ボストンから日本に帰ってきたころ、ある水族館にお邪魔しました。
日本では、そのうち仕事も始めたかったし、でもこれから日本のどこに住むかもまだ決まってなくて、その間、向こうの水族館で得た知識が何か役に立つかも知れないと、ボランティアをさせてもらえたらなと思って訪ねました。
ボストンでお会いした日本の水族館関係者に、「ここの水族館を訪ねるならこの人のところに行くと良い」という紹介をいただいていた方に、一通り水族館を見せていただいて、「何かお手伝いできることはないでしょうか?」と尋ねたところ、答えは、「それより子どもでも作ってください」でした。
多分、言われた方は「子どもはいいよ」という意味で、私にも勧めたのでしょう。
でも、日本に帰ったら何かできるかも知れないという思いもあって、ボストンの水族館でやれそうなことは何でもやらせてもらったし、「やってみたい」という思いを完全に拒まれることはなかったので、こういわれたのは、私にとっては結構ショックでした。
日本の水族館では役に立たないんだな、という落胆もですが、そうか、日本では、私くらいの人間はもう、子供を産んで育てる以外に役に立つことはないんだな、という虚しい(あ、べつに子どもを生むのが虚しい訳じゃないですよ、お間違いなく!)思いがぼんやり浮かびました。
これから日本で、何かできるかしらという希望を持っていた矢先、すぱっと間仕切りをおろされたみたいで意気消沈でした。
あーやっぱ日本に戻ってきたのは、間違いかしら?とひしひしと感じさせられました。
帰国が決まり、「日本に帰る」と友人に告げた時、「どうして?」と聞かれました。
「ここには、あなたの大好きな水族館もある、もう仕事だってあるじゃない、友達もいる、日本にかえって仕事あるの?どうして?」
いちいちごもっとも。
理詰めでは、ボストンを去る理由は見あたりませんでした。
今でも、折に触れ、ふと、この言葉を思い出します。
解決策は・・・ないっすね、というか、もう遅すぎですけど!!

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