2009/12/29

三田線の車両  交通

高島平住民の足となっている都営三田線の現在の主力は6300形電車である。
その第1編成が投入されたのは実に16年前の1993年5月の事で、試運転を経て翌6月22日から営業運転に就いた。
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▲兵庫県のメーカーで落成した試作編成がJR貨物によって、東海道本線を上って来た。
画像は1993年5月11日、静岡県の沼津駅に停車中の6300形。
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▲その後も増備が続けられ、6314編成増備の際は、武蔵野線の荒川橋梁を越えて越谷まで運ばれ、そこからトレーラー輸送された。(1999.4.25)
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▲新座貨物ターミナルから川越街道〜笹目通り〜高島通りと陸送されて来た6332編成。(1999.11.26)
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▲午前3時、高島平駅前の信号で停車中の6335編成。(2000.2.2)

この新型電車の投入により、三田線開業時から走っていた6000形が、車両の老朽化と、三田線の駅へホームドアを設置する関係で淘汰される事となった。6000形の最終営業運転日は1999年11月28日で、この日を以て本線上から姿を消した。今からちょうど10年前の事である。
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▲ホームドアが設置される前の高島平駅を発車する6141編成。最後まで冷房化されなかった車両だ。(1998.12.27)
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▲引退を一週間後に控えた6171編成がさようならマークを付けて高島平へ向かう。(1999.11.21)

その後、6000形の多くは解体される事無くインドネシアの鉄道会社へ譲渡された。また一部の車両は秩父や熊本の鉄道会社へ譲渡されて、2009年現在も活躍中である。
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▲インドネシア国鉄へ譲渡すべく、高島通り〜中山道〜環七を経て川崎の港へ運ばれる6271編成。志村坂下付近にて。(2000.5.19)
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▲川崎港で船積みを待つ。72両もの車両がインドネシアへと旅立った。(2000.1.15)
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▲秩父鉄道へは3両化して、12両が譲渡された。(2006.11.25 秩父鉄道 樋口〜波久礼にて)
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▲熊本電鉄では2両化された5編成が活躍中。編成番号は三田線当時のままのものが使用されている。(2000.2.27 熊本電鉄 北熊本駅にて)
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▲マンモス団地や大手町のサラリーマンらを運んだ電車は、一線を退き、長閑な熊本の地で余生を送っている。(2000.2.26 熊本電鉄 新須屋〜堀川)
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