脱力感――ああ、「だるさ」ね。で済ましてしまうのはいささか早計。これは結構やっかいな副作用だ。例を挙げていくとわかりやすい。
「筋弛緩剤」―商品名で言うとテルネリン、ミオナールなど。よく肩こりや腰痛の症状を訴える方に、「筋肉をほぐす薬ですよ」という説明のもとに処方される。あるいは脳梗塞後遺症で麻痺がある場合、関節が固まってしまわないようにリハビリをするわけだが、その手助けとして筋肉のこわばりをとるためにも使うことがある。こわばりをとる、こりをほぐす、いずれにせよ筋肉を緩ませるわけだから、当然「脱力感」「だるさ」「眠気」「ふらつき」が出やすい。あたり前のことで、医師、薬剤師でこのことを知らない人はいない。
しかし!調べてみて驚いたのだが、患者さんの中で、特定の部分にだけ効く、と思っている方はけっこう多い。つまり、肩こりをほぐしてくれるのだから、肩だけに効く薬、と思っていたという具合に。とんでもない。全身に効いている。そんなことも知らずに飲むのは危険極まりない。と言っても、これは患者さんに責任はない。明らかな薬剤師からの情報提供不足だ。一度言ったら終わりではなく、2度3度と繰り返しこの副作用を伝えていくべき。
80歳代のAさんは左半身の麻痺がある。先日、医師から左腕の肘関節が固まってしまわないようにリハビリをする目的で、この筋弛緩剤が投与された。2週間後、再び受診されたときは私が薬をお渡しした。Aさんの介護をされている娘さんに聞いてみた。「飲み始めてから力が入らなかったり、歩行がふらついたりしていませんか?」 娘さんは驚いた顔で言われた「あ!!やっぱりこの薬はそういう副作用があるのですね」
実はこの薬を服用後2時間程度は、正常なはずの右手や腹筋、背筋にも力が入らず、ベッドの柵につかまって体を起こすことができなくなっていた。ひとりで起き上がりポータブルトイレに移れていたのに、それができないものだから尿、便をもらしてしまうことが増えた、というのだ。最初は娘さんもA さん自身も「左腕の関節にだけ効いてくれる薬」と思っていたようだが、さすがに度重なる全身の脱力感から、この薬の副作用では?と疑い始めていたらしい。
だから私が「全身に作用します。強い副作用が出た場合は要注意です。」といったとき「やっぱり!」となったわけだ。最初に薬をお渡しするときに当然伝えておくべき注意点である。しかも具体的に言わないと患者さんはわからない。「少々眠くなるかもしれません」程度ではだめ。握力低下、筋力低下による弊害を想像して伝えてあげないといけない。(前回渡した薬剤師は大いに反省していた)
Aさんはこの筋弛緩剤の中止により、現在では全身脱力感、握力低下の副作用から解放され、ひとりで起き上がることができる。トイレの失敗もほとんどなくなり、娘さんの介護の手間や精神的負担は軽減した。ヘルパーさんの派遣も減り介護費の支払いは安くなった。実はおむつ交換が増えていた時期、娘さんはそのせいで腰痛を発症して整形にかかっていたがこれも今は楽になっている。たったひとつの薬の中止が「医療費、介護費」両方の負担減につながったわけで、厚生労働省は薬剤師にこういった働きを求めているに違いない、と確信した事例でもある。
脱力感がでるのは、筋弛緩剤ばかりではない。いわゆる安定剤と呼ばれる薬。鼻水、蕁麻疹、かゆみなどを抑える抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤。前回書いた睡眠薬、とくに長時間作用型は要注意。この他にも程度に違いはあれども、眠気、だるさ、脱力感、ふらつきの副作用が出やすい薬はある。これらの副作用は、転倒⇒骨折、歩行難⇒寝たきりにつながりやすいことは想像にたやすく、自立度を下げてしまいかねないことは明白。先にも書いたように介護保険の無駄遣いにつながる。しつこいほどに言うが、薬剤師はしっかり説明しないといけないし、患者さんも聞く耳を持って欲しい。 そうでないと「肩がこると介護保険制度が破綻する」という「風が吹けば桶屋が儲かる」ふうなことが現実に起こりかねない。
たかが脱力感、されど脱力感。みなさんご注意を。

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