2018/4/7  21:40

村上一郎  読書
村上一郎は文芸評論家にして歌人。村上がメディアに取り上げられるようになったのは三島由紀夫が割腹自殺した昭和45年11月以後のこと。自らも昭和50年、54歳で自刃している。三島は用意周到にして文学的な死であるが、村上は重度の躁鬱病を断ち切るためだった。

村上は東京商科大学(一橋大学)卒業。昭和18年に繰上げ卒業後、短期現役士官として海軍に入隊。主計大尉として終戦を迎えた。戦後は民間会社に就職。以後、日本評論社など出版社に勤務する。村上には多くの著書があるが唯一『撃穣』という歌集がある。

窒息死の母子のむくろ抱き上げ頬美(は)しかりきと誰に告ぐべき
(三月十日大空襲)
冥(くら)らかに思想の鞍部見さけつつけふをいのちと旅果ててゆけ
墓を建つるゆとりあらばやけふの日に父母弟(ふぼおとうと)を見送りて生く
わかくさの妻ていふ藷(いも)を負ひわれに食はすと雄雄しくもいふ
水漬く屍と死ぬべかりしを生きつぎて穢汚の裡に在るが宜しも
朱墨(しゆずみ)するわが手の凍てにほのぼのと窓明かるめり生きてゆくべし
夕されば悲しみ湧けり楽のごとこのたまのをの断たるときはも
吾亦紅(われもこう)摘み来て飾る卓上に遺影は動く叫びて在りき

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