2017/4/11  21:03

昭和の名優  映画TV
第二日曜日は短歌の例会、江東区豊洲まで出掛けた。最近は、魚市場で豊洲が脚光を浴びている。豊洲が化学物質に汚染され、築地市場は安全であるというのは、どうやら小池百合子ファンのメディアの報道が“全体の空気”が醸成している。ベンゼンを含む地下水で魚を洗うわけではなし、築地では市場の無い午後は、鼠とゴキブリが跋扈しているらしい。どちらが清潔かは判ろうと言うもの。いずれ「豊洲市」場は正式に決定されるだろう。

 葬式無用戒名不要の遺書残し静かに消えゆく昭和の名優

筆者の私の9首の中の一首。これは先頃亡くなった「神山繁(こうやましげる)」を追悼したものだが、この俳優は「名優ではない」と言われてしまった。テレビ朝日の番組制作の現場を担当しておられた方の感想だから説得力は抜群。確かに演技だけを見れば名優とは言い難い。だから「昭和の俳優」乃至は「神山繁」と固有名詞にすれば良かったことになる。筆者の“名優の”尺度は別の処にある。それは後述する英語力だ。名優の物差しではないが、英会話のできない私には、これも立派な理由。更にツマラナイ理由だが、筆者と頭の禿げ具合が似ていること。

「名優」と言っても、主演級の三船敏郎、高倉健などは、先ず対象外。脇役でも悪役としても名高い存在感のある男優(女優も)を評価する。だからこの基準ならば大物過ぎるので、志村喬や大滝秀治など「助演」クラスの俳優も対象外だ。現在活躍している俳優も除外。昨年「個性派俳優」として8人をこのブログで記述した。

1小池朝雄、2成田三樹夫、3佐藤慶、4山形勲、5天本英世、6潮健児、7伊藤雄之助、8沼田曜一。

神山は、小池朝雄とは文学座脱退・劇団「雲」設立には統一行動した。長い俳優生活だから高倉健、宇津井健、仲代達矢、いかりや長介などと深い付き合いがあった。市川崑、岡本喜八などの監督に重用されたから映画は、重い役は無いが名優といっていい。

神山は1929・昭和03年生。終戦の年、日本軍海軍の主計将校を養成する海軍経理学校に入学した。ここで短期だがイギリス英語を徹底的にたたき込まれたらしい。だから戦後、俳優にならない前は、GHQの通訳も経験した。2007年放送のNHK「英語でしゃべらナイト」に最高齢で出演し、高い英会話能力を披露したという。神山繁は、高倉健や松田優作が出演した1989年のアメリカ映画「ブラック・レイン」出演は、英語力が買われてのキャスティングだった。(ブログ「斜め上からこんにちは」参照)

◇代表作
TV映画「ザ・ガードマン」(1965─1971)
岡本喜八監督「日本のいちばん長い日」(1967)
山本薩夫監督「華麗なる一族」(1974)
アメリカ映画「ブラック・レイン」(1989)

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