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2008/10/27

ポニョ雑感  趣味

■崖の上のポニョ

ロングランのおかげでいまさらながらに劇場観賞できた『崖の上のポニョ』だが、先に結論を言うといろいろいただけなかった。事前にいくつかのポニョ評を見聞きして、この映画は御伽噺や童話として観なければならないっぽいと気をつけていてもなお。

注意!「続き」にはネタバレ情報が含まれています。これから観る人は了承の上でお読みください。

宮崎駿はリアリティの作家だと思う。彼の作品には作品世界内での確固としたリアリティが与えられ、それによって観客は作品世界に引き込まれる。だからその宮崎駿を期待して『ポニョ』を観た人には突っ込みどころ満載となるわけだ。「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」にて映画評論家の町山さんが『ポニョ』を評して「無茶苦茶な内容で子供の教育に悪い。宮崎さんの作家的体力が落ちているのではないか」と述べ、具体的に・魚を水道水に入れる・親の名前を呼び捨て・よそ見しながら危険運転・洪水被害の描写が非現実的・何の代償も葛藤もない事件の後始末は物語として成立してないなどなどの点を批判していた。さもありなん。

しかし、この作品にリアリティを求めても仕方ない。いきなり冒頭、夜の海の上に雲が浮かんでいる絵からして絵本的な絵作りであり、現実世界のようなリアリティを持つ話ではないことを仄めかしている。崖の上の家や老人ホームの絵もまた然り。そうしてみると、この映画には全編に象徴的な要素が散りばめられている(バケツ・水やガスの確認・船上の赤ん坊・トンネルの通過などなど)。ラストは人間となったポニョが人間世界に受け入れられてめでたしめでたしだ。童話に対して真面目に突っ込みを入れても虚しいだけ。

以前、私は宮崎吾郎の『ゲド戦記』を「原作とジブリという2つのリアリティを使って御伽噺を作った」と評した。その見解をそのまま敷衍するなら、今回宮崎駿が『ポニョ』のような御伽噺を作ったのは、「この馬鹿息子が『ゲド』をちゃちな童話にしやがって。俺が本物の童話ってもんを見せてやらあ!」という親子喧嘩(または親子対話)のような気がしてならない。これまでの宮崎アニメファンからすれば迷惑な話だろうが、童話好きや深読み好き(ラグナロク?インスマス?)の大人には受け入れられる興味深い作品であるとは言える。だが、果たして宮崎駿が意図した(らしい)子供向け童話として成功しているのかという点にも疑問がある。

何というか、童話要素が教科書的ステロタイプ(上記のほか、随所に見られる死の暗示など)を踏襲しすぎていて、観た子供の心に何らかの影響を与えることができているのだろうか?童話を研究して吟味して受け入れられそうな内容(主題歌を含む)をかっちり盛り込んでみましたという加工感が私は鼻についてしまったのだが、子供たちもそういう部分は感じ取るのではなかろうか?放映終了後の劇場は、観客が少なかったこともあっただろうが、小さい子供もけっこういたのに水を打ったような静けさを湛えていた。やはり宮崎駿はリアリティとディテールの人で、本能から湧き上がるような童話を作ることはできないんじゃないかと思う。とまあいろいろと腐したが、もう1回くらい観てみたいとも思うので不思議。

その他の雑感:
・ポニョが人間化して追いかけてくる場面は本能的に恐ろしかったが、水面を走るポニョが不思議と可愛く格好よく見えた。さすがジブリというべきか。
・あまりに酷い酷いと事前に聞いていて、どんだけなんだと覚悟していたためか、所ジョージの声はそれほど気にならなかった。酷いには違いないけど。というかせっかくのいい絵なんだから声に素人使うのいい加減やめてくれと切実に願う。
・観終わってから隣を見ると相方が目を腫らしていた。どこか泣くとこあったっけ!?
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