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2005/7/12

カニグズバーグをめぐる冒険をめぐる小考  趣味

アメリカの児童文学作家、E.L.カニグズバーグの作品は実に名作ぞろいだ。これまで私が読んだ作家の中でも五指に数えて差し支えない。登場人物がとことん魅力的で、ユーモアとウィットに富んだ描写と読む者を引き込む筋書きは見事と言うほかない。そして何より、ほとんどの作品で主人公となる子供たちに対する視座が絶妙だ。彼らは、"大人が理想とするような子供像"とは一線を画して描かれる。かといって、"子供の視点に立つ"なんて気味の悪いことは言わない。「子供には子供自身の秘密が必要」というテーマがいくつもの作品に繰り返し現れてくる。

もともと私の母がカニグズバーグの大ファンで、岩波から全集が出版された折に古い版をまとめて私が譲り受け、英語版のペーパーバックも何冊か自分で入手して持っている。興味のある方は→こちらから。個人的なお勧めは、『クローディアの秘密』『ティーパーティーの謎』あたり。


さて、これだけならば、ただのお勧め本紹介なのだが、「カニグズバーグは素晴らしいです。以上。終わり」と片付けられない話を見つけてしまった。全集まで出た岩波のカニグズバーグ作品の翻訳が、徐々に改訂されつつあるのだ。ことの発端と経緯についてはこちらのホームページをひと通り読んでいただきたい。

簡単にまとめると、「カニグズバーグをめぐる冒険」の管理人である"やみぃ"氏が、原書で慣れ親しんできたカニグズバーグの邦訳を読んでそのひどさに憤慨し、岩波書店とカニグズバーグ本人に働きかけて訳の改訂を実現させたということである。

カニグズバーグの原文と邦訳を読み比べたことがないし、またそれをする余裕もないため、やみぃ氏の批判が正当であるか否かについては論じられないが、曲がりなりにも翻訳に携わる人間として非常に身につまされる話ではある。自分の翻訳能力は決してプロを自称できるレベルではないし、実際に訳に関わった本のことで某掲示板で首を吊られたこともある(私の訳と直接の関係はないが翻訳チームの一員として名を連ねていたので)。具体的な誤訳・悪訳を列挙されて「お前の翻訳は駄目だ」と言われ、自分でも検討した結果その批判が当たっていれば、「力が至りませんでした」と謝るしかない。可能ならば、問題点を修正し、何らかの形で読者に提示する必要もあるだろう。

言うまでもなく、翻訳作品の半分は原著者のものだが、もう半分は翻訳者のものだ。元の作品の解釈は人それぞれだし、日本語の文章そのものは翻訳者の作品といってもいい。その"作品"の良し悪しを論ずることは、多かれ少なかれ個人の好みや程度の問題に帰する部分があるだろう。また、出版業界の現状を顧みれば、翻訳がダメダメだから改訂してほしいと要望を出しても、まず普通は通らないと思われる(今回は岩波だったから可能だったといえる)。そうした問題点を踏み越えて改訂を実現させたやみぃ氏の熱意と行動力には感服する。一方で、自らの弱さ・至らなさを前面に押し出しながら共感を得ているように見えるやみぃ氏のやり方に、社会正義を信奉する市民運動じみた感触の悪さを感じてしまうのは、私が伝統的な日本人気質に囚われているからだろうか、あるいは自分も批判される側の翻訳者だからだろうか。
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