2016/6/7  22:26

仙巌園の庭  旅行
5月末のパック旅のメインは桜島だが、詠い文句は10景で、知覧の特攻記念館、指宿温泉、霧島神宮と共に、鹿児島市の仙巌園も二日目に時間を割いていた。仙巌園(せんがんえん)は、昔の長州・薩摩ビイキにしては良く知らなかった。当時の第19代当主であった島津光久によって造園されたのが1658年だから江戸時代初期、桜島が借景となっている庭園なのが解る。


幕末には第28代当主島津斉彬がこの敷地の一部を使ってヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業(集成館事業)を起こした。1857年(安政4年)には、園内の石灯籠にガス管をつないで点火させ灯火として用いたことから、日本のガス灯発祥におけるルーツの一つとして挙げられる場所にもなっている。(ウィキペディア引用)

仙巌園は、現在は島津興業株式会社が観光産業として組織・運営している。日本の近代化遺産が、世界記憶遺産として登録と賑々しいが、これは中国や韓国にとやかく言われることはないので安心。反射炉や大砲が置かれている。この庭園はまことに良く整備されていて桜島の眺望は、所謂絶景だ。菖蒲が美しい庭園の入り口には短歌・俳句の投稿箱があったので投稿紙を一枚、持って来て「南国交通」の若いガイドさんに、後日再び仙巌園に赴くときに投函を頼んだ。多分平成28年度の優秀作品に推挙は間違いない。だが来年5月の発表まで生きている保証はない。

 はつ夏の桜島(しま)の裂け目の鋭きに吾は戦く仙巌園の庭

どうも相変わらずの短歌だが、桜島の山腹に裂け目を感じたのは確かなので、これは推敲したい。

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