「あたしおかあさんだから」騒動でふと湧いた素朴な疑問  日々雑記

どうしてこの曲を、男性であるだいすけお兄さんに歌わせたんだろう?

歌詞を読んだだけで原曲を聴いてないから、実際にどんなふうに歌ったのかはわからないが、お母さんが自分の心情を子供に向かって語る歌を、なぜ男性であるだいすけお兄さんが歌ったんだ?お姉さんじゃいけなかったのか?というのが素朴な疑問。

いや、だいすけお兄さんが「おかあさんといっしょ」で長年歌のおにいさんやってて大人気っていうのはわかるんだ。単にだいすけお兄さんの人気に乗せたかったってだけなんだろうけど。
演歌やムード歌謡ならよくある手法ではあるし、ニューミュージック系の歌だと、なんとなくねっとりとしてきて歌謡曲っぽさが強くなり、ビールよりも水割りが合い、カラオケボックスよりもカラオケスナックで歌うのが似合いそうな気がする。
「よせばいいのに」「メモリーグラス」「なみだの操」「恋(松山千春の方ね)」「あずさ2号」…などなど。

女性が歌ったらどうなるのかも聴いてみたいけど、歌詞の内容からして、優しげに歌ったとしても、マイナスの感情がにじみ出して聞こえるような気がするんだろうか…?ちょっと怖いもの聞きたさで聴いてみたいかも。

とはいえ、世間のお母さん達に大人気のだいすけお兄さんが、Huluの番組でこの曲を歌い、たくさんの人が聴いたことで、「この歌詞はどうなの?」と一気にネット上で話題になり、作詞したのぶみの評判も地に落ちたのは確かなので、結果的には良かったのかもしれない。経歴詐称とか絵本のパクリ疑惑なども出てきているし。今後どうなるんだろうね?

追記:2/10 13:40 ちょっと文章を追加しました。
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私が死んだらフィッシュマンズの「LONG SEASON」で送ってくれないか  日々雑記

…と20年ほど前から思っているのですよ。

最近、有賀さつきさんが亡くなった。あまりにも若かった上に急すぎて、それはそれでびっくりしたのだが、親しい友人やご家族などにも病気のことは隠していたと聞いて、なんだか母の亡くなり方に似ているなあと思った。さすがに娘さんには死因は言ってもいいんじゃないのかなあと思ったが。

私の母は8年前の2月2日にガンで亡くなったのだが、生前、
・病気のことは人には言わないでほしい
・自分が死んでも、1ヶ月は内緒にしていてほしい
・お葬式は家族(父と私達夫婦と弟夫婦)5人だけでやってほしい、と言い残していた。

そこら辺のことは以前にも書いた。母の意志を尊重して、その言葉通りにしたのはいいが、隠し通すのは結構辛かったのかもしれない、と思う。あと、さすがに当時の仕事先には、仕事を休んだりする関係上、話さざるを得なかった。それとバンド仲間。(ちょうど母が亡くなる少し前にG-Sessionのライブをやったのである)
葬式は家族葬にして、家族葬を専門にしている無門庭園というところで行った。母が好きだったベートーベンの「田園」をエンドレスでかけて、家族でいろいろな話をして。
たまたま他のお葬式が入っておらず、本当に静かに母を送れた、と思う。

しかし、自分が死ぬときにはもうちょっと賑やかに送ってもらおう、とも思った。
静かなのはいいが寂しすぎて。

母が亡くなったあとも、親戚を数人見送っているのだが、さすがに家族だけ、ではないにしろ、家族と親戚だけでのお葬式ばかりだった。
若かったり、働き盛りのときならいざしらず、年を取って世間からもリタイアしていると、古い友人も亡くなっていたり、お葬式に来られるような状態でなかったりで、結果的に来られるのは親戚ばかりだったりするのかもしれない。
有名人の訃報でも、通夜やお葬式は親しい人達だけで行い、後にお別れの会を開く、というパターンも最近では多いし。

自分が見送られるなら人がいたほうがいいな、と思ったきっかけはもう一つある。
母が亡くなる前の年の6月、G-Sessionのとあるメンバーのお母さんが亡くなった。
お通夜は母の手術と重なって行けず、ちょうどその頃仕事してなかったこともあって、告別式の方に行くことにした。
平日だったこともあり、参列した人はごく少なかった。
友人や会社関係の人はお通夜の方に出ていたし、彼のお父さんはだいぶ前に亡くなっていたし、本人は一人っ子で結婚していないし、親戚も少ない。
お焼香が終わった後も、なんとなく帰りそびれてしまい、火葬、骨上げ、初七日…と付き合ってしまった。生前お母さんには全く面識なかったにもかかわらず、遺骨拾っちゃってるけどいいんだろうかとなど思いつつ。
親戚の方にはちょっと関係を怪しまれたのだが、もちろん後で説明したし、本人からは感謝されて、ちょっとほっとした。
初七日の席では彼の小さい頃のアルバムなども見せてもらったのだが、実はお宮参りが自分と同じ神社だった…2人とも小さい頃兵庫県西宮市に住んでいて、線路を挟んだ隣町くらいに住んでいた、らしい。ただ住んでいた時期はあまりかぶっていないのだが、もしかしたらどこかですれ違っていたりしていたのかもしれない。
それはともかく…お葬式というのは、死んだ人を見送るだけでなく、残された人を慰めたりするためでもあるんだなとその時に改めて実感した。

自分が重い病気になった時、病気であることを早めに公表して、病気と戦う自分を世間に見せていく人もいれば、あくまで世間には隠し通して、元気なところだけを覚えて欲しいという人もいる。それぞれの考え方があり、両方いて当然だし、自分と違う考えの人を否定しちゃいけないと思うのだが、自分は有賀さんや母とは逆かもな…多分重い病気になったら早めに言っちゃうと思うし、お見舞にも来てほしいし、もしかしたらブログやTwitterも出来る限り更新していきたいし…一人で逝くなんて寂しいので、周りを巻き込むだろうなあ。でもさすがに誰かを連れて逝ったりはしないつもりです。多分。
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