・ラーキン『やせっぽちのバラード』と気前良く買い漁り。

そうしていよいよ『第9地区』を見たわけだが、アカデミー受賞監督ピーター・ジャクソンが先輩と後輩の間で偶然か話し合いの結果か知らないが、『アバター』と『ハートロッカー』を足して二で割ったようなブラックコメディを作っていたね、という感想がごく自然に出てくるもので、はやりもののドキュメンタリータッチはべつに珍しくもないしご不満の向きも多いでしょうが、後半だんだん気忙しいレオーネみたいな活劇になってきてからは単純に笑いつついいんじゃないか、と私は同意した。特に天才少年蝦の活躍には心温まった。蝦なのにクリストファーがサミュエル・L・ジャクソンに見えてしょうがなかった。SJ、どっかで赤いちゃんちゃんこ着てコンピューターいじっていた記憶が。

かくして今年のGWも終わってしまった。今週は毎日仕事だ。仕方ない。貧乏暇無し。
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2010/4/16

また、とある  日常

ブログに書かれている言説を受けてのつぶやきで恐縮だが、イラクで爆弾テロをやっているひとたちの意志を第三者に「悪意」と呼ばせてしまうものを孕んでいることが、あの映画の最大の「悪意」かもしれない。あれは「悪意」ではなく「意志」でしょう。三菱重工ビルをやったと言われている《狼》が持っていたものは「悪意」ではなく「意志」であったはずで、それと同じことが、ただ習慣化されているがゆえに感覚が取り違えられているかもしれないが、イラクでもなされているはずだ。
もちろん兵士に「悪意」と取られてもいたしかたないが、第三者がそれを「悪意」と名指す権利はない。その陥穽にあの映画の罪がある。
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2010/4/15

仕事中は  日常

こっちの日記がついおろそかになり、つぶやきがメインになってしまうのは宮沢さんの例しかり。映画もまるで見ていず本も読めていないので、書くことがない、というのも実情。

ある場所で、「現実」か「未来」か、いずれにせよそれがヌーヴェルヴァーグの現在における引き受け方、というようなニュアンスで読み取られうる言説を目にしたのだけど、本当にそうか、と思う。どうやら書き手が本気でそう思っていないことがなんとなくわかるんでそれを敷衍して考えてみるのだが、たとえば『アルファヴィル』がいちばんわかりやすい例だろうけど、映画は認識されうる「現実」や想起されうる「未来」との決定的な「ズレ」としてしか提示されえない、ということを最も苛酷に体現したのがヌーヴェルヴァーグだったのではないだろうか?
どんなに声高にこれが「現実」だと主張しようと、どれだけ「未来」への不安で画面を濡らそうと、映画は映画になってくれない。私自身何度も挫折を経験してきたし、先達や後続の失敗も見てきた。映画はあるかないかの「ズレ」に賭けるしかない、とこれまで何度も呟いてきたことを、ただ芸もなく繰り返す。

しかしそろそろ映画館に行って「ズレ」のクレバスに身を投じないと体がふやけてしまいそうだな。
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2010/4/7

花見その2  日常

日曜、朝からひどく精神が不安定で、なにもできず。事務所に横たわって『ジェーン・エア』『獣の戯れ』『夕なぎ』を連続で見続けた。文学作品の映画化、という共通点がある。しかしそうだから見たのではない。気づくとこういうチョイスになっていた。あと、子役時代と大御所状態の二度、リズが死んだ。
『獣の戯れ』の物語はちょっと幼稚ではないか。三十代中盤で書くような話だろうか?

月曜、雨の中、某氏のお宅にお邪魔して、リビングルームで撮影。ご子息(六年生)の学校が入学式準備で休みの日を一時間、拝借。黄色い、サッカーのユニフォームを着てもらった。その後、事務所に帰って仕事をした。

火曜、砧公園にて撮影。毎年恒例のお花見を兼ねている。年末年始の飲み会は飽きたが、これだけは止められない。というくらい楽しい。今回は撮影もアトラクション的にやったので、さらに楽しかった。
しかし途中から記憶が曖昧で、気づくと朝、事務所で寝ていた。
10

2010/4/4

花見をした  日常

妻の友人らと中目黒の川沿いのイタリアンで夜桜見物をした。寒かった。しかし食い物は安くてうまくて、びっくりだった。

朝になったらなぜかうつになっていて、まともに喋れない。どうしたことか。
天気のせいだろうか。
14

2010/4/1

年度を渡った  日常

ようやく温暖な天気になった。桜もあちこちで咲いている。先週の雨などやりきれない気分に陥った。目黒川の橋を渡ると、よし、と思える。
金曜、土曜、月曜、火曜と続けざまに酒を呑む場に出たので、昨日は朝まで書くことにした。明け方の帰り道は冷えたのでまだ続くかと思われたが、今日は風こそ強いものの気温が高いのがうれしい。
小島『女流』読了、凄まじい。でもやはり影響を受けたらおしまいだとつくづく畏れるものだ。時制の自由にかんしてのみ、激しく誘惑される。

できるかぎりひとに会いたくないし、ひとと喋りたくない。
大森立嗣監督『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』を見て、監督と対談した。天才・宮崎将のどうどうたる演技にひたすら脱帽。誰彼ともなく言いふらしたいそのうれしさと自分自身の不甲斐なさでどうしても酒が進んでしまった。
対談したL社の1階に事務所を構えるデザイナーのM氏にご挨拶。ライヴやれよ、と嬉しいお言葉。しかし乞われもせずに自分から動くことはさすがに控えておきます。

毎年、花見の季節はどうしても滅亡の方に向かってしまう。
14

2010/3/26

木村威夫師追悼、または不謹慎vs平成大不況  日常

数年前、日活の食堂にてたむらさんの御紹介で木村師にお目通り適った。ある企画のために、赤線の資料を拝見させていただきたく願い出たのだった。畏れ多くも、師はどっさり当時の写真のカラーコピーを集めて封筒に入れ、お渡しくださった。有難くて、心から感謝した。
その師が映画を二本もつくったというのに、私は未見である。無礼も甚だしい。オリジナル脚本なんて無理、とこの国の何処へ行っても門前払いの昨今、清々しくもそれを実現していた九十歳の師にただ頭をたれるばかりである。
心より哀悼の意を捧げる。

そんな国の大不況のさなか、バンクーバー国母あたりからセンバツ山陰のピカソ、公安中井「ボクはハマ」蛤の路チューまで、不謹慎がイジメの嵐に晒されている。木村師流の粋がないからといってあれらの不謹慎を笑って流せない世間の料簡の狭さには、ただ呆れるばかりだ。

そんななか、いかにも不謹慎な書物が届いた。
阿部和重『ピストルズ』である。
装丁といい、重さといい、いかにも不謹慎だ。
ぜひ大いに世の中でイジメて、話題にしていただきたい。
私もいま読んでいる往年の不謹慎野郎、小島某『女流』を読了次第、取り掛かることにしますので。

それにしても不思議なのは「小島に影響を受けた」小説家たちだ。あれに「影響を受けた」と告白するのって、どんな気分なんだろう。想像もつかない。そんなこと恐ろしくて口に出せない、というのが当たり前だと思うが。当たり前じゃないのが小説家なのかね。そういうもんか。ふ〜ん。
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2010/2/6

B-ぐるめウィーク  日常

月曜、打合せの後、阿佐ヶ谷スパイダース『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』@下北沢本多劇場を見て、外に出るとすでにしんしんと舞い落ちる雪のなかをさっさと帰宅し、翌朝まばゆい銀世界に目を眩ませながら『アバター』2D版を見るために渋谷へ向かいつつ、そういえば十数年前、同じ劇場で『タイタニック』を見た晩も豪雪だったな、と思い出した。キャメロンと雪と私。3Dでは追いつけなかったところを2Dでじゅうぶんに堪能。きわめて秀逸な「映画」だと確認。映画館を出て、眼鏡の修理をしようとするが数日お預かりになると言われ、とりあえずいまのものを騙し騙し使いながら新調することになる。百軒店「ジョウモン」で早い夕食。串焼き、きわめて美味。いずれまた立ち寄りたい。で、文化村に移動、蜷川/寺山『血は立ったまま眠っている』を見た。やはり私はどうしても寺山がダメだ、と痛感。
で、水曜、『週刊ブックレビュー』の収録。児玉清氏と初めてお会いし、萌える。拙作『地球の上でビザもなく』の紹介。そういえば映画芸術では廣瀬純氏が、今日届いた新潮には山根貞男氏がそれぞれに、書き手を感動させる書評を書いてくださっている。有難い。なにかうきうきした気分のまま、中目黒で打合せ。待ち合わせの居酒屋にある晩酌セットが素晴らしい。三品と三杯で千三百円、という良心的価格。いずれまた立ち寄りたい。続く木曜、Nobodyの企画で樋口さんと対談@boidオフィス。延々と『アバター』分析。終わってから恵比寿で『帰り道が消えた』の打ち上げ。その前に時間つぶしに入った恵比寿の立ち呑み屋がこれまたヒット。何より立ち飲みというのがいい。そうして打ち上げの沖縄料理屋「はいばな」がこれまた美味。双方とも、いずれまた立ち寄りたい。
金曜、東海道線に乗ってのロケハン。某駅前の食堂で鯵干物定食。美味。あちこちと見てまわった後、横浜中華街「海南飯店」で夕食。これまた美味。もちろん、双方ともいずれまた立ち寄りたい。

というわけで、今週は実に食に恵まれた一週間だった。ずっとマスコミの黒い影に脅かされていたが、それも晴れ、きれいさっぱりと暦を乗り越えられた。
しかし原稿はたっぷり残っている。それを思うと恐ろしい。
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2010/1/10

メンテナンスの重要性  日常

毎年、年頭はじっくりひとりの作家についてDVDでもって掘り下げることにしようと決めていて、2008年はどうやらなにもしなかったようだが、昨年はムルナウを見た。2007年はたしかホークスを見たのではなかったか。そして今年、ラングにしようかと楽しみにしていたのだが、いきなりの異常な忙しさによってなにも見ることができない。せめて昨年のおさらいとしてムルナウの『都会の女』を見たいのだけれど、まだ余裕がない。ゲラはどう考えても今日明日かかるし、来週も毎日打合せだ。
そんななか、昨日加圧のあとマッサージを受けた。LA在住の方で、あのクエンティンさんも揉まれているという。そうして私の体はガタガタだということが判明した。あちこちめっちゃ痛い。脳へ行く血が首で詰まっているとまで(死ぬじゃん)。実際ここ最近、『アバター』見る前から頭痛がひどかったわけですが。おまけに腰も、数年間やってないギックリ腰まであと一歩、というところまで痛んでいたらしいし。
約90分、揉まれて、超スッキリしました♪

しかし、ときどきこうやって体のメンテナンスをしないといつなんどきどこが破裂しても不思議じゃないのだった。マジやべえ。
精神の方は酒が解決してくれることもあるのだがね。

……しかしまた酔いつぶれてコタツで寝て、体ガチガチ。元の木阿弥。
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